高度を上昇させる。
雲に届くか届かないかというところで、仰角を最大に。
翼に揚力の重さがかかり、それは白い気流となって主翼を覆う。
ストール。
ピッチアップ。
ロール。
機首は真下。ラヴェルに落ちるような形になる。
キャノピィ越しに、その景色を見る。
それは光に溢れていた。
必死にこちらを見失うまいと、幾多のサーチライトがこちらに向けられている。
目が眩みそうだった。
「あの機体はなんだ!?」
「アイツ確か、ウルフ隊と一緒に裏切ったッ……!」
「花のマークの機体、アイツがナナ様達を……!」
様々な声が無線越しに聞こえてくる。
テンパってオープンチャンネルで喋ってる間抜けが結構いるらしい。
ランバーとの戦闘が主であって、無線周波数の設定を余りやらないフェアリィらしいといえば、そうかもしれない。
「ニッパー!」
すると、天神の声が聞こえた。
「私も残る! ファイタータイプのSUを奪取できれば力になれるはず」
「私も残るぞ。いくら何でもお前らだけじゃ荷が重い」
天神に続いて、駆藤もそんなことを言ってきた。
「ダメだ。アンタらが残ると、いざというときナイトストリクスを護衛する人員が手薄になる。もし俺がしくじったら、それだけで後がなくなる」
俺がそう答えると、天神も駆藤も何も言わなくなった。
天神はああ言っているが、今から戦闘用のSUを探して奪取するのは困難だろう。
よしんばできたとしても、脱出まですることを考えると相当に時間が厳しい。
駆藤に至っては、先ほどまでの戦闘で、燃料にあまり余裕はないはずだ。
恐らく、
何だったら、
もう戦う余裕はないはずだ。
「クソッ……」
もどかしいように、駆藤が悪態をつく。
わかっているが、納得はできない。
そんな感じだった。
「今回はニッパーくんの言う通りだよ、リーダー。無茶でも通さなきゃ、全員生きて帰れない」
そう言って俺に同調したのは、意外にも落花だった。
それで覚悟が決まったのだろうか。
天神の無線から、悔しそうにうめく声が少しした後。
「……ニッパー」
彼女は再び俺を呼んで、続けた。
「お願い、フェアリィ達は……」
「わかっている。保証はできないが、可能な限り負傷はさせない」
俺がそう言うと、天神は黙った。
この状況で、更に注文を付けることに罪悪感でも感じているのだろう。
彼女らしく、律儀なものだ。
元々、人的被害は出さないよう厳命されているのだ。
気にすることでも無かろうに。
「ッ……どうか、幸運を」
「ニッパーさん! か、必ず無事に帰ってきてくださいね!」
「無理そうだったらすぐに離脱してね、ニッパー……」
天神の返事に、レイと大羽がそう乗せた。
「ナイトストリクスに乗れ。戦域を離脱するまで援護する。アウト」
フェンリル隊との通信を切り、目の前に意識を向ける。
操縦桿を引く。
ピッチアップ。
摩天楼のビルの谷間を縫うように飛び、射線を切らせるように意識しながら、俺は考える。
今回のビジネスは、いつもより面倒な要件が多い。
最優先事項は、当然パッケージを連れたフェンリル隊の離脱。
しかし、フェアリィを
それ以外の人的被害も出してはいけない、という制約がある。
ランバーとUAVは墜としてもいいが、それだって居住区域に堕とさずに処理しなければならない。
見栄を切ったはいいが、なるほど確かに、これはなかなかに難儀だ。
さて、どうする……?
「……またアナタなのね、ニッパー」
と、不意にそんな無線が入ってきた。
来栖からのものだった。
「知らない間にずいぶんと目立ちたがりな飛び方をするようになったわね。それとも、ナナ達から気を逸らすためかしら?」
なるほど、さすがに猟犬どもの長なだけあって、鼻は利くようだ。
こちらの思惑を、この短い間にしっかりと読んでる。
「そうやって時代遅れの戦闘機一機で大立ち回りをすれば、どうにかうまく逃げれるって? ずいぶんと舐められたものね」
けれど――そう言って、来栖は続けた。
「いいわ、乗ってあげる。もとより最優先事項は、その花飾りの鹵獲、ないしは撃墜よ」
来栖のその言葉の直後、アラートが鳴った。
レーダー照射を受けている。
来栖だけじゃないだろう。
あらゆるフェアリィ、ランバー、UAVから、狙われていることがわかった。
「おい、話が長えんだよ。さっさとやろうぜ」
「……ええ、そうね」
しびれを切らしたよう割って入ってきた星美に、来栖はそれだけ言って、明確に声量を上げて、宣言した。
「傾聴! これよりミッションプライオリティを変更する! あの花飾りの戦闘機の無力化を必達目標とする! 鹵獲ないしは撃墜せよ!」
彼女が檄にも似た指示を飛ばすと、明らかに戦場の様相が変わることを感じた。
様子見していたであろうフェアリィ達は、こちらをターゲットと認識しだす。
空気がぴりついたのが、キャノピィを通して伝わるようだった。
そして――
「ウェポンズフリー! 交戦せよ!」
その指示が飛んだ瞬間、より激しいアラートが耳をつんざく。
ミサイルアラート。
レーダーを見ると、一個だけじゃない。
それこそ、そこら中から無数にこちらをめがけて飛んできている。
急激に機首を上げ、真っ暗な夜空めがけて、速度を上げて上昇する。
ミサイルがそれにつられて、続々と夜空に上がってくる。
まだピッチは動かさない。
さらに速度を上げ、ほぼ真上へと向かって飛ぶ。
ミサイルが近づいてくる。
まだだ。
まだ……。
3、2、1……。
「今」
フレア射出。
ピッチアップ、急減速。
急旋回し、機首が一気に下に向く。
下半身に血が向かうのを感じる。
仰角最大。
急減速。
コブラ。
全てのミサイルがライカをパスし、数本がフレアめがけて直進、そして爆発。
誘爆させる形で、他のミサイルも巻き込むことができた。
少し爆風に見舞われたが、機体に影響のない範囲だ。
「ウソ!?」
「何あの動き……旧世代の有人戦闘機じゃなかったの?」
フェアリィ達のものであろう無線が聞こえてくる。
今の話しぶりから予測するに、連中はあまりライカの性能を把握しきってはいないようだ。
ほぼほぼウルフ隊との共同のみで出撃していたためだろうか?
何にせよ、手の内が知られていないというのは良い。
そのまま見くびったままでいてくれれば、こちらとしては好都合だ。
「へえ、思ったより動けるじゃんか」
「油断しないで、レナ。あれのスペックはランバー以上よ。各員、決して気を抜くな。全戦力を集中させなさい」
……いや、知ってるやつはいたか。
来栖、もといハウンズは以前に共同した影響で、ライカの性能はある程度把握してるはずだ。
連中はライカの動きを予測して行動できる。
どっちにしろ、このまま逃げてるだけじゃジリ貧か。
「さてどうする……?」
思わずそんなことを呟きながら、メイン・ディスプレイで武装を確認する。
兎にも角にも、ライカが何を持ってきてくれたか把握しなくては、作戦も立てようがない。
そう思いながらディスプレイを見ると、こう表示されていた。
AAM 4 RDY
AMRAAM 4 RDY
ASRAAM 6 RDY
GUN 3500 RDY
SU-IEWS 3 RDY
「
そこにあったのは、知識だけ知っているレベルの、珍しい武装だった。
『SU-IEWS』。
通称、フェアリィ訓練用ジャミング装置、らしい。
ランバーがジャミングを使うのは今更な話だが、中には特に電子戦に特化したランバーもいて、そういうやつらはフェアリィのSUにも影響を及ぼすらしい。
墜落させられる程ではないが、風防代わりとなるエネルギーシールドや、聞こえる音のリミッターなど、電子装備に影響が出る。
とはいえ、シールドやリミッターがやや弱体化する程度のものらしいが。
SU-IEWSは、そんなランバーとの戦闘を想定して、フェアリィの訓練用に作られたジャミングシステムだ。
「……こうなることは予測済みか、ライカ」
そんなことを一人言いながら、更に思考を巡らせる。
このジャミング装置があればある程度ではあるが、フェアリィを弱体化できる。
しかし、無力化するとなれば、プラスアルファが必要だ。
SU-IEWSの使用上限は三回のみ。
それも、それなりの至近距離で使う必要がある。
なぜなら、ジャミング自体の有効範囲もそうだが、そもそもジャミングを当てただけでは戦闘不能にまではならない。
ジャミングでSUの電子装備が弱まってる間に至近距離でパスして、その爆音と暴風を浴びせることができて初めて、外傷を負わせず戦闘不能にできるはずだ。
普通の人間なら音速飛行機が至近距離で飛んだだけでかなりのダメージだが、ジャミングで弱体化させるとはいえフェアリィだ。しばらくの間行動不能になるのが関の山だろう。
ただ、無策に空を飛んで、フェアリィ一人一人にいちいちそんなことをする余裕はない。
何かが必要だ。
一斉におびき寄せて、こちらの接近を気づきにくくさせて、一網打尽にできる、何かが……。
「……ん?」
そう考えていると、地形ディスプレイに、あるポイントがフォーカスされた。
ライカが、そこを見ろと言っているらしい。
これは……。
「トンネル? ……いや、ラヴェルの階層の隙間か」
ラヴェルは基本的に多層構造で、複数の層が重なってできている。
その層の間は頑丈な……それこそミサイルが当たっても折れないような支柱が何本も建って支えるように構成されており、自然その層の間には隙間ができる。
そう、ちょうど、ライカが通れるか通れないか、ギリギリの――。
「……わかったよ、ライカ。それで行こう」
恐らく、かなりの曲芸をする羽目になるだろう。
だがこれであれば、居住区のことを気にすることも無く、フェアリィを殺さず無力化できる。
これしかないだろう。
「タイト・ロープだ」
操縦桿を切って、機体をバンク。
四方八方から、ランバーもUAVもフェアリィも、こちらをめがけて飛んでくる。
それでいい。
どうか、そのまま一緒にアクロバットをしてもらおう。
そう思いながら、レーダーを見る。
ナイトストリクスが、ようやく離れ始めたのが見えた。
それを確認した後、改めて周囲を確認する。
あった、階層の隙間。
そこに入るための、工事中のトンネル。
俺はゆっくりと、そこに機首を向けた。