街が燃えている、見慣れた何もかもが炎の舌に巻かれて呑まれていく。そこはつい先ほどまでは、どこにでもある普通の城塞都市だったはずだ。しかし、それが見るまもなく炎に飲まれて消えていく。
教会やカラフルな建物が次々と黒にそれとともにその形すら失い崩れ落ちていく。緑豊かだった木々に囲まれた道は、今や巨大な松明の炎に照らし出された光の道となっている。
火の粉が舞散る広場の隅で、立ち尽くしている少年は今の状況を飲み込めていなかった。現実感がない。
光だけで瞳を焼きそうな炎の中を真っ直ぐに見据えている。瞬きひとつせず呆然と失われていくものを見つめている。そうしている間にも炎が凄まじい勢いで勢力圏を広げていく。
「あら、生き残り?」
そこには少女が立っていた。角の生えた小柄な美少女と言えば、聞こえはいいが返り血を浴びたその姿は悍ましい。
「魔族は初めて見るな」
少年はエルフだった。そして、転生者として生まれた。この世界で10年を過ごし、生活に馴染んだが魔族を見るのは初めてである。
「お話をしましょう?あなたお名前は?」
ひたすら現実感がなかった。目の前の少女に対しても、10年過ごした街が燃えているのも。
「まずは自分から名乗るのが人間の礼儀だ。まあ、名乗りを聞く気はないけどな」
透明になる魔法。
少年はあまり多くの魔法を使うことができない。練度も高くはない。しかしこの魔法は少年が最も自信を持っている魔法だった。
姿を消して逃げようとした瞬間、少年の脇腹を剣が掠めた。
「痛ッ!!!!!?」
続いて足に剣が刺さり少年はその場に倒れこんだ。少女は彼の目の前に立ち、可憐に恐ろしく微笑を浮かべた。
「私の名前はソリテールよ。貴方は?」
自分が攻撃した罪悪感など存在していないのだろう。ソリテールは、少年を興味深そうに覗き込んでいる。
「………シオン」
「素敵な名前ね」
「思ってもないことを言うなよ」
挑発をして利益はない。しかし、少年も10年過ごした街を滅ぼされた怒りが心の片隅にあった。
「あなたのことを知りたいの。家族構成は?趣味は?これまでどう生きてきたのかしら?」
「………お前と話すことはないな。魔族」
「あなたが怒っているのは理解しているわ。だけど質問に答えるのが身のため。寿命を削りたいの?」
「怒っていることを理解している?家族の概念も怒りも罪悪感も正義感すらないお前たちがか?時間の無駄だ。答えはノーだ」
瞬間、宙に浮かぶ剣の腹がシオンの鳩尾を殴りつける。横隔膜を打たれた結果、勢いとともにその体が大きく吹っ飛ぶ。シオンは背中から地面に叩きつけられ、受け身を取り損ねたこともあって炎上しなかった建物の近くまで、滑って仰向けに横たわった。
「グッ………」
その表情は苦悶にゆがみ、呼吸は激しく乱れ涙を流す。しかし少年から抵抗の意志は消えなかった。自分を舐めているこの魔族であれば、逃げ切れると思った。
膝立ちになり、強気な笑みを浮かべる。
「一つだけ………一つだけアドバイスをしてやるよ。経験に勝る学習は存在しない。経験し失敗を分析するのが、理解への第一歩だ。見聞きするだけには超えられない壁がある。魔法も同じ。何度か食らってイメージを重ねるのが重要だ。会話はこれで終わりだ」
剣を作る魔法。
少年の手には剣が握られており、斬りかかろうと無事な左足を軸に立ち上がる。この場で仮説を立てて、疑似的に再現したソリテールの魔法。もちろん、切れ味、数、練度、操作性、その辺は適当だが人を殺すことはできる魔法だった。
「素敵ね」
ソリテールは剣を生成し飛ばしてくるが、その全てが掻き消えた。
「ッ!」
初めて、ソリテールの顔から油断が消える。
「『
少年が転生者であるが故に、扱える魔法。ファンタジーを実感しながら、どこかでリアルではないと認識できるシオンの切り札だった。勝てると確信が油断を誘う。大魔族が何故、恐ろしく厄介なのか若い彼にはわかっていなかった。
「は?」
剣は少女の身体に吸い込まれるように接触し、その場で止まった。切ることができなかった。その魔力の守りを突破できないことを悟ったシオンはなけなしの奮い立たせた心を折られた。
剣は粉砕され、少年は再び壁に叩きつけられた。何をされたのかは理解できなかった。
「経験に勝る学びはない。確かにそうね。それは面白そうだわ」
何がおかしいのか、ソリテールは不気味に可憐に愉快そうに笑っている。ソリテールは、シオンの左腕を切り裂く。
「ああああああああああ!!!!!」
拳を握り目を瞑り悲鳴を堪えるが、軋む体が隠し切れないほどの痛みを訴えていた。想像を絶する痛みが脊髄を駆け上っているのが見て取れる。しばらくの間、ソリテールによる嬲りが行われる。
5分後にはシオンの身体は浅い切り傷で深紅に染まっていた。
「ぁぁ――――」
シオンは声を震わせて横たわる。千切れた傷口から、恐怖の代わりに血液が溢れ出している。
一度死を身をもって経験した少年は、前世の感覚を思い出しガタガタを震えだす。
そんな様子を面白げに見ている彼女は、彼の前に膝を折りその顔を覗き込んで指を這わせる。
「先ほどの魔法も気になるし」
少女は、シオンの顎を掴みあげ静かに笑った。
「エルフなら時間をかけてもいいし」
シオンの顎から滑るようにして彼の身体を伝う。少女はシオンの首を掴み上げる。
「シオン、私と家族をやりましょう」
魔王が討たれるまで残り10年。