「ふざけんなああああああああああ!」
シオンは剣の群れに襲われながら、森の中を駆け抜けていた。魔法で迎撃した剣が木々を吹き飛ばして地面を削る。
「殺す気か!」
「加減はしてるわ」
シオンはソリテールに出会ったあの日から、家族ごっこを続けていた。
ソリテールが家族という概念を研究するために始めたごっこ遊びだが、それ以外にもシオンが扱う特殊な魔法の解析やエルフに関する知見を深めるといった目的がある。シオンは断ると殺されるため葛藤はあったものの、これを受け入れた。
ソリテールは、シオンが知識として知っている魔族とは少し異なっている。
他の魔族の言葉は意味を理解せずに発している単なる鳴き声だが、ソリテールは言葉の意味を理解したうえで、それに見合った動作までする事で的確に人類を模倣している。
人類の愛や悪意が理解できない魔族だが、知性や理性はある。学習を繰り返せば限りなく人類に近い振る舞いが出来るのだろう。おそらく、自分からさらに人類の感情を学べば、判断が付かないレベルの真似事となるだろう。
しかし、まだ荒い。特に愛や子育てのようなことに関しては。
「これは躾けよ。人類は悪いことや言うことを聞かなかった子供を躾けるのでしょう?」
「何処の世界に殺す気で魔法を使う躾があるんだ!?」
「人間は決められたルールや礼儀、集団の中で生きていくための振る舞いを教えるための教育を行うのでしょう?魔族のルールは魔法の強さ。勝手に死なれると意味がないもの。シオンが強くなるまで躾けるわ」
「クッソ!ほんとに魔族だな、お前。会話になってねえ!!!!!」
シオンはソリテールに与えられた杖を介して、雷の弾幕を貼り剣を牽制する。
追いかけっこは2時間ほど続いた。
「あ゛ー、しんどい」
その場で大の字になって倒れこんだシオンは空を見上げる。青空なんて久しぶりに見たかもしれないなとシオンは思った。
手のひらをひさして、目を細める。そうしてみても太陽の光はとても強い。目視ができない。そこに太陽があるとわかっているのにその姿を確かめることができない。
「俺、これでいいのか………あれと一緒に暮らしてて」
城塞都市で過ごした時間は10年。エルフにとっては短いが、転生者である彼の感覚で考えれば十分長い。
都市を滅ぼした元凶であるソリテールと暮らすことに少し罪悪感を抱いたが、最も恐ろしいのはソリテールをあまり憎めなくなっていることだった。
3ヵ月でシオンは憎悪が風化しているのを感じている。ソリテールが負わせた怪我の看病から日々の家族ごっこ。歪で突っ込みどころ満載だが、少しづつ敵意を薄れさせられている気がしている。そもそも、自分はあの都市の人間をあまり好きになれていなかったのかもしれない。
何処までも現実感がなくて。そんなことを考えらながら、立ち上がり帰路を歩む。
「ソリテール」
「何かしら?」
「これ何?」
ソリテールが研究所の拠点としている観測所に隣接する形で併設した標準的な大きさの家。徒歩でそこに戻ってきたシオンが見たのは、毒々しい色をしているきのこの山だった。
「今日の食事だけれど」
「これ食える奴なの?」
「解毒剤は用意しているわ」
「………わざとやってるよな?お前、他の魔族と違って人間の感情を理解して会話してるだろ?人間が毒キノコを食わされて喜ぶと思ってるのか?」
ソリテールはニコニコと笑みを浮かべながら、扉を開ける。
「私の調理した料理が食べたいのならもう少し協力的になって欲しいわ。この状態では家族とは呼べない」
「え?怒ってる?昼間俺をあれだけボコボコにしてまだ怒ってるの?言っただろ?俺だって家族の形なんてわからないって。幼少期からあの都市に辿り着くまで一人で生きてたんだぞ?」
そもそも、ソリテールが親代わりというのが無理のある話なのだ。それはソリテールもわかっているのだろうが、実験したかったのだろう。
「………あなたから見て私との家族関係として最も近いものは何かしら?」
「………………一億歩譲って義理の姉とか?」
「何故そう思うの?」
「お前から母性を感じるのは難しいから?」
「確かに母性についての研究がいるわね。わかったわ。シオン、しばらくの間自由にしていいわよ。具体的には半年。ただし、戻ってこなかったら殺しに行くわ」
そう言って、ソリテールは研究所の方に消えていった。シオンは図らずも自由を手に入れたのである。
勇者ヒンメルが魔王討伐の旅路を歩み始めてからしばらくして、彼らは最大の危機に瀕していた。それは
「ろ、路銀が尽きた」
金欠である。
「生臭坊主が酒代に使いすぎたんだ」
「元凶は二日酔いで役に立たないし」
旅路自体はそれなりに上手くいっていたが、何しろ金がかかる。主に酒代と魔導書代がバカにならないのだ。
「アイゼンは?」
「食料の調達に行ったよ。僕たちは路銀を稼ぎに行こうか。このままだと次の街で野宿することになる」
「街中で野宿する勇者か。ひどい絵面だね」
「まあ僕のイケメンっぷりに街の女性が家に招いてくれるだろうけどね!」
ヒンメルのいつもの発作に無反応を貫き、フリーレンは準備を始める。
「早く行こうかヒンメル。仕事を探すところからだ。急がないと日が暮れる」
勇者一行は路銀を稼いでから街を出立することに決めた。