深夜、勇者ヒンメルは宿から抜け出し外に出た。そして目的の人物を見つけると、一足飛びに近づいた。
宿の屋根の上。その縁に腰をかけている。足をぶらぶらさせながら空っぽの目つきで彼方を眺めている。その姿からはまるで生気が感じられない。間違いなく生きているはずなのにまるで生を感じさせない。異様に精巧な人形を目の前にしたような不安と違和感がある。その横顔からはうまく感情が読み取れない。
「眠れないのかい」
「鼻血勇者」
「その呼び名広めないでくれないか」
「安心しろ、話す相手もいない」
ヒンメルがシオンの隣に腰かけると、お互い正面を眺めながら目を見ずに話しだす。
「真剣な話だ」
ヒンメルは真面目な顔で口火を切る。
「フリーレンは僕をどう思っているんだろうか」
「この空気で恋愛相談?無敵か?」
「で、どう思う?同じエルフの意見を聞きたいんだ」
「………俺、お前より年下だぞ」
「え?」
「え?」
微妙な空気が流れだす。ヒンメルは耐え切れなくなり、シリアスに切り替えた。
「………話を変えよう。君の悩みについてだ」
無理やり話題の方向に舵を切った彼に、シオンは笑みを浮かべる。
「いきなりどうしたんだ?まだ、酔っているのか」
ヒンメルは真剣な表情で、彼と向き合っていた。誤魔化すことに意味はないと悟った。
「………」
シオンは要所要所を省きつつ、できるだけ抽象化して自身の悩みを伝えた。分かり合えそうにない奴とどう接するべきか、自分は薄情なエルフなのではないかと。
「君がどうしたいのか、何でそう考えたのか、これが大事なんじゃないかな」
「………」
「僕はね、勇者を目指しているきっかけはとてもくだらない物なんだ。友人に揶揄われて、勢いでじゃあ本物勇者になってやると決めただけなんだ。でも、今は少し違う。仲間たちと楽しく旅をして、いつの間にか世界を救いたいんだ。初めは何でもいい。でも、きっと君が感じたことは今の君には必要なことで、そこに正直にいないといけないはずだ。引き返すのも足を止めるのも、歩いてみてからでもおそくないだろう」
シオンは考える。俺は何故ソリテールと家族ごっこをしているのか。殺されないため?違う。罪悪感から?違う。
俺と魔族が同じだからだ。
この世界で家族という関係を作れないはぐれ者だからだ。世界に現実感を持てない俺と人類の感情を知りたいが、魔族の性を肯定し、それに共感する気のないソリテール。
俺は孤独を埋めたくて同類に縋っている。
だからきっと、
「ヒンメル。ありがとう。すっきりした」
フリーレンやヒンメルと別れ、帰路についていたシオンは再び危機に瀕していた。
「いやー、見逃してくれないか?」
「それはできんのう」
羊の悪魔とでも言えばいいのか、一般的な魔族と比べ見た目には人間らしさを感じさせない怪物の名はクヴァール。
「エルフとは珍しい。儂は新しい魔法を開発していてのう。実験台にならぬか」
「ただでさえ、遅れ気味なのにこれ以上遅れたら殺されるからパスで」
シオンは失念していた。この世界の移動の大変さを。雪が降れば足止めを食らうことを、馬車が壊れれば立ち往生になることを。
「マジで約束の日まで二日切ってるんだ。『剣を作り操る魔法』」
魔族の容姿は人を油断させるための適応だと少女は言った。顔のいい異性を殺すのは慣れが必要だと。
では目の前の魔族は?それは周囲に積みあがっている死体が証明している。
油断を誘う必要などない。圧倒的な強さを持っているのだ。
「『
白い光線がすべてを蹂躙した。
「マジか」
後に『人を殺す魔法』の名で世界を恐怖に染め上げるその魔法は、計20の剣をすべて撃ち落とした。
人を殺す魔法は怪物が開発した史上初の貫通魔法。あらゆる魔法を貫通する驚異の性能を誇り、この時代の人類の装備品、防御魔法では防ぐことができない。速射性にも優れ、魔力消費も少ないという欠点らしい欠点がない。
「『透明になる魔法』『剣を作り操る魔法』」
故に、シオンは戦いを選んだ。自身を透明にし、右手に杖を、左に剣を携えて疾走する。
クヴァールのような相手に、透明になる魔法は意味をなさない。何故なら魔力を感じ取られ、位置を割り出されるから。
では何故、シオンはこの魔法を使用するのか。結局のところ、魔族が油断してくれるからである。
優れた魔法使いほど、シオンの勝率が上がる。
「『人を殺す魔法』」
「『魔法を否定する魔法』」
シオンという存在は、魔法使いにとっての天敵だからだ。
「ッ!」
魔法が掻き消えた光景に目を見開く怪物と目を細め肉薄する人間。
クヴァールが動揺し、シオンが剣を振りかぶる。通常であれば対処できたであろうが、彼の自信作を打ち破った魔法は、鮮烈かつ不可視の剣は強烈に、怪物の皮膚を切り裂く。
「グッ!」
杖を突きだし、シオンは全力で魔法を使用する。
「『
50を超える剣が怪物に叩き込まれるが、その体を傷つけることができなかった。剣が剣山のようにクヴァールに突き刺さるが、その全てが届かない。
「惜しいのう。100年。経験を積んでいれば儂を殺せていた」
防御魔法。後に開発される相手の魔法と同調し分散させる魔法とは違い、防ぐことを目的とした魔法だ。単純にその練度に、シオンの魔法が勝てなかった。
殺意が魔力となり、目の前を照らす。
「『
ああ、死ぬと漠然と感じた。人を殺す力はいつも冷たくて孤独だ。
「それは困るわ」
瞬間、クヴァールの腕が掻き消える。遅れて轟音が響く。
「ほう?」
直撃したら城壁すら粉砕する魔力の塊が辺りの地面を容赦なく削り取りながら、怪物の元まで駆け抜けた。
派手な爆発音とともにあたりが完全に吹き飛ぶ。
「これは私の
クヴァールからシオンを庇うような体勢で向き直る少女をシオンは知っている。
言葉が出ない。喉はまるで動いてくれないし、そもそも、どんな言葉をかければいいのか理解できない。そんなシオンをソリテールは抱きしめた。それは抱擁という言葉がふさわしい柔らかいものだ。
暖かいと感じた。
実際の温度差などを知らないし知ったことではない。とにかくそう思えた。孤独ではなく、何かと繋がっているという証だった。その温かさがシオンに安心をくれる。
「ソリ、テール」
ようやく、意味ある言葉を吐き出す。ソリテールの手がシオンの髪を乱れきった金色の髪を優しく撫であやす。
「少し寝てていいわ」
シオンの視界は安心感と共に暗転した。