魔族と暮らすことになったエルフの話   作:朝起きるのが嫌い病

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第5話

母性とは、シオンが思うに、高い包容力で、相手を見守ったり、優しい言葉で癒やしてくれる人、安心感がある人生の先達として、道に迷っている人間に貴重なアドバイスをしてくれたり導いてくれる人を指す。

 

やばい、何ということだろう。

 

「ソリテールじゃん」

 

怪我の手当てをしてくれ、風邪をひいた時は看病をしてくれ、動揺した時は抱きしめてくれ、魔法の練習にも付き合ってくれる。

 

シオンは情緒を搔き乱されていたのである。

 

「マジでおかしいだろ」

 

この半年間で一体何があったというのだろうか。格段に人間としての解像度が上がった気がする。魔族のくせに、一体何なのだろう。

 

クヴァールから助けられて3週間。いつもの家に戻ってきてからは時折、近くの町に訪れるようになった。

 

今日も最寄りの小さな町に来ていた。どうやら、祭りをやっているようで、どこもかしこも活気がある。

 

どこからともなく、楽器隊が現れラッパが響けば笛の音色が鳴り太鼓の音が跳ねれば、きらびやかな服に身を包んだ少女達が音を口ずさんだ。

 

抜けるような青空の下で誰もが楽しみ、笑っていた。ソリテールの角はとある魔法で隠されていた。シオンが最も得意とする『透明になる魔法』である。魔族としての証を隠すことで、ソリテールは完全に人間として擬態している。

 

そんなソリテールに連れられ、シオンは手を引っ張られる形で街中を歩いている。

 

「人間の文化は面白いわ。収穫祭のような祈りの文化は私達にはないもの」

 

北方の中ではそれなりに栄えている町というのもありたくさんの出店に木箱いっぱいの麦や果実や野菜、数えきれない人々の収穫の品が並べられている。不意に、ソリテール は買ってきた菓子をちぎって目の前に差し出してくる。

 

「何これ?」

 

「ありふれた焼菓子よ」

 

一見、にこやかな瞳にはいたずらの光が宿っているように見えるが、その実、宿っているのは、ただの好奇心だろう。

 

頭の片隅ではわかっている。ソリテールはどうしようもなく、魔族で、本当の意味で、友好的になることはできないだろう。

 

「………普通の味だ」

 

しかし、そんな理性を見て見ぬふりで振り切ってからソリテールが差し出した菓子を食べた。

 

穏やかな生活が続いていた。ソリテールに拾われてから、6年ほどが経過する。

 

衝突は何度もあった。ソリテールからすると何故人が怒っているのか、なぜ悲しんでいるのか、微妙な心の機微がわからないらしい。ソリテールは俺が怒ったり、悲しんだり いじけるたびに、動きや言動を修正して改善を試みた。

 

恐ろしい学習速度であり、長く一緒にいなければ少し他人の心の機微に薄いだけの人間に見えることだろう。

 

誕生日プレゼントをもらった時は本当に驚愕してしまった。一体どこで覚えたのだろうか。時折、ふらっとしばらくいなくなることがあったが、人里で観察でもしていたのだろう。

 

しかし、どれだけ動きや言葉を改善しても結局は、嘘なのである。この関係はどこまで行っても虚飾であり、虚構であり、ただの実験だ。

 

シオンは気づかないふりをしていた。

 

ソリテールが、しばらくいなくなってから戻ってきた時の彼女はおぞましいほどの血の匂いを振りまいていた。

 

本当は何をしていたのかなんて分かりきっていることだ。

 

これほどの人間性を模倣するために、失敗を重ねるたびに一体どれだけの人間を殺してきたのだろうか。

 

そして、決定的な瞬間を目にするのは拾われてから7年目の時だった。

 

最寄りの町が燃えていた。雨が降っており、火の勢いは弱かった。

 

空が泣いている。大粒の涙を流しそれ以外の音を消し去って悲しみにくれるように。目の前全てを埋めるほどの雨は街から喧騒を奪った。

 

否、そもそも喧騒など存在しなかった。そこにあるのは物言わぬ肉塊だけだ。

 

シオンは一人、ピシャリ、ピシャリと雨の中を歩く。水溜りを震わせる。いくつもの波紋を広げて誰もいない街を歩きながら瞳を隠す。

 

前髪からしきりに雫が溢れ絶え間なく、頬を伝う。

 

ややあって、寄り添う雨に導かれるように、誰もいない広場にたどり着く。

 

そこには魔族が立っていた。彼が最も長い時間を共にした魔族が。

 

「どう思った?」

 

温度はなく、慈悲もなくただ当然の摂理のように少女は言葉を叩きつける。

 

「どうしてだ?」

 

「何が?」

 

雨が揺らぐ。悲しみに暮れる天の涙は今や嘆きと怒りに変わる。

 

「『剣を作り操る魔法(シュヴェール)』」

 

「私が許せない?」

 

「『高速で移動する魔法(ジルヴェーア)』」

 

ソリテールとの距離がゼロになり、剣がソリテールを切り裂いた。僅かに、鮮血が舞う。

 

「ねえ、気が付いている?私は魔力で防御をしていないわ」

 

少年は剣を構えて唇を噛み切った。雨を切り払うように剣を振り回し、ソリテールに突き付ける。飛沫が散り、血で染まった地面を濡らす。

 

「無意識に加減してるわ。本気で切れば私を殺せたはずだもの。ねえ、どうして私を殺せなかったかわかる?」

 

「………」

 

「うるさい」

 

「…」

 

「うるさい!うるさい!うるさい!わからない、わかりたくもない!俺がお前を殺したくない理由?知りたくもねえよ!!!!!」

 

腹の底から迸った咆哮が辺り一帯の大気をビリビリと震わせる。困惑と怒りでぐちゃぐたになったシオンをソリテールだけは冷静に見ていた。

 

「そう」

 

シオンの身体が吹き飛ぶ。膨大な魔力の塊が、シオンの腹部を穿ち広場の中心から端まで叩きとばした。

 

少女にとってこの決別は予定調和である。自分の手を離れたシオンがどう行動するのか。それを確かめるための実験であり、ある種の巣立ちを促した形である。

 

エルフの寿命は長い。じっくりと悩み、そして答えを出して自分の前にいつか立つ。

シオンを見てソリテールは哂った。

 

「いつか、答えを持ってくる日を待ってるわ」

 

 

 

 

 





ソリテールはしばらく出てきません。回想で出てくることはありますが。

ここから先は時間が飛んで勇者の死後で話が進みます。
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