魔王が討伐された。勇者ヒンメルは 偉業を成し遂げた。時の流れは存外早く、目まぐるしく移ろって行く。シオンは目的もなく、死んだように旅をしていた。ソリテールとの時間を忘れたかったのだ。
手癖のように魔法の研究と研鑽に明け暮れ、旅をする毎日。
シオンの時間だけが進まず、月日は流れてヒンメルの死の知らせが流れた。王都に赴き、挨拶を済ませ結局長々滞在することはなく、あてのない旅を続けた。
そして10年が過ぎた頃、シオンはとある貴族に拘束され屋敷に監禁されていた。
「俺の娘を一級魔法使いに育てろ。でなければ殺す」
「ええ…」
とんでもない親バカである。
「何で俺なの?別に優秀な魔法使いはいくらでもいるぞ」
「お前はこのあたりでは有名な魔法使いだ。桜色の瞳を持つエルフの魔法使い。電閃のシュレークとの激闘は語り草だ。今でもな」
シオンは眉を上げて足を組む。ソリテールとの一戦から、無気力に旅をしていたが5回死線を潜ったと言える激闘がある。電閃のシュレークを殺した戦いは、その内の一つだ。魔法の開発に力を入れ始めた時期であり、レベルリングに貢献した戦いだった。
「電閃のシュレークか。別に俺が手を出さなくても誰かが倒してた。ただ、魔族との経験値が欲しかっただけだ」
「魔王が討たれて数十年。貴様に助けられたと喧伝する人間は多い。優秀な魔法使いを娘に当てたいのは当然だ」
確かに、シオンは出会う魔族を基本的には殺して旅をしてきた。その過程で、助けた村や町は存在するが喧伝された覚えはない。派手な戦いを行ったのは、電閃のシュレークと断頭台のアウラだけである。マハトとは色々な意味で戦いにならなかった。
「本当のことを言えよ。それが理由じゃないだろ?」
「…昔、貴様を見たことがある。俺がガキの頃だ。馬車に乗っているところを魔物に襲撃された。連れていた騎士は全員殺され死を覚悟した時、貴様が現れた。魔法なぞ興味はなかったが、貴様の強さだけが鮮烈だった。それだけだ」
「…覚えてない」
「そうだろうな。今もそうだが貴様は俺たちに興味など持っていないだろう」
「………まあ、いいや。1つの町に長く留まるのも悪くない」
シオンは、2つ返事で、貴族の提案を受けた。特定の人物と長い時間を共にすることで何か答えを入れるのではないかと………そして出会ったのがゼンゼという少女であった。
ドアを開けた先には、鮮やかな銀髪が広がっていた。腰まで届くボリュームのある髪の毛が特徴の小柄で可憐な少女。無表情で愛想に乏しく、冷めた雰囲気だ。
ビスクドールを思わせる白い肌、優美そのものの仕草でスカートを捌いた。
気迫のない眠たげな双眸が、髪の隙間から覗く。美しい銀髪は、驚くほど長くなんとなく、あの父親の趣味なのだろうと思った。
「お前がゼンゼか」
「そういう君は新しい教師か」
「ああ、シオンだ」
「驚いた。エルフか?初めて見る」
眠そうな双眸が開かれる。
「まあそうだろうな。12年の人生だもんな」
少女はキョトンと瞬き、小首をかしげた。
「君いくつなんだ?」
「さあな?覚えてない」
一人旅が長かったせいで、シオンは年齢を数えるのを止めていた。暦を確認しなければ、何歳かわからなかったのだ。
「ゼンゼ、得意魔法は何だ?」
彼の問いは、ゼンゼの魔法によって答えられた。ざあ、とゼンゼの髪がざわついた。あたかも、髪自体が別の生き物と化したかのように蠢いたのである。瞬間 髪がシオンの横を通過し、背後にあった扉を閉める。
「いい魔法だ」
少女の父親によれば、彼女は年上の魔法使いに挑み惨敗してしまったらしい。
別にそれ自体にショックを受けているわけではないようだが、現状彼女が負けた相手に勝つイメージができないそうだ。確かに彼女が得意とする魔法が髪を操る魔法なのであれば、戦闘向きではないだろう。しかし、それは彼女の才能のなさを示してはいない。
逆だった。
膨大な数の髪の毛を自在に変質させて操るという行為は人間とは掛け離れたイメージを持つ。自分とは別のベクトルで異質なイメージだ。すぐに、二級魔法使いになれるな。
そういう感じつつ シオンは、部屋に置かれているソファーに腰掛けた。
「現代魔法において防御魔法を破る方法は質量で叩き壊すか技術で掻い潜るかの二通りだ」
「ゼンゼ、お前はどっちが向いていると思う?」
「………後者だ。器用な自負がある」
「50点。正解は両方だ。質量と技術の両方を兼ね揃えている方が強いに決まってるだろ?髪を操る魔法にはそれだけのポテンシャルがある」
ゼンゼを弟子にして数ヶ月が過ぎた。元々のポテンシャルは高く、髪を操る魔法は完成度の高い魔法だった。シオンは魔力訓練と並行し、このゼンゼの魔法を研ぐことにした。
「………シオン」
「師匠と呼べ」
「ハァ………ハァ…休憩が…必要…だ」
「お前の口調は貴族としての威厳を出すためなんだろうけど、俺の前では禁止だ。愛想がないのは仕方ないが、俺のテンションが下がる。一人旅が長かったから、冷たくされるとマジで泣く。そして休憩はまだしない。一週間の内、この数時間は限界まで魔法を使え」
息も絶え絶えで膝をついているゼンゼは、受ける人には受ける艶めかしさだ。魔力の増やし方にも種類があるが、一番早いのは魔法を使い続けることだ。シオンは、一週間で数時間気絶寸前まで、魔法を使う訓練を課した。ちなみにこれはソリテールの研究データを元にしている。
「お前が16になるタイミングで二級魔法使いの試験を受ける。それまでに魔力量を今の倍に、『髪を操る魔法』を身を守れる魔法に昇華させる」
「………」
振り向いた時にはゼンゼが気絶していた。シオンは伯爵からの説教を覚悟し、実際に親馬鹿に説教された。
文字の海の中でシオンは首をひねっていた。どこかの魔導書に古の防御魔法の記載があったはずなのだが、シオンはそれが見つけられなかった。
「ゼンゼ、お前は髪を操る魔法では戦えないと思っているが何でだ?」
「………師匠は髪で人を制圧できるのか?」
「今はできないが、そういう魔法を作れば不可能ではない。それが魔法だ。要はイメージだ。これはただの紙だが」
指を紙にあてがい、素早く紙を引いた。指からは血がにじみ出る。ゼンゼは無表情のままそれを眺めているが、僅かに動揺したようにも見える。
「紙一枚でもやり方とタイミングで人を切れる。この世には人の身体を切断する糸があるんだ。髪を一時的にそう言った性質にすればいい」
床という床、そして机には魔導書と紙がばら撒かれている。その中に先ほどの紙を落とし、シオンは魔導書に視線を落とした。
「師匠」
「何だ?イメージができそうか」
「違う、片付けろ」
髪を操り積み上げられた魔導書をシオンに突き出し、少女は冷めた双眸でため息を吐く。
「…どうせまた散らかるし」
「私のような年少者に咎められてないも思わないのか?」
「………お姉さんに言われたら考える」