一般通過テロリスト首輪付き少女   作:最近は駄犬

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夢or水槽の脳、たぶん

 

 

 ぼんやりと目覚めた腕の中に、柔らかな白髪が見え、無意識にその髪を手櫛ですく。ふわりと微睡む意識の中、子供特有の細く柔らかい手触りの髪を撫で続けると、再び眠りに落ちそうな心地よさがある。

 

 私の手がけた作品。私の最高傑作。私の可愛い娘。

 

 元はかなり癖の強い髪質なうえ、幼い子供の長髪を綺麗に保つのは難しい。衛生面を考慮し、ざっくりとした短髪にしていた。

 特に当人から不満もなかったが、偶然顔を合わせる機会のあったBFFの新しい王女さま。私のリンクスと同じ年ごろの彼女の綺麗に伸ばされた髪を見てから、伸ばし始めた。

 何だか負けた気がして。

 ここ数年は当人がセルフストレートに手を出していたから、短髪も、癖毛も、本当は気にしていたのかもしれない。

 

 直近でも、腰に届くほどに伸びた髪に二人がかりで薬剤を塗りたくった。

 

 そこでふと、疑問が持ち上がる。

 半ば無意識に撫で続けていた髪に違和感を覚える。表面はそうでもないが、少し髪をよけると根元から4、5cm程癖が出ている。確かに、つい最近ストレートをかけた筈なのだ…。心なしか、髪も伸びている気がする。

 

 一つ疑問を覚えると、次々と奇妙な点に意識向く。

 

 先ずここはどこだ? という疑問。

 すぐに答えは出る。シリエジオのコア……いや、正確に言えばC01-TELLUSのコックビット。慣れ親しんだもののはずなのに、なにか違和感を感じる。

 

 そもそもなぜ自分はパイロットスーツを着ている? 引退してからどれほど経っていると思って居るんだ? もちろんこの可愛い教え子の為に、実機に搭乗した事は数度あるが、最後にそれをしたのは何時だ?

 最後にシリエジオを動かしたのは?

 

 目覚める前に私がこいつと最後に交わした会話はなんだ?

 

『当然か…私が見込んだのだからな…』

 

 ふと、そんな己の言葉が思い起こされると同時に、なんとも言えない誇らしい、満ち足りた気分が沸き上がる。

 だがそれはどこで、いつだ? どんな状況で発した言葉か思い出せない。その後にも、何か言葉を続けた気がするが、思い出せない。

 脳裏に浮かんだ声は、こんなにも穏やかに凪いでいるのに、どっどっと心拍が上がっていく。

 

 そこで、尚も無意識に撫で続けていた手の中で、小さな頭が僅かに身じろぎ、ぱちりと目を開く。

 黒目がちの瞳がこちらを見つめて、驚いたように数度瞬いた後に、傭兵に似つかわしくない、へにゃりと腑抜けた笑みを浮かべる。

 

「ああ、お説教の時間かぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユニオンは、人々の安全と世界の安定を望んでおり、その要となるのがこのミッションです。あなたであれば、よいお返事を頂けることと信じています』

 

 澄み渡る青空をバックに、インテリオル・ユニオンと表示され、内容のないミッション概要の説明が終わる。

 

「人々の安全と世界の安定の為に、お前を殺すってことこれ?」

 

 あんまりにも隠す気のないブリーフィングに、思わず笑ってしまう。

 そもそもほいほいORCAについていくことを選んで、クレイドル落としてるのに、企業から仕事が回ってくるわけがない。しかもインテリオル。

 

 まあ、それでも受けるけども。

 何が待ち受けていても、ボクが勝てばいいのだ。それはいつも通りのことでしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、お説教の時間かぁ……」

 

 何だか懐かしい手つきに目を開けて、上げた視線の先に寝ぼけ眼の師であり、母または姉、仕事のパートナーである女性がが居て、思わずふふと笑いと呟きが漏れた。

 それこそ小さいな頃は彼女に抱き着くようにして眠っていたけど、もうそんな歳ではない。

 死後の世界や幽霊なんて信じていなかったけど、それならこれは一体なんなのだろう。

 

 なにせ、自分は死んだ筈だ。彼女に殺された。

 ボクは自分の見つけた答えに手が届かなかったらしい。それはとても悔しい。

 なにより、ここのところはどんな珍妙機体でも機体テストで負けることはなくなっていたのに、あの場で墜ちたことが悔しい。目がくらむような、初めて光を見たように鮮烈に脳裏に瞬いた思想や信念も、たかだかボク個人の情ごときで意味を成さずに潰えたことが、本当に悔しい。

 いつも通りのことが、いつも通りに出来なかった自分が腹立たしい。

 

 でも、セレン(オペレーターであり師匠でもある)も、スミちゃん(母のように慕っていたし、姉のように共に暮らした)に対しては腹は立たない。

 当然大好きだし、敵対したあの瞬間だって、殺された今でだって大好きなまま。

 

 その人が大好きだって感情が変わることは、敵対しようが殺されようが、ボクが殺したんだって、関係ない。

 だから、無念で悔しい気持ちも当然あるけれど、久しぶりに撫でられて居たら思わず顔も緩む。なんてふわふわした夢なんだろう。

 

「なんだ? お前。私に説教される心当たりでもあるのか? ん?」

 

「って、いひゃひゃひゃ! いひゃいいひゃい!」

 

 夢だと思って居たら、思いっきりほっぺを抓られて普通に痛かった。夢ではない? さてはあれか? 水槽の脳的なあれか? 誰かアレをやらかした後のボクの脳でも保管してるのか? まじで? 馬鹿じゃん。何に使うの?

 夢なら痛い訳ないし、水槽の脳的なあれなら、このスミちゃんはなんだろう。

 

「ライザ?」

 

「ないれひゅ! こころあたりゃないれすっ!」

 

「ではサクラか?」

 

 状況が判断できずに、ほっぺたを摘ままれる痛みに驚いていると畳みかけるように名前を呼ばれる。

 カラードでの登録はライザ・ヘイズになっているし、傭兵稼業以外では霞サクラを名乗っていた。つまり、傭兵としてなにかポカをやったか? という問いの後にボク個人として何かスミちゃんを怒らせることをしたか? と詰められている。

 

 傭兵としては……スミちゃん自身に、『お説教』の心当たりがないというのならない事にしておこう。そうしよう。

 好き好んで大好きな人に怒られる奴なんて居ない。

 何もない。知らない。という意味を込めてぶんぶんと首を振る。寝ぼけていただけだと勢いよく否定する。

 

「ところでこれ、どういう状況なの?」

 

 スミちゃんの手からなんとか抜け出しながら、疑問を口にした。

 なんだってシリエジオ(たぶん)の中でスミちゃんに抱えられて目覚めたのだろう。ボクが私服でなければ、ワンチャン、ぶっ壊したストレイドからボクを引っ張りだして持ち帰って来たとかも考えたけど、流石に無理がある。

 

「知らん。目が覚めたらこれだ」

 

 スミちゃんも現状が分からないらしい。憮然とした言葉にはうっすら困惑が滲んでいる。

 

「……ちなみに昨日のばんごはん何食べたか覚えてる? 痴呆でネクスト動かしてるとか洒落にならないよ?」

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

「じょうらん! じょーらんらってぇ! 和ませようとしただけだよ。えっと……ボクは、あーオーダーマッチをした日……?だったかな? 何食べたか何時に寝たかは覚えてないや」

 

 また抓られたほっぺをさすりながら、言葉を選びつつ述べる。

 本当は、クレイドルを襲撃しに行って以来直接スミちゃんとは会っていない。

 

「……ああ、確か、オールドキングだったか? お前は危なげなく勝ったな」

 

 ふふ、とスミちゃんが小さく笑う。そして先ほどまでの、夢見心地のような手つきで頭を撫でる。

 

「その後は……思い出せないな」

 

 ORCAに加わった後までの認識は彼女にもあるらしい。

 オーダーマッチと言った時に、スミちゃんの中の最も新しい記憶はオールドキングとの対戦のようだ。その先は彼女の中にはない、と考えていいのだろうか?

 

「そこは一緒かぁ……二人でコックピット詰まってる経緯が謎すぎるしね。そもそも外、どこだろう」

 

 ネクストの中から直接外を肉眼で見ることは出来ないし、ただそこに座っているだけ、のスミちゃんにも周囲を認識する事はできない。

 

「とりあえず起動するぞ」

 

 一応、心肺も骨格も頑丈に作り直しているとはいえ、流石に私服のボクを膝に乗せたまま飛ぶわけないだろうけど、ぎゅっと抱え直すスミちゃんの腕に厭な緊張を覚える。

 まさかねぇ? 流石にこんな状態でかっ飛ばされたら中身が出てしまう。ぐえっと。

 

 どきどきとしながら、しがみつくボクをよそに、スミちゃんはさくさくと自身と機体を繋ぐ。

 

 ほぼほぼ真っ暗闇だった空間にモニターの明かりが点り、各種計器が次々と動き出す。

 何だか新鮮な光景だ。ボクは大体AMSの脳直情報頼りにやってきた。便利だし。楽。ノーマル乗ってる人たちの気が知れない。あ、違う。ネクストに乗れないだけか。

 

LINKS:LISA HAZE

NEXT:STRAYED

 

「えっ」

 

 表示された文字列に、間抜けな声が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……歯茎じゃん! なんで? スミちゃんのシリエジオじゃないの!? ボクのかわいいまん丸ストレイドは!?」

 

 スミちゃんが僕に与えてくれたものだから、そりゃあ、思い入れはあったけど……個人的な趣味趣向の話だ。テルスのデザインがあまり好きではない。可愛くない…。

 

「いや……確かに『お前の』ストレイドだ。最初に与えた状態いや、ジェネレーターが……おい、狭いんだから無駄に動くな」

 

 しばらく機体の情報を確認しているスミちゃんの膝の上で、なんとか方向を変え、彼女の背の方へ手を回し、ストレイドなら有るであろう私物を探す。

 ネクストのコックピットは、最悪人間一人を収納できればオーケーだというように、基本的に狭い。狭いけれどまだ常識的な空間があるから、成人女性と第二次性徴もなく成長の止まったボクなら方向転換くらい余裕だ。

 一度興味本位でぶん取っ、借りたソブレロコアとかボクの体格でも圧迫感があった。さすがにあれの中で体を捩じるのはきつし、二人とか無理。例え人間をスムージーみたいにぐっちゃぐちゃにして、隙間を埋めるように流し込んだって二人分は入らない。なんだあれ。

 

「うっわ。スミちゃんこれマジでボクのだ。ますます状況が分かんない……」

 

 しょうもない事を思考しつつも、目当ての私物をいくつか見つけ出す。任務後の除染中、暇だからと読んでいた本のデータや、ゲームを入れていたデバイス。未使用の予備のマウスピース。スミちゃんがくれた、桜のモチーフがついたチョーカー。

 ボクがリンクスとして活動していた最初期のストレイドの中にあるはずのない物ばかりだ。

 

「お前……また懲りずにごちゃごちゃと持ち込んでいたのか」

 

「えー、邪魔にならない程度だし、いいじゃん。流石にもう、QBでバター作成とかはしないし」

 

 スミちゃんの子供を叱るような声音にむっとする。流石にあれは馬鹿だった。そもそもボクの知ってる『牛乳』は遠心分離でバターができる牛乳ではなかったのだ。そして整備スタッフの目が死んでいた。まじで悪いことをしたと思う。

 そしてボクは泥まみれの犬を洗うような粗さでスミちゃんにお風呂へ連行された。

 

「まあ、それは今はいい。一応はお前のストレイドの様だし、代われ」

 

「へーい」

 

 もぞもぞと再びスミちゃんの膝の上で体勢を整えて、改めてボクが接続する。別に、パイロットスーツ着用でなくとも、起動するくらいはできるし、ノーマル位の動きだったら生身でもなんの問題もない。ただ今はちょっと、人の膝の上という不安定なため若干手間取る。

 

 リンクスの知人というのは、とてつもなく少数なため、一般的にというのもおかしいけど……一般的にAMSの接続の瞬間は不快感や苦痛に分類されるものを感じるものらしい。

 ボクはぐるんと頭の表裏が入れ替わって、自分が溶けて薄まって、大きく広がってぐんと視野が高くなるようなこの不思議な感じが好きだったりする。

 

 もう体の方の視界はいいや、と瞼を閉じて、ついでに制御も手放してスミちゃんに寄りかかる。意識の殆どを機体に向けるが、何も見えない。

 カメラ自体が駄目になっている様子はないから、物理的に何かに覆われているのかもしれない。

 

「スミちゃーん。なんにも見えないし、これ、多分機体が瓦礫か地面に埋まってるかも。あと現在地でなーい」

 

「それは既に確認済みだ。直前の稼働記録はどうなっている? ああ、それからジェネレーターもだな。そちらも確認しろ。周辺情報はこちらで確認する。お前のデバイスを借りるぞ」

 

「んー」

 

 適当に頷きながら、最も新しいブリーフィングの記録を開く。

 

『よう、リザ。オールドキングだ』

 

 うぉっふ! やべぇやべぇ。これは記憶に微妙な齟齬がありそうなスミちゃんに見られたアカンやつだ……。ロックしておこう。完全にボクしか開けられない所に保管だ。

 ……まったくもう。機体名と綴りが一緒だからってボクの事をリザと呼ぶのは止めてって言ったのに。紛らわしい。そんな風に思うのに、どうしても口の端で小さく笑ってしまう。

 

 インテリオルからのは、分かりやすすぎー、と笑いながら相棒と呼んでくれる彼に見せた後、消した。だって内容は何もなかったから、有っても無くてもどっちでも良かったし。

 ただ、ミッション記録も漁ればがっつりカーパルス占拠まで残っている。本当は消してしまえばいいんだろうけど、悩んだ末にこの記録も生体認証必須にしておく。

 

『よかったぜ、お前とは』

 

 再生し、確認はしていながきっとその言葉も入っている筈だから、それを思うと消すのが惜しくなってしまう。

 

「最後の稼働記録はアルテリア襲撃した時のだね。GAのやつの方」

 

 スミちゃんの中で最後の記憶は、どうやらオールドキングとのオーダーマッチのようだからそれに合わせる。ついでにローゼンタール所有の方を襲撃した記録もロックをかけておく。

 

「あとジェネレーターねー……え、いやなにこれ? なんか覚えのない謎の物になってるんだけど、え? これひょっとしてボクの名前ついてるの? こわ」

 

 そもそも機体がこんな、与えられたばかりの状態なのも意味が分からなくて不気味だが、それを言ってしまえば、死んだ筈なのに目覚めた時点で全てがおかしいのだが。

 

「うーわー……なんか繋がってんの怖くなってきたんだけど。これ、動かして平気かな? 爆発とかしない? スミちゃん?」

 

 口にのぼるままに適当に話ていたが、まったく反応がない事を不思議に思い呼びかける。自分を膝にのせている彼女の手元が忙しく作業をしているのは分かる。

 なにかあったのだろうかと呼びかけると、呆然とした呟きが漏れた。

 

「……コジマ汚染が一切認められない」

 

「……本気で?」

 

 ボクに向けた言葉ではない様だったが、思わず聞き返していた。

 

 

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