君のための幻想郷   作:倭人

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よくある幻想郷を作るまでの話です……が、
本小説では、幻想郷と呼ばれる土地――
つまり「遥か東方の国にある人里離れた辺境の地」が、何故そう呼ばれるようになったのかを綴っていければと思います。
2種の結界が張られるより前。
日本史の時代区分において古代のお話。
どうぞお付き合いくださいませ。



序文

 

 

 

 東の空に仄白き曙光が差し込む頃、鈴奈庵(うち)に一冊の古書が入った。

 それも、酷いカビ臭のする古書だった。 

 

 表紙はかつて瑞々しい緑で彩られていたのだろう。ところどころ、深緑を思わせる色合いが残っているものの、今では長き時の流れに晒されたせいか、ほとんどが黄土色に褪せ果てている。本に題名はなく、筆者の名前もない。題簽を張るべき欄はあるものの、そこに記された文字は何も書かれていない。

 だが背を返してみれば、「天平」という筆文字がひとつだけがあった。これが題名なのか、はたまた書き手の名前なのか、それとも単なる印なのは私には分からなかった。

 

 そんな分からない尽くしの古書は、今朝方、父がなんの前触れもなく仕入れてきた代物である。

 どういった意図でこれを仕入れたかは不明で、はたまた何処から仕入れてきたのかもまた不明。ふつふつと疑問が沸き出るも、それを解決してくれる父は再び外回り中であるし(現在、鈴奈庵には店番をしている私と、奥で家事をしているお母さんしかいない)なにより、この商品を私の偏見だけで取り扱って良いものか判断しかねていた。

 

 正直なところ、私としては商品にならなさそうなこれを、さっさと処分するべきだと思う。たしかに私は本が好きだし大切だが、如何せんこれは論外だった。見た目からして粗悪であるし、なにより面白そうに見えない。妖魔本を読んだ時のようなぞくぞくっとした妖気も感じなければ、かと言って一般受けする娯楽性も感じられない。

商売の観点から言えば「一文にもならない」とは、まさに当書を表現するに、うってつけの言葉だと思う。最低でも、そう訝しんでしまうくらいには酷いものに思えた。

 

 でもなぁ……と、それでも私は机に肘をつき、顎を乗せながら思案する。

 

 もし仮に、父に何かしらの考えがあって仕入れたものならば――例えば、私なんかでは考えも及ばない、それこそ崇高な営利目的があったならば――私の独断と偏見に基づき勝手に処分した時、それはそれで面倒なことになりそうな未来が見えていた。

 できれば父の口から、これについてどう考えているのか聞きたいものである。そしてしっかり聞いたうえで、「無駄な物を拾ってこないで」と注意してあげたい。

 うちは趣味で蔵書を集めているのではなく、貸本屋なのだ。一商人として、売れる売れないという選定は、とても大事な線引である。商いを営む者として、書物の価値を見誤ることは避けねばならないのだ。

 

 果たして、私の見る目がないだけなのか、それとも本当に無価値なのか――。

 

「……まぁ、ひとまず保留にしましょ」

 

 貸本屋の娘としてあるまじき優柔不断な結論ではあるが、致し方ない。

 だって、何も分からないんだもん。

 ひとまず父親が帰ってくるまでは店頭に並べず、私の手元で保管しておくことにしよう。

 ここまで古ぼけた本なのだ。あまり史書とかに詳しくない私が見たから無価値に見えただけで、見る人がみれば、相当値の張るものとして映るかもしれない。阿求の歴史本だって、最初は全く興味すらなかったくらいなのだ。

 

 価値観なんて其れこそ千差万別である。十人十色と言ってもいい。

 私が興味を唆られるジャンルは、大抵「外来本」や「妖魔本」といったものに帰属するが、こういう古くさい本が好きなお客さんだっているにはいる。父も、そこまで見込んで仕入れてきた可能性は十二分に考えられた。

 

「そうそう。こんな古い本を読みたがるのは、相当マニアックな人に違いないわ。阿求とかこういうの好きそうだ……し……」

 

 そこまで呟いた私に、ふと或る可能性が落雷した。

 思い出すのは一年くらい前のこと。阿求が編纂する書物の資料にと、たまたま仕入れていた史書の原本を、高値で購入したことがあった。鈴奈庵は貸本屋なのに、だ。稗田家の蔵書として保管したいと泣きつかれ、渋々友としての情けで売ってあげたのである。

 

「もしかしなくても、私が想像している以上に古書はマニアからの需要が高い……?」

 

 そんな天命にも似た考えは、私を行動させるには十分な原動力を有していた。

 お金になると分かれば、途端、呑気に保管しておくのが勿体ないように思えてくる。それこそ、さっきまでの考えが恥ずかしいと思えるくらい掌を返す。

 さっさと、この古本の写本を完成させ、大々的に宣伝して回るのはどうだろうか。幸いにも、こういった史書を欲しがりそうな人物を私は二人(一人は阿求で、もう一人は狸だけれども)知っている。

 そういう人たちに高額で貸し出せば、鈴奈庵は安泰であること間違いなしだ。お小遣いが増えて、私に新しい本を読む機会を恵んでくれるかもしれない。それどころか、甘い餡蜜だって毎日食べられる。勿論、美味しいお酒だって――。

 

 ふへへ〜……こほん。

 

 今、乙女にあるまじき声が出た気がするが無視しよう。

 とにかく欲をかけばかくほど、先ほどまでの冷めた視線が一転し、目の前の書物が光り輝く金塊のように見えてきた。

 

「んーと……商品にするとしても触れ込みって大事よね。何がいいのかなぁ……『発見! 古代人が残した真実の歴史』なんてのはどうだろ? ちょっと盛ったほうがいいだろうし」

 

 少々誇張した方が、人の興味を惹くというものだ。もしかしたら、勢いに乗って幻想郷中に歴史ブームを巻き起こすかもしれない。回り回って本を読む人が急増し、さらなる顧客をうちがゲット。そうなれば、永久機関と呼ばれるものの完成だ。

 

 そうと決まれば、早速このお宝を検品だ。

 私はこれから訪れるであろう幸福に心を弾ませながら、卓上をさっさと片してしまう。更紗の風呂敷を広げ、。すちゃりと愛用の丸眼鏡も忘れず装着する。決して汚してはいけないと、まるで鑑定家にでもなったように、普段はしない手袋まではめてみた。

 

「さてさて、どんな内容かしらっと――ん?」

 

 舌なめずりをしながら、慎重に古書を手に取った、その時だった。

 さらり、と。

 一枚の絵画がするりと滑り落ち、机の上に舞い降りた。

 まさか絵画が出てくると思っていなかった私は、古書を置いて絵画を手に持ってみる。それは見たことのない画風の、不思議な絵であった。

 

 材質は麻布かな? とにかく紙では無さそうであり、それを踏まえるに、かなり古い時代に描かれたことが推察できる。

 描かれているのは、初老過ぎとでも表現するべきだろう男と、その男を中心に取り囲む大勢のナニカ(所々、色がはげ落ちてしまっているせいで、それが人なのか物なのかも判然としない)だった。

 男は白衣に緋袴を端正に着こなしており、端然と佇んでいる。しかし、その顔は、まるで意図的にぼかされたように描かれていた。そのような「ぼかし」という技法を用いているせいだろうか。男の絵からは人間味というものが欠落しているように思えた。証拠に手先や耳などといった体の細部が、欠損して描かれているようにさえ見える。色材が剥げているわけではない。最初から描かれていないかのように、そこらだけが綺麗に抜き取られているのだ。そんな男とナニカたちが、一本の松の木の下、どこかの庭園の池のほとりを背景に、じっとこちらを見てくる構図が、その絵画で描かれている。 

 

 不思議な絵。

 私は絵を見つめ、無意識に息を呑んだ。

 

 書き手が、どのような意図でこれを完成させたのかは皆目見当もつかない。何か隠し事をしているのか、それともこの絵画のもでるは、本当に欠損していた人間だったのか。周りを取り囲んでいる何かも、人の形をしているように見えはするが、そう見えるだけで、もしかしたら獣かもしれないし、はたまた妖怪の類かもしれない。

 

 ぼんやりと全体像だけを伝えてきては、委細というものが一切描かれていなかった。それはまるで本の目次のようである。詳細については記載されず、大まかな見出しだけが、ただ羅列してある。こんな不思議な魅力をした絵画を、私は見た事が一度もなかった。

 

 気がつけば、私はこの古書の背景に夢中になっていたのだと思う。阿求に歴史の勉強を勧められて以来のブーム到来だった。

 

 もっと知りたい。いや解き明かしたい。その一心で、父が一緒に仕入れてきた古書へと再び視線を戻す。

 私には不思議な力があった。人には読めない文字が読めるという能力だ。それが何故身についたのか、どうして私が持つことになったのかは分からない。数多の妖魔本を読んだことから自然と身についてしまったのか、元からそんな能力が宿っていたのか、今となってはどうでもいい話である。

 とにかく私はこの絵画の秘密を、ないしは描かれた経緯を暴くために、この古書を検分する衝動に駆られた。和紙を纏めている紐は、今すぐにでも千切れてしまいそうな程に劣化しているため、それを壊さないよう、丁寧に、丁寧に、私はそっと指先で一枚目の頁を開いた。

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