君のための幻想郷 作:倭人
当章にはストーリーの関係上、
致し方なくネームドキャラがでます。
ただまぁ、モブキャラA、モブキャラBくらいの認識で問題ありません。
祭り、とは神々への感謝と崇拝を表す儀式である。
人々は古代から神様にお供えをし、家内安全、五穀豊穣、疫病退散など、多くの恩恵に感謝した。特に秋の収穫時には、収穫した作物を神に捧げ、その食べ物を「直会」で食す風習が生まれたほどである。
これは同じ釜で煮炊したご飯や汁物を食べることで、神様との絆を深めると信じられていたからだ。実際、日本神話においては、黄泉戸喫*1をした伊邪那美が、もう現世に戻れなくなってしまったという話がある。
祭りは音楽や踊りも含め盛大に行われる。神職は祭りに奉仕する際、心身の清浄さが求められ、神聖な場所や道具の清浄性が重要視された。
すべては神のために。すべては神をもてなすために。
ゆえに人はこの神事を
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第三章 『神喚ぶ祭祀』
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濃密だった一夜が過ぎ、卯の空から小鳥の囀る朝がやってくる。深夜の闇は徐々に薄れ、朝焼けが水平に伸びていく。朝陽は山々を照りつけ、辺り一帯ではほんわりとした温かみを感じさせられた。
川岸に広がる美しい自然の中、八雲は静かに息を吐く。手には薄い糸が握られていた。昨晩、迷いの竹林から出てすぐ苧麻を手績みして作ったものだ。その糸を器用な指先の動きで絡ませ、だんだんと美しい紐を形成していく。一切の澱みを感じさせない動きからは、八雲の手先の器用さを証明しているようにさえ思えた。
さて、そんな八雲が作り上げているものは一体なんなのか。まさか手縫いの服ではあるまい。いくら手先が器用だからといって、この男はそこまで場違いなことをしない。
八雲の作り上げているもの――それは注連縄であった。
頑丈で、太く、長いあの注連縄である。
神社にいかずとも目にする者は多いだろう。現代でも元旦に歳神様を迎えるため、しめ飾りとして多用されることが多い神祭具だ。ただそれと、いま八雲が作り上げている縄の違う点を挙げるとすれば、あちらには松葉や果物といった装飾がなされていることだろう。一説では山から降りてくる歳神様のため、しめ飾りにはそれらが付けられているらしい。
神社にある注連縄は、そもそも神様を迎えるための意味合いを持っておらず、あれは神の住居――つまり神聖な内部と俗世の外部を隔てるの結界を示している。ゆえに、今現在作り上げている縄にはそういった装飾品――所謂遊び心というものは微塵もなかった。
閑話休題。
それよりも、どうして八雲がこのように縄を編んでいるのか、そちらの説明をするべきであろう。と言っても、簡単なことだ。迷いの竹林にて八雲は祭祀を行うことを決めた。つまりこれは、その祭祀の準備のため。緻密に企てられた計画の一端に過ぎないのである。
朝陽が登り暫くして、八雲の隣でもぞもぞと何か動く気配がする。白銀の長髪をはらりと頬に垂らした少女は、警戒心を忘れたのか、まるで猫のような緩慢な動きで上体を起こした。
「んん、八雲……? おまえ、寝ずに、作っていたのか……?」
水面に映る朝日の光が眩しかったのか、眠そうに慧音が目を擦る。
八雲は縄を作る手を一旦止め、慧音を見た。
「おはよう、慧音。起こしてしまって、すまんな。もうすぐできる」
言った通り、慧音が起き上がってきた頃には、注連縄はほぼ完成に近づいていた。
だが些か物足りない、と八雲は思う。
実際に完成間近の注連縄を太陽で透かして見れば、どうも見窄らしく感じてしまったのだ。途端、まるで遊び心のないこの注連縄に、八雲は何かを付け加えたい衝動に駆られた。
八雲は最後の仕上げとして、注連縄に前垂れを作り紙垂を付ける。これで何かが変わるわけではないが、まぁ、ただの気まぐれ、なんとなく。八雲がそうしたかったからというだけの自己満足である。
寝起きの慧音は、そんな八雲の姿を馬鹿を見るような目で眺めていた。
「よし、これで完成だ」
「ふぁあ……勤勉なことだ。私はお前のことを、ただの怠け者と思っていたぞ。最後に変な装飾までつけて」
「ははは、概ねあっているから何も言えんがね。此度は本当に余裕が無いだけさ。些か頭がぼぅとしてるのかもしれん。ちと逃避願望が出た」
ぐっと背を伸ばす八雲。
今回の件に関しては、どれだけ取繕おうと時間との勝負となる。昨晩あの地主を迷いの竹林に幽閉したのはいいが、それだって何時まで保つのか分からない状況だ。今だって気が休まらないのが本心である。
それに祭祀という手段も、正直なところ博打のきらいがあった。進められることは万全に進めておく。それだけ入念に事を運ばなければならない状況下で、躊躇する必要はどこにもない。
「さて行くか。日も登ったことだし、ここからが正念場だ」
八雲は朝日を一瞥し、作った注連縄を懐へと忍ばせる。ここからは気張らなければ、どんな事が起きても不思議ではない。
物語はすでに佳境を迎えているのだから。
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小道を頼りに慧音と八雲は里へと訪れた。里人は疎らであるものの、細った農地を耕す者。死んだ農耕馬を埋めるため穴を掘る者。井戸で水を汲み竪穴住居へ運ぶ者など、昨日よりかは里人たちの動きが活発化している。
一瞬だけ慧音は目を剥いた。無理もない。ここ一ヶ月は、誰も働ことうしなかったのだ。ただ死を待つばかりの里人が、数は少ないとはいえ勤勉に働いている。
だが慧音とは反対に、満足げに里を眺めていた八雲は所感を漏らすどころか、平静とした態度のまま里長の許へと足を運ばせた。
「祭りを行うと……そう仰いましたか、八雲様」
里長の住居を尋ねれば、八雲は簡明直截に事の用件を伝えた。遠回しに伝えるのでは意味がない。普段の物腰柔らかな態度とは一転、役人らしい立ち振る舞いをもって、八雲は強く首肯する。
「そうだ。昨晩あの地主様と相対したが、あれは人の力ではどうにもなりそうにない。新しき神をこの地に勧請し、その方にを守護してもらうしか無いだろうさ」
「新しき神を……勧請、ですか」
「しかり。何か問題でもあるかい?」
里長が顎を触りながら八雲を見る。何か引っかかるところがあると言いたいのだろう。
しかし、この時代。都の役人へ堂々と意見できるほど、里長という位は高くない。不興を買えば、税の取り立てが厳しくなるどころか、最悪死に追いやられる危険性だってある。自分一人だけの死で償えれば、まだ僥倖。一番最悪なのは、妻子含めた一家抹殺。それどころか里全体にまで悪影響がでることだろうか。
もちろん八雲がそのような蛮行を働く役人ではないと、里長も分かってはきているはずだ。たった1日とはいえ、あの時話した男が、そのような惨いことはしないと心の底で感じてはいるはず。それでも乗り越えてはいけない壁があった。八雲が「やる」と言うのであれば、必ず首を縦に振らなければいけない使命感とでも言えば良いだろうか。八雲は自身の立場を十全に活かし、里長の反論を先に握りつぶしたのだ。
故に里長は八雲から次第に目をそらし、額に汗を垂らしてただ頷くしかできなかった。
「い、いえ。なんでもございませぬ」
「……」
八雲は静かに立ち尽くし、震える声で平伏する里長を見つめる。頭では深い思索にふけりながらも、何かを伝えることは終ぞしなかった。
「では時間がない。今はあの迷いの竹林で地主様を捕らえているが、いつまで持つか分からない状況だ。俺の見立てでは、持って後三日ってところだろう。死にたくなければ協力して欲しい。今はこれしか案が無いんでね」
八雲の言葉に、里長は重い頭を縦に振る。
なにはともあれ、里長は八雲の見立てが正しいことを理解し、状況の深刻さを感じてはいるのだ。地主の捕縛が後三日で持たなくなるという予測は、里にとっても非常に厳しい現実でもある。
「分かりました、里総出で手助けさせてもらいましょう」
「助かる。とりあえず、俺が言った通りに準備を進めて欲しい」
「まずは何をすればよろしいのでしょうか?」
里長はそう問うた。
八雲は少し考え込んだ後、重要な事柄だけを脳内で羅列し、優先順位や適任を模索し始める。
「第一に必要なものは、神を下ろすための
「分かりました、今すぐ里の者に伝えます」
「神籬に立てるものなんだが、なにか手頃な木とかないか?」
「手頃といいますと、一尺ほどの苗でしょうか……であれば修行僧から頂いた梅の木があります」
「ふむ、本来は常盤木である榊などが望ましいが、猶予もあまりない。それで頼む」
八雲はぱんっと手を打ち鳴らす。
「では具体的な手順だが、作り方を心得ている者はいるかね」
「ええ、私たちの里には何人か、作れるものがおりますので……」
「そいつは僥倖。普通いないんだが、やはり近くに地主様を祀っていただけあるな。俺の見立ての三日後、そこに間に合わせるためにも早さが重要だ。俺は俺で、あんた達の支援を各所で行うとしよう」
その言葉に、それまでただ肯定していた里長がぎょっとした。
「そ、そんな役人様に力仕事をさせるなど!」
「気にせんでいい、これは総力戦だ。誰が欠けても詰む」
本心であった。ここで誰かだけ怠けようものなら、それこそ里の終焉だろう。しかも、最有力たる八雲が退いてしまえば、土台すら作れず倒れてしまう。
協力してほしいと願うのならば、時には先頭に立ち己の背中を見せなければならない。人間というのは、業が深いことにすぐ楽をしたがる生き物だ。気力を奮い立たせるための材料を示さなければならない。骨組みが弱いと少しの揺れで崩れてしまうように。支柱はぶれず立っていることが肝心なのだと、八雲は理解していた。
「あ、ありがとうございます」
「礼なんぞは良いさ。それより早速だが食べ物を探しに行こう。祭祀での供物も併せ、里人たちに何か食わせた方がいい。まだ動けそうな者を何人か連れてきてくれ」
「ならば、あそこにいる三人の男を連れて行ってくだされ。力仕事などもできる男衆です。霖夫知、牛海、大虫、神祇官様のいう事を聞くんだぞ」
呼び止められた男衆3人は、八雲に接する里長の態度を見て、すぐに身分の高い人間だと気づいたようだ。理解すれば早い。里長に言われるまでもなく、彼らは自主的に頭を下げ膝を折ってみせた。
その一連の流れに何とも言えない表情を浮かべる八雲であったが、まぁいつものことと胸に仕舞っておく。どことなく緊張している3人の顔を見て、少し悪い気持になるが気にするだけ無駄だ。役職柄、こういう対応は慣れてきている。宮内にいる奴婢の方が、よっぽど彼らより仰々しい態度をとってくるのだ。それに比べれば八雲の心中も多少なりとは落ち着いたものである。
彼らの目線に合わせて八雲も膝を折り、一人一人に「頼んだぞ」と声を掛ける。当然、呼びかけられた男衆は、みんな頬の筋肉を硬らせ、目を見開いていた。
「それじゃ、悪いがこの三人を借りる。少し山に入って、ある程度とれたら戻ってくるさ」
「分かりました、お気をつけください」
里長が深々と下げる頭を見ながら、八雲は軽く腕を振って答えると踵そうとした。
が、そこで。
「ところで、神祇官様。そちらの横にいる少女は一体……?」
里長に怪訝な目で見つめられる慧音。
ずっと黙っていたまま八雲の隣で居たら、誰だって不思議に思う。しかも、人の目を引くほど端正な容姿に浮世離れした白銀の髪。このような者、この里にいたかと首を傾げる里長に、八雲はやんわりと答えてやった。
「あー、気にするな。迷いの竹林で昨晩出会った娘だ」
「はあ、そうですか」
「他に何も無いかい?」
「え、ええ、大丈夫です。いってらっしゃいませ」
「ああ、そちらの首尾は任せた」
そう言って今度こそ山へ入るべく八雲は歩み出した。軽く一礼した後、慧音や男衆もそれに続く。残された里長は、「はて」とやはり白銀の髪をした少女を、どこか懐かしむような目で眺めるのであった。
■ ■
八雲一行は、整備されていない山道を踏みしめながら、沈黙とともに会話を交わしていた。彼らの歩みは、青々と茂る荒れ野を静かに踏みしだく足音となって響き、その一瞬一瞬が時の流れを感じさせる。薄日が木漏れ日となり、先頭を歩く牛海と呼ばれる男を照らし出した。
「しかし、神祇官様。食を取ると言いましても、どのように獲るのか、お決めになっているのですか?」
牛海が口を開く。その声は低く、厳格な性格が孕むようであった。
八雲はそれに対し、さも当然のことを宣うかの如き平静さで、山の奥を一瞥し答えた。
「どのようにって言われても、罠を仕掛けたりして、だが。他に何かあるのかい?」
「わ、罠でっさ!?」
後方で話を聞いていた大虫が、あまりの驚きに僅か裏返った声で叫ぶ。
牛海も大虫の驚きに納得がいっているらしく、重々し気な表情で八雲へ振り返った。
「八雲様、お言葉ですが、檻阱(落とし穴)や機槍(飛び出す矢)を使った狩猟は禁じられております」
「帝の出した勅語であろう。それくらいは知っているさ」
「だったら、罠にはかけない方向で……」
この時代より少し前。具体的には、675年4月17日のことである。仏教思想の影響を強く受けていた、先代 天武天皇が出したとされる勅語がある。
――自今以後、制諸漁獵者、莫造檻穽及施機槍等之類――
日本書紀により綴られているこの文書は、現代語に翻訳すると「今後、漁猟者は、檻穽を作り、機槍などの類を設置するな」となる。破った者には罰を与えると明言し、貴族間のみならず、庶民にも伝播させた。また、天武天皇に続く持統天皇からも同様、期間を絞ったものではあるが肉食禁止令が出されている。
牛海や大虫は、こういった政策から、肉食や狩猟を罪だと認識しているのだろう。仏教の殺生禁断など、まだまだ普通の庶民には知られていないはずだが、この里人たちは生剝の罪といい、妙に変なところで知識が偏っている。
さらに凶作に見舞われた里人からすれば、肉食を断つことや禁酒は一種の禊なのかもしれない。八雲も普段であれば、それらの考えに同意を示してやる心意気はあるが、今回ばかりは話が違った。
「他の手段では少しばかり手間がかかる。それに餓死するまで肉食を断つ必要もない。信仰とは心の在り方さね。そこは神道も仏教も変わらん。実際、諏訪では4つ足動物である鹿や蛙を供物にするところがあるんだ。なにも肉食がすべて穢れという訳ではないさ」
「ふん。里男どもは情けないな。八雲の言う通り、罠が一番有効ならば仕掛けるべきだろ。何に不満があるんだ?」
「そうは言いまっさ……」
にかりと笑う八雲やそれに便乗する慧音。だが、なおも大虫らは食ってかかる姿勢を見せた。彼らからしてみれば、ここで帝の勅語に叛することも、また恐ろしい事なのだ。諏訪の信仰を教えられたところで、所詮それは八雲だけの知識。すんなり受け入れろと言うには、些か言葉と時が足りない。
「陛下のお決めになったことに逆らって良いのでっさ!?」
「それは駄目に決まっているだろう」
大虫の尋ねに八雲は即答する。
忘れていないと思うが、彼は神祇官という役人だ。率先して、帝の勅語を覆していい人間ではない。あまりの返答の速さに、食いかかった大虫は肩透かしを食らったように、間抜けな表情を浮かべる。
「え……? じゃあ、やはり罠には掛けないのでっさ?」
「いいや、罠にはかける」
「でも、陛下に逆らうのは……?」
「駄目だな」
「?」
八雲と大虫この堂々巡りとなりつつあるやり取りに、とうとう痺れを切らした牛海が頭を抱えた様子で割り込んできた。
「ああもう、大虫は黙っててくれ! これでは話が進まん! 神祇官様、陛下の勅語を破らぬというなら、どうやるというのですかっ」
「ふむ、まぁ簡単なことなのだが、強いて言うなら帝も国人のことはしっかり考えてくださっている、ということさ。土着信仰などで獣肉を必要とする際、きちんと抜け穴をつけるようにとね」
八雲がニヤリと笑う。男が初めて見せる、悪戯心を擽るような笑みだ。
「檻阱や機槍が駄目だと言うのであれば、他の罠を仕掛けてやればいいだろう?」
天武天皇が出した勅語には続きがある。
――以外不在禁例――
現代語で言うなら、「それ以外を罪としない」だ。