君のための幻想郷 作:倭人
少し遅いですが、ぽつぽつ更新を再開します
「ちょっと待ってよ、八雲―!」
慧音と別れてすぐ、てゐは自分だけが知っている竹林への近道を使用した。
それなのに追いつけたのが、竹林に入って少し経った頃だとは。
どれだけ八雲が早く走ったのかが分かるだろう。てゐは淑女に似合わないげっそりとした顔で、肩で息をしながら、八雲の許まで近寄った。
「なんだ、追ってきたのか白兎殿。悪いが、今回は誰かを構う余裕はないかもしれないぞ」
「別に助けてもらう気なんて無いんだけど……ぜぇゼぇ……逆に、あんたが倒れたら、私が助けてあげるね!」
ぐっしょりと濡らしたキメ顔で親指をたてる、てゐ。こう言ってはなんだが、全くもって頼りになりそうな表情ではない。
それなのに八雲は、一瞬だけ驚いた顔をし、すぐさまいつもの少年のような、はにかんだような、誰もが魅力的だと思う笑みを浮かべて見せた。
「はは、それは心強いな」
「でしょ? だから心置きなく倒れて良いのよ」
「それは遠慮しておこう」
両手をいっぱいに広げる、てゐ。それを見て、なにやら貞操の危機を感じた八雲は、さっと手を上げて静止する。
と、そこで嫌な妖気を感じた。
少しだけ竹林の奥の方。禍々しいとも神々しいとも取れる力の余波は、八雲もてゐも感じたことのあるものだった。
「そろそろ接触する。気を引き締めて!」そう言って、てゐは咄嗟に茂みへ隠れる。
「分かっているさね!」八雲は札を取り出し、祝詞を唱え始めた。
――神座。
――鳥居。
――月日の宮。
「秘術<四重結界>」
唱え終わったと同時に、四方に展開される結界。
幾重にも色が重なっているため、夜でもいやに目立つ。
それを目印としてやってきたのか。はたまた八雲たちの居所が割れていたのか、地主が竹林の奥より姿を見せた。
「まさかと思えば、本当に貴方の方から来ていたとはね。こんな所に閉じ込めたのだし、尻尾巻いて逃げたのかと思ったわ」
「逃げるなんざ、とんでもない。あんたがここから出ようとしているのを聞いて、飛んできたのさ」
「へぇ、思ったより紳士ね。心底吐き気がします」
瞬間、八雲の顔の横に神通力で形成された球が飛ぶ。
つ―と頬から垂れる血は、わずかに八雲へ掠めたことの証明だった。
「こいつは……思っていた以上に憎悪に満ちているようで」
「当たり前でしょ、八雲! 神様が人間なんかに一杯食わされて、良い気分なわけ無いじゃない!」
「神様によっては、笑って許してくれそうだがね」
茂みから声を上げた白兎に、八雲は苦笑で返すしかできなかった。
「あら、そこにいるのは此処に住む妖獣かしら? なら話が早い。さっさと出してもらいたいのだけど」
お願い。と言うには荒々しい。
殺気は感じられないが、確かに断ったら命を刈り取るという意思が伝わってくる。
「てゐ、もっと後ろに下がれ」
「わ、分かったわ」
八雲は警戒するように、てゐを下がらせた。
「必死ね。今から殺されるというのに」
「生憎、そう易々と手放すほどの安い命は持ち合わせておらんのさ!」
「あ、そう。でも関係ないわ。私に大人しく献上すれば、苦しまず殺してあげる」
ぱっくりと空間に縫い目が現れ、八雲の胴体へ通すように放たれる。防御不可能な空間を裂く攻撃。助走なしの純粋な脚力でそれを跳び越えれば、もう一度、地面を蹴って吶喊する。手に持った退魔の札を3枚、地主に放り投げ、「光明!」と唱えれば光が爆ぜた。
竹林を塗りつぶす光の波。
間近で食らった地主は眩そうに手で目を覆い、八雲の動きに注意しているようだった。しかし気配を極限にまで消した八雲を、そうそう捉えることはできない。結果、背後へと回った八雲は、新たに取り出した退魔の札を地主に貼り付けようと手を伸ばす。
が、一手遅かった。否、一手ではなく、数手先を読まれていた。
背中へと触れようとした手は空を切り、何事かと思い凝視すれば、女の背中がなくなっている。眼のような楕円形で開いた空間に、八雲は手を突っ込む形をさせられていた。
(っ、まずい!)
慌てて腕を引き抜こうとする。
けれどそれより早く、八雲へと振り向いた地主が腕を掴み取った。男なら惚れ惚れとする、その大輪のような顔を、ぐっと八雲の鼻筋近くまで近づければ、冷たい声を上唇から漏らす。
「役人様。よばひ星は、お好きかしら」
刹那――――神通力で形成された妖光の球が、八雲の背後から降り注ぐ。躱そうにも、腕が掴まれている為逃げられない。あの球の威力は言わずもがな。慧音の家を吹き飛ばすそれを喰らわば、八雲に後はない。
――着弾。
――爆音。
――そして吹き荒ぶ暴力の風。
勝利を確信した地主はニヤリと笑う。八雲の体は煙に紛れ見えないが、あれを至近距離で受けて無事なはずがない。雌豹のような笑みを浮かべれば、しかし、さっきから掴んでいる腕の筋肉が緩まないことに疑問を覚えた。
どうして、と。
――祓へ。
そして声は聞こえる。
はて、どこから? そう聞くのは無意味であろう。当然この場で声を上げる者など一人しかいない。
であれば、その者が晴れた煙の中から平然と出てきても可笑しくない。
八雲の周りに浮かぶ幾つもの札。防がれていた。直撃などしていなかった。地主の攻撃は須らく、弾かれておりダメージなど微々たるものだと思われる。
「あなた」
「――清め」
「あれを防いで」
「――穢れあるものを」
瞬間、八雲が空いていた左腕を伸ばし、指を鳴らす。
ばさり。
と何故か麻の擦れる音が響いた。
――致し方なし。
と、このとき八雲は思う。
できれば穏便な手で地主を大人しくさせたかったが、加減をして相手をできるほど、彼女は弱くないし、八雲も役人としての矜持を捨てていない。
そもそも地主相手に手心を加えようとするのが間違いなのである。人間とは弱い生き物だ。その中でも八雲は少しだけ優秀で、少しだけ頑丈なだけ。基本性能であれば、地主に勝てる要素など万に一つもないのは明白である。
――なればこそ、やむなし。
悲観するでもなく、逃避するでもなく。現状を現状として正しく受け止め、八雲は己の腕を離さない地主を力任せに引き寄せる。
一瞬、体が浮いたように感じた地主は、一瞬呆けた表情をするも、すぐに八雲の馬鹿力が自身の体を吸い寄せたと理解した。理解しても、もう遅いのだが。
――天津の光。
それは光明である。罪穢れを突き止め、妖兆を掻き消す高天原より使われし光。それが八雲が祝詞によって放出された神秘の正体である。
それぞれの性質を持った光弾を発生させ、連続的に打ち込むことで妖魔を鎮め込む。物の怪であれば特効となり。また人がくらっても怪我は負う。
故に凶悪。故に強か。それがいま地主へと殺到する。
(――面倒ね)
地主は刻一刻と迫る光弾を見て、心中でそう吐露した。
隙間で防ごうにも、さっきから空間には何故か隙間を複数展開できないし、跳び退くにも今は体を引き寄せられ間に合わない。妖光での相殺は火力的に不可能。
どれも間に合わず、対処できず。かと言って直撃すれば、どうなってしまうか予想もできない。痛いだけですめばいいが確証もないし。
だから地主は面倒だと考えた。どれだけ優秀な頭脳を持ち合わせていようと、知らないものに対して解を導き出す事はできない。ましてや、興味もない人間のことなんて、考える余地すら挟みたくない。
考え方を少し変えるか。
地主はコンマ1秒にも満たない速度で思考を回し、そしてたどり着く。案外、簡単なやり方を。
「うお、まじか」
自身の肉体にいくつも隙間を展開したのだ。
この場の空間は隙間を複数展開できないが、自身の肉体は別。外と内を隔絶し、自身を結界として機能させれば意外に簡単なこと。
地主の肉体を貫通したかのように、八雲の放った光弾はすべて対象物をすり抜け、遥か上空へと打ち上げられた。
全身の至る所に隙間を開けた女は淑やかに目で訴える。
「悪いけど、離してくださる? 私あたなに触られたくないのよね」
「いや……人の腕を掴んでる奴の台詞かい、それ」
「あら、それもそうね」
地主は毛虫でも払うかのように八雲の右腕を放ると、流れるような動作で手を翳す。
間髪入れず発射された妖光の球。壱、弐、参――と、すべて八雲の顔面目掛け飛来する。
八雲は頭を振って、それを躱し、そのまま潜るような低姿勢で地主の背後へと走った。
が、しかし。
芸がないわね。
なんて呑気な感想を地主は抱いた。さっきは目つぶしと、意表を突いた攻撃だったから背後を取られたのだ。八雲が並みの人間よりも早く動けると分かっていれば、なんら怖くない。それどころか、背後を狙われていると思えば対処など容易にできる。この空間で隙間が大量展開できないことは業腹だが、それでも人間一人を殺す手段など幾らでも思いつく。
地主を中心に大量の妖光が嵐のように渦巻いて発生する。近づこうとしていた八雲の足が止まり、一瞬だけ目を皿にした。
「思ったより、攻勢が強いなっ!!」
「そんなの分かっていたことじゃ無い、八雲! 死なない程度に頑張ってよね!」
「酷なことを言う! あと、もう少し下がれ、てゐ!」
合間を縫いながら後方へと下がり回避する。だが逃げた先に大量の岩石が降り注いだ。八雲が張った結界よりも外に、地主が隙間を開いたということなのだろう。
八雲はそれらを全て札を投擲して砕き、散らせ、防ぐと、幾重もの結界を発生させ連続的に放つ。地主は退魔の札でそれを隙間で躱せないと踏むや否や、妖光の塊をぶつけて相殺した。
煙が立ち上がる中、八雲が突然その中から姿を現し、地主の腹に触れようとする。しかし脊髄反射というものだろう。突如薄ら寒さを感じた地主はその場から跳び、隙間を使って優雅に着地した。
周囲の状況を探るように目を細める地主。自らの腕に隙間を創り出し、雑把に近くの竹を次々と切り裂くと、それを蹴り飛ばして八雲に突き刺そうとする。しかし、地面に散らばっていた竹を素早く拾い上げた八雲は、それを使って一挙に叩き落とした。
遠距離攻撃が有効打とならず苛立った地主は己の体に隙間く。そのまま腕を入れると、八雲の顔面目掛けて出現させ、至近距離で神通力の爆発を起こしてみせた。だが八雲もそれに対応しており、吹き飛ばされはしたものの、守護の札で防御している。
(これで手加減してるんだから、たちが悪い!)
「どうしたの? さっきみたいに反撃しないのかしら」
「熱烈な挑発をどうも!」
一進一退の攻防が繰り広げられる中。それを第三者として見ていた白兎は身を震わせていた。
(あの物量の攻撃をする金髪女は勿論化け物だけど、それを人間の身で全て相殺している八雲って……!?)
次回に、本小説における慧音の過去編という幕間を2話挟みます。
それが終われば、残りはほぼ最終決戦です!
最後までお付き合いくださいませ……!