君のための幻想郷   作:倭人

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第一章 神祇官 (2)

「さてはて、どうするかね」

 

 式神の足先に返答を記した伝書を結び、それを空へと返すや、八雲は困り果てた声を出しながら進んでいく。

 茂みの奥より食い入る様な視線。

 八雲はそれに気付いてはいるが、あえて、気付かないふりをしていた。物の怪が跳梁跋扈する時代、おいそれと目を合わせていい類のものではないと気がついたからだ。たとえ僅かな目を合わせるだけで、災厄を招くと言い伝えられる者もある。

 

(ここは海でもないから海難法師とかではないだろうが、似たような物の怪だと面倒くさい)

 

 強力な呪詛は相手を一瞥しただけで死に至らしめることもあるそうだ。

 八雲を覗いている者が、それだけの力を有している存在かは判断できないが、無闇矢鱈と関われば痛い目を見るのは人間である。

 このまま放置しても良いが、かと言って、それを人里へと連れて行くのも気が引ける。

 八雲は、無用な軋轢を避けんと心に誓いながら、足下を確かめるように五歩。六歩――――相手に引く気がないのを確認し、八雲は視線を送ってくる主へ向けて声を放ってみた。

 

「申し、そこの者。何か俺に用かい?」

 

 声に驚いたのか一瞬茂みの奥が揺れる。

 そのまま八雲が無言で待てば、決まりが悪そうに一人の少女が姿を現した。

 線の細い少女である。白藍色の髪は腰のあたりまで伸ばされており、まるで雪解けの清流の如く淀みがない。太陽の光を際限なく反射させるほど、眩い透明度のせいで一見年齢不詳にも思えるが、体格的に見ても少女と断定するのは容易である。

 八雲はその少女の姿を見て瞳を光らせる。少女と、目が合った。

 

「男、お前はここで何をしている」

「何を、と言われても、山を抜けるために歩いているんだが」

 

 八雲はさも当然とした様子で、快活な笑いを浮かべながら答えた。

 しかし、そんな笑顔を向けられた少女は全く面白くなかったのか、髪の隙間から見える眉は一層引き締められ、鋭い眼光で八雲を睨みつける。

 

「嘘をつくな。大方、この先にある人里へいくのが目的だろ」

「それも目的の一つではあるな。でも、山を抜けたいのも本音さね。陽の正確な位置が見えんで、方位が狂ったんだ」

「ほう、それは災難だったな。ならば、そこを右に曲がって真っ直ぐ行け。山からは降りられる。どう言った了見で人里へ行くのかは知らないが、今あそこに行くのはお勧めしない。分かったなら、そのまま往ね」

「……悪いね。そんなこと言われても、当方にも里へ用件があるんだ」

 

 八雲は少女の言う通りにする気はさらさら無く、しまいには少女に背を向け歩みを再開した。

 男の信じられない行動に、流石の少女も驚いて叫び、追いかける。

 

「私の話、聞いていたか!?」

「聞いてはいたさ。だけど、こっちも勅命でね。何か問題事があるのなら、それを何とかしないといけないのが役人の仕事ってもんさ」

「待て待て、役人だと!? もしかして貴様、税の取立て人か!」

 

 役人という言葉に強い嫌悪感を抱いた少女は、歩みを止めない八雲を追い越して前に躍り出た。

 この時代、と言うよりかは、いつの時代でもそうだが、庶民を虐げる役人というものは嫌われる。大宝律令が制定されてからというもの、税の徴収は重くなり、庶民に取ってはまさに地獄の日常が続いていた。しかもその地獄が、役人ら上級階層によって余儀なくされているのだから、尚更そういう機運が高まっていた。

 だが八雲は質問に対して、苦笑いを浮かべながらやんわりと否定をした。

 

「そいつは俺の仕事の範疇外さ。俺の仕事は人間を相手にすることはあまりない。ましてや税の取り立てなんて、やったことすらない」

「なに?」

 

 少女は面食らった顔をしたが、しかしすぐに腕を組み、詰め寄るように問い返す。

 

「人間を相手にしないのであればお前は一体全体誰を相手取るというのだ……よもや牛や鶏といった家畜でも相手にするのか?」

「それはただの牛飼さね。まあ、説明は難しいが大雑把にいうと〈物の怪の類〉と言えば分かるかい」

「……魑魅魍魎といったところか」

「ご明察」

 

 この奇妙な掛け合いは、当時の都や里の常識を遥かに超えた会話であったが、実際その通り。八雲の仕事は基本人類の域を出た者たちへと限定される。

 域を出た者とは、神霊であれ、怨霊であれ、自然の化身であれ、夜の住人であれ、総て隔てなく「物の怪」という大きな括りにされる。それらは全て彼の仕事相手として成り立っており、例を挙げれば枚挙に遑がない。八雲からすれば、それこそ現在進行系で付き纏ってくる少女が、その仕事相手だと称してもいい具合である。

 白藍の髪に、数え年はまだ10にも満たないであろう背丈。そんな幼子同然の少女が、狩の道具も持たず、一人こんな山中にいる時点で、十二分に人間の域にいないと予想できる。

 

 八雲は、しばしの沈黙の後、少女へと歩み寄る。

 

「なんの真似だ、いきなり近づいてきて……」

「いや、そう言えば自己紹介をしていないと思ってな」

「――――はぁ?」

「俺は神祇官に勤める八雲というものだ。(うじ)は忌部。(かばね)宿禰(すくね)と申す。まぁ、あんまり気にせず八雲と呼んでくれ」

 

 少女は訝しむ。

 さらに、聞き慣れない役職名にも眉根を下げた。

 

「神祇官って……聞いたことのない役職だな」

「ははは、それはそうだ。神祇官は諸国の里を巡ったりしない。必然、民草からの知名度なんて雀の涙ほどさ。ちと説明が長くなるが――」

 

 八雲が言った通り、神祇官というものはあまり日の目に当たることはない役職だろう。

 律令制により設けられた官庁――神祇官。

 主に朝廷の祭祀を司っており、大宝律令以前から存在していた。律令制における二官八省の、二官のうちの一つであり、諸国の官社を総括している役職だ。もう一つの太政官と違い、(しき)・寮・司などの位階はなく、四等官制により構成されている。 

 これらの説明からも分かるだろうが、神祇官は里単体に出歩いて仕事などするような役柄ではない。里単体を巡る必要があるのは、税の取り立てをしなければならない各地の豪族(郡司)や里長くらいである。神祇官はあくまで諸国の祝部(ほうりべ)の管理や、神祇令規定によって定められた祭祀を取り仕切る役割である。必然、都近辺か官社に関連する者でもない限り、聞き覚えがないのは当然であった。

 八雲からしてみたら、陰気くさいと思われても仕方がない職種だと思っている。

 

「なんだ。ならば只の穀潰しの役人じゃないか。血税を喰らう害獣だな」

「そう言われると気まずいのだが、まぁ神祇官というのは主に祭祀を取り扱っている。外回りも精々が官社巡りってところだな。自然と都か官社近辺でしかその役職を知っている者はいないのさね」

「ふん、都周辺以外だと聞き馴染みがない? それは地方への嫌味にしか聞こえんな。第一、里巡りをしないのであれば、お前はなぜ都勤めではないんだ!」

「これは痛いところを突かれた。だがすまんね。そこまで話すと長くなるから、あまりその辺りは話したくない」

「さては、お前……かなり面倒くさがりだな?」

 

 少女の強い眼差しが八雲を射抜いた。

 面倒くさがり、とは些か違う。

 八雲としては話しても構わないが、言葉にして説明できるか怪しいと言ったところなのだ。朝廷内のごたごたもある。他にも、八雲個人の問題だったり、知人との編纂事業であったり、さらには氏族関連にも話が発展してしまう。そのため、いざ才伎長上(常勤)じゃない訳を述べろ、と言われたら言葉が詰まるのだ。

 ということで、八雲は乾いた笑みを漏らし、冗談めかすことにする。

 

「ふむ。常が勤勉なものでね、細かいところで息をぬきたくなる」

「ほざけ。勤勉な奴が自らを勤勉と称するものか。お前はただの好事家もどきだ」

「好事家もどきって……もっと他に表現があると思うがね」

「ならば、ひょうろく玉だ、お前は」

「……すまんが、面倒くさがりで頼むよ」

 

「まったく酷い言われようだ」と八雲が無意識に漏らした。ついでに肩も落とした。

 ここまで罵倒されるとは、少女が警戒している証である。役人というだけで毛嫌いされてるのも珍しくない。実質、八雲は両の手で足りるくらいそのような態度を表に出されたことがある。

 心証を悪くしてしまった相手に、名前を聞くなど逆効果なため、八雲は渋々と歩みを再開しようとした。

 けれど、半身を翻す前に少女が声をかける。

 

「待て。こちらは、まだ名乗っていないぞ」

「それは驚いた、まさか教えてくれるのかい?」

「面倒くさがりと違って、私は礼儀正しいからな――慧音だ。好きに呼べ」

「慧音か……いい名前だ」

 

 理知的な名であるが、反面可愛らしさを内包している。

 まさに、無愛想な顔色を浮かべながらも、ほんのり優しさが滲み出ている少女にぴったりだと思えた。

 

「ふむ、呼び名はそうだな。親しみを込めて『けーたん』なんてのは如何か?」

「っ!!?」

 

 右手人差し指をピンと立て、八雲は生真面目に云う。

 一切、混じり気のない純朴さ。相手を辱めようという皮肉など感じられない。どのような思考回路を持っていれば、「けーたん」などという悍ましい渾名が出てくるのか。慧音は八雲の美的感覚に戦慄すら覚えた。

 

「なっ、やり返しのつもりか?! わ、悪いが、やはりさっきのは無しだ! 普通に呼べ! その呼び方は何だか寒気がする!」

「何だ、可愛らしいだろう?」

「そんなけったいな呼び名を可愛らしいと思うなら、それはお前の感性の問題だ! そのような呼び名は断じて受け入れないぞ、私は!」

 

 総毛立つように拒否されるものだから、八雲もやむなく微笑みを引っ込める。からかうつもりなど無かったのだが、結果的に見れば慧音の柳眉を逆立てている。己の美的感覚が人よりずれていると思いもしなかった八雲は、人知れず悄然とした。

 

 顔には決して出さないが――。

 

「あんたも失敬な奴だな」

 

 ――と負け犬の遠吠えとも取れる捨て台詞は吐いたのだった。




お気に入り登録、高評価ありがとうございます。
文量など手探り状態でやっています。
大体四章で1話の予定ですが、まぁ長いと思われますので気長にお付き合いください
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