君のための幻想郷   作:倭人

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ちょっと地の文の納得がいかず昨日はお休みでした
今日からまた頑張ります


第二章 迷いの竹林 (1)

 

 迷いの竹林。

 近辺に住まう里人たちは、入っては帰ってこれぬ怪しげな竹林を、このように呼称した。一体いつから在るのかは不明。ある者は日ノ本が産まれた時には既にあったと云う。またある者は、天孫降臨の時にできたものだと云う。真偽は不明なれど、随分と古くからこの竹林はこの地域にあった。

 迷いの竹林に挑んだ者は、悉くが遭難者となり、生死も分からないまま人々の記憶から消えて失せる。これは何ら通説ではなく、純然たる事実であることに違いはない。人々は畏敬を込めて、この竹林には入らぬようにと法を作った。破った者は、もれなく竹林に食われたように忽然と姿を消す。不思議と誰も法を破らなくなったそうだ。

 そうして気がつけば、迷いの竹林は獣すらも生息しない絶対の地となっていた。竹林を目にするのは勇敢さを試す若輩者ばかり。そんな者たちの中に、一人このような発言をした者がいたという。

 

 ――迷いの竹林には兎が住んでいる。

 

 はて、なぜそのような可笑しなことを言うのか。まことしやかに囁かれたそれを、誰もが一度は考えてみたが、やはり分からない。あのような出口のない竹林に、何かが住んでいるなどあり得ず。そもそも出口がないのだから、外から中が見えるはずもない。

 そのうち一人の若輩者の言葉は虚言だと信じられ、根も葉もない妄言だと切り捨てられた。

 これが迷いの竹林と呼ばれる、不可思議極まりない地形の迷信である。

 

 

 

 

 

■ ■

 

第ニ章 『迷いの竹林』

 

■ ■

 

 

 

 

 里から離れ、牛の方位へと四半刻ほど歩いた頃。涼しい風を体で感じながら、慧音と八雲は歩いていた。会話という会話は特にない。八雲も口達者ではあるが、お喋りという訳ではないので口を噤んでいた。

 ざりざりと、土を踏む音を響かせる。歩きながら思い出すのは、嫌でも暗然としていた人里のことばかり。

 誰も彼もが辛気臭い顔をしていた。住居の戸口から八雲を見るのは、どれも落ち窪んだ眼ばかり。普段は活気にあふれているだろう井戸端も、手付かずのようであったのを覚えている。笑い声はなく。活気など程遠い。何も事情の知らぬ旅人がくれば、さぞ死都に見えることだろう。寂寞とした雰囲気に堪えかね、さっさと里から抜け出してきたは良いものの、それも無意味だった。いざ里を抜け出してみても、八雲の頭からは人里の惨状が離れることはなかったからだ。

 そんな気の重さが慧音にも伝わっているのだろう。時折、八雲の顔を一瞥しては、何も言わず道の先をじいと見つめる。手を胸の位置でもじもじさせては、ぶんぶんと頭を振る。そしてまた八雲を見る。

 たしか今さっきで12回目だ。

 八雲は思わず苦笑した。 

 

「なんだ、慧音。俺がそんなに心配かね」

「っ、ち、違う! ちょっと虫が飛んで気になっただけだ! お前なんて観ちゃいないぞぅ!?」

「そうかい? にしては後ろを振り向く頻度が高かったような……」

「あぁ〜あぁー! ここは虫が多くて、ほんと嫌になるなぁ!」

 

 と、まぁ誤魔化しきれてもいないのに、顔の前で手を振る慧音。他人を気遣っているとバレたのが、そんなに恥ずかしかったのか。まるで悪戯がバレた幼子のような慌てふためき様に、八雲はそっと目を伏せ彼女の尊厳を守ってやることにした。

 慧音は強い少女だ。同時に優しい少女でもある。少なくとも八雲はそう思っているし、否定する材料も今のところない。あのような人里を間近で見ていながら、今でさえ他人を案じられる気丈さ。これは誰が見ても美徳に映ることだろう。 

 この少女のため。もっと言うなら困っている善良な民のため。早くこの異変を解決してやりたい。八雲に疾る気持ちが一瞬芽生えるものの、それはいつも叶わないことだった。急がば回れ。走れば躓く。急いでも得をしないという状況は、それだけで胃が重くなる。願うだけ無駄なのだから、八雲はあまり近道を考えないようにしている。けれど、数回に一度のペースで、益体もない考えというのは頭によぎってくるものだ。

 

(いつになっても、こういうのは慣れんな)

 

 八雲は己の未熟さに呆れ、目頭を軽く揉む。

 そんな彼を捨て置いて何かを見つけたのか、いきなり慧音は「あっ」と声を上げて前に駆け出した。少女とは思えぬ俊敏さで六尺ほどの大きい岩に登れば、元気な顔で振り向き叫ぶ。

 

「おい、八雲! ここだ!」

 

 気がつけば、せせらぎの音が耳に入ってきた。

 眼前に広がっているのは大きな川である。川幅は大体八雲の身長二〜三人分ほどか。小さな子供が警戒心もなく入れば、溺れてしまっても不思議じゃない程度の長さ。流れは落ち着いていおり、深さも丁度いい。川の氾濫など起きても、大した被害は出ないだろう規模だ。

 

「ありがとう、慧音」

 

 八雲は軽く感謝を述べると、早速、できるだけ平坦な川辺へと足を運び腰を落ち着かせる。川の上流から下流へと何度か目配せをすれば、手を水の中へ入れた。手を沈ませること少し。八雲は目を閉じて意識を集中させる。手から伝わってくるのは水の冷たさと、流水によるくすぐったさだけであった。

 手を抜き取り大袖で水分を拭き取ると、改めて八雲は岩に登っている慧音を見上げる。

 

「禊が行われた形跡がない」

「なに?」

「つまり、地主は穢れを内包したままということだ」

 

 八雲が調べてみたかったのは、穢れた地主が禊を行ったかどうかということである。

 里長からの話を聞いている限り、地主は乱心し、怒りの衝動に任せて里人を襲っているという。神霊が人如きに恨みを募らせるなど滅多にないことなため、訝しんでいた八雲だが、ここにきて里長の言葉は本当で在ることが証明された。

 

「この川で禊をしていないだけでは無いのか!」

 

 慧音が考えつく限り最悪な状況を回避すべく、そう問うた。

 八雲だってそうであって欲しい。けれど、

 

「それもあるかもしれんが、地主は人を襲っているのだろ? 里に近い川というものは、大抵田居の溝(水路)に繋がっている。ここに穢れを流せば、土は汚れ、水は濁り、奴らは昨年を超えるほどの不作に見舞われ苦しむことになるんだ。それをしないという事は考えにくいだろう。天災にしてはやっている事が、あまりにもぬるい」

 

 本当に里人を殲滅したいのであれば、生活を利用してやればいい。作物を腐らせ、飲水に毒を仕込み、土を汚染する。それだけで、そこら一帯に住む者は皆殺しだ。しかも、楽に死ぬことなどない。痛みに苦しみ、徐々に蝕まれる体に恐怖しなくてはならない。考えつく限り、最悪最低の殺し方である。

 慧音も八雲の言いたいことが想像できたのか、思わず顔を乱雑に握られた和紙のように顰める。

 

「お前の言いたいことはわかった……だが、神が禊をしないなんて事があるのか? 神は穢れを嫌うと聞くぞ」

「ああ、穢れを内包したものはいずれ醜悪な存在へと変化する。この国を生んだ神の母、伊邪那美命がそれだ。だから、神は己が穢れることを嫌う。信仰心さえ集められれば、神霊としての側面も維持できようが、地主には今それもないだろう。穢れを内包したままなのか、それとも……」

「別の場所で禊をしているか、だな」

 

 八雲は頷いて見せたが、やはり望みが薄いように思えてならない。

 そもそも、禊をするのであればこの川は最適だ。里人を殺すという意味ではなく、神秘的な面で見ても。目を凝らしてみれば、所々に水の精が住み着いている。彼ら彼女らの力を借りれば、ある程度の穢れは削ぎ落としてくれるだろう。逆に、八雲たちが来る道中で見かけた山の中の川には、水の精はあまりいなかった。

 腑に落ちない。

 どうやって思考を繰り返しても、八雲の中で曖昧な違和感だけが引っかかる。

 

「うーーん。どうも腑に落ちんな」

「何がだ」

「地主様のやりたい事だ」

 

 八雲が唸り声をあげれば、岩の上で聞いてた慧音が「ふっ」と鼻で笑う。

 

「そんなもの、八つ当たり以外にあるのか。お前はどうも細かく考え過ぎている。あいつを目の当たりにすれば、そんな些事気にならなくなるぞ」

 

 さも知ったような口をきく。

 岩の上から飛び降りてきた慧音を見て、八雲は頭を傾げた。

 

「なんだ、慧音は会った事があるのか」

「……まあ、少しだけな」

 

 あまり思い出したくないのか、そこで慧音は一瞬口を閉じ、目を伏せる。

 

「あれは……人間が気安く関わって良い存在じゃない」

 

 吃音とも言えなくらいの詰まった調子で、慧音は吐き捨てた。

 肉を超え、骨を超え、心の臓にまで届いただろう恐怖は、おいそれと忘れさせてはくれない。それほどまでに慧音は地主に恐怖を抱いている様子だった。

 八雲は川に映った自分を見つめる。

 その時、顔を映す川の下で、小さな魚が一匹跳ねた。

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