前日譚の終わり
私にとって操夜先輩は、なくてはならない人。私の居場所であり、陽だまり。私を導いてくれる人。
好きなことくらい、分かっていた。父親のようにすら思っていたかもしれない。一人でいることには慣れているはずだったのに、いつの間にかなくてはならない人になっていた。
最初は私みたいな可愛げのない女を構ってくれる物好きな人だと思っていた。コンビを組んでからはその戦いだけではない強さに驚いたし、どうしてそんなに超然としていられるのか不思議だった。そうでありながら楽しむことに真摯な姿が、操夜先輩が相棒であることが酷く私を安心させた。
操夜先輩が風紀委員長になると聞いて、納得するとともに嫌だと思ってしまった。委員長になればコンビで行動する機会はほとんどなくなってしまうだろうから。ふたを開けてみたら操夜先輩は管理体制を一変させて、今まで通り一緒にいられるようにしてしまったけれど。
頭の固い私にとっては、その行いは青天の霹靂だった。もしかしたらあの時が、私にとって操夜先輩がなくてはならない人に変わった瞬間だったのかもしれない。
気づいていなかったならば、この想いにふたをして、見て見ぬふりをして過ごせたかもしれない。
でも私は私が操夜先輩のことをどう思っているかを知った。よりによって、最悪のタイミングで気づいてしまった。
異性として好きなんじゃない、否、異性としてももちろん好きだけれど。それ以上に何よりも操夜先輩のことが好きなの。ずっと一緒にいてほしい、それでたまに私のことを見てほしい。それだけが私の望み、それ以外は何も望まない。
ああ、無理だ、よくわかる。操夜先輩は、私を負担にしなかった。決して私のために無茶をする、ということをしなかった。私に負い目を負わせるということがなかった。今ならよくわかる、それが必要なことだったのだと。
頑張って、無茶をして、働きすぎて、そんな人に私が甘えることなんてできない。愚かな私は目をつぶることもできずに気にしてしまう。私を助ける人は、余裕がなくてはならない。この環境の中にあって何て、何て難しいことなのだろう。分かっていたからこそ操夜先輩は私を助けたんだ。他にそれができる、する人なんて、存在しないと分かっていたから。
今ならよくわかる、それが自然だったのだと。私にそうできる人であれば、当然もっとずっと大きな問題にだって立ち向かっていけるということ。操夜先輩は自分だけの力で難しいことをしようとはしない人だけど、大切な何かの為であれば話は別。私の下から離れていくことは、あり得ることだった。
私もまたゲヘナの生徒だった。
ゲヘナ生が問題ばかり起こしていることは事実。爆発、銃撃、破壊にまみれていて、秩序やルールなど気にする人の方が少ない。
でも本質はそこじゃないんだ。好きなもの、大事なもののために何でもする、妥協しない。
温泉開発部は温泉のために建造物を爆破し、舗装路を耕し、地面を掘り起こす。
美食研究会は美食のために食材を強奪するし、店を爆破する。
みんながみんなそうだから、どいつもこいつも秩序なんて気にせず好き勝手暴れて問題を起こす。
それが生き甲斐だから、それが優先される。
それがゲヘナ学園の、ゲヘナ学園生のサガなんだ。
私もまたゲヘナの生徒だった。ああ、操夜先輩。操夜先輩。操夜先輩。あなただけが私を導いてくれた。あなただけが私を甘えさせてくれた。あなただけが私の相棒になれた。あなただけが私のすべてをを見てくれた。あなただけが私に趣味を、生き甲斐を、幸せを与えてくれた。
愚鈍な私は気づいていなかっただけ。私にとって何よりも大切で、何よりも好きなもの。そのためなら何を差し出してもいい、何よりも優先されるもの、それこそが操夜先輩だった。あなたこそが私の星、あなたこそが私の幸福、あなたこそが私の存在証明。
どうしてもっと早く気づかなかったの。操夜先輩のためなら、何を敵に回しても構わない。犯罪行為だから、風紀委員会と敵対するから、それが何だっていうの。あの時理解していたなら、足に縋り付いてでも操夜先輩のためになろうとしたはずなのに。
あなたがいない世界で、私はどうやって生きていけばいいの。何を生きがいにして?私は……。
あなたがいなければ、いけないのに。
"ゲヘナの星"遠星操夜の死は、隠蔽されることとなった。
そもそも遠星操夜は消えてしまっただけで、それが何だったのか、本当に死んでいるのかを知るものは誰もいなかった。
その様を目撃した者もヒナ一人しかいなかったし、死体が残った訳でもないので、隠蔽はそこまで難しいことではなかったし、公式に言えることもなかった。監視カメラは軒並みダメになっていたし、あの時あのあたりは封鎖されていたから誰もいなかったため、遠星操夜を目撃した人すら皆無である。
奇しくも連邦生徒会長が失踪したら同じ状況になるだろう、失踪した事実すら関係者しか知らない状態だ。
さらにアケヤ風紀委員会副委員長はまるでそのことを事前に予測していたかのように素早く動き、事実を知るものは、風紀委員会上層部のごくごく限られた人員に留まった。
ヒナはしばらく自宅に引きこもっていたものの、アケヤに連れ出されて復帰した。ヒナが操夜先輩の次に信頼する相手であり、にじみ出る母性の持ち主だからこそできたことだろう。
アケヤとてまっとうにヒナを立ち直らせることができたわけではなく、一貫して操夜先輩のためにとやるべきことを与えた形だ。人一倍責任感が強いヒナはたとえ自身の状態が非常に悪かったとしても、やるべきことがあるのならばそれを放っておくことができないのである。
ヒナはあえて深く考えることをせず、それが操夜先輩のためだと認識した。自分自身を誤魔化したのだ、なすべきことをなすために。
そうしてヒナは一層風紀委員会の活動に打ち込むようになった。その仕事ぶりは、以前と比べれば何倍もの仕事を一人でしていると言ってもいいほどだった。
遠星操夜が構築した風紀委員会上層部の構造は、委員長である遠星操夜の固定作業を大きく軽減する形で作られている。そのため万が一遠星操夜がいなくなった場合でも、問題は最小限に抑えられるという、自分がいなくなった後のことまで見据えて作られていた。
しかしこれはある意味連邦生徒会長にも同じことが言えるかもしれないが、操夜には自分自身の影響力を軽視している部分があった。
操夜が構築した体制は、操夜に近しいものだけで周りを固めるという、身内人事にも等しいもの。それゆえ決定事項を分散させているにも関わらず、操夜の一存によって如何様にも組織を動かせる体制だった。このような独裁制にも似た状況が十全に機能していたのは、ひとえに操夜委員長という存在が精神的支柱となっていたからに他ならない。
委員長不在の風紀委員会の仕事を、副委員長は十分にこなしていたのだが、それでも細かいひずみが生まれていることは否定できなかった。
そしてさらに、遠星操夜の不在を理由に風紀委員会に所属していたものの一部が離れていった。こちらの人数はそれほど多くはなかったが、適正者の少ない管理部門の中からも脱退者が出たために、生まれた問題は少なくはなかった。
そんな中にあって、異様なほどに仕事量を増やしたのがヒナだった。その有様はまさにマシーンとでもいうべきもので、冷酷かつ正確。感情を写さない濁った瞳は、取り締まられる側からすれば、操夜のそれとはまったく別種の恐怖であった。
アケヤを筆頭に三年生が卒業し、新三年生のヒナが風紀委員長に就任した後にも、鬼気迫るようなヒナの働きは変わらず、全体としてみれば風紀委員会の成果は変わらなかった。
しかし、遠星操夜の失踪を隠蔽した風紀委員会上層部にとって、想定外だったことが一つある。それは出所も分からないものの、遠星操夜が死亡したという噂が、まことしやかなに囁かれるようになってしまったことだった。
~とある二人の男女の会話~
「はぁ…」
「ごめんね操夜君、私のせいで」
「いやいや、アズリエルのせいじゃないよ。よしんばそうだったとしても、俺が苦労することより、アズリエルを助けられたことの方がずっと大事なことだし」
「……操夜君。そういうことはヒナちゃんに言ってあげなよ」
「ん…?……まーでも、タイミングがなー。まさかこうなるとは」
「うぅ。私がもっと早く死んでれば…」
「いやいや、一応生きてるから……一応。それにまぁ……きっとそういうものだったんだろ。アズリエルが死んで、初めて俺も隠れたままの世界を知ろうと思った訳だし。調べてみたら危機が多すぎて対処しきれないっていう絶望世界だったわけだが…」
「もしかして、一時期地鎮祭の動きが活発だったのって?」
「ああ、俺が動かしてたから。てか、アズリエルなんてコードネームを付けやがって。やったばかりのゲームに感化されまくってるな……いま考えるとこんな名前にしたやつぶん殴ってやりたい、名前の類似だけで不吉なキャラ選びやがって」
「確かに…結局名前以外にも類似点多いよねー。私も死んで、魂がなくなった体が残虐非道な行いを…」
「してない!ヘイローは完全には治せなかったけど魂が無くなった訳じゃないから!つーかそこが一番苦労したから!いろいろやったし時間もかかったけど、間違いなくそこが一番難題だった…」
「…ありがとう、本当に…操夜くんが頑張ってくれたおかげだよ。それにあの生命祈願のアクセサリー、私にしかくれてなかったんでしょ?たった一人もらった私にそれが必要だったなんて、運命みたいだと思わない?」
「嫌な運命だなー。それに本当に死んだ時だけ時の止まった空間に転移させて肉体を保護する術とか、ただのギャグだわ。ジョークグッズのつもりだったし。キヴォトスでそれが使われる日が来るとか予想外すぎる。しかもあの後必死こいて同じものみんなに配ったのに、実際には蘇生に使うリソースがボトルネックで次があっても助けられないとかいうクソみたいなオチが付いたし」
「あ、あははは…お疲れさまです」
「……うん。あー…。アズにゃんだって本当に良かったのかよー。うまくすればキヴォトスに帰ることだってできたかもしれないし」
「ダメだよ!命の恩人を置いて私だけ帰るなんて!それに私を助けなければ、操夜君が死を偽装する必要もなかったんじゃないの?」
「それは…さすがに言いすぎかな。結局リスクがあるし」
「それに操夜君を一人にはできないよ」
「……ホシノが一人になってない?」
「うっ…。ほら……今はもう何人か人がいるんでしょ?それにホシノちゃんは強い子だから」
「俺はホシノと比べたら頼りないしなー」
「ううん、そんなことないよ。ヒナちゃんの気持ちも分かるなぁ。私なんか、後輩にも頼りっきりだったのに、こんなに頼りになる人が先輩になんていたら。(自分のことまで、任せちゃう)」
「まーヒナは強いしめっちゃ有能だし。俺の体制そのままは使えなくても、それなりにヒナ委員長の負担軽減には役立つだろうからあっちは大丈夫かな」
「うんうん。キヴォトスのことは有能な後輩に任せておいておきましょ!」
「…だな。んじゃ、俺らは外から頑張りますか」
「おー!」
そして一年以上が過ぎたある日。万を超える破壊された戦闘用自動機械群と、バラバラに砕けたアトラハシースの箱舟の上で、破壊した張本人である遠星操夜は驚きの声を上げた。
「まさか、連邦生徒会長……死んだ、のか?」
そうして遠星操夜は、急いでキヴォトスへと戻る準備を始めた。
遠星操夜がゲヘナを去った後のキヴォトスでは、遠星操夜の死亡説が噂として流れるようになった。
暁のホルスが悪魔の提案に乗ってしまい、アビドスは崩壊した。決して失われることのないと信じていてた、絶対的な健在の象徴たる存在が、かつて一度壊れた彼女の心を支えていたが故に。
年をまたぎ、連邦捜査部シャーレに、キヴォトスの外から招聘された"先生"が着任した。これにより、連邦生徒会はかつてないほど興隆し、勢力を増した。
先生は連邦生徒会長という旗頭の下、D.U.エリア内にて活動。キヴォトスの外の存在であり銃弾一発でも死に至る可能性がある以上、先生の物理的な移動が非常に難しくなることは当然だった。それでも、シャーレからあまり動けないにもかかわらず、先生の活躍は目覚ましいものであった。
トリニティとゲヘナの平和条約である"エデン条約"も、連邦生徒会長によって順調に進められていた。"先生"の活躍によって連邦生徒会そのものの存在感が強まっていたことも追い風になり、ついには調印式が行われる。
ただし、そこにはシスターフットの姿も、ゲヘナ風紀委員長の姿もなかった。
そして平和の懸け橋となるはずだった"エデン条約"は、巡航ミサイルを撃ち込まれ、調印式の会場が爆炎に包まれたことによって崩壊した。
この時キヴォトスの滅亡の引き金が引かれていたことを知るものなど、誰もいなかった。そうしてすべては完全に終わってしまったことを悟った連邦生徒会長は、自らの命を懸けて最後の手段を実行した。
連邦生徒会長が最後に抱いていたものの中には、かつて友人から譲り受けた、美しいガラス細工が含まれていた。
そうして時間が巻き戻り、連邦生徒会長が消えたキヴォトスに、一人の男が帰還した。
そういうわけで、本作完結となります!最後まで見てくださった皆さん、ありがとうございました!
最初からやることきっかり決めて最終話を定めていたおかげで、無事に完結させることができました。あまりフラフラと横道にそれたりしなかったことも理由の一つかと。
完結させることの大事さ難しさを知らないでもない身としては、投稿が止まることなくやり切れたのはちょっとした自慢です。感想待ってます、一言でもいいので…!
ラストは、始まる前から詰んでるなら詰む前に戻ればいいじゃない、という無法ちゃぶ台返しを連邦生徒会長が決め、そして異常を感知した操夜先輩(キヴォトス比一年以上歳くってる)が戻ってくるという流れですね。巻き戻し対象外で時間の流れから乖離しているせいで色々問題があったり。見ても遠星操夜本人だと普通には気づけない、とか。
今のところかなり可能性は低いですが、続きをやるなら新作形式にします、本作は完結なので。
書きたいことはたくさんあるので、あとがきや解説や考察の話をそのうち投稿します。