押しかけ!チヨちゃん   作:宇宮 祐樹

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 それから、翌日になって。

 

「つまり、チヨノオーさんはトレーナーさんを独占したい、ということですね!」

「いろいろ違います」

 

 ヴィクトリー俱楽部のお二人に、昨日の出来事をぜんぶ話したあと。

 バクシンオーさんから開口一番に返ってきた言葉が、コレでした。

 

「あれ? 私、てっきりそういう話だと思ってたんだけど」

「ぜんぜん違います」

 

 何を勘違いしたのか、ローレルさんも不思議そうに聞いてきました。

 どうしてそういう話になるんでしょう。私の伝え方が悪かったんでしょうか。

 ……とにかく。

 

「私は、トレーナーさんを助けてあげたいだけなんです」

 

 それ以外の他意は無いんです。いや別に、完全に無いワケではないんですけど、少なくとも今この時点でそういう考えはないというか、何というか、その。

 

「以前お付き合いしていた女性からの連絡を止めさせたい、ということですよね?」

「そうです! それです! そういうことです!」

「それで、あわよくばトレーナーさんともくっつけたらいいな、ってこと?」

「そっ……違います」

「違うんだ?」

「違います!」

 

 確かに今のトレーナーさんのことを考えると、すごく私にとって有利というか、非常においしいというか、もしかしたらみたいな感じはしますけど。

 でも、それとこれとは話が別です。全く無関係のお話です。

 一番の目的は、トレーナーさんをお助けすることですから。

 

「んー、でもチヨちゃん。それってかなり難しい話だと思うよ?」

「やっぱりローレルさんもそう思いますか?」

「うん。だってチヨちゃん、その元カノさんのこと何も知らないでしょ?」

 

 確かにそうです。何ならそんな人がいるなんて、昨日知ったばっかりです。

 

「連絡先とか、住んでる場所とか。それこそ復縁したいって連絡してくるのにも、元カノさんなりに何か理由があるかもしれないし。そんな何も知らないままだと、もう連絡してこないでください、伝えようにも伝えられないと思うんだ」

「それは……そうかもしれませんけど」

「とはいえ、元カノさんについて調べるのも難しそうだよね。手掛かりもないし。トレーナーさんに聞いたとしても、絶対に教えてくれなさそうだもん」

「……そうですね。できるだけ触れてほしくなさそうでした」

「それに、仮に元カノさんの連絡先が分かって、もう連絡してこないでください、って伝えられたとしても、素直に引き下がってくれるとは思えないよ」

「うっ……」

 

 ぐうの音も出ません。ローレルさんの言う通りです。

 でも、だからってここで諦めるわけにはいきません。このまま放っておいたら、きっと取り返しのつかないことになってしまうって、そんな気がするんです。

 それに……あんな辛そうなトレーナーさん、もう見たくありませんから。

 

「では、ここは思い切って別の作戦を考えるのはどうでしょう!」

 

 ふと、バクシンオーさんが指を立てながらそんなことを言い始めて。

 

「レースだって同じです。勝利を収めるためには、対戦相手の出方やバ場の状況、他にも様々な要素を加味して、レースごとに作戦を立てる必要があるでしょう?」

「た、確かに……」

「そして作戦とは、言い換えれば自分の強みを相手に圧しつけるための方法です。

つまり、チヨノオーさんの強みを最大限に活かす方法を考えればいいのです!」

「……バクちゃん、いつの間にかレースモードだね」

「どこでスイッチ入っちゃったんでしょう」

 

 普段とはまた違う勢いに、ちょっとだけ気圧されちゃいましたけど。

 でも、バクシンオーさんの言いたいことは分かりました。

 元カノさんにはない、私だけが持っている強みで勝負に出ればいいんです。

 ただ、問題は。

 

「元カノさんになくて、私にだけある強みって、なんでしょう?」

「それなら……やっぱり毎日会えることじゃない? 担当とトレーナーなんだし。向こうはトレーナーさんに避けられてるみたいだから、そこの差はあると思うよ」

「チヨノオーさんの言うことなら、ある程度は聞いてくださるのも大きいですね。多少の無茶でも、あのトレーナーさんなら許してくださるでしょう!」

「めいっぱい甘やかされてるもんね、チヨちゃん」

 

 二人の視線が、なんだか生暖かいような気もします。

 とはいえ、確かに二人の言う通りだと思います。少なくともトレーナーさんは、私を避けているとは思えませんし。ワガママも……言ったことはほぼないですけど、きっとトレーナーさんならなんでも聞いてくれる気がします。

 

「となると、やっぱりここはグイグイ攻めた方がいいのかな?」

「もちろんです! 恋はバクシン、いえ、恋『も』バクシンと言いますからね!」

 

 なんて、気が付いたら二人だけでどんどん話が進んでいって。

 私のために考えてくれるのはありがたいですし、とっても頼もしいんですけど、なんだか二人とも勢いがあるというか、ブレーキが外れかけてる気もします。

 このままだと私、何かとんでもないことをさせられるのでは……。

 

「……ねえ、バクちゃん。私、一ついいこと思いついちゃった」

「奇遇ですねローレルさん! 私もちょうど、作戦を考えたところです!」

 

 そんな私の不安をよそに、二人は笑顔でこちらに振り返ってきました。

 正直すごく怖いです。一体、何をさせられるんでしょうか。

 

「ねえ、チヨちゃん」

「はいっ」

「トレーナーさんのがどこに住んでるかって、知ってる?」

「えっと……はい。場所なら以前聞いた事があるので、知ってますよ」

「おお! それなら話は早いですね!」

 

 ……まさか。

 

「チヨちゃん、しばらくトレーナーさんと同棲してみるっていうのはどう?」

 

 …………………………。

 いや。

 

「無理無理無理無理! 絶対無理ですってそんなの!」

「えー? いい作戦だと思うけどなあ」

「どこがですか! そもそもトレーナーさんにだってご迷惑ですよ!」

「そう? むしろ大歓迎だと思うけど」

 

 ……確かに、それはそうかもしれませんけど!

 

「大体、何をどうしたらそういう結論にたどり着くんですか……」

「考えてみてください、チヨノオーさん。そもそも相手の方が復縁を迫る理由は、ひとえにトレーナーさんに現在お付き合いされている方がいないからです」

「た、確かにそうかもしれませんけど……」

「そこでチヨちゃんの出番だよ。トレーナーさんの家に女の子が一緒に住んでる、ってなったら元カノさんも手が出しにくいだろうし。今みたく連絡してくる頻度も、きっと減ってくるんじゃないかな」

 

 二人が言いたいことは、何となくわかりました。

 つまり、いわゆる今カノがいれば元カノさんも諦める、ということですよね。

 でも、こんなの作戦でも何でもありません。ただの強硬手段です。

 付け焼刃とか、焼け石に水とか、そんなレベルの話じゃありません。

 レースで例えるなら、誰よりも速く走れば一番だよね、みたいなものです。

 言葉が悪くなってしまうかもしれませんが、そんなのただのアホです。

 

「やっぱりダメだと思います! トレーナーと担当ウマ娘が一緒に暮らすなんて! なんというか、こう……色々と危ないですよ! 世間の目とか、モラルとか!」

「……じゃあ、他に何か方法は思いつく?」

「うっ」

 

 そこを突かれると痛いです。何も言い返せなくなっちゃうじゃないですか。

 

「いいですか、チヨノオーさん。ここが勝負所ですよ。元カノさんから身を守り、そしてトレーナーさんの悩みを解決するには、この作戦しかないんです!」

「で、でも……さすがにトレーナーさんのお宅に押しかけるのは……」

「チヨちゃんだって、このままはイヤなんでしょ?」

 

 それは、確かにそうですけど。

 だからって、こんな作戦で本当に大丈夫なんでしょうか。

 

「むしろ、この作戦が一番だよ。だってこんなのチヨちゃんにしかできないもん。今のトレーナーさんを助けてあげられるのは、チヨちゃんだけなんだよ」

「……私が、トレーナーさんを…………」

「それとも、チヨちゃんはトレーナーさんと一緒にいたくない?」

 

 ……なんだか、うまく言いくるめられてる気がします。

 でも、他にいい案が思い浮かばないのも事実です。

 私だからできる作戦というのも、その通りです。

 それに……私だって、トレーナーさんと一緒いられるなら、そうしたいです。

 形はどうあれ、二人で過ごす時間が増えるなら、願ったり叶ったりです。

 

 ……………………………。

 ここは、うまく乗せられたということにしても、いいんじゃないでしょうか。

 

「……わかりました。やってみます」

「さすがチヨちゃん!」

「それでこそです! 頑張りましょう、チヨノオーさん!」

 

 思っていたよりも二人がノリノリな気もしますが、それはこの際気にしません。

 そう。これはトレーナーさんを助けるための作戦です。失敗は許されません。

 ですから、うまい具合にトレーナーさんの今カノを演じないといけませんよね。

 毎朝お弁当を用意してあげたり、お部屋のお掃除やお洗濯のお手伝いをしたり、帰りは一緒にお買い物したり、夜は毎日お味噌汁を作ってあげたり。

 そんな感じで、トレーナーさんとラブラブな同棲生活を演出するんです。

 だって作戦ですからね。やるからにはもちろん全力ですよ。手は抜きません。

 

「必ず成功させてみせます! 『チヨとトレーナーのラブラブ大作戦』を!」

「ちょわ!? いつの間にそんな作戦名が!?」

「気合十分だね、チヨちゃん」

「頑張りますよ! ファイ、オー! チヨノ、オーッ!」

 

 かくして。

 

 

 一週間後のお休みの日、とあるアパートの部屋の前で。

 

「……チヨちゃん?」

 

 扉を開けたトレーナーさんは、私の顔を見て不思議そうな声を上げていました。

 

「おはようございます、トレーナーさん」

「うん、おはよ。それで……え? チヨちゃん、何しに来たの?」

 

 眠たそうな目を擦りながら、トレーナーさんがそうやって首を傾げていました。

 無理もありません。急に担当ウマ娘が家の前に居たら、誰だってそうなります。

 ですから、この反応は逆に作戦通りです。何も問題はありません。

 ……そろそろお昼時だというのに、明らかに寝起きなのは想定外でしたけど。

 とにかく後は、ローレルさんに言われた通りにするだけです。

 少しだけ、いやかなり恥ずかしいですけど、ここは腹を括るしかありません。

 だから、えっと……。

 

「きっ、来ちゃいました……てへっ♪」

「……………………」

「……………………」

 

 どうしましょう。トレーナーさんが固まってしまいました。

 やっぱり、「来ちゃいました♪」作戦は無理があったんじゃないでしょうか。

 サプライズが嫌いな男の人なんていないよ、なんてローレルさんから言われて、ついその気になっていましたけど、冷静に考えると無謀にも程がある気がします。

 このままでは門前払いにされてもおかしくありません。どうしましょう。

 

「そうだなあ……」

 

 なんて考えていると、トレーナーさんはそう呟いて。

 

「当ててあげる。ローレルちゃんからの入れ知恵でしょ」

「うぐっ」

「あの子ちょっとマセてるところあるし。上手く乗せられちゃった感じかな?」

 

 バレバレでした。それも、言い逃れできないレベルで。

 ですが、ここで引き下がるわけにはいきません。せっかくの作戦が台無しです。

 ここは何とか機転を利かせて、このピンチを脱出しなければいけません。

 大丈夫です。バレそうになった時の手段もちゃんと考えてあります。

 

「え、えっとですね! トレーナーさんは今、何されてたんですか?」

「んー? 普通にお休みだから寝てたよ。今日はなんにも予定無いしね」

「やっぱり! いくら予定がないからって、だらしないのはダメですよ!」

「えー」

「そんな顔したってダメです! いいですかトレーナーさん。私が今日来たのは、トレーナーさんが健康的な生活を送れるように、色々とお手伝いするためです! ちゃんとした生活が遅れるまで、しばらく私がつきっきりでお世話します!」

「ふーん……」

 

 既に考えを見透かされてる気もしますが、もう勢いで押し切るしかありません。

 

「つまり、チヨちゃんはしばらく俺の家にいるってこと?」

「その通りです! ほら、そのための荷物もちゃんと準備してきましたからね! それに、外出届もちゃんと提出してあります! その辺りはご心配なく!」

「俺としばらく一緒に暮らすってことになるけど、それでもいいのかな?」

「もっ……もちろんです! 緊張なんて全然してませんからね!」

 

 そうです。別にそれが目的とか、そんなやましいことは一切考えてません。

 だってこれは、トレーナーさんをお助けする作戦なんですもん。

 

「……ま、そういうことにしておいてあげる。いいよ、上がって上がって」

 

 釈然としませんが、トレーナーさんはあっさり私を入れてくれました。

 ひとまず難は逃れました。ですが、作戦はまだまだここからです。

 

「お、お邪魔します……」

「はーい、おかえりなさい」

「それはまだ気が早いです!」

 

 トレーナーさんのお部屋に上がって、次にすることはもう決めてます。

 作戦その一、トレーナーさんのお部屋のお掃除です。

 あのトレーナーさんのことですから、お部屋も相当散らかってると思うんです。

 ですから、私が綺麗にお掃除して、トレーナーさんに褒めてもらって……。

 違います。その方が彼女っぽいので、仕方なくそうするだけなんです。

 とにかくお掃除です。邪念がなくなるくらい、ピカピカにしてあげます。

 そう意気込んで、トレーナーさんのお部屋にお邪魔したんですけど。

 

「……お部屋、綺麗ですね?」

 

 モノが少ないというか、なんというか。

 パッと見た感じ、お部屋にはベッドとテーブルと冷蔵庫しかありませんでした。

 必要最低限どころか、ギリギリ生活できるくらいのモノしか見当たりません。

 トレーナーさんのことだから、もっと散らかっていると思っていたんですけど。

 というか、見た限りだと趣味のモノも一切ないような……?

 

「男の一人暮らしなんてこんなモンだよ」

「そ、そうですか……」

 

 作戦が失敗したとか、これじゃあ褒められない、というのもあるんですけど。

 それよりもはるかに、違和感の方が大きかったです。

 生活感なんてかけらもありません。新居と言われても信じちゃうくらいです。

 ……こんな寂しい部屋で、トレーナーさんはいつも生活しているんでしょうか。

 

「チヨちゃん?」

 

 なんて考えているといつの間にか、トレーナーさんが私の顔を覗きこんでいて。

 

「どうかした? やっぱ緊張してる?」

「そっ、そんなことないです!」

「え~、ホントに? 別にいいんだよ、また出直してきても」

「しません!」

 

 今日のために覚悟は決めてきました。今更すごすご帰る訳にもいきません。

 とにかく、作戦を続行します。

 でも、お掃除は大丈夫だと思います。

 さっきも確認した通り、散らかってるわけでもないですから。

 となると、次の作戦は……。

 

「トレーナーさん、お昼はまだですよね?」

「うん。さっき起きたばっかりだもん」

「じゃあ、今日は私がお昼ご飯を作りますね」

 

 これです。作戦その二、お昼ご飯を作ってあげる、です。

 ご飯を作ってあげるのは、なかなか今カノっぽい雰囲気も出ると思います。

 それに一人暮らしの男の人は自炊できない、ってローレルさんも言ってました。

 だらしないトレーナーさんも、それに絶対当てはまると思います。

 なのでここは、私の手料理でトレーナーさんの胃袋をがっちり掴んでやります。

 食材もきちんとここに来るときに買ってきました。準備は万端です。

 

「え、チヨちゃんの手料理食べれるの? やったー」

「はい。あ、ちょっと冷蔵庫お借りしてもいいですか?」

「いいよ。でもうちの小さいから、そんなに入らないと思うけど」

「ありがとうございます」

 

 キッチンの近くにある冷蔵庫は、確かにちょっとだけ小さかったです。

 でも、一人暮らしですもんね。これくらいが丁度いいサイズだと思います。

 とりあえず二人分の食材を残して、あとは冷蔵庫に詰めちゃいましょう。

 そう思って、冷蔵庫を開けたんですけど。

 

「……トレーナーさん」

「んー?」

「なんですかこの冷蔵庫の中身は!」

 

 あまりにもひどいその惨状に、思わず叫んでしまいました。

 だって冷蔵庫の中身が、ほとんど何もなかったんです。

 かろうじてお水は入っていました。あと、栄養ドリンクとゼリー飲料が少し。

 それ以外のものは何もありません。すっからかんでした。

 こんなのほとんど冷えた箱です。冷蔵庫に対する冒涜に近いです。

 確かに、冷凍食品とかばっかりなんだろうな、くらいの予想はしてましたけど。

 さすがにこれは予想外です。健康も何もあったもんじゃありません。

 

「まあまあ、男の一人暮らしなんてこんなモンだよ」

「さすがにもう騙されません! いくらなんでも何もなさすぎです!」

 

 心なしか、扉を開けた冷蔵庫が悲しくて泣いてるように見えてきました。

 

「トレーナーさん、いつも何食べて生活してるんですか……?」

「カップ麺かコンビニ弁当。でも最近は面倒だしゼリーで済ませてるなー」

「ダメですよそんなの! もっとちゃんとしたもの食べてください!」

「……キッチン小さいから、洗い物メンドいんだよね」

「そういう問題じゃありません!」

 

 まさか、トレーナーさんはずっとこんな生活を続けていたんでしょうか。

 だとしたら、本当に健康に悪いです。いつか倒れてしまいます。

 というか、どうやったらその食生活であの抜群なスタイルを……。

 ……いえ、今はそんなことを考えてる場合じゃありません。

 

「とにかく、今からご飯作りますから! マズくても絶対に食べてくださいね!」

「リクエストは受け付けてない感じ?」

「ワガママ言わないでください! 今日のお昼ご飯はカレーです!」

 

 男の人にカレーが嫌いな人はいません。トレーナーさんもきっと喜ぶはずです。

 別にこれしか作れないわけじゃないです。これから別の料理も勉強しますし。

 とにかく、まずは先にお米を焚いちゃいましょう。

 こんなこともあろうかと、お米も少しだけ買ってきておいてよかったです。

 とりあえずお米を研ぐ前に、炊飯器の中身を洗ってから……。

 

 …………炊飯器、ない!

 

 

 あれから急いでコンビニまで走って、なんとかパックのお米を買ってきて。

 その時点でだいぶ不安になりながら、とりあえずカレーを作り始めました。

 でも無かったのは炊飯器だけで、それ以外の調理器具は一通りありました。

 ……そのほとんどに使った形跡がなくて、新品同然でしたけど。

 

 とにかく、料理自体は前日に練習しておいた甲斐もあって、順調に進みました。

 確かにトレーナーさんの言う通り、キッチンはちょっとだけ狭かったですけど。

 でも、ぜんぜん許容範囲内です。むしろ一人なら丁度いいくらいです。

 そんなこんなで、当初の予定とは少しズレましたけど、何とか料理を終えて。

 

「いやー、手際よかったね。さすがチヨちゃんだよ」

 

 出来上がったカレーを前に、トレーナーさんはそんなことを言ってました。

 

「あ、ありがとうございます……」

「特にコンビニダッシュまでの判断の速さがよかったと思う」

「それは関係ないじゃないですか!」

 

 まさか炊飯器が無いとは思いませんでした。この家、モノが無さすぎです。

 この調子だと、また何かが無くて困りそうな予感がヒシヒシします。

 そうならないよう、今のうちに色々とチェックしておかないといけませんね。

 ……まあ、それはいったん後にしておいて。

 

「ほら、早く食べちゃいましょう。せっかく作ったのに冷めちゃいます」

「そうだね。それじゃ、いただきまーす」

 

 緊張の瞬間です。

 味を見てみた感じ、そこまでマズくはないはずなんですけど。

 でも、自分の作った料理を誰かに食べて貰うのは、いつになっても慣れません。

 トレーナーさんのお口に合えばいいんですけど……。

 

「うまっ! え、めっちゃおいしいじゃん!」

「ほ、ホントですか?」

「ホントホント。何杯でもいけちゃうよ、コレ」

 

 時間的にもお腹が空いていたみたいで、トレーナーさんは私の作ったカレーを、気持ちいいくらいの勢いで食べ始めてくれました。

 よかったです。作戦その二もなんとか成功に終わりました。

 

「それにしても、久しぶりに人間らしいご飯食べたかも」

「あんな冷蔵庫の中身じゃ、そうもなりますよ……」

 

 そんなのんきに言うことじゃないと思うんです、本当は。

 ……やっぱり、少しおかしいと思います。

 住んでいるのは、趣味のモノどころか、生活に必要なモノも足りない部屋で。

 食べているのは、ゼリーや飲み物みたいな人間らしくないものばっかり。

 何よりも、そんな生活を続けていながら、それを何とも思っていないところ。

 はっきり言って、今のトレーナーさんは異常だと思います。

 

「ごちそうさまでした」

 

 なんて考えていると、いつの間にかトレーナーさんがカレーを食べ終えていて。

 

「は、早いですね……私、まだ食べてる途中なんですけど」

「だってチヨちゃんの料理、おいしかったんだもん。つい夢中で食べちゃった」

 

 いつも通りの笑顔を浮かべながら、トレーナーさんはそう言いました。

 

「この後は何をするつもりだったんですか?」

「さっきも言った通り、予定も何もないから……もっかい寝よっかな」

「ね、寝るって……」

「……ああ、そっか。洗い物はちゃんとしないとね」

 

 そういうことじゃないんです。

 確かに洗い物もしないといけませんけど、それよりも。

 

「もっと、こう……せっかくのお休みなんですし。お出かけとか……」

「あー……え、なに? チヨちゃん、もしかしてどっか行きたいとこあんの?」

「じゃあ、トレーナーさんの行きたいところにご一緒したいです」

「そう言われてもなあ……」

 

 なんて言葉を最後に、トレーナーさんは黙り込んでしまいました。

 私には分かります。今、トレーナーさんは本気で悩んでます。

 でも、そこまで考えて行きたい場所が浮かばないのは、おかしいと思います。

 

「……あ。じゃあさ、炊飯器でも買いに行く?」

 

 悩んだ末、トレーナーさんが言ってきたのはそんな思いついたような提案で。

「しばらくチヨちゃんがいるなら、この際買っちゃうのもアリかなって」

 

 それはそうなんですけど、なんだか話がズレてる気がします。

 だって、それ……私のためじゃないですか。

 少なくとも、トレーナーさんが行きたいと思ってることじゃない気がします。

 でも。

 

「荷物多くなるだろうし、車で行こっか。あ、お金も下ろさないと」

 

 やけに楽しそうにしてるトレーナーさんに、そのことは言い出せませんでした。

 

 

 それから、私もカレーを食べ終えて、そのまま洗い物もパパっと済ませて。

 帰りに夕食の材料も買っちゃおう、なんて話をしつつ、十分ほど車を走らせて。

 そうして駅前にある家電量販店に到着したところで、ふと。

 

「てかウチ、オーブンレンジもポットもないわ」

 

 自動ドアをくぐったトレーナーさんが、そんなことを言い出しました。

 

「今までどうやって生きてたんですか……」

「基本コンビニで買ってそのまま食ってたから。そこに置いてあるヤツ使ってた」

「だからってあんなお部屋、ないと思うんです」

「でもなあ……正直、寝る場所あったら何でもよかったもん」

 

 なんだか煮え切らない様子で、トレーナーさんはそう言いました。

 

「私がトレーナーさんと一緒の生活をすることになってもいいんですか?」

「……そんなズルい言い方、どこで覚えてきちゃったのさ」

 

 だってそうでも言わないと、あの生活から抜け出せないじゃないですか。

 

「ま、せっかくだし足りないモン一気に揃えちゃおっか」

 

 そんなこんなで、炊飯器の置かれているコーナーを回ることにしました。

 最近の炊飯器はすごいです。お米のほかに、パンも焼けたりするんですから。

 それ以外にも色々と機能があるので、見てるだけでも楽しかったりします。

 この中から、トレーナーさんの気に入るものが見つかるといいんですけど……。

 なんて考えていたところで。

 

「あ、店員さーん。ちょっといいですか?」

 

 お店の中を歩いていた店員さんを、トレーナーさんが急に呼び止めて。

 

「炊飯器、一番最新のヤツ欲しいんですけど」

 

 えっ。

 

「トレーナーさん?」

「それと、オーブンレンジとポットも同じ感じでお願いします。それから……あ、そうだ。冷蔵庫も最新のヤツあったりします? あるならそれもお願いして……」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってください!」

 

 いきなりそんなことを言い出したので、慌ててトレーナーさんを止めました。

 

「え、何? なんか忘れてたっけ?」

「すいません! やっぱり自分たちで見て回るので大丈夫です!」

 

 店員さんにそう言って頭を下げながら、ぽかんとしたままのトレーナーさんを、そのまま少し離れたところまで引きずりました。

 

「何してるんですか! いきなりそんな一度に買うなんて、非常識すぎます!」

「えー? でも、一気に買った方が楽じゃん。てか分けて買う意味なくない?」

「そ、それはそうですけど……! でも、お金はどうするんですか!」

「ああ、お金の心配? それなら大丈夫。だいたい口座に八百万くらいあるから」

「はっ……!?」

 

 はっぴゃくまん。そんなのテレビや新聞でしか聞いたことない額です。

 あまりに現実味がなくて、想像するだけでちょっとクラっとしてきました。

 

「ど、どうしてそんなに持ってるんですか……?」

「どうして、って……そんなに使ってないからじゃない? 食費とか交通費とか、家賃みたいな出費はあるけど……逆にそれ以外でほぼお金使わないんだよね」

 

 そんな、使ってないから貯まってる、で納得できる額じゃありません。

 いくらトレセン学園の給料がいいからって、そこまでじゃないと思うんです。

 それこそ副業とか、何か別の収入がないとあり得ないお金です。

 でも、あのトレーナーさんがそんな器用なことできるはずがありません。

 そんなお金、いったいどこから……。

 

「だから、お金のことは心配はしなくていいよ。早く決めて買っちゃおう」

 

 いつも通りの調子で、トレーナーさんはそう言いましたけど。

 ここまでくると、その『いつも通り』が、ちょっと怖く感じ始めました。

 世間知らずとか、金銭感覚がおかしいとか、そういう話じゃないと思うんです。

 むしろ世間というか、俗なことに関してはとっても詳しいですし。

 金銭感覚も別に、そこまでおかしいと思ったことは今まで一度もありません。

 自販機のジュースが高くなっていたら、ぶつぶつ文句を言うような人です。

 

 でも、今のトレーナーさんは……なんというか、ちぐはぐしてるんです。

 大切な何かが欠けているような、そんな違和感が確実にあって。

 だけど、今はそれについて考えないようにしました。

 それを問い質したところで、答えが返ってくるわけでもなさそうですし。

 何より、トレーナーさん自身がその違和感に気づいてなさそうでしたから。

 まずはその違和感に、トレーナーさん自身が気づかないといけない気がします。

 

「一気に買うにしても、もっと色々見てからゆっくり決めましょうよ。ね?」

「……まあ、チヨちゃんがそう言うなら」

 

 とにかく、今は炊飯器です。

 またコンビニまで走るのはイヤですからね。

 

 

 結局、その日に炊飯器とオーブンレンジ、ポットを買うことになりました。

 トレーナーさんの希望通り、全部最新型で揃えました。とんでもなく贅沢です。

 もちろんお値段もかなり張りました。具体的には私のおこづかい半年分です。

 でも、トレーナーさんはぜんぜん気にしてないみたいでした。

 むしろ、思ったより安かったねー、なんてのんきに言ってる始末です。

 そうして買った荷物を車に載せてから、帰ることになったんですけど。

 

「これで調理家電は一通り揃ったと思うけど、他になんか欲しいモンある?」

「……トレーナーさんのお部屋、洗濯機ってありましたっけ」

「さすがに置いてあるよ。エアコンと掃除機もあるから、そこら辺は大丈夫」

 

 そうですよね。さすがに置いてありますよね。

 今回は調理家電しか見なかったので、もしかしたら、と思ったんですけど。

 あのお部屋の惨状だと、無くてもおかしくなかったですから。

 でも、とりあえずこれでようやく、トレーナーさんも人間らしい生活が……。

 

「……あー、でもアレか。そういや無いわ」

「まだ無いものあるんですか!?」

「いや、無いってより……足りないなー、っての思い出して」

「足りない? 何が足りないんですか?」

「布団。ってよりは、チヨちゃんの寝る場所」

 

 あ。

 確かにそうです。あのお部屋、ベッドが一つしかありませんでした。

 一人暮らしなんだから当然ですけど、これだと私の寝る場所がありません。

 でも、帰り道で気づいてよかったです。今から買いに行けばいいですもんね。

 勝手にお邪魔してる身で図々しいかもしれませんけど、そうしないと……。

 

「さすがに一緒のベッドで、ってのはマズいだろうし。気づいてよかったよ」

 

 ……………………………………。

 

「いや、寝る場所については大丈夫なんじゃないでしょうか」

「え?」

「今日はたくさんお金を使いましたし。寝具は節約しましょう」

「でも、それだとさっき言ったみたいに一緒に寝ることになるけど……」

「こればかりは仕方ありませんね。はい。どうにもならないと思います」

「……ふーん?」

「なんですか」

「いや? チヨちゃんもズルいこと考えるようになったなぁ、って」

 

 トレーナーさんの言ってる意味は、まったく分かりませんけど。

 とにかく、寝具は買わなくてもいいんです。このままで大丈夫です。

 だって一緒のベッドで、というのはこれ以上ないほど今カノっぽいですからね。

 これも作戦を遂行するため、トレーナーさんをお助けするためですから。

 仕方ありません。

 

「それじゃ、このままスーパー寄って帰ろっか」

「はい。安全運転でお願いしますね」

 

 別に他の考えがあるわけではありません。ええ、本当です。

 やっぱりちょっと緊張するかも、なんてぜんぜん考えてませんから。

 

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