■
それから、翌日になって。
「つまり、チヨノオーさんはトレーナーさんを独占したい、ということですね!」
「いろいろ違います」
ヴィクトリー俱楽部のお二人に、昨日の出来事をぜんぶ話したあと。
バクシンオーさんから開口一番に返ってきた言葉が、コレでした。
「あれ? 私、てっきりそういう話だと思ってたんだけど」
「ぜんぜん違います」
何を勘違いしたのか、ローレルさんも不思議そうに聞いてきました。
どうしてそういう話になるんでしょう。私の伝え方が悪かったんでしょうか。
……とにかく。
「私は、トレーナーさんを助けてあげたいだけなんです」
それ以外の他意は無いんです。いや別に、完全に無いワケではないんですけど、少なくとも今この時点でそういう考えはないというか、何というか、その。
「以前お付き合いしていた女性からの連絡を止めさせたい、ということですよね?」
「そうです! それです! そういうことです!」
「それで、あわよくばトレーナーさんともくっつけたらいいな、ってこと?」
「そっ……違います」
「違うんだ?」
「違います!」
確かに今のトレーナーさんのことを考えると、すごく私にとって有利というか、非常においしいというか、もしかしたらみたいな感じはしますけど。
でも、それとこれとは話が別です。全く無関係のお話です。
一番の目的は、トレーナーさんをお助けすることですから。
「んー、でもチヨちゃん。それってかなり難しい話だと思うよ?」
「やっぱりローレルさんもそう思いますか?」
「うん。だってチヨちゃん、その元カノさんのこと何も知らないでしょ?」
確かにそうです。何ならそんな人がいるなんて、昨日知ったばっかりです。
「連絡先とか、住んでる場所とか。それこそ復縁したいって連絡してくるのにも、元カノさんなりに何か理由があるかもしれないし。そんな何も知らないままだと、もう連絡してこないでください、伝えようにも伝えられないと思うんだ」
「それは……そうかもしれませんけど」
「とはいえ、元カノさんについて調べるのも難しそうだよね。手掛かりもないし。トレーナーさんに聞いたとしても、絶対に教えてくれなさそうだもん」
「……そうですね。できるだけ触れてほしくなさそうでした」
「それに、仮に元カノさんの連絡先が分かって、もう連絡してこないでください、って伝えられたとしても、素直に引き下がってくれるとは思えないよ」
「うっ……」
ぐうの音も出ません。ローレルさんの言う通りです。
でも、だからってここで諦めるわけにはいきません。このまま放っておいたら、きっと取り返しのつかないことになってしまうって、そんな気がするんです。
それに……あんな辛そうなトレーナーさん、もう見たくありませんから。
「では、ここは思い切って別の作戦を考えるのはどうでしょう!」
ふと、バクシンオーさんが指を立てながらそんなことを言い始めて。
「レースだって同じです。勝利を収めるためには、対戦相手の出方やバ場の状況、他にも様々な要素を加味して、レースごとに作戦を立てる必要があるでしょう?」
「た、確かに……」
「そして作戦とは、言い換えれば自分の強みを相手に圧しつけるための方法です。
つまり、チヨノオーさんの強みを最大限に活かす方法を考えればいいのです!」
「……バクちゃん、いつの間にかレースモードだね」
「どこでスイッチ入っちゃったんでしょう」
普段とはまた違う勢いに、ちょっとだけ気圧されちゃいましたけど。
でも、バクシンオーさんの言いたいことは分かりました。
元カノさんにはない、私だけが持っている強みで勝負に出ればいいんです。
ただ、問題は。
「元カノさんになくて、私にだけある強みって、なんでしょう?」
「それなら……やっぱり毎日会えることじゃない? 担当とトレーナーなんだし。向こうはトレーナーさんに避けられてるみたいだから、そこの差はあると思うよ」
「チヨノオーさんの言うことなら、ある程度は聞いてくださるのも大きいですね。多少の無茶でも、あのトレーナーさんなら許してくださるでしょう!」
「めいっぱい甘やかされてるもんね、チヨちゃん」
二人の視線が、なんだか生暖かいような気もします。
とはいえ、確かに二人の言う通りだと思います。少なくともトレーナーさんは、私を避けているとは思えませんし。ワガママも……言ったことはほぼないですけど、きっとトレーナーさんならなんでも聞いてくれる気がします。
「となると、やっぱりここはグイグイ攻めた方がいいのかな?」
「もちろんです! 恋はバクシン、いえ、恋『も』バクシンと言いますからね!」
なんて、気が付いたら二人だけでどんどん話が進んでいって。
私のために考えてくれるのはありがたいですし、とっても頼もしいんですけど、なんだか二人とも勢いがあるというか、ブレーキが外れかけてる気もします。
このままだと私、何かとんでもないことをさせられるのでは……。
「……ねえ、バクちゃん。私、一ついいこと思いついちゃった」
「奇遇ですねローレルさん! 私もちょうど、作戦を考えたところです!」
そんな私の不安をよそに、二人は笑顔でこちらに振り返ってきました。
正直すごく怖いです。一体、何をさせられるんでしょうか。
「ねえ、チヨちゃん」
「はいっ」
「トレーナーさんのがどこに住んでるかって、知ってる?」
「えっと……はい。場所なら以前聞いた事があるので、知ってますよ」
「おお! それなら話は早いですね!」
……まさか。
「チヨちゃん、しばらくトレーナーさんと同棲してみるっていうのはどう?」
…………………………。
いや。
「無理無理無理無理! 絶対無理ですってそんなの!」
「えー? いい作戦だと思うけどなあ」
「どこがですか! そもそもトレーナーさんにだってご迷惑ですよ!」
「そう? むしろ大歓迎だと思うけど」
……確かに、それはそうかもしれませんけど!
「大体、何をどうしたらそういう結論にたどり着くんですか……」
「考えてみてください、チヨノオーさん。そもそも相手の方が復縁を迫る理由は、ひとえにトレーナーさんに現在お付き合いされている方がいないからです」
「た、確かにそうかもしれませんけど……」
「そこでチヨちゃんの出番だよ。トレーナーさんの家に女の子が一緒に住んでる、ってなったら元カノさんも手が出しにくいだろうし。今みたく連絡してくる頻度も、きっと減ってくるんじゃないかな」
二人が言いたいことは、何となくわかりました。
つまり、いわゆる今カノがいれば元カノさんも諦める、ということですよね。
でも、こんなの作戦でも何でもありません。ただの強硬手段です。
付け焼刃とか、焼け石に水とか、そんなレベルの話じゃありません。
レースで例えるなら、誰よりも速く走れば一番だよね、みたいなものです。
言葉が悪くなってしまうかもしれませんが、そんなのただのアホです。
「やっぱりダメだと思います! トレーナーと担当ウマ娘が一緒に暮らすなんて! なんというか、こう……色々と危ないですよ! 世間の目とか、モラルとか!」
「……じゃあ、他に何か方法は思いつく?」
「うっ」
そこを突かれると痛いです。何も言い返せなくなっちゃうじゃないですか。
「いいですか、チヨノオーさん。ここが勝負所ですよ。元カノさんから身を守り、そしてトレーナーさんの悩みを解決するには、この作戦しかないんです!」
「で、でも……さすがにトレーナーさんのお宅に押しかけるのは……」
「チヨちゃんだって、このままはイヤなんでしょ?」
それは、確かにそうですけど。
だからって、こんな作戦で本当に大丈夫なんでしょうか。
「むしろ、この作戦が一番だよ。だってこんなのチヨちゃんにしかできないもん。今のトレーナーさんを助けてあげられるのは、チヨちゃんだけなんだよ」
「……私が、トレーナーさんを…………」
「それとも、チヨちゃんはトレーナーさんと一緒にいたくない?」
……なんだか、うまく言いくるめられてる気がします。
でも、他にいい案が思い浮かばないのも事実です。
私だからできる作戦というのも、その通りです。
それに……私だって、トレーナーさんと一緒いられるなら、そうしたいです。
形はどうあれ、二人で過ごす時間が増えるなら、願ったり叶ったりです。
……………………………。
ここは、うまく乗せられたということにしても、いいんじゃないでしょうか。
「……わかりました。やってみます」
「さすがチヨちゃん!」
「それでこそです! 頑張りましょう、チヨノオーさん!」
思っていたよりも二人がノリノリな気もしますが、それはこの際気にしません。
そう。これはトレーナーさんを助けるための作戦です。失敗は許されません。
ですから、うまい具合にトレーナーさんの今カノを演じないといけませんよね。
毎朝お弁当を用意してあげたり、お部屋のお掃除やお洗濯のお手伝いをしたり、帰りは一緒にお買い物したり、夜は毎日お味噌汁を作ってあげたり。
そんな感じで、トレーナーさんとラブラブな同棲生活を演出するんです。
だって作戦ですからね。やるからにはもちろん全力ですよ。手は抜きません。
「必ず成功させてみせます! 『チヨとトレーナーのラブラブ大作戦』を!」
「ちょわ!? いつの間にそんな作戦名が!?」
「気合十分だね、チヨちゃん」
「頑張りますよ! ファイ、オー! チヨノ、オーッ!」
かくして。
■
一週間後のお休みの日、とあるアパートの部屋の前で。
「……チヨちゃん?」
扉を開けたトレーナーさんは、私の顔を見て不思議そうな声を上げていました。
「おはようございます、トレーナーさん」
「うん、おはよ。それで……え? チヨちゃん、何しに来たの?」
眠たそうな目を擦りながら、トレーナーさんがそうやって首を傾げていました。
無理もありません。急に担当ウマ娘が家の前に居たら、誰だってそうなります。
ですから、この反応は逆に作戦通りです。何も問題はありません。
……そろそろお昼時だというのに、明らかに寝起きなのは想定外でしたけど。
とにかく後は、ローレルさんに言われた通りにするだけです。
少しだけ、いやかなり恥ずかしいですけど、ここは腹を括るしかありません。
だから、えっと……。
「きっ、来ちゃいました……てへっ♪」
「……………………」
「……………………」
どうしましょう。トレーナーさんが固まってしまいました。
やっぱり、「来ちゃいました♪」作戦は無理があったんじゃないでしょうか。
サプライズが嫌いな男の人なんていないよ、なんてローレルさんから言われて、ついその気になっていましたけど、冷静に考えると無謀にも程がある気がします。
このままでは門前払いにされてもおかしくありません。どうしましょう。
「そうだなあ……」
なんて考えていると、トレーナーさんはそう呟いて。
「当ててあげる。ローレルちゃんからの入れ知恵でしょ」
「うぐっ」
「あの子ちょっとマセてるところあるし。上手く乗せられちゃった感じかな?」
バレバレでした。それも、言い逃れできないレベルで。
ですが、ここで引き下がるわけにはいきません。せっかくの作戦が台無しです。
ここは何とか機転を利かせて、このピンチを脱出しなければいけません。
大丈夫です。バレそうになった時の手段もちゃんと考えてあります。
「え、えっとですね! トレーナーさんは今、何されてたんですか?」
「んー? 普通にお休みだから寝てたよ。今日はなんにも予定無いしね」
「やっぱり! いくら予定がないからって、だらしないのはダメですよ!」
「えー」
「そんな顔したってダメです! いいですかトレーナーさん。私が今日来たのは、トレーナーさんが健康的な生活を送れるように、色々とお手伝いするためです! ちゃんとした生活が遅れるまで、しばらく私がつきっきりでお世話します!」
「ふーん……」
既に考えを見透かされてる気もしますが、もう勢いで押し切るしかありません。
「つまり、チヨちゃんはしばらく俺の家にいるってこと?」
「その通りです! ほら、そのための荷物もちゃんと準備してきましたからね! それに、外出届もちゃんと提出してあります! その辺りはご心配なく!」
「俺としばらく一緒に暮らすってことになるけど、それでもいいのかな?」
「もっ……もちろんです! 緊張なんて全然してませんからね!」
そうです。別にそれが目的とか、そんなやましいことは一切考えてません。
だってこれは、トレーナーさんをお助けする作戦なんですもん。
「……ま、そういうことにしておいてあげる。いいよ、上がって上がって」
釈然としませんが、トレーナーさんはあっさり私を入れてくれました。
ひとまず難は逃れました。ですが、作戦はまだまだここからです。
「お、お邪魔します……」
「はーい、おかえりなさい」
「それはまだ気が早いです!」
トレーナーさんのお部屋に上がって、次にすることはもう決めてます。
作戦その一、トレーナーさんのお部屋のお掃除です。
あのトレーナーさんのことですから、お部屋も相当散らかってると思うんです。
ですから、私が綺麗にお掃除して、トレーナーさんに褒めてもらって……。
違います。その方が彼女っぽいので、仕方なくそうするだけなんです。
とにかくお掃除です。邪念がなくなるくらい、ピカピカにしてあげます。
そう意気込んで、トレーナーさんのお部屋にお邪魔したんですけど。
「……お部屋、綺麗ですね?」
モノが少ないというか、なんというか。
パッと見た感じ、お部屋にはベッドとテーブルと冷蔵庫しかありませんでした。
必要最低限どころか、ギリギリ生活できるくらいのモノしか見当たりません。
トレーナーさんのことだから、もっと散らかっていると思っていたんですけど。
というか、見た限りだと趣味のモノも一切ないような……?
「男の一人暮らしなんてこんなモンだよ」
「そ、そうですか……」
作戦が失敗したとか、これじゃあ褒められない、というのもあるんですけど。
それよりもはるかに、違和感の方が大きかったです。
生活感なんてかけらもありません。新居と言われても信じちゃうくらいです。
……こんな寂しい部屋で、トレーナーさんはいつも生活しているんでしょうか。
「チヨちゃん?」
なんて考えているといつの間にか、トレーナーさんが私の顔を覗きこんでいて。
「どうかした? やっぱ緊張してる?」
「そっ、そんなことないです!」
「え~、ホントに? 別にいいんだよ、また出直してきても」
「しません!」
今日のために覚悟は決めてきました。今更すごすご帰る訳にもいきません。
とにかく、作戦を続行します。
でも、お掃除は大丈夫だと思います。
さっきも確認した通り、散らかってるわけでもないですから。
となると、次の作戦は……。
「トレーナーさん、お昼はまだですよね?」
「うん。さっき起きたばっかりだもん」
「じゃあ、今日は私がお昼ご飯を作りますね」
これです。作戦その二、お昼ご飯を作ってあげる、です。
ご飯を作ってあげるのは、なかなか今カノっぽい雰囲気も出ると思います。
それに一人暮らしの男の人は自炊できない、ってローレルさんも言ってました。
だらしないトレーナーさんも、それに絶対当てはまると思います。
なのでここは、私の手料理でトレーナーさんの胃袋をがっちり掴んでやります。
食材もきちんとここに来るときに買ってきました。準備は万端です。
「え、チヨちゃんの手料理食べれるの? やったー」
「はい。あ、ちょっと冷蔵庫お借りしてもいいですか?」
「いいよ。でもうちの小さいから、そんなに入らないと思うけど」
「ありがとうございます」
キッチンの近くにある冷蔵庫は、確かにちょっとだけ小さかったです。
でも、一人暮らしですもんね。これくらいが丁度いいサイズだと思います。
とりあえず二人分の食材を残して、あとは冷蔵庫に詰めちゃいましょう。
そう思って、冷蔵庫を開けたんですけど。
「……トレーナーさん」
「んー?」
「なんですかこの冷蔵庫の中身は!」
あまりにもひどいその惨状に、思わず叫んでしまいました。
だって冷蔵庫の中身が、ほとんど何もなかったんです。
かろうじてお水は入っていました。あと、栄養ドリンクとゼリー飲料が少し。
それ以外のものは何もありません。すっからかんでした。
こんなのほとんど冷えた箱です。冷蔵庫に対する冒涜に近いです。
確かに、冷凍食品とかばっかりなんだろうな、くらいの予想はしてましたけど。
さすがにこれは予想外です。健康も何もあったもんじゃありません。
「まあまあ、男の一人暮らしなんてこんなモンだよ」
「さすがにもう騙されません! いくらなんでも何もなさすぎです!」
心なしか、扉を開けた冷蔵庫が悲しくて泣いてるように見えてきました。
「トレーナーさん、いつも何食べて生活してるんですか……?」
「カップ麺かコンビニ弁当。でも最近は面倒だしゼリーで済ませてるなー」
「ダメですよそんなの! もっとちゃんとしたもの食べてください!」
「……キッチン小さいから、洗い物メンドいんだよね」
「そういう問題じゃありません!」
まさか、トレーナーさんはずっとこんな生活を続けていたんでしょうか。
だとしたら、本当に健康に悪いです。いつか倒れてしまいます。
というか、どうやったらその食生活であの抜群なスタイルを……。
……いえ、今はそんなことを考えてる場合じゃありません。
「とにかく、今からご飯作りますから! マズくても絶対に食べてくださいね!」
「リクエストは受け付けてない感じ?」
「ワガママ言わないでください! 今日のお昼ご飯はカレーです!」
男の人にカレーが嫌いな人はいません。トレーナーさんもきっと喜ぶはずです。
別にこれしか作れないわけじゃないです。これから別の料理も勉強しますし。
とにかく、まずは先にお米を焚いちゃいましょう。
こんなこともあろうかと、お米も少しだけ買ってきておいてよかったです。
とりあえずお米を研ぐ前に、炊飯器の中身を洗ってから……。
…………炊飯器、ない!
■
あれから急いでコンビニまで走って、なんとかパックのお米を買ってきて。
その時点でだいぶ不安になりながら、とりあえずカレーを作り始めました。
でも無かったのは炊飯器だけで、それ以外の調理器具は一通りありました。
……そのほとんどに使った形跡がなくて、新品同然でしたけど。
とにかく、料理自体は前日に練習しておいた甲斐もあって、順調に進みました。
確かにトレーナーさんの言う通り、キッチンはちょっとだけ狭かったですけど。
でも、ぜんぜん許容範囲内です。むしろ一人なら丁度いいくらいです。
そんなこんなで、当初の予定とは少しズレましたけど、何とか料理を終えて。
「いやー、手際よかったね。さすがチヨちゃんだよ」
出来上がったカレーを前に、トレーナーさんはそんなことを言ってました。
「あ、ありがとうございます……」
「特にコンビニダッシュまでの判断の速さがよかったと思う」
「それは関係ないじゃないですか!」
まさか炊飯器が無いとは思いませんでした。この家、モノが無さすぎです。
この調子だと、また何かが無くて困りそうな予感がヒシヒシします。
そうならないよう、今のうちに色々とチェックしておかないといけませんね。
……まあ、それはいったん後にしておいて。
「ほら、早く食べちゃいましょう。せっかく作ったのに冷めちゃいます」
「そうだね。それじゃ、いただきまーす」
緊張の瞬間です。
味を見てみた感じ、そこまでマズくはないはずなんですけど。
でも、自分の作った料理を誰かに食べて貰うのは、いつになっても慣れません。
トレーナーさんのお口に合えばいいんですけど……。
「うまっ! え、めっちゃおいしいじゃん!」
「ほ、ホントですか?」
「ホントホント。何杯でもいけちゃうよ、コレ」
時間的にもお腹が空いていたみたいで、トレーナーさんは私の作ったカレーを、気持ちいいくらいの勢いで食べ始めてくれました。
よかったです。作戦その二もなんとか成功に終わりました。
「それにしても、久しぶりに人間らしいご飯食べたかも」
「あんな冷蔵庫の中身じゃ、そうもなりますよ……」
そんなのんきに言うことじゃないと思うんです、本当は。
……やっぱり、少しおかしいと思います。
住んでいるのは、趣味のモノどころか、生活に必要なモノも足りない部屋で。
食べているのは、ゼリーや飲み物みたいな人間らしくないものばっかり。
何よりも、そんな生活を続けていながら、それを何とも思っていないところ。
はっきり言って、今のトレーナーさんは異常だと思います。
「ごちそうさまでした」
なんて考えていると、いつの間にかトレーナーさんがカレーを食べ終えていて。
「は、早いですね……私、まだ食べてる途中なんですけど」
「だってチヨちゃんの料理、おいしかったんだもん。つい夢中で食べちゃった」
いつも通りの笑顔を浮かべながら、トレーナーさんはそう言いました。
「この後は何をするつもりだったんですか?」
「さっきも言った通り、予定も何もないから……もっかい寝よっかな」
「ね、寝るって……」
「……ああ、そっか。洗い物はちゃんとしないとね」
そういうことじゃないんです。
確かに洗い物もしないといけませんけど、それよりも。
「もっと、こう……せっかくのお休みなんですし。お出かけとか……」
「あー……え、なに? チヨちゃん、もしかしてどっか行きたいとこあんの?」
「じゃあ、トレーナーさんの行きたいところにご一緒したいです」
「そう言われてもなあ……」
なんて言葉を最後に、トレーナーさんは黙り込んでしまいました。
私には分かります。今、トレーナーさんは本気で悩んでます。
でも、そこまで考えて行きたい場所が浮かばないのは、おかしいと思います。
「……あ。じゃあさ、炊飯器でも買いに行く?」
悩んだ末、トレーナーさんが言ってきたのはそんな思いついたような提案で。
「しばらくチヨちゃんがいるなら、この際買っちゃうのもアリかなって」
それはそうなんですけど、なんだか話がズレてる気がします。
だって、それ……私のためじゃないですか。
少なくとも、トレーナーさんが行きたいと思ってることじゃない気がします。
でも。
「荷物多くなるだろうし、車で行こっか。あ、お金も下ろさないと」
やけに楽しそうにしてるトレーナーさんに、そのことは言い出せませんでした。
■
それから、私もカレーを食べ終えて、そのまま洗い物もパパっと済ませて。
帰りに夕食の材料も買っちゃおう、なんて話をしつつ、十分ほど車を走らせて。
そうして駅前にある家電量販店に到着したところで、ふと。
「てかウチ、オーブンレンジもポットもないわ」
自動ドアをくぐったトレーナーさんが、そんなことを言い出しました。
「今までどうやって生きてたんですか……」
「基本コンビニで買ってそのまま食ってたから。そこに置いてあるヤツ使ってた」
「だからってあんなお部屋、ないと思うんです」
「でもなあ……正直、寝る場所あったら何でもよかったもん」
なんだか煮え切らない様子で、トレーナーさんはそう言いました。
「私がトレーナーさんと一緒の生活をすることになってもいいんですか?」
「……そんなズルい言い方、どこで覚えてきちゃったのさ」
だってそうでも言わないと、あの生活から抜け出せないじゃないですか。
「ま、せっかくだし足りないモン一気に揃えちゃおっか」
そんなこんなで、炊飯器の置かれているコーナーを回ることにしました。
最近の炊飯器はすごいです。お米のほかに、パンも焼けたりするんですから。
それ以外にも色々と機能があるので、見てるだけでも楽しかったりします。
この中から、トレーナーさんの気に入るものが見つかるといいんですけど……。
なんて考えていたところで。
「あ、店員さーん。ちょっといいですか?」
お店の中を歩いていた店員さんを、トレーナーさんが急に呼び止めて。
「炊飯器、一番最新のヤツ欲しいんですけど」
えっ。
「トレーナーさん?」
「それと、オーブンレンジとポットも同じ感じでお願いします。それから……あ、そうだ。冷蔵庫も最新のヤツあったりします? あるならそれもお願いして……」
「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってください!」
いきなりそんなことを言い出したので、慌ててトレーナーさんを止めました。
「え、何? なんか忘れてたっけ?」
「すいません! やっぱり自分たちで見て回るので大丈夫です!」
店員さんにそう言って頭を下げながら、ぽかんとしたままのトレーナーさんを、そのまま少し離れたところまで引きずりました。
「何してるんですか! いきなりそんな一度に買うなんて、非常識すぎます!」
「えー? でも、一気に買った方が楽じゃん。てか分けて買う意味なくない?」
「そ、それはそうですけど……! でも、お金はどうするんですか!」
「ああ、お金の心配? それなら大丈夫。だいたい口座に八百万くらいあるから」
「はっ……!?」
はっぴゃくまん。そんなのテレビや新聞でしか聞いたことない額です。
あまりに現実味がなくて、想像するだけでちょっとクラっとしてきました。
「ど、どうしてそんなに持ってるんですか……?」
「どうして、って……そんなに使ってないからじゃない? 食費とか交通費とか、家賃みたいな出費はあるけど……逆にそれ以外でほぼお金使わないんだよね」
そんな、使ってないから貯まってる、で納得できる額じゃありません。
いくらトレセン学園の給料がいいからって、そこまでじゃないと思うんです。
それこそ副業とか、何か別の収入がないとあり得ないお金です。
でも、あのトレーナーさんがそんな器用なことできるはずがありません。
そんなお金、いったいどこから……。
「だから、お金のことは心配はしなくていいよ。早く決めて買っちゃおう」
いつも通りの調子で、トレーナーさんはそう言いましたけど。
ここまでくると、その『いつも通り』が、ちょっと怖く感じ始めました。
世間知らずとか、金銭感覚がおかしいとか、そういう話じゃないと思うんです。
むしろ世間というか、俗なことに関してはとっても詳しいですし。
金銭感覚も別に、そこまでおかしいと思ったことは今まで一度もありません。
自販機のジュースが高くなっていたら、ぶつぶつ文句を言うような人です。
でも、今のトレーナーさんは……なんというか、ちぐはぐしてるんです。
大切な何かが欠けているような、そんな違和感が確実にあって。
だけど、今はそれについて考えないようにしました。
それを問い質したところで、答えが返ってくるわけでもなさそうですし。
何より、トレーナーさん自身がその違和感に気づいてなさそうでしたから。
まずはその違和感に、トレーナーさん自身が気づかないといけない気がします。
「一気に買うにしても、もっと色々見てからゆっくり決めましょうよ。ね?」
「……まあ、チヨちゃんがそう言うなら」
とにかく、今は炊飯器です。
またコンビニまで走るのはイヤですからね。
■
結局、その日に炊飯器とオーブンレンジ、ポットを買うことになりました。
トレーナーさんの希望通り、全部最新型で揃えました。とんでもなく贅沢です。
もちろんお値段もかなり張りました。具体的には私のおこづかい半年分です。
でも、トレーナーさんはぜんぜん気にしてないみたいでした。
むしろ、思ったより安かったねー、なんてのんきに言ってる始末です。
そうして買った荷物を車に載せてから、帰ることになったんですけど。
「これで調理家電は一通り揃ったと思うけど、他になんか欲しいモンある?」
「……トレーナーさんのお部屋、洗濯機ってありましたっけ」
「さすがに置いてあるよ。エアコンと掃除機もあるから、そこら辺は大丈夫」
そうですよね。さすがに置いてありますよね。
今回は調理家電しか見なかったので、もしかしたら、と思ったんですけど。
あのお部屋の惨状だと、無くてもおかしくなかったですから。
でも、とりあえずこれでようやく、トレーナーさんも人間らしい生活が……。
「……あー、でもアレか。そういや無いわ」
「まだ無いものあるんですか!?」
「いや、無いってより……足りないなー、っての思い出して」
「足りない? 何が足りないんですか?」
「布団。ってよりは、チヨちゃんの寝る場所」
あ。
確かにそうです。あのお部屋、ベッドが一つしかありませんでした。
一人暮らしなんだから当然ですけど、これだと私の寝る場所がありません。
でも、帰り道で気づいてよかったです。今から買いに行けばいいですもんね。
勝手にお邪魔してる身で図々しいかもしれませんけど、そうしないと……。
「さすがに一緒のベッドで、ってのはマズいだろうし。気づいてよかったよ」
……………………………………。
「いや、寝る場所については大丈夫なんじゃないでしょうか」
「え?」
「今日はたくさんお金を使いましたし。寝具は節約しましょう」
「でも、それだとさっき言ったみたいに一緒に寝ることになるけど……」
「こればかりは仕方ありませんね。はい。どうにもならないと思います」
「……ふーん?」
「なんですか」
「いや? チヨちゃんもズルいこと考えるようになったなぁ、って」
トレーナーさんの言ってる意味は、まったく分かりませんけど。
とにかく、寝具は買わなくてもいいんです。このままで大丈夫です。
だって一緒のベッドで、というのはこれ以上ないほど今カノっぽいですからね。
これも作戦を遂行するため、トレーナーさんをお助けするためですから。
仕方ありません。
「それじゃ、このままスーパー寄って帰ろっか」
「はい。安全運転でお願いしますね」
別に他の考えがあるわけではありません。ええ、本当です。
やっぱりちょっと緊張するかも、なんてぜんぜん考えてませんから。
■