押しかけ!チヨちゃん   作:宇宮 祐樹

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 トレーナーさんとの同棲を始めてから、二週間ほどが経ちました。

 

 朝は一緒に朝ご飯とお弁当を作って、それから一緒に登校して。

 日中は前と変わりません。いつも通り授業を受けてから、トレーニングをして。

 下校時間になったら、トレーナーさんの仕事が終わるまで適当に時間を潰して。

 そこからトレーナーさんと合流して、買い物したりしながら帰って。

 夜はトレーナーさんに料理を教えてもらいつつ、二人で一緒に過ごして。

 ……寝る時も、トレーナーさんの言った通り、毎日同じベッドで寝ています。

 

 そもそも、元カノさんからの電話はあれからめっきり来なくなったんです。

 だから毎日一緒に寝る必要も、本当はないはずなんですけど。

 どうしてか私は毎日、トレーナーさんに吸われています。

 最近はもう、ああやって私を抱いてないと眠れなくなっちゃったみたいです。

 はじめの方こそ緊張して、特殊だの言っていた私もなんだかんだ慣れちゃって。

 今では、トレーナーさんと一緒じゃないと落ち着かなくなっちゃいました。

 

 でも、悪いことじゃないと思います。むしろいいことだと思ってます。

 だってトレーナーさんが、前よりもずっと元気そうにしてましたからね。

 私としてもなんだか体の調子もいいし、健康になった気がしますから。

 大丈夫です。何も問題はありません。

 

 ……とにかく。

 私とトレーナーさんは、そんな風に毎日を過ごしています。

 

「……チヨノオーさん」

 

 なんてことを、お昼ご飯を食べながらアルダンさんとお話ししたんですけど。

 

「いつの間にそんな通い妻みたいなことになっていたんですか?」

一通り話し終えたところで、アルダンさんがそんなことを急に言い出して。

「かっ、通い妻だなんて、そんな……」

「言い逃れはできませんよ。トレーナーさんの身の回りのお世話をしている上に、あろうことか同衾までしているなんて……ここにヤエノさんがいらっしゃったら、大変なことになっていましたよ。よかったですね、チヨノオーさん」

「そんなにですか!?」

「そんなにです」

 

 確かに進展というか、色々と変わったところはありますけど。

 でも、さすがに通い妻とかは言い過ぎだと思うんです。

 というか、普段からトレーナーさんとイチャイチャしてるアルダンさんよりは、全然普通というか、学校でイチャついてない分いくらかマシというか。

 いえ、なんでもないです。全然そんなことは思っていません。

 

「とにかく、私はトレーナーさんに元気になってもらいたいだけなんです」

「そうなんですか?」

「そうですよ。それ以外の目的はありませんから」

「………………本当ですか?」

「本当です」

 

 だいぶ怪しまれてる気がしますが、本当です。

 私の目的はトレーナーさんに元気になってもらう、という一点だけです。

 割と都合が良くておいしいとか、そういうことは一切思ってません。

 このまま卒業してもトレーナーさんと一緒に、なんてぜんぜん考えてません。

 あくまでトレーナーさんを元カノさんからお守りするための作戦ですからね。

 

「そうでしたか。では、私も応援していますよ、チヨノオーさん」

「はい! トレーナーさんのために、頑張ります!」

「ところでそのお弁当、美味しそうですね。それもトレーナーさんと一緒に?」

「あ、これは私だけで作りました。今日はトレーナーさんが寝坊しちゃったので、朝ご飯を作るついでに、トレーナーさんの分も含めて作っておいたんです」

「その卵焼き、心なしかハートの形に見えますけど」

「…………………………」

「チヨノオーさん」

「すいません」

 

 だってしょうがないじゃないですか。

 巡ってきたせっかくのチャンスなんです。これくらい許してください。

 

「止めるつもりはありませんが、色々とやり過ぎはよくないですよ」

「……わかってますよぅ」

 

 確かにやり過ぎは良くないです。トレーナーさんにも迷惑になりますし。

 でも、ちょっとだけおいしい思いをしたって、許されると思うんです。

 

「……頑張ってくださいね、チヨノオーさん」

「はい……」

 

 何の応援かは分かりませんけど、アルダンさんはそう言ってくれました。

 頑張ります。いろいろ。できる範囲で何とかしてみせます。

 ……あ、卵焼き、しょっぱい…………。

 

 

「ごめんチヨちゃん、今日ちょっと一緒に帰れなくなっちゃった」

 

 いつも通り授業も終わって、トレーニングルームに顔を出したところで。

 先に私を待っていたトレーナーさんから、そんなことを言われました。

 

「何かあったんですか?」

「同期と飲み。アルダンちゃんのトレーナーも一緒だよ」

「珍しいですね。トレーナーさん、そういうの興味ないと思ってました」

「いや興味ないよ。だから毎回躱してたんだけど、ついに捕まっちゃってさ」

 

 確かにトレーナーさんは、そういう集まりがちょっとだけ苦手そうです。

 他のトレーナーさんと話しているところも、あまり見たことありませんし。

 それにお酒を飲んでいるところも、この二週間で一度も見たことがありません。

 私がいるからというのは当然なんでしょうけど、でも冷蔵庫の中身を見たとき、お酒なんて一本もありませんでした。だから、普段も呑まないんだと思います。

 

「本当は今日、お鍋にする予定だったんだけど、ゴメンね」

「いいんですよ。飲み会、楽しんできてください」

「……ま、そーだね。積もる話もあることだし、久しぶりに楽しんでくるよ」

「はい、そうしてください。あ、帰ってくる時間だけ教えてくれると嬉しいです。お味噌汁とか、何か簡単なものなら用意できると思いますから」

「あー……明日も休みだから、家に帰るのは十一時とかになりそう……」

 

 そこでふと、トレーナーさんが一度、言葉を詰まらせて。

 

「……チヨちゃん、もしかして俺のこと待ってくれるの?」

 

 えっ。

 

「もしかして、ダメでしたか……?」

「ああいや、別にダメとかじゃなくて……いいの?」

「はい、大丈夫ですよ?」

「え、帰っても俺いないんだよ? チヨちゃん、それでもいいの?」

「ぜんぜん構いませんよ。むしろトレーナーさんの方は大丈夫ですか?」

「俺は……まあ、留守にするよりかはマシだから、いいけど……」

 

 特に変なことも言ってないのに、トレーナーさんは不思議そうにしていました。

 

「てっきり俺もいないから、今日は寮に帰ると思ってた」

「そんなことしませんよ」

 

 だって私が帰ったら、トレーナーさんが一人になっちゃうじゃないですか。

 あの寂しいお部屋に一人っきりなんて、そんなのよくありません。

 だから私が待っててあげます。おかえりなさい、って迎えてあげるんです。

 これもトレーナーさんのため。今カノを演じるためですから。

 別に今まで一緒に帰ってたから言う機会もなかったし、とか考えてません。

 

「俺が帰ってくるまで一人で待たせちゃうことになるけど、それでもいいの?」

 

 今さらそんな心配するなんて、おかしなトレーナーさんですね。

 

「大丈夫です。

 待つことには、慣れてますから」

 

 

 トレーニングも終わって、下校時間になりました。

 いつもはトレーナーさんの仕事が終わるまで待つんですけど、今日は違います。

 お昼に伝えられた通り、今日はトレーナーさんが飲み会でいませんからね。

 大人の付き合い、ってやつです。ちょっとだけ憧れちゃいます。

 いつか私もお酒が飲めるようになったら、ご一緒してみたいです。

 とにかく、今日はこのままトレーナーさんのお部屋に向かうことにしました。

 夕食の買い出しとかは、いったん荷物を置いてからにしちゃいましょう。

 なんて考えつつ、いつも通りアパートの前に到着したんですけど。

 

「おーい! いねーのかクソ野郎! テメーの住所なんか割れてんだよ!」

 

 ……アパートの廊下から、そんな女の人の声が聞こえてきました。

 しかも、ドアを叩いたり蹴ったりしてるみたいな、乱暴な音もしています。

 いったい何があったんでしょう。隣人トラブルというやつでしょうか。

 とにかく、おかしい人です。関わらない方が身のためです。

 

「アタシのこと着信拒否しやがって! どーなるか教えてやるよコラ!」

 

 そんなことを考えている間にも、叫び声は聞こえてきます。

 その声がどこか聞き覚えのある声なのは、きっと気のせいだと思います。

 とにかく、できるだけ無視するようにしましょう。

 このまま放っておくのも危険な気もしますけど、トラブルになるのもイヤです。

 なるべく気づかれないよう、静かに階段を上がって……。

 

「さっさと開けろー! ドアこじ開けんぞお前! いいのか? やるぞ!」

 

 ……………………………。

 どうしてあの人は、トレーナーさんのお部屋の前にいるんでしょう?

 最悪です。これじゃあ私、お部屋に戻れないじゃないですか。どうしましょう。

 ……ここはひとまず、出直した方がいい気がします。

 そう思って、こっそり気づかれないように階段を下りていったんですけど。

 

「……ちょっと、そこのアンタ」

 

 ひえっ。

 

「は、はい……なんでしょう?」

「アンタ、サクラチヨノオーでしょ?」

 

 まずいです。目をつけられてしまいました。

 

「そ、そうですけど……どうして分かったんですか?」

「どうして、って……そんなの」

 

 するとその人は、私の質問に答えながら携帯を取り出して。

 

「一昨年のダービーウマ娘を知らない方が珍しいでしょ」

 

 私がトレーナーさんと一緒に、ダービーを獲ったときの写真を見せてきました。

 

「あ、ありがとうございます……?」

「それにしても、アイツがアンタみたいな子と組むなんて……女の趣味変えた? ま、それはどうでもいいや。アイツの趣味なんか今更キョーミないし」

 

 呆然としている私をよそに、その人は一人で勝手に話を進めていきます。

 いったいこの人、誰なんでしょう。少なくとも私の知り合いではありません。

 となると、トレーナーさんの知り合いと考えるのが自然な気もしますけど。

 こんな乱暴で怖い人、トレーナーさんの知り合いにいましたっけ?

 というか、やっぱりこの人の声、どこかで聞いたことあるような……。

 

「それより、ここでアンタに会えたのはラッキーだったね」

「え?」

「アタシ、アイツに用があってここに来たんだけど。アイツ今どこいんの?」

「……トレーナーさんのことですか?」

「そう。このアタシをフった、あのクソ野郎のことだよ」

 

 ……あ。

 今の言葉遣いで、ようやく思い出しました。

 この人の声、トレーナーさんが電話で話していた相手の人とそっくりです。

 それに今の発言。もうほとんど、自分から答えを言っているようなものです。

 ということは、つまり。私の目の前にいる、この人が。

 

「もしかして……トレーナーさんの元カノさん、ですか?」

「そうでーす。同じ男にちょっかい出された女同士、ヨロシクね」

 

 恐る恐る問いかけると、そんな気の抜けたような答えが返ってきました。

 

「それで、アイツ今どこいんの? 担当の生徒なら何か知ってるでしょ」

「えっと……トレーナーさんなら、今日は飲み会で帰りも遅くなるって……」

「は? 飲み? アタシのこと無視した挙句、飲み? ……はぁ?」

 

 なんて、その人――もとい、元カノさんは不機嫌そうに吐き捨てました。

 すごくイライラしているみたいで、今にも暴れ出しそうな雰囲気です。

 ハッキリ言って怖いです。できることなら、今すぐここから逃げ出したいです。

 そんな風に怯えている私をよそに、ふと元カノさんが顔を上げて。

 

「……てかちょっと待って? そもそもなんでアンタがここにいんの?」

「わ、私ですか?」

「だってトレセンの生徒ってさ、普通は寮に帰るんじゃないの? なのにアンタ、なんでわざわざアイツの部屋まで来てるワケ? アイツとどういう関係なの?」

「それは……」

 

 まずいです。非常に危険な香りがします。

 下手に誤魔化すのもよくない気がします。あのドアみたいに蹴られます。

 ここは思い切って、正直に答えた方がいいのかもしれません。

 

「そのですね、実は私、今トレーナーさんと一緒に暮らしてて……」

「……そういや何か言ってたね。担当してる子が家にいるとかナントカ」

「は、はい。それで、今日はトレーナーさんの帰りが遅くなるということなので、何か用意して待っていようかなと思って……先に、家に荷物を置こうとしてて」

「ふーん」

 

 そこまで私が言ったところで、元カノさんはしばらく黙り込んで。

 

「つまりアレだ。アンタ、アイツのこと好きなんだ」

 

 ちょっ。

 

「なんでそうなるんですか!」

「いやだって、今の聞いた感じそれ以外ないでしょ。フツーに同棲してんじゃん」

「そ、それは話の流れというか、仕方なくというか……!」

 

 というか、そもそも!

 

「こんなことになったのは、あなたのせいでもあるんですよ!?」

「は? アタシが? なんで?」

「あなたがしつこくトレーナーさんに連絡してくるせいです! トレーナーさん、すっごく困ってましたよ! ストレスのせいで、タバコまで吸い始めちゃって……ですから、私がトレーナーさんをお守りすることにしたんです!」

 

 言ってやりました。もう全部。包み隠さずに言いました。

 ……考えようによっては、むしろこれはチャンスな気がしたんです。

 だってトレーナーさんを困らせている本人が、目の前にいるんですから。

 ここで話をつけてしまえば、諸々の問題も全部スッキリ解決するはずです。

 踏ん張りどころですよ、チヨノオー。ここで引き下がるわけにはいきません。

 

「……なるほど」

 

 すると元カノさんは、少しだけ考えるようにしてから。

 

「他の女と同棲してるって匂わせれば、アタシからの連絡も減ると思った、と」

「そうです! それです! そういうことです!」

「つまり、アタシをダシにして同棲まで漕ぎつけたんでしょ? 考えたねアンタ」

「そうじゃないって言ってますよね!?」

 

 話が二転三転してる気がします。ここはもう、ハッキリ言うしかありません。

 

「お願いですから、もうトレーナーさんに連絡するのは止めてください!」

「やーだね」

 

 ダメでした。この人、ぜんぜん悪びれてません。

 ローレルさんの言う通り、素直に聞いてくれる人じゃありませんでした。

 

「それにしてもアンタ、かわいい顔して意外と男の趣味イイんだね? でもまあ、気持ちは分からなくもないよ。アタシもアイツのこと、顔で選んだところあるし。アイツ他のところは終わってるけど、顔だけはいいからね」

「そういうのじゃありません! あと、トレーナーさんは顔だけじゃないです!」

 

 じゃあ他に、って言われると少し考える時間が必要ですけど、とにかく!

 

「もうトレーナーさんに関わらないでください! ハッキリ言って迷惑です!」

「ラブラブ同棲生活の邪魔になるもんね?」

「だから違うって言ってるじゃないですか!」

「はいはい。そーですか。そういうことにしておいてあげる」

「もうっ!」

 

 私の言葉なんて、全く聞く耳を持ってくれません。

 ……何を言ってもかわされるこの感じ、トレーナーさんとそっくりです。

 

「ま、アンタがアイツにゾッコンなのは分かったよ」

「ですから、そうじゃなくて……!」

「でも、アタシだってなんの理由も無しに邪魔してるワケじゃないんだよ」

 

 すると元カノさんは、急に真剣な表情になって、私の肩に手を置いてきました。

 

「悪いことは言わないからさ。今のアイツはやめといた方がいいよ。その後なら、いくらでもアンタの好きにすればいい。だけど、今はアタシに任せてほしいの」

「……どういうことですか?」

「アイツと一緒に住んでるなら、今のアイツの違和感にも気づいてるハズだよ」

「………………………………」

 

 どうしてそのことを、なんで今更なことは言いません。

 だってこの人は、トレーナーさんの元カノさんですもん。

 トレーナーさんのことなんて、私よりずっと知ってるはずです。

 ……それこそ、どうしてトレーナーさんがあんな風になったのかも。

 

「やっぱり。アンタから見ても、今のアイツ無理してるのは分かるでしょ?」

「……確かに、それは私も感じてますけど」

「別に、アイツをイジメたいワケじゃないんだよ。アタシにそんな趣味ないしね。でも……これは絶対に、今のアイツに必要なことだからさ」

「必要なこと、って」

「少なくともアンタは知らなくていいことだよ」

 

 なんて言ってから、元カノさんは突き放すように私の肩から手を放して。

 

「すっこんでろ、とまでは言わない。ちょっとだけ大人しくしてて。そうすれば、アタシがアイツを何とかしてあげるから。その後は、アンタの好きにすればいい」

「あの……!」

「喋りすぎたね。……今日は帰る。また、出直してくるよ」

 

 私の言葉を遮って、そのまま元カノさんは階段を下りて行きました。

 

「…………………………」

 

 結局、私は元カノさんを止めることができませんでした。

 それどころか、そもそも相手にすらされていないような、そんな気もしました。

 ……でも、考えてみれば当たり前のことなのかもしれません。

 だって私は、トレーナーさんのことをほとんど何も知らないんですから。

 元カノさんからすれば、私は何も知らない、ただの子供でしかありません。

 敵とか味方とか、それ以前の問題です。戦う相手ですらないんだと思います。

 そんな子供が、元カノさんを止められるはずないじゃないですか。

 分かってたことです。結局、子供の私じゃ何もできないことなんて。

 

 ……でも。

 だからって、このままじっとしてるなんて、そんなの。

 

「待って……!」

 

 ――気が付くと私は、元カノさんの後を追っていて。

 

「え? アンタ、何して……」

「……ずるいじゃないですか」

「は、はあ……?」

「私だって、トレーナーさんの力になりたいのに……じっとしてろ、なんて!」

「ちょっ」

 

 ワガママを言っているのは分かってます。それでも、止められませんでした。

 もう何も知らないままでいるなんて、そんなの絶対イヤなんです。

 

「お願いします! 私にもトレーナーさんを助けさせてください!」

「いや、だからさっきも言ったでしょ! アイツはアタシがなんとかするって! アンタは余計なコトせず、大人しくしてたらいいんだってば!」

「だからそれがイヤなんです! 私にも何か手伝わせてください!」

「アンタ、なんでそこまでアイツのこと……!」

「しょうがないじゃないですか! 好きになっちゃったんですから!」

 

 もう完全にやけくそでした。自分でも恥ずかしいくらいに開き直ってました。

 でも、もう後には引けません。こうなったら行けるところまで行ってやります。

 

「好きになった人を助けてあげたいって思うのは、当然のことだと思うんです! あなただってトレーナーさんと付き合ってたんですから、分かりますよね!?」

「は、はあ!? アタシがアイツにそんなこと思うワケ……」

「だったら、どうして毎日のようにトレーナーさんへ電話したりするんですか!? あなたの方こそ、トレーナーさんのことまだ大好きなんじゃないですか!?」

「いや、その……別にそういうワケじゃ……!」

「実はまだ未練タラタラで、トレーナーさんのことが忘れられないだけじゃ――」

「ちょっとアンタ! それ以上言ったらぶっ飛ばすよ!」

 

 そこまで言ったところで、元カノさんは顔を真っ赤にして叫び出して。

 

「あー、もうっ! 分かったよ! とりあえず一回落ち着けって!」

 

 それから指を一つ立てたあと、諦めながらに元カノさんは話してくれました。

 

「……アンタがそこまで言うなら、一度だけチャンスをあげる」

「本当ですか!?」

「ただし、アタシが許すのはその一度だけ! いくらアンタが泣こうが喚こうが、それを逃したら次は絶対にナシ! 黙って大人しくしておくこと! いいね!」

「はいっ!」

「よし! いい返事!」

 

 ほとんど怒ってるのと変わらない声量で、元カノさんは大きく頷きました。

 これでやっと一歩前進です。やりましたね、サクラチヨノオー。

 ですが、まだ安心はできません。元カノさんの言う通り、チャンスは一度きり。この一度のチャンスに、私ができる全てをぶつけないといけないんです。

 せっかく巡ってきたチャンスを、みすみす逃すわけにはいきませんからね。

 ……そのチャンスというのが、具体的にどんな意味なのかは分かりませんけど。

 

「ところでアンタ、夕食は?」

 

 なんて考えていると、元カノさんが急にそんなことを聞いてきました。

 

「えっと、まだですけど……」

「だったらお姉さんが何か奢ってあげる。好きなモン言ってみな」

「そ、そんな急に言われても……!」

「じゃあラーメンでいい? 東京来たら一回行きたい店あったんだよね」

「勝手に話を進めないでください!」

 

 私の言葉なんて気にもせず、元カノさんはふらふらと歩きだしてしまって。

 そのまま放っておくわけにもいかないので、慌てて私も後を追いました。

 ……やっぱりこの話の通じなさ、トレーナーさんとそっくりです!

 

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