──……この技に「溜め」はいらねェ……。
悪噛はそういったものの、春乃は汗を垂らす。
鬼円のように機動力が優れているならまだしも、悪噛はそうは見えない。荒々しく、豪快。鬼円のは、優雅で力強い、というべきか。
最も、悪噛の能力と鬼円の能力は似ているようで別のものだからだ。
鬼円の能力は、「桃太郎」に起因する。
「犬」「猿」「雉」……それらすべての個性を操るのが鬼円の能力の正体だ。
「犬」であれば……「猿」や「雉」のような大きな機動力はないが、力がある。走り出すのにも、スタミナが多いのもこのおかげだ。また、勘が鋭い、という利点もある。
「猿」であれば……「犬」よりも機動力があり、「雉」よりも器用である。空中で回るのも、木に登ったり、壁を走ったり、物を瞬間的に掴む。そういう、細かい仕草を補強しているのだ。
「雉」であれば……「犬」や「猿」よりも力はないが、空中での機動力が格段に跳ね上がる。ある意味、空中戦が専門と言えるだろう。
これらが重なり合って生み出されたものが、鬼円の「能力」であった。
では、話を戻して悪噛はどうなのか。
悪噛の能力は……
「……ふぅーーーっ……」
悪噛は、息を整えながら構える。
五本の指を、まるで爪を立てるようにして前に突き出していた。両手を合わせて、目を向けていた。
オーラが、凪いだ。
さっきまで、荒々しく天に昇っていたオーラが、スウッと、音もなく静かになった。
(あれが、必殺技……?)
春乃はオーラのことを、その人間の能力の強さ、のようなものと捉えている。
悪噛の荒々しいオーラが凪いだということは、今彼は、無防備を晒している、ということになる。
それを即座に判断した春乃は、冷世と共に鬼円の前に立つ。
(仮に悪噛のいう必殺技が、こいつを倒せるだけの力があるなら……!!)
(それを使わないという手は、ない!!)
春乃が動く。
アディシェスの目の前に跳び、蹴りを放つ。それは、鼻先を掠めて、槍の穂先が春乃に向く。
しかし、その槍を止めるのは氷だった。地面から出てきた氷によって防がれ、アディシェスは舌打ちする。
その隙を逃さずに、春乃は氷を割る。氷の破片がキラキラと光って、アディシェスの視界を僅かながらに塞ぐ。
その視界の死角から春乃の拳が走る。
アディシェスの喉元ではなく、脇腹。そこに拳が突き刺さる。
春乃の力と、カイツールの身体能力が重なり合った結果であり、その力は常人を超えていた。
アディシェスの脇腹を粉砕するには、十分な力だった。
アディシェスは血を吐くが、まだ終わっていない。その拳を掴み、地面に投げつける。
「っ!?」
さらに、そこを狙って蹴りを放つ。春乃は目の前だ腕を
肺から空気が吐き出される。しかし、ここでは立ち止まれない。
追撃しようとするアディシェスは槍を投げる。その鋭利な先が氷によってぶつかって止まる。
氷が、さらに走る。
氷の先の方が棘になり、地面からズドドドドドと生えていく。
アディシェスはそれを飛んで避けてから、投げた槍に向かって手を向ける。すると、先程まで刺さっていた槍がブルブルと震えてアディシェスの腕に戻っていく。
「強いわね……まだ!?」
冷世の声が響く。
悪噛が目を開いて、目の前の敵を見据える。
アディシェスはそれを見て汗を垂らす。明らかに、オーラが凪いでいる。ここまで集中させる人間は、これまでに見たことがなかった。
事実、オーラとはその人本人の力の源、と言っていい。
例えば、元気のある子供と疲れ果てた社会人であれば、子供の方がオーラがある、と言っていい。
しかし、どんなものでも、必ず
その揺らぎを狙うからこそ「意表」を突けるのだ。
だが、今の悪噛には、その揺らぎすらもない。
今の悪噛はどんなものに対しても、興味を示さないだろう。
ただ、一点を狙い続ける。その一点を突くまで、何もしない、という集中力。
アディシェスに初めて、動揺が走った。
そして、その揺らぎとは…………別に、なにも人間に限った訳じゃない。
「『極冠:
アディシェスの目の前で吹雪が舞った。
吹雪はアディシェスにぶつかると、まるで鋭い棘のように突き刺さって、溶けた。
「くっ!」
アディシェスが槍を大きく振るって吹雪を払ってから飛び退ける。
春乃はそれを見て口を開く。
「何それ!?」
「一度言ってみたかったのよね、こういう必殺技みたいな!!」
少女心が爆発しているのはともかく、これは有効打だった。
悪噛が、地面を蹴った。蹴られた地面が陥没して、土を撒き散らす。
そして、消えた。
「なっ……!?」
アディシェスには見えていなかった。
春乃の動体視力は、動いた。悪噛を捉えたのだ。そして、アディシェスの後ろ、しかも、身を屈めている状態で狙っているのが見えた。
先程…………春乃が貫いた、脇腹に。
「
アディシェスが振り返る。だが、視界の下にいる悪噛に一歩、気が付くのが遅れた。
「『
悪噛の両手による掌底が突き刺さる。その後に、立てていた爪を、まるで狼が噛み砕くように、勢いよく閉じた。
まるで肉を抉るような、そんな物音が鳴ってから、衝撃が走ったのだった。