「冷世ちゃんっ!!」
春乃は咄嗟に冷世に近寄る。
息はしている。それを確認してからほっと一息をつく。
悪噛はまだ立っているし……いやそんなことよりも。
「赤芽ちゃんっ!」
春乃はそちらに駆け寄った。
縄を解いてあげると、ううん、と呻きながらも目を開いた赤芽。
赤芽は春乃の顔を見て、周りを見てから、もう一度視線を春乃に戻す。
そして、うるうると目が潤んだ。
「春乃ちゃんっ!!」
「うわっ、とととっ……」
赤芽が勢いよく春乃に抱きつく。それを見てから、ゆっくりと背中を撫でてあげる。
「もう大丈夫だよ」
うんっ、うんっ!! と泣きながら頷く彼女を見ながら、悪噛を見る。
もう既に、動く気配はないらしく、そこに佇んだままだった。
あの血の量だ。信じたくはないが、もしかしたら……という考えを振り払う。
「でも、悪噛君が助けに来てくれてね……?」
「……うん」
二人が黙りこくり、目を閉じる。
赤芽の目に再び、涙が浮かぶ。幼なじみがボロボロになり、自分を助け……そして……。
それを思い出しただけで彼女の心は傷だらけであった。
「ありがとう……悪噛……ありがとう……!」
「ん…………あぁ……」
『?』と頭を上に浮かべる赤芽。明らかに男性の声であり、同じく『?』を浮かべている春乃では無いと確認する。
さらに言えば、冷世も泥のように眠っているため、余計に違う。
後ろを振り返ると、血だらけの男性が立っていた。
「!!?」
いや、違う。
それは悪噛であった。なんとか歩いてきたらしい。
それを見た赤芽は顔を青白くしながらも、さらに首を傾げるのであった。
「な、なんでその傷だらけで……い、生きてるの…?」
「あぁ……? こんなんじゃ死なねぇよ……」
「それは無理があるでしょ! 馬鹿!!」
そう言って、赤芽は悪噛に抱きつく。
悪噛はそのまま後ろに倒れ込んでしまった。それを見た赤芽は咄嗟に顔をあげる。
「悪噛!?」
「悪ぃ……流石に……血ぃ出すぎた……」
悪噛はそう言って、目を閉じたのであった。
息をしているから、まだ生きている。
それが分かった赤芽は、大きな声を出して泣くのだった。
悪噛がこれ程までに傷を受けているのに耐えている理由は単純。悪噛の能力にあった。
『オオカミ』は、元々グリム童話などに代表される昔話や創作物語において道義的・道徳的な悪を演じるために物語上に配置されるキャラクターである。
例えば『狼と七匹の子山羊』では、ハサミでオオカミの腹の中から救出し、代わりに石を詰めてオオカミを溺死させるという物語だったり。
例えば『赤ずきん』では、悪いオオカミに食べられた赤ずきんとおばあさんを猟師が腹の中から助け出すという展開だったり。
さらに言えば、『三匹の子豚』では三匹の子豚が家を建設中に悪いオオカミに襲われ、最初の二匹は食べられてしまうが、頑丈なレンガの家を作った最後の一匹はオオカミを返り討ちにし、逆に煮えたぎる鍋の中に落として食べてしまうという物語であったり。
悪噛の能力『狼』は、単純に狼の性質を体に持つだけでなく、様々な傷についての耐性も兼ね備えていた。
故に、斬撃も、打撃も、熱さも冷たさも、放たれた弾丸でも耐えれてしまうという能力になっていたのだ。
さらに、彼自身にも原因がある。
元々、物理的な意味で体が硬いのだ。
鬼円に勝つために努力、努力、努力しまくった結果がこれである。
鬼円に勝つことは難しいが、さほどの傷ならば普通の人間どころか、『クリフォトの樹』という人外の集まりでさえつけるのが難しくなっていた。
努力を欠かさなかった結果がこれである。
結果的に、彼は春乃が知っている能力者の中での硬さだったらダントツであった。
春乃はそんな光景を見つつも、微笑むのだった。
「……初めて、鬼円がいない中で、倒せたな……」
今までは、鬼円に助けて貰っていた春乃。
初めて春乃自身がまともに戦い、仲間と共に勝ち取った勝利だった。
それを噛み締めながらも、春乃は振り返る。
寝ている悪噛と、介抱している赤芽。
それを見てから、春乃は息を吐くのだった。
「悪噛に、話さなきゃな……」
◇◆◇
ピッピッピッと、音が鳴る。
彼が目を開けば、そこには、本来なら、ここにいないはずの青年の姿があった。
「クソジジイ。ぶっ倒れやがって……」
「心配だからきたのか? クソガキ」
その青年は、鬼円であった。
國網はくすくすと笑ってから、鬼円を見てニヤリと笑っていた。
「
「今すぐにでもぶち殺してやりてぇとこだが、とりあえず黙って寝てやがれ」
そう言う鬼円の手は、強く握られていた。
國網は、知っている。本当の鬼円のことを。
「……はっ。死ぬかよ。まだまだ健康体じゃバーカ」
「こんのクソジジイ……」
鬼円はいいながら、立ち上がる。
「俺は家のことやってくっから。また明日な」
「おうの。あ、明日は骨付きにでも持ってきてくれよ」
「黙って寝てやがれ」
鬼円はそう言ってパタリ、と病室を閉じて歩いていく。
それを見送ったあと、國網は窓を見つめる。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「そろそろ、か」
風が吹いた。
カサカサと落ち葉が揺れて、これからくる寒い冬に向けて、地球はくるりくるりと、回っていた。