「んん〜! 終わったぁ…」
香蔵さんはそう言って背筋を伸ばす。
狸吉さんはノートをカバンに仕舞って微笑む。
「今やったやつを復習すれば、高得点は取れると思うよ」
「ありがとう! さすが狸吉ちゃん!」
「やめてよ…」
顔を少しばかり赤くして言う狸吉さん。満更でもなさそうだね。
ふと、机の方を見ると、食器を片付けている鬼円が見えたので、私も食器を手に持つ。
「手伝うよ」
「…助かる」
鬼円がそう言った。
私は少しだけ照れくさそうにエヘヘと笑みをこぼす。
「狸吉さんの勉強凄かったね」
「あぁ。分かりやすかったな」
「うん。この調子で高得点取ろう!」
鬼円はあぁ。と言って立ち上がる。
…?
なにか考え事してるのかな?
「どうしたの?」
「いや、何でもねぇよ」
鬼円はそう言って、台所に足を運ぶ。
私も鬼円の後を追って台所へと向かう。顔を見ると、鬼円は顔を顰めていた。
やっぱり、なにか考え事をしている。
ま、きっと鬼円の事だし大丈夫か。
「そういえば、鬼円って努力家なんだね」
「あぁ?」
「ほら、ずっと道場で稽古してたんでしょ?」
鬼円にそう言うと、あぁ…と思い出したかのようにため息を出した。
「あん時は…なんかな……ってか、誰から聞いたんだよそれ」
「え、音流さんから」
鬼円はあんの野郎と呟いている。先輩に向かって『あんの野郎』はマズイよ!?
「でも、どうして稽古してたの?」
「……まぁ、ちょっとした理由な」
鬼円が語り出そうとした時、音流さんが台所に来る。
「なんか楽しそうな話してる〜!」
「なんですか元凶」
「げ、元凶?!」
鬼円が嫌そうな目付きで元凶…もとい音流さんを見て、それを聞いた音流さんがギョッとした顔をする。
私はそれを見てブフッと吹き出しかける。
「終わったら早く帰るんだな…クソジジィが帰ってくる頃だ」
「自分のお爺さんに向かってなんて口を!?」
「クソジジィはクソジジィだ…ほら、帰りな」
口が悪い?!
鬼円がさらに言うと、音流さんはしょぼんとした顔をして、居間の方へとトテトテと歩いていった。
「よし。後は置いておいてくれていい」
「分かった!」
私はコトッと食器を置く。
その瞬間、外の方で物音がした。まるで、扉を開けるような…そんな音。
鬼円もそれに気づいて、外の方を向く。
「…なんだ?」
「なんの音だろ?」
「キャァァァァァ?!?!」
すると、音流さんの叫び声が聞こえてきた。
私と鬼円は一気に駆け出して居間の方へ向かう。
居間では、狸吉さんと香蔵さんが縁側の方を向いている。
縁側の外では、大男に首を絞められてる音流さんの姿があった。
「音流さん!」
「何してんだお前!!」
大男に向かって、鬼円が蹴りかかる。
鬼円の蹴りが大男に入るも、微動だにしていない。しかも、右手で鬼円の足首を掴んでいる。
「ぐぁっ?!」
鬼円の足首を掴んだ大男は、鬼円を地面に叩きつける。
その衝撃が凄まじく、地面にヒビが入る。
「鬼円!」
「鬼…円……!」
音流さんが言葉を発すると、大男は更に力を込めたのか、音流さんがさらに叫び声を上げる。
あの大男……!
「あれ……?」
赤い光……!小村樹先生と同じだ!
「狸吉さん!」
「分かってる!」
カチカチと音がなり、狸吉さんの体に炎が纏われる。
狸吉さんが勢いよく飛びかかり、脇腹を思いっきり殴る。
流石の大男も脇腹を殴られたのが効いたのか、音流さんを離して脇腹を抑える。
「音流さん!」
「ゲホッコホッ……」
音流さんは喉を抑えて咳き込んでいる。
鬼円が立ち上がり、大男に殴り掛かる。大男はそれを両腕を使って受け流している。
「コイツ…!」
「待って……鬼…円!」
音流さんが声を上げる。
鬼円は音流さんの方を向き、黙り込む。
「ケン君……ど、どうしてここが?」
「……ケン君だと?」
鬼円が音流さんの言葉を聞き、目を見開いた後に、大男の方を見る。
ケン君って……。
「俺に、お前の居場所が分からないわけがないだろ?」
「ケン君……おかしいよ最近! 少し間違えただけで殴り掛かるし! さっきだって、電話の後にあんな……メッセージ送ってきて!」
メッセージ…。
もしかして、鬼円が考え込んでたのって……。
「俺は、お前にしっかりして欲しいからこんなことをやってるんだろう?」
「彼女泣かせて何言ってんだ」
「何?」
鬼円がケン君と呼ばれた大男を睨みつける。
その拳は、強く握られていて、血管が浮き出ていた。
「しっかりして欲しいだと? それが泣かせる理由にはならねぇだろうが……!」
「貴様には関係の無いことだ」
「ふざけんな! 関係あるから言ってんだろ!!」
鬼円が怒声を上げる。
その瞬間、鬼円から噴き出るようにオレンジ色のオーラが。
鬼円の能力だ!
「ぶちのめしてやるよ!」
「……まずはお前から指導してやる」
鬼円が戦闘態勢を取り、大男はただ立ったまま鬼円を静かに見つめる。
鬼円から動き出した。
鬼円が走っていき、右フック。だが、大男はそれを左腕だけで受け止め、鬼円の顔面に拳を叩きつけようとする。
「シッ!」
鬼円は顔を逸らしてそれを避けて、右脚の膝を大男の顎にぶつける。そのまま閉じていた右脚を開いて、蹴りを入れ込む。
その勢いで、大男は後ろにズザザと音を立てて移動する。
「ハァッ!」
鬼円の正拳突き。
だが、大男は腹でそれを受け止めた。流石の鬼円も驚きを隠せずに、汗を垂らす。
大男は手を合わせて指を組み、鬼円の脳天に向かってそれを叩き落とす。
鬼円から、人体からは有り得なさそうな音が鳴る。
だが、鬼円はそれを踏ん張って耐え、右腕を構えて、大男にアッパーを仕掛ける。
アッパーを食らった大男の体が少しだけ宙に浮き、それを見逃さずに鬼円は肘打ちを腹に叩き込む。
肘打ちを食らった大男は吹っ飛び壁に激突する。
「っ痛ぇ……バケモンかよ…」
鬼円は頭を抑えてそう言う。
音流さんは立って、鬼円の方へ駆け寄る。そして、大男の方を向いて叫ぶ。
「もうやめてケン君!」
起き上がった大男は音流さんを睨みつける。
「は?」
大男はいつの間にか鬼円の目の前に立っていた。
鬼円が惚けた声を出して、大男を見上げる。
大男は手を握り、鬼円の顔面に殴りつけ、壁に叩きつける。
「け、ケン……ケン…君……」
「行くぞ。お仕置するからな」
大男は思いっきり音流さんの手を掴み、連れていこうとする。
私は近くにあった石を拾って、大男に向かって投げつける。
「……」
「っ……! ね、音流さんを! 離せ!」
大男はその赤く光ってる目で私を思いっきり睨みつける。
…しまった。足がすくんで動けない……!
大男は音流さんの手を離して、こちらに向かってくる。
私は再び石を拾って、大男に投げつける。
だが、大男はそれを掴み、粉々に潰す。それを見て私は絶句する。
「…嘘……でしょ……」
大男はこちらに近づき、手を握りしめて、構える。
ダメだ、逃げられない。殴られる……!
そう思った時、大男が揺らいだ。
横から、鬼円が飛び蹴りを入れていたのだ。
「鬼円!」
「お前、戦えねぇくせぇに喧嘩売りやがって…」
鬼円にそう言われた私はうぐっと声を出すことしか出来なかった。
鬼円は、だが、と呟く。
「根性は認めてやる」
「……鬼円! やっちゃって!」
私が言うと、鬼円は頷いた。