「誰かと待ち合わせ? それとも1人なん?」
「めちゃくちゃ可愛い顔してね?」
「なな、俺らってどー思うよ?」
どうしよ、どうしよう、どうしよう。
私は心の中で泣きそうになりながら考えていた。ナンパってやつだよね、これ。
怖い、なんで手掴まれてるの? 逃げられな、いのかな。
怖い、怖いよ。
逃げ出したくなるのに、いや、逃げ出したいのに、掴まれてるせいで動けない。
力が強い、痛い、痛い。
「あ、の……っ、その、手……」
「ん? なになに?」
さらに強く握られる。痛みがさらに加速する。
どうしてこんなことに、私は鬼円と一緒に水族館に来ただけなのに。
そんな時だった。
パシッと乾いた音が鳴り、前をつけば……。
「離せ、『俺のツレ』だ」
鬼円が目の前にいた。
私は、鬼円の手を掴んで、そっちに駆け寄る。
ナンパしてきた男から手を抜け出させ、鬼円の後ろに回る。
「チッ、なんだよ……」
男達は諦めたかのように、去っていく。
良かった、諦めてくれたみたいだ。
「ご、ごめ、ありがと……鬼円」
「別に。なんか、アイツら見て腹立ったから」
鬼円がそういうと、私はクスッと微笑む。
鬼円の顔真っ赤じゃん。嘘ついてるのわかるなぁ。
……てか、ナチュラルに手を握ってるっていうか、握られてるって言うか。
「あ、鬼円……手……」
言うと、さらにギュッと掴まれる。
バクバクと心臓が高なっているのが分かる。鬼円の手の熱気が、私の手を温めているのが分かる。
私は口を開いたその時だった。
鬼円の後ろからコップが飛んできて、バシャッと濡れた。
「なっ!?」
「あーごめんごめん、手が滑っちゃったみたいだわ」
鬼円の後ろから声が響く。
さっきのナンパしてきた男達だ。わざと投げたように、周りの人達もどよどよとざわめき始めた。
鬼円は眉間に皺を寄せ、青筋を浮かべて振り返った。
明らかにキレている。とはいえ、ここで殴り合いになったら、警察沙汰になる!
「お、鬼円……っ!」
「あん……おいコラ」
鬼円が止まる。
っていうか、今の鬼円の声じゃない。聞いたことあるような……たしか、七夕あたりで……って。
「おい、俺のツレにかかったらしいんだけどよォ、どうすんだテメェ、あぁン?」
「ちょっ、わ、悪噛、やめなって、別にいいから、そんなことよりあっちの人の方が」
「どういう了見だ、ゴラァ、周りも見えてねぇのか、視野狭いんだなこの野郎ォ……!」
そこには、悪噛と、その女友達である桑西さん、だっけ。
桑西さんの服に、確かに水がかかったような後が……。鬼円に掛けた水がどうやら桑西さんにもかかっていたようだ。
そのせいで、悪噛がキレて……。
鬼円よりも顔が怖い悪噛のせいで、ナンパ男達は恐縮して「いや、あの……ちが、くて……」と声を小さくして震わせている。
「てか、春乃ちゃん達もいたんだ、奇遇」
「あ、アハハ……」
桑西さんがそう言ってくる。
あっ、悪噛と鬼円がナンパ男達を店員に引き渡した。
鬼円と悪噛はお互いに睨み合ったまま黙り込んでいる。
「え、えーっと、桑西さん、達は、どうしてここに?」
「さん付けいいよ。えーっと、福引で当たってさ」
なんともまぁ運がいいことで……。
私は汗を垂らしながら話を聞く。鬼円は私の肩を叩く。
「行こーぜ、あっちの方まだ見てねぇだろ」
「あっ、うん。それじゃあ」
「うん、お互い楽しもーねー」
どういう意味ですかそれ……????
◇◆◇
「いやぁ楽しかったね」
「ん、だな」
電車に二人で乗る。
さっきまで人が多すぎておしくらまんじゅうのような感じになっていたのだが……何とか座れた。
乗り換えで東京まで帰っていると、もうすっかり夜だ。
……楽しかったな、と少しは思う。気を紛らわせることはできなかったけど。
とはいえ、今日は鬼円と手を握れたし。良かったなぁ。
手が大きくて、ゴツゴツしてたし、それに……。
「ヒャッ!?」
そう思っていると、鬼円が再び手を掴んでくる。
突然のことで、悲鳴が上がりそうになるのを必死に抑える。
鬼円の方を向けば握った手をじーっと見つめている。
「あ、お、鬼、鬼円?」
「あぁ、すまん。なんか……よく分かんねぇけど、こうした方がいいよなって……」
鬼円はそう言う。
いや、こうした方がいいよなって、私の方がバクバクで死にそうなんですけど!
耳元でまるで心臓を置かれているような、バクバクと音がうるさい。もしかして、世の中のリア充ってこんな経験してんの!?
やばい思考回路がおかしくなってきた。
「今日は、楽しかったな」
「えっ、う、うん」
「……俺さ、初めてだわ。誰かと水族館に行くっての。あぁ、家族以外な?」
鬼円がそう言う。
その鬼円の目には、キラキラと光っていて、まるで知らないものを知ったかのような顔で。
そんな鬼円を私は顔を赤らめて見ていた。
「なぁ、春乃」
「……なぁに?」
鬼円は私の方を向いて言った。
「これから、なにか危ねぇことがあったりしたら、お前が危険な目に遭いそうになったなら………………俺が守る」
私は、鬼円の決意の籠った目を見つめた。
そして、私は口を開いた。
「うん、その時は、助けてもらうよ。名前を呼んで、助けてもらう」
二人で、約束した。
ガタンゴトン、と電車が揺れる。