8月13日、早朝。
頭が痛い……昨夜は飲み過ぎた。
彼女たちは、ウワバミか何かか?
水の入ったコップを片手に思考停止していると入り口の方でノックの音がする。
ドアののぞき穴から外を確認すると廊下には、アルファー殿と護衛だろうメイドが数人待ち構えていた。
俺は、ガンガンと痛む頭を押さえながらドアを開けた。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「おはようさん、随分と早いんだな。ああっ、二日酔いの薬が有ったら貰えないか? 久々に飲み過ぎた」
「分かりました、直ぐに用意させましょう」
アルファー殿の返事と同時に後ろに控えていたメイドが一人消えた。
まさに空気に溶ける様に眼の前から消えたのである。
「早速ですが御相談したい要件がありましてお邪魔しました」
「昨日、言えない事でもあったのか?」
昨日は、香月博士とピアティフ中尉が一緒だった。
目の前では言えない事だったのだろうか……こんな早朝に訪ねてきたところを見ると結構な重要案件と見える。
「立ち話も何だから、まあ入ってくれ」
「では失礼します。朝食を用意させますので、食べながら話しましょう」
そう言って入室したアルファー殿に続いてゾロゾロと入ってきたメイド達が椅子とテーブルを動かし、壁を操作すると立派なアイランド型のキッチンが部屋の中央に出現した。
同時に現れたカウンターに腰掛けた俺達は、眼の前の調理を眺めながら一息入れた。
落ち着いたところでアルファー殿が喋りだした。
「巌谷さん達には黙っていましたが、我々は既に日本の四国地方からBEATを駆逐して安全圏として確保しています。その過程でBETAから逃げ遅れて被害を受けた民間人と戦闘後に後退できずに置き去りにされ未だ息のあった兵隊さん達を保護して治療させて頂きました。出来ればその処遇をお任せしたいのです。現在彼等は、治療施設でリハビリ生活をしてもらっています」
アルファー殿のした話は驚きの真実だった。
そういえば当初予想されていた淡路島方面からのBEATAの侵攻は皆無だった。
日本帝国は、四国方面からの侵攻を警戒して国連軍に足止めの艦艇を依頼し、これに待機してもらっていたのだが結局BETAの侵攻は確認できず遊軍となって居たのである。
防衛線へは、広島方面からの圧力だけだった事から先の侵攻には耐えられたとも言える状況だった。
「もし淡路方面からも同時に攻められていたら防衛線は崩壊していただろう。礼を言わせてもらうよ。しかし、他にも生存者が居たとは驚いた……」
「実際には逃げ遅れて、ほとんど死んでる様な状態だった方々ばかりです。辛うじて蘇生が間に合ったと言ったところですけどね」
「それは、また……。それで、処遇とはどういう事なんだ?」
「我々は、まだ大ぴらに表に出る訳には行きません。そんな処に公には既に死んだはずの人間が多数生き返ったなんて事が世間に知られると不味い訳です。特に置き去りにされた兵隊さんは不味いでしょう。しかし、国に帰りたいと希望している方の他で大多数の方々は、このままここに住みたいと望んでいらっしゃいます。余程怖い経験をしたのでしょう、あそこには帰りたくないとおっしゃる方が多数存在する訳です。分からなくも無いのです、死んだと思っていたら生き返ったここは別世界ですからね。しかし我々は、異邦人です。何時迄もここに残ることは出来ませんのでどうしたものかと考えておりました。助けたからには、ふたたび死地に放り出すという事も出来ませんし……人の記憶とは複雑な物で、都合良くここでの記憶だけを消すという訳にもゆきません、必ず何処かに綻びが生じてすべてを思い出すか精神に異常をきたす恐れが生じます」
随分とまた優しい事で、……神にも出来ない事が有るってことか。
「そういう事なら引き受けよう。説得して後日受け入れの手配をすれば良いんだな」
「それは良かった。流石にこの施設を地球に置いて行くと言う訳にもいきませんから、我々が旅立つ時には消滅する事になります。取り敢えず四国にここの複製施設を用意しますので暫くはそちらに移って貰いましょう」
「ほとぼりが冷めたら本土に戻るなりを取り計らえば良いんだな?」
「ええ、そうして貰えれば有り難いですね。ちなみに四国には、安全確保のためこちらでガーディアンを用意しました。決して人類側から攻撃等しないようにお願い致します」
ガーディアン?
守護者って事か?
「それは、どんなヤツなんだ?」
「とても可愛いミミズですよ、少し地球の平均より大きいのですが……」
後になって少し大きいどころでは無いことを知って唖然とする巌谷だった。
入り口の方から声がする。
「あらっ、賑やかだと思ったらこっちで朝食? 私も御邪魔していいかしら……」
香月博士は、言葉とは裏腹に遠慮する気もないのか、こちらの返事もろくに確認せずにカウンター席の端に陣取った
「それで四国がどうしたって?」
聞かれていたのか……。
メイドがソファーに仕掛けられていた盗聴器をアルファー殿に渡している。
香月博士は知らないふりをしてそっぽを向いているが、仕掛けたのは彼女だろう。
流石、抜け目がない事だ。
仕方が無いと言った様子でアルファー殿が話を再開した。
「聞こえてしまったのでは仕方がありません。我々が四国を掃除した際に逃げ遅れて犠牲になっていた民間人や兵隊さんの中で辛うじて我々の手で助かった方の処遇を話していたのです」
「ヘ~、生存者が居たのね?」
「はたして生存者と言ってよい物かどうか。殆どは、我々の手で蘇生が間に合ったに過ぎません。BETAによる被害の後遺症は、多かれ少なかれ残ると思われます。兵隊さん達は、重度のPTSDによって今後使い物になるかは分かりませんよ」
それでも生き残ったのは、幸運だろう。
未来の無い状況であればここで死んでいた方が幸せだったかも知れないが、アルファー殿達の介入で状況は変わるだろう。
それも劇的にだ。
問題は、人類はそのあとどうするのかと言うことだ。
およそ
「下手すると各国が競って実験動物扱いする案件よね。どっかで保護しないと全員掠われてホルマリン漬けにされるわよ」
「生き延びたのでは無く、生き返った人間なんて今を生きてる人類から見たらそんな物なんでしょうか?」
「だからよ。どうやって生き返ったのか切り刻まれるのが落ちね。このまま隠れていた方が良いんじゃ無い。BETAが居なくなった後も出てこない方が良いわよ」
「……そこまでですか。これは、助けない方が良かったのかな……」
オイッ! 止めてくれ、今更手を引くなんて言わないでくれよ。
香月博士も今のが失言だと思ったのか顔をしかめて言葉を続けた。
「上が腐ってるだけで一般ピーポーはそこまでじゃないわよ。それは何処も変わらないんじゃ無いの? 私は此処しか知らないけれど……」
香月博士、それは果たしてフォローに成っているのか?
「確かに、私のところでもあまり変わりませんね。多少の違い、多いか少ないかの違いくらいでしょうか、フムッ」
アルファー殿は、納得した様だ。
少しはフォローが出来た様で、香月博士もホッとしている。
気が付くとカウンターに置かれたカリカリに焼けたベーコンと目玉焼き、そして甘い匂いのフレンチトースト、横には香り高いコーヒーが添えられていた。
直前までの会話に一喜一憂していた自分が、目の前に並べられた湯気を立てる出来たての朝食に顔が緩んで行くのが分かる。
香月博士もいつの間にか獲物を前にした獣の様な顔になっている。
「遠慮せずに召し上がって下さい。冷めたら美味しくなくなってしまいますので……」
「「イタダキマス!」」
絶品だった! とだけ言っておく。
話しながらなんて無理だったのは、お察しの通りだ。
◆
お代わりも食べ終えてコーヒーを楽しんでいるとアルファー殿の後ろに控えていた
[只今、九州地方でBETAの活動が活性化いたしました。大陸からの増援により大規模な本州侵攻が予想されます。同時に九州地方を防衛していた日本帝国部隊の壊滅をお知らせいたします]
その報告に絶句してしまった俺と香月博士。
[経過予想として今夜半には神戸の防衛戦を突破、京都に侵攻が予想されます]
「ドールに依る足止めは?」
[現在向かわせていますが四国方面への侵攻も確認されております。瀬戸内海沿岸で防衛に手こずっている状態の為、日本海側まで手が回りません。大陸からの増援を切るためにも九州にメタルワームの導入を進言いたします]
「四国のガーディアン配置状況はどうなってる?」
[まだ配置を開始して3日です。追加の散布無しの状況で沿岸部全てをカバーするにはあと4日は欲しいですね。早急な九州全域への導入と四国沿岸部への追加支援をしなければ本州もどこまで侵攻されるか……]
「よし、兎に角BETAの大陸からの増援を止めよう。現在保有しているメタルワームに必要データを入力、九州全域と瀬戸内海沿岸に解き放ってくれ。決して日本から出さない様に括ること、いいね」
[肯定。了解しました]
メイド長が消えると後を追うように他のメイド達も次々と姿を消していった。
これはもう目の錯覚ではないのだと納得するしか無いだろう。
転移かテレポートのような物を使っているのだろうと思うしか無い。
「アルファー殿。俺達も本土に戻れないだろうか。見す見す帝都が蹂躙されるのを放って置くことは出来ない」
「……分かりました。こちらからも増援を出しましょう。では、こうしては居られません、私も用意がありますので失礼します。巌谷さん達は、10分で出る用意をして下さい、迎えを寄越します」
アルファー殿は、そう言い席を立つのだった。
香月博士は、ピアティフ中尉の分なのだろうサンドイッチの包を抱えて部屋を駆け出していった。
俺も一緒に席を立ったがさっきまで多少マシになっていた頭痛がぶり返すのだった。
「二日酔いの薬は、ここに置いておきます。では……」
そう言ってアルファー殿も空気に溶けるように姿を消すのだった。