鬱ゲー世界の住民が透き通った世界に来たら   作:無名戦士

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第二話:夢か現実か

 暖かい色合いのフローリングの上を土足で立ち、強化装備のハードブーツに付着した土によって床が汚れる。

 そんな些末事など気に留めず、私はゆっくりと歩き出した。

 目的地はなく、ただ歩き続ける。

 歩き始めて暫く経ったころ、私のすぐ近くを幼い子供が走り抜けていった。走り抜けていった子供はまた別な方向から現れ、今度はぬいぐるみの玩具で遊び始める。

 一挙手一投足すべてがまるで早送りした映像のように子供は動き回る。おもちゃで遊び、本を読み、布団で寝たり……様々な動きを見せていた。

 あれは、小さい頃の私。まだ戦争という行為を理解していなかった頃の私だ。

 

───夢

 

 目まぐるしく動く私を見ながらそんな事を思う。

 夢だから、というのもあるだろう。それ以上に何か感情が込み上げてくるような事もなく、一瞥するだけに留めた。

 そして、歩みを止めた。気付けば小さい頃の私は消え、代わりにテーブルを囲む一家の光景がそこにあった。

 父に母、妹に……そして私。

 妹が野菜を食べる事を拒絶しそれを母が咎め、父は妹を諭し、小さい私はそれを見て苦笑いを浮かべる。ごくありふれた一般家庭の光景がそこにあった。

 私はそれを少し離れた位置から見ているだけ。

 まるで映像記録を見るように、他人事のように……。見る事しかできなかった。

 

場面が切り替わる。

 

『お願い、血……止まってよッ!』

 

 今度は激しい雨に晒されながら泣きじゃくる私の姿があった。

 これは、任官して間もない頃の私。衛士強化装備を身に着け、夥しい量の血を流す幼馴染を前に私は涙し、喚き散らす。

 応急処置を施しても血が止まる事はなく、息も絶え絶えに彼女は告げる。

 

『チエ、ちゃん……お願い』

 

 彼女の言葉に嫌だ嫌だと否定する自分の姿。

 最早打つ手はなく、彼女はゆっくりと死んでいく事しかできない。息をする度に尋常でない苦痛に襲われるというのに、彼女は微笑んでいた。

 私はそれを見る事しかできない。眉ひとつ動かさず、この光景を見続ける。

 

『ごめん……なさい……、ごめんなさいッ……』

 

 これから起きる事を知っているから、彼女がそう望んでいるから。親友の願いを断る事ができない事を、私は知っている。

 震えた手で傍らにあった物を手に取る動作を見るのと同時に、私は目を瞑る。

 そして───

 

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

「…………ッ」

 

 最悪な目覚めだと愚痴を溢し、身体を起こす。

 久しぶりにとった休息だというのに、こうも目覚めが悪いのは勘弁して欲しい。どうせなら楽しい夢が見たい。

 そんな風に思いながら空を見る。その視線の先には当然のように浮かぶ謎の構造物があった。

 

「夢の中で夢を見るなんて……」

 

 自嘲気に呟き、乾いた笑いが漏れ出る。

 夢の残滓を振り払うかのように軽く頭を振り、再び空へと視線を戻した。

 今見ているこの夢は、本当に夢なのかという疑念が浮かぶ。

 さっきまで見ていたあの夢は、夢だという事を直ぐに理解できた。けれど、かと言ってこれが現実かと問われると判断がつきにくい。

 

───チエちゃん!

───チエちゃーん?

───チエちゃんってば!

 

 本当に、嫌な夢を見た。

 なんで、今になってあの時の夢を見たんだろう。受け入れて、もう振り返らないと決めていた筈なのに……。

 未だにあの時引いた引き金の感触が忘れられない。

 

「行かないと」

 

 私に出来るのは前に進む事だけ……。

 今ある生を無駄にしない為にも、私は進まなければならない。たとえこれが本当に夢だとしても、皆の死の上に私は立っているのだから。

 だから、行こう。あそこにある街へ……。

 遠目から見る街の様子を見る限り、BETA支配領域から離れているようにも見える。

 そのおかげで戦闘が発生する可能性もグッと減った上に、休息も挟むことが出来た。僅かな時間とはいえ、寝られたのは大きい。

 これで万が一という事があってもある程度冷静に対処できるだろう。

 

 山道を見つけ、それを辿って下った先にあった住宅街へ入る。

 何の変哲もない、日本的な住宅街。どこか懐かしさを感じる風景がそこにあった。

 状況が状況とはいえ、今の私は武装している。住民に見つかってしまっては大事どころの話ではないのは明白だ。

 

「あぁ、面倒くさい……」

 

 無線が使えない以上、どこか近くの駐屯地に出向く必要がある。

 いくら機体の残骸や強化装備上に記録があるとはいえ、説明するのに骨が折れるのは確実だ。いずれにせよ、営倉入りはほぼ確実と見ていい。

 相手からしてみれば強化装備を着た所属不明の人間が、武装して住宅街を出歩いているのだ。営倉に入れる口実として十分すぎる。

 

 不意にガチャリと玄関を開く音が聞こえた。私はビクリと身体を震わせ、恐る恐る視線を向ける。

 ゆっくりと出てくる住民の姿。これから起こるであろう事態に冷や汗を掻き、咄嗟に隠れようと辺りを見渡した。しかし何処にも身を隠せるような場所はなく、そうこうしている間に住民が姿を現し、目が合う。

 

「……は?」

 

 一瞬、目を疑った。

 目の前の人……いや人か?仮に人と仮定しても、私が知る常識からかけ離れた姿をした住民が立っていた。

 一言で言ってしまえば犬、犬種は分からないが彼?は当然のように服を身に付けこちらを見ている。

 

「あ、こんにちは」

 

「───え?あっはい、どうも」

 

 何気なく挨拶をされ、反射的に返す私。

 気まずそうに目を逸らす。今の自分が武装している状態だという事を思い出し、私は咄嗟に銃を庇うような動きをしてみせた。

 その様子を見た犬の住民は一瞬首を傾げ、興味が無くなったのか私の進行方向とは別の方向へ歩いて行く。

 ……銃を担いで。

 

 意味が、分からない。

 犬の姿をした人が言葉を話し、あまつさえ当然のように銃を担いで歩いていく姿に私は唖然とするしかなかった。

 今までこんな事は一度もなかった。いや、そもそもこんな事態そのものが初めての事だから当然という物だが、如何せんあまりにも現実味がない事の連続で脳が処理しきれていない。

 

「一体何なの……」

 

 ポツリと呟く。

 これが夢なのか現実なのか、まるで分からない。夢と現実の境界線が曖昧になり、何を信じればいいのか分からなくなる。

 

「───いや」

 

 落ち着け、落ち着くんだ私。

 これ以上、考える必要はない。信じる信じない以前に情報の収集が最優先、ここが夢なのか現実なのか後からでもいくらでも調べる時間はある。

 だから、落ち着くんだ。街の中心部に行けば何かわかるかもしれない。

 一刻も早く戦線に復帰しなければならない。護らないといけない人たちがいるから私はまだ、壊れる訳にはいかない……。

 


 

 見渡す限り人、人、犬、人、ロボット……。

 繁華街に入った時、真っ先に目に入った光景が今まで見たことない人混みだった。テレビで見た米国の大都市を彷彿させるような混み具合、実際に見るとなると圧倒されるものがある。

 けれど、ここは日本ではない。日本的な街並みで、日本語が公用語のように見えるけど、違う。

 

「あそこに新しく出来たカフェ、評判いいらしいよ」

 

「そうなの?じゃあ今度行きたいねー」

 

「予備のパーツ、買っておかないと…」

 

 私が知る日本とは根本的に違う雰囲気。街行く人々は皆一様に大小様々な銃火器を持ち、それが生活の一部であるかのように振舞っている。

 特に目を引いたのは学生の頭の上にある妙な模様だ。天使の輪を彷彿させるようなものが浮かんでいた。

 そう、浮かんでいるのだ。何か支えがあるわけでもない、どう見てもあの模様は浮かんでいるように見えた。

 原理は分からない。少なくとも、ここは私が知る日本とは違うという事だけは何となくわかる。

 

『モモフレンズ大全集、好評発売中!』

 

「モモフレンズ……」

 

 家電量販店の展示商品のテレビを見ながらボソッと呟く。

 軽やかな音楽が流れ、奇妙なキャラクターが踊るCMを眺める。

 

「知らない……」

 

 モモフレンズと言うものも、その隣のテレビに流れる番組も私は知らない。

 私が知るテレビという物は常に戦況報道や戦争に関連付けた内容なもので、純粋な娯楽番組は圧倒的に少ない。精々、朝の時間帯にチョップ君が流れるくらいだ。

 特に今年に入ってからという物の、戦局の悪化でそういったテレビ放送すら流れなくなってた。

 得も言われぬ疎外感。周りの人たちからの視線も冷たく感じる。

 

「ねぇ、あの人……」

 

「コスプレ?」

 

「怪しいよね、ヴァルキューレに通報した方がいいかな?」

 

 辺りを窺えば近くを通る通行人は私に懐疑的な目を向け、時折ヒソヒソと会話が聞こえた。

 一見すれば日本にしか見えないこの場所で、私だけが浮いている。ここにいてはいけない、何となくそう考えてしまった。

───なんの為に戦ってきたんだろう。

 別に見返りを求めていたわけではない。大切な人を護るために志願して、喪っても諦めずに誰かを護る為に戦ってきた。自分勝手な考えだという事は自覚している。けれど、流石にこれはないんじゃないかと思ってしまう。

 私の存在意義は一体なんなのか、段々分からなくなってくる。なんで私は───

 

「あのっ!モモフレンズに興味あるんですか!?」

 

「───……はい?」

 

「あ、私阿慈谷ヒフミって言います!モモフレンズに興味あるんですか!?あるんですね!このモモフレンズ大全集は有名な設定からマイナーな設定、そしてこの本で明かされる裏設定がたくさんあるんです!さらにはアニメの原画集に描き下ろしもたくさん収録されているんですよ!実はこのモモフレンズ大全集、全部で四巻も出ていてこれは四巻ですね。あ、でもモモフレンズに入るんでしたら大全集よりアニメから入った方がいいですね……。でしたらこちらの『モモフレンズ!』がおすすめです!この作品はモモフレンズたちの日常がメインで初心者でも入りやすいんですよ。第三話のペロロ様とウェーブキャットさんの話がとても素敵なんです!特にお昼ご飯を食べるシーンが───」

 

 ヒフミと名乗る少女は興奮した様子でモモフレンズについて話し始めた。

 偶然テレビの映像を見ていただけなのだが、興奮しながら楽しそうに語る彼女を見て、私はそれ以上言うのは無粋だと感じた。

───楽しそう。

 心の底から、そう思う。ヒフミさんが話す内容の殆どは私には理解できない。それでも彼女がどれだけモモフレンズなる物が好きなのか凄く伝わった。

 

「あ、ごめんなさい。いきなり話しかけられても困りますよね……」

 

 ハッとした表情で申し訳そうに我に返り、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 

「いえ、大丈夫です。私も聞いていて楽しかったです」

 

 実際、話を聞いていて楽しかったのは本当だ。

 ヒフミさんが楽しそうに話す姿を見ていると、こっちも自然と楽しくなってくる。

 ついさっきまであった負の感情が払拭され、いくらか気分が晴れたのは確かだった。

 

「良かったぁ……。あの、もし良かったら近くの公園で話しませんか?もっとモモフレンズについて知って欲しいんです!」

 

 彼女の提案に、私は少し考えるような仕草をした。

 情報の収集を優先すべきなのは自覚している。それでも彼女の話をもっと聞きたいという気持ちもある。

 ここで断って彼女を落ち込ませるのも気分が悪い。夢なのか現実なのか定かでない以上、これ以上深く考える必要もないのかもしれない。

 どうせなら、ヒフミさんの提案に乗った方が得策だと思った。何より、こんな嬉しそうな彼女を見るのは嫌いではなかったから……。

 

 

 

 

 公園でモモフレンズについてヒフミさんの話を聞き続けて一時間が経ち、先程彼女は用事を思い出して去って行った。

 一言で言えば、凄かったの一言に尽きる。ヒフミさんのモモフレンズに対する情熱は私が考えていた以上のものだった。

 私の質問に嫌な顔一つせず答えてくれて、しかも楽しそうに語り続けていた。

 

「本当に好きなんだなぁ……」

 

 あそこまで熱心に語る人は今まで見た事がない。

 自分の趣味に集中できるくらいにはここが平和であるという事になる。

───平和、か……

 ヒフミさんから貰ったキーホルダーを眺めながら思う。

 最前線に居続けた私にとって、これほど縁遠い言葉はない。いつか見た平和を目指して戦っていたけれど、結局その言葉は幻想となってしまった。

 私が目指していたものが、ここにある。ここの住民は不可解で、なぜか銃火器を持ち歩いているけれど平和そのものだ。

 

「本当に、ここはどこなんだろう?」

 

 なぜここに私がいるのか分からない。

 やらなきゃいけない事が沢山あるというのに、今もこうして公園のベンチに座って物思いに耽る事しかしていない。

 ヒフミさんと話していて本当に楽しかった。けれど、それ以前に私はやるべきことを放棄して彼女の提案に甘えてしまった。甘えてしまったのだ。

 それだけ、私が弱いという事だろう。

 ……本当に、情けない。それでも貴様は軍人か、秋元チエ。

 護るべき人がまだいる。まだ本土から逃げてない人が何千万人もいるのだ。防衛線を維持し続けなければまた夥しい数の命が消える。

 だから、戻る術を探さなければ。

 

「この人形、私のなの!」

 

「いいじゃん、貸して!」

 

 子供の喧嘩……。

 懐かしいな。私も小さい頃、妹とよくケンカしてたっけ。

 昔の記憶を思い出し、思わず頬を緩めさせた。

 微笑ましい。だけど、喧嘩はよくない。流石に止めに行った方がいいかな。

 

「───ッッッ!!!貸してくれないならこうだからッ!」

 

 立ち上がろうとした時、片方の子供は少し離れ、懐から何かを取り出す仕草をした。

 ここからでは何を取り出したのか分からない。その子供は物からピンのような物を引き抜き、何かを投げた。

 私はあの動きを知っている……あれは確か───

 

「ッッッ!」

 

 コロンと地面に転がった物体を目にした瞬間、咄嗟に伏せの姿勢を取った。

 瞬間、爆音と衝撃が私が襲う。

───手榴弾ッ

 玩具であればどれほど良かったことか。なぜ子供があんなものを持っているのか分からない。考える暇もなく、私は子供たちの安否を確認すべく顔を上げた。

 

「……え?」

 

「痛ったー。やったなこのー!」

 

 目を、疑った。

 明らかに爆発が直撃したはずの子供は無傷で立っていたのだ。よく見れば煤が服に付いているが、怪我をしている訳ではない。

 ありえない。私の錯覚?いや、あの衝撃と爆音は明らかに本物のそれだ。

 何度も訓練で見てきた手榴弾の爆発。間違える筈がない。

 だというのに、あの子は平然と立っていた。

 

「これでも喰らえッ!」

 

 手榴弾の爆発を受けた子供もお返しとばかりに手榴弾を投げだし、お互いに手榴弾を投げ合う状況が出来上がる。

 何度も公園中に響き渡る手榴弾の爆音、それでも尚子供たちは無傷だった。

 普通の人間が手榴弾の爆発を喰らえば一溜まりもない。ない筈、ない筈なのに……。

 

「なに、これ……」

 

 理解が出来ない。

 現実ではありえない光景が目の前で繰り広げられている。

 子供が手榴弾を投げ合う?ありえない、絶対に。

 普通なら死人が出ても可笑しくはないのに、あの子たちは手榴弾を投げ合っている。

 

「夢……これはやっぱり夢なんだ……」

 

 私は今夢を見ているんだ。

 あの住民も、銃を持ち歩く人たちも。ヒフミさんと話した事も全部、私が見た夢なんだ。

 現実の私は戦車級に───

 

「あああァァァァァッ!!」

 

 想像しただけで身震いが止まらなくなる。

 ブワッと嫌な汗をかき、一心不乱に叫びながら走り出した。何を信じて良いのか分からなくなり、とにかく走る事だけを考える。

 

「分からない分からない分からない分からないワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイッ!」

 

 目の前の景色も、耳に入る音も、肌に伝わる感覚も何もかも信じられない。

 現実での私がどうなっているのかも考えたくもない。

 誰かこの状況を説明して欲しい。何を信じればいいのか、何を受けいればいいのか分からない。

 

 

誰か、助けて───

 

 


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