京狐~俺と狐と古都情緒~   作:しぶやしゃちこ

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中編

目が覚めたら時刻は7時半ほど。2時間半ほど眠っていただろうか。外は暗くなっていて、お腹が空いている。ラーメンでも食べに行こうか。

外に出て祇園行きのバスに乗り飲食店を探す。夜でも八坂神社は威厳をまといながらライトアップされていて美しかった。

手頃なラーメン屋に入り空腹を満たして外に出た所で、何やら怪しい雰囲気を漏らしている老婆が店の横に座っているのに気がついた。周りにある設備を見ると如何にも占い師といった風貌でこちらを見ている。目が合ってしまった。

「お兄さん。タダでいいから見せてくれないかい。」

その声には魔力があった。あまりの怪しさに素通りを決めたつもりであったが、気がつけばその老婆の前で突っ立っていた。

「お兄さん、あんた不思議な人だね。恋人はいる?」

「いや、いないですけど。」

老婆は相槌を打ちながら頬を歪ませ笑う。

「そうかいそうかい。あんたはそのままがいいよ。好機は近い。いやもう来てるかもしれないね。あんた基本は女に苦労する人生だけど、なにか不思議な力があんたを守ろうとしてくれている。その不思議な力をどうするかは、全部あんた次第。」

「参考までに留めておきます。ちなみに好機って?」

「赤だね。赤があんたを押してくれる。」

そう言って老婆はケタケタ笑った。俺は一言お礼を言ってからその場を去る。

あの老婆は胡散臭さを隠せていなかったが、その言葉には嫌に説得力があった。

翌日の昼、俺は初日と同じように稲荷駅に降り立っていた。駅から出ると大きな鳥居が見えている。昨日の老婆は赤が好機といっていたが、京都の街には赤い鳥居がちらばっている。好機はその辺に佇んでいるということだろうか。

鳥居の下には観光客が写真を撮っている。その陰に隠れてソワソワしながら髪の毛を弄るキコが居た。その立ち姿はまるで逢瀬の時を待つ初々しい乙女のようで、少し心臓が高鳴ったような気がした。

俺が声をかけると、笑顔で手を振って挨拶をしてくれた。そしてそのままの勢いで俺達は再び京都の街に繰り出した。

俺達は1番初めにバスに乗り下鴨神社に向かった。糺の森を抜けて1番最初に見れるのは相性社と連理の賢木だ。どちらも縁結びにご利益とされている。俺は絵馬を買い願いを書いた。

「いかにも欲望って感じだね。」

「直接的に書いた方が神様もわかりやすいかなって。」

「その通り。抽象的にかいてもどうすればいいのかわかんなくてふわっとなっちゃうからね。」

神様本人が言うのであればそうなんだろう。

神社指定のお参り方法で参拝をしてまたキコに将来の恋人を見てもらう。そしてまたキコは首を横に振った。

「どうしてだろう。ここまで色々して影すら見えないなんて初めて。」

「そんなに俺に魅力がないのかな。」

「いや、そんなことないよ!」

キコはさっきよりも強く首を振って否定してくれる。しかし、何度も見られて結果が変わらないとなると、自分に自信がなくなるのも当然だと思う。

「そりゃ、見方が悪いからだよ。」

ふと、どこからともなく声が聞こえた。辺りに人はいない。キコよりも大人びている声で落ち着きがあり、ここに何年もずっと座っているようなしっかりとした声筋だった。

「あんた、もっと広い範囲で見なきゃ。アタシにはその男の相手はくっきり見えるよ。」

未だ声の主は現れない。しかしどういうことだろうか。広い範囲とは…?

「なぁキコ、広い範囲って言うとどういうことだ?」

キコの方に視線を移すと、蹲りながら顔を赤らめている姿があった。もしかしてまた熱中症だろうか。だとしたら大変だ。

「キコ、大丈夫か?熱中症になりかけてたらまずいから言ってくれよ?」

「いや、体調は大丈夫なんだけど…。」

キコは目線を合わせてくれない。それどころか俺の方すら向かずに明後日の方向で遠い目をしている。さっきから様子がおかしい。本当に大丈夫だろうか。

「本当に大丈夫だから。とりあえずお参りして、次行こ!」

キコはそう言って俺の手を引いてそそくさと歩いていってしまう。結局全て分からずじまいだ。声の主が誰なのか。中性的な声なので性別すら知らないしキコの態度も謎だ。今もキコは耳をぴこぴこ動かしてみたりキョロキョロしてたり落ち着きがない。落ち着きのないまま参拝をして次の神社へ向かう。行き先は上賀茂神社だ。20分ほどバスに揺られることになるらしいが、暑さで火照りきった体には冷房が嬉しかった。

「ところでヒロは京都って初めて?」

「何度か来たことあるよ。爺ちゃんが関西に住んでたから。」

祖父の家は京都駅から車で20分ほどの距離にあった。活発な爺さんで俺が遊びに行くと必ず比叡山に登らせようとしてきたことがすごく記憶に焼き付いている。

「じゃあ挨拶しに行かないとね。」

「いや、爺ちゃんはもう死んだんだ。5年くらい前に。」

それを聞いたキコの表情が少し曇る。別に気にすることもないのないのだが、心の優しい神様だ。

「芳次郎って名前でね。活発だけど厳格な爺ちゃんだったよ。」

「…芳次郎?」

キコは目を丸くして聞いてくる。

「うん。母方の爺ちゃんだから苗字が違うんだけど、井上芳次郎って名前。」

「それって!!」

キコは突然大きな声を出し、手を頬に当てたり目をぱちくりしたり忙しなく体を動かす。そうしたかと思えば額と額がくっつきそうになる距離まで顔を近づけて本当ですか!なんて未だに信じられない様子だった。

「そうだけど…どうしたの?」

「芳次郎さんって、俺のことを助けてくれた人なの。ほら昨日清水寺で話したでしょ?」

覚えている。でも、その話していた人が自分の祖父なんて驚きだった。なにか運命の悪戯すら感じるその数奇な出会いは、もしかすると祖父の代から決定付けされていたのかもしれない。

「そっかぁ。だから節々に芳次郎を感じてたのかぁ。芳次郎の孫かぁ。」

そう言ってキコは遠い目をして思い出に浸り始める。それからキコは爺ちゃんとの思い出を語り始めた。俺の知っている爺ちゃんは頑固で芯の強いな印象があったが、キコの知っている爺ちゃんは少し気弱で流されやすい青年だった。

「そっかぁ芳次郎はちゃんと成長したんだね。それにこんないい孫まで残せてるんだから大したもんだよ。」

キコは嬉しそうに口を綻ばせる。今までで1番嬉しそうにはしゃぐキコを横目に、何故か俺は少しモヤッとしてしまった。

バスを降りて上賀茂神社で参拝する。その間もキコは浮き足立っていて、今にも踊り出しそうなくらいに思えた。

縁結びのお守りも買ったあと、キコに何度聞いたか分からない問いを再び聞く。

「なぁ、なにか見えたか?」

「えーと、人は見えないね…。」

未だ見ぬ運命の人を探す旅もいよいよ終盤であり、それと同時にキコの願いを叶えなければならない時間まではもう10時間を切っている。

ここまで来れば、最早俺のことは諦めがつく。しかし、キコのことはどうしても諦めがつかなかった。

「キコ、もう君のタイムリミットはもうすぐそこだ。だから俺の事はもういい。」

「それって…。」

「俺より君の方が優先だ。君を放っておいて自分だけ幸せになろうとしたら爺ちゃんに怒られる。だから残りの時間は短いけど、ここまで付き合ってくれたお礼に俺もとことんキコに付き合う。」

「…わかった。でも最後にもう1箇所行こう?」

キコは申し訳なさそうな顔をする。その後に拳を強く握り、その手を緩めて俺の手を取る。そしてそのままバス停まで向かう。

バスの中では何も話さなかった。

二条駅に着くと、そのまま山陰本線に乗る。どうやら嵐山方面に向かっているようだ。

「今から行くのは野宮神社っていう神社だよ。」

十数分ほど電車に揺られ嵯峨嵐山駅で降りて2人嵐山の街並みを歩く。時刻は16:30程だと言うのに、人はほとんど居ない。世界が2人だけになった感覚が変に心地よかった。

幻想的な竹林の小径の途中に、野宮神社は佇んでいた。日本最古の鳥居様式である黒木鳥居の落ち着きをくぐり抜け、本社へと行きお参りをする。その後いつものようにお守りを書い美しい絨毯苔の前で、最後に運命の人を見てもらう。

「どうだ?」

キコは目を閉じて、何かを決意したように力強く目を開き俺を見つめる。その真っ直ぐな目線に心を掴まれる感覚に陥りながら、俺はキコの話を静かに聞いた。

「大丈夫。君に運命の人はいるよ。」

キコはそう言って俺に微笑んだ。

「それってて…じゃあ…。」

「そう。君の旅の目的は完了。お疲れ様。」

体の芯から熱くなる感覚がする。この感情は安堵か、感動かすら分からない。ただそのキコの言葉に心の底から希望が湧いてくる感覚がある。彼女には本当に頭が上がらない。

「ありがとう。君がいなかったら俺は多分ダメだった。」

「ううん。私もヒロといれて楽しかった。」

「それで、キコは神様になれそう?」

「それは家に帰ってお母様に聞かなきゃわかんない。」

「そうか。」

まだ分からないらしいが、それでもキコは満足そうな顔をしている。

たしかに運命の人が現れないという不安感はあったが、この旅は楽しかった。きっと一人ではここまで楽しめなかっただろう。

「さて、お仕事も終わったわけだし、ヒロも家に帰るまでは時間があるよね?」

「うん。今晩の12時半頃にバスで帰る予定。」

「じゃあもう少し一緒にいられるね。」

キコはいつものように私の手を取り竹林の小径を進む。やがて道を抜けると、嵐山の食べ歩きができる道に出た。

そこで俺達は抹茶ソフトだったり団子を食べたりして嵐山を充分楽しむ。最早心残りなど存在しない。キコもきっと神様になれるだろう。根拠は無いが、そんなことを思っていた。

日差しも傾いて、空が赤く染まる頃に俺達は渡月橋の上に2人で立っている。川は空の色を吸い込んで赤い光を私たちに届けてくれている。

「綺麗な夕日だ。」

「本当。」

地元では中々見られない景色に来た甲斐が有ると考えていると、キコがおもむろに最高の思い出を作ってあげる。なんて言いながら山々に向かって手をかざす。

すると、みるみるうちに葉が青から真っ赤な紅葉色に姿を変えて行った。その景色は写真のように鮮明で、絵画のように色鮮やかで、空想みたいに幻想的だった。

赤。視界には赤という色がいっぱいに広がる。

「なんか、少しできることが増えてるかも。」

そう言って悪戯っぽく笑うキコはその紅葉のように美しくて出会った頃よりも大人びている。

でも、俺はそんなキコのことを真っ直ぐ見てあげられない。

「ねぇ、ヒロの運命の相手ってどんな人か教えてあげようか?」

俺は何も言葉を発さなかった。

「ヒロの運命の相手は、少し子供っぽくて、でも見た目の割に歳をとってて、不思議な子だけど、優しくて、一途で、貴方に尽くしてくれる…」

キコはそこで一旦言葉を止める。それから俺の顔を両手で自分の目と合うように動かして、まっすぐ俺の目を見て言葉を続けた。

「狐の、女の子。」

キコの顔は熱中症になっていた時よりも紅く、まるで林檎みたいに染めていた。

そこで私は理解した。今までのこの旅で、私の運命の人が見えなかった理由。それは運命の「人」では無く、運命の「狐」であったからだ。条件が違えば確かに見えるはずのものも見えなくなる。納得だ。

「それでね、昨日の朝に君と出会って、一緒に色んなところを回って…君に助けて貰って。」

キコは未だ言葉を紡ぐ。

「短い時間だったけど、気がついたら私は…君に恋をしていたの。」

キコの上目遣いが俺の心にゆるりと入ってくる。

「だから、私の恋人になって欲しい…なんて。」

キコはそう言って私の手を握った。その手は暖かくて、どこか安心するぬくもりを感じる。いつもこんな手に引かれて街を歩いていたのだと考えると少し恥ずかしくも幸せな気持ちになる。そして俺は、そのキコの言葉に対して真摯に向き合いって答える必要がある。

答えは既に決まっている。

「俺も、キコが好きだ。キコの優しさが好きだ。キコの真摯に俺に向き合ってくれるところが好きだ。キコの」

「もういい、もういいから、恥ずかしいから…!」

キコは頬を抑えてぷるぷるしていた。その仕草も愛おしい。

「だから、俺の恋人になってくれないか。」

俺は俺の気持ちを真っ直ぐに伝える。もう目は逸らさない。

キコは静かに、それでもはっきりと聞こえるように返事をした。

「はい。」

そうして晴れてこの街で縁を結び、そして俺に人生初の恋人ができた。こうして、俺とキコの目的は共に達成し、大団円の文句無しにこの旅は終わりを告げる。

その後私達は、嵐山方面から祇園の辺りまでバスで帰ってきていた。そして2人で鴨川の河川敷を歩む。こうして2人でいられるのは後数時間しかない。少しでも色んな話がしたいからか、2人の間に空白の時間は生まれない。気がつけば日は完全に沈みきっていて、もう共にいる時間も少なくなってきてしまった。

手頃に夕飯を食べ、奈良線に乗る。

俺達は伏見稲荷大社をめざしていた。始まったところで、終わりを共に過ごす。それもまた一興だ。キコは少し眠そうにしているが、キコもまた俺と共に過ごす時間を増やそうと頑張って起きてくれている。

「ほら、着いたよ。」

キコはいつものように俺の手を引いてくれる。これも最後かと思うととても寂しい気持ちになるが、それを打ち消すような温もりが心を温めていた。

淡い赤にライトアップされた大きな鳥居の前には俺達2人しかいない。そこでキコは1度手を離して俺の横に立ち、再び手を結んだ。

「引っ張るんじゃなくて、ここは一緒に歩きたいから。」

思えばきちんと手を繋いで歩いたのはこれが初めてだななんて思いながら鳥居をくぐる。

夜にライトアップされた社はとても幻想的で、非現実的を帯びて俺たちを包んでくれている。

先程までは絶え間なく話していたのに鳥居をくぐりぬけてからはどちらも一言も話さない。伝えたいことは沢山あるし、話したいこともたくさんある。でも言葉にはしない。手を繋いでいると、言葉を発さなくても伝わっている気がした。

俺達は本堂を抜けたまま千本鳥居へと足を向ける。そのまま奥社奉拝所へと着くと、淡い赤に紛れて一匹の白い大狐が俺たちを待っていたかのように堂々と鎮座していた。

「お母さん?」

キコが声をかける。どうやらあの大狐はキコの母親だったようだ。この場の空気はとても重かった。肌にビリビリと来るような威圧感は、嫌でも自分が小さな存在だと分からされる。大狐は鼻を鳴らしてキコと俺を一瞥し、突然大きな声で笑った。

「だから言ったであろう。気にするなと。」

ふと肩の力が抜けた。その場の空気が途端に緩み、それと同時に大狐の顔も少し緩んだような気もする。

「ずっと見ていたから何も言うことは無い。この場に貴様の言葉はむしろ不要だ。」

「いや、でも。」

「不要だと言っている。我の力を疑うつもりか?」

そんなつもりでは無いが、ここまで言われてしまったら何も言えない。

「気狐も、ここで終わりでは無い。神になれたとて、まだ半人前ということを忘れるな。これからまだ修行だ。」

「はい。分かりました。ありがとうございます。」

キコは頭を下げる。それを見て俺も頭を下げた。言葉で示せないのであれば態度で示すべきだ。爺ちゃんもいつもそうしていた。

「ところで貴様…ヒロと申したか。」

大狐は緩んでいた顔を再び強ばらせ、鋭く真っ直ぐな目を突き刺すように向けてきた。その目線に少し気後れしてしまうが、ここで引く訳には行かない。負けじと目線を返す。

「我の娘を娶るということは、それ相応の覚悟があるはずだと見受けるが。」

俺は何も言わずに構えていた。そんな覚悟はとうに出来ている。例え辛酸を舐めようと、共にいる覚悟はした。

「返事をせんか。」

「はい!」

理不尽だ。

「まあいい。ならば、それを証明して見せるべきだな。」

「はい。もちろんです。」

大狐は口の端をにやりと歪めて俺に告げる。

「気狐はこれから修行に入る。今から八年後、娘と出会った日の日が昇り切るまでに再びここを訪ねろ。早すぎても遅くてもダメだ。きっかりその時間だ。」

「もちろんです。必ずやここに戻ります。」

「よろしい。ならばもう我からは話は無い。」

大狐はそう言うと奥社奉拝所の端に言って横になってしまった。時計を見ると時刻は23時50分。キコと居れる時間は本当に残りわずかしか無い。慌ててキコに向き直ると、顔を見る間も無く懐に入って抱きついてきた。その体の小ささと、女の子の柔らかい感触がダイレクトに伝わってきて心臓が破裂するくらい鼓動を伝えている。それも自分の鼓動かキコの鼓動かも分からない。

「離れたくない。」

その声は涙を押し殺して縋るような声色だった。俺はキコの頭を撫でて強く抱き締める。

「泣かないで。またすぐ会えるよ。3年なんてすぐなんだから。」

「でも…。」

「大丈夫だよ。必ず会いに来る。」

「私のこと忘れちゃうかもしれない。」

「忘れないさ。忘れても必ず思い出す。約束だ。」

「本当に?」

「本当に。」

キコは俺の胸に埋めた顔を上げ、涙の溢れそうな目をこちらに向ける。その顔がたまらなく愛おしかった。

「絶対、逢いに来てね。」

「もちろんだ。絶対に来る。」

俺が真っ直ぐそう言うと、不意に唇に柔らかい感覚がした。キコの顔はピッタリとくっつくかと思うほど近く、唇に伝わるのは初めての感覚だったが、すぐにこれが何かを理解する。

それは、誓の口付けだった。

「約束。」

キコはそう言ってにっこり笑う。大丈夫。これなら忘れることもない。8年後、そのころ俺は25才だ。それをきっかけに京都に移住するのもありだ。再びキコを抱きしめて、時が経つのを忘れるほどの寂しさと温かさは、キコの存在とこの2日間が本物だということを再確認できる。

「もう大丈夫。それよりそろそろ時間だよ。」

キコの言葉で時間を思い出した。キコを話して時計を見ると時刻は12時まで残り数秒と言った所だ。

「じゃあ。またね。」

「ああ。また。」

俺はキコから離れて1歩踏み出す。空は月が明るい。数歩進んだところで再び彼女の顔がみたくて振り返る。

そこには誰もいなかった。

時計を確認すると12時を30秒ほどすぎた頃。バスの時間はすぐだ。急がなくては。

はて、さっきは誰に別れを告げようと振り返ったのだろう。この旅は…なんのための一人旅だったか。しかし有意義な旅だったことは確かだ。

奈良線に乗って京都駅に行き、帰りの夜行バスに乗り込む。

京都の町は素晴らしかった。古の情緒溢れる我々日本の歴史がこれ程肌で感じられるのはこの街しかないだろう。

そうして俺はバスに揺られていつもの日常へと帰っていく。

しかし何かを忘れている気がする。一体なんだろうか。

 

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