京狐~俺と狐と古都情緒~   作:しぶやしゃちこ

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後編

「なぁ、旅行行かないか?」

高校を卒業してしばらく、可も無く不可でもない大学で大学生としての生活を謳歌していたある日、友人に旅行に誘われていた。

「いいけど、どこ?」

「京都。」

その友人は京都のガイドブックを持ってニコニコしながら話続ける。

「確かに中学の時行ったかもしれないけどさ、あの時はガキだったからよく分からなかっただろ?だから大人になった今、しっかりと知識を深めるためにも歴史深い街に行くべきだと思うんだよ。どうだ?」

一理ある。しかし京都は高校の時に行っているし、それにどこか行きずらさがある。一体なぜ?昔の京都旅は楽しかったはずだ。どこに行きづらさがあるのか?

「あー、京都は俺この間行ったんだよな…。だから悪いけど京都旅行ならほかの人当たってくれ。」

「えー、なんだよ何回行ってもいいじゃんか。」

「ごめんな。」

京都に行ったのは3年近く前だ。別にまた行ってもいいと思っているのだが、口が勝手に動いて断ってしまった。

不思議なこともあるものだ。

「じゃあさ、今度合コンやるんだけど来る?」

「あー、いいよ。いつ?」

友人の顔は明るくなる。

「来週の金曜、7時から。」

「了解。」

思えば京都であれだけ縁結びをしたはずなのに、これまで全く異性との交友がなかった。パワースポットで有名な伏見稲荷にも言ったはずなのに…。伏見稲荷…。何かを忘れているような。

「どうしたんだぼーっとして。」

「ごめん、なんでもない。」

友人は不思議そうな顔をすると、「じゃあ来週よろしくな。」と言って去っていってしまった。

 

1週間後の金曜、俺は約束通り合コンにいた。

どの女の子も美人で、愛想がいい子たちばかりだ。誘ってくれた友人は既にお酒が入り、顔を赤くして騒いでいる。

その割には1人の女の子とよろしくやっているようだ。

せっかくのこの場だ、俺も縁を結ぶために対面に座る子に話しかけようとする。

しかし、ちょうどそのタイミングで自分の右手がグラスにあたり、中身を自分にぶちまけてしまった。

「おっと、ごめんごめん。」

誰かに飲みすぎと咎めれられたが、まだ1杯しか飲んでないはずだ。

その後も自分で行動を起こそうとすると、必ず何かしらの邪魔が入る。料理を受け取ろうとすれば火傷をし、席を移動しようとすればどこかでトラブルが起きてそれどころじゃなくなる。

なんというか、全体的についていない。

俺は今日のせっかくの機会を無駄にしてしまった。これほど運の悪かったことは無い。神はそれほどまでに俺の縁を結ぶのが嫌なのだろうか。

 

 

社会人になって数年経った頃、俺はついに転勤をすることになった。何年で戻ってこれるかは分からないが、会社に言われてしまっては断るのも忍びない。転勤先は京都だ。

俺は新幹線に乗って京都駅に向かっている。着くのは10時くらいだろう。

8年ぶりの京都だ。8年前もちょうどこの位の時期…いや、ちょうど今日だ。8年前の7月26日に京都で旅をしたのだ。

しかし、前は観光だったが、今日は物件探しだ。下宿は現地に行って雰囲気を見て決めるのが1番だ。

新幹線がゆっくりと駅のホームへ到着する。

久しぶりの京都の空気はどこか懐かしい。

俺はそのままの足取りで奈良線に乗る。

…何故奈良線に乗るのだろう?当初の予定では鴨川沿いの近くにアパートを借りるはずなのに、気がつけば奈良線の車内に座っている。

まあ身に任せるのもいいのかもしれない。そのまま数駅揺られていると、稲荷駅に着いた途端に雨が降り始める。俺はそこで降りて伏見稲荷大社へと足を進めた。太陽は出ている。それなのに雨は降る。小雨なので傘を差す程でも無い。すぐに止むだろう。

「狐の嫁入りだ。」

俺は大きな鳥居を抜け、天気雨と相まって神秘的な雰囲気を醸し出すお社に賽銭を投げてから千本鳥居へと向かった。

懐かしい。この景色は8年前から変わらない。

しかし、なぜ今ここに来ようと思ったのか。

そのまま奥社奉拝所に着くと、背中に突然勢いよく柔らかい何かがぶつかった衝撃が伝わった。

何だ?

「ばか。」

その声は少し高く優しく響き、風鈴の音のように凛としていて、それと同時に現実離れした気配を漂わせていた。

俺はすごく懐かしい気持ちになった。後ろから腰に回された手の感触、この温もり。

そして目からは大量の雫がこぼれ落ちる。

俺は、このために。

なぜ忘れていたのか。なぜ思い出せなかったのか。俺の涙は止まらない。

8年前の7月26日、俺はこの場所である少女と出会った。浴衣を着た山吹色の髪の少女は俺と共にこの街をたくさん歩いた。1度熱中症になってしまった彼女を看病もしたが、それでも次の日に2人でまた縁結びのために色んな神社を巡った。そして嵐山の渡月橋で俺達は結ばり、この場所で再会を約束して別れた。

少女の名は、

「キコ。」

「待ってたよ。ヒロ。」

俺は後ろにふりかえってキコの顔を見た。

昔は14才くらいの幼さを残した少女だったのが、今ではすっかりと大人の女性の顔つきになっている。それでもどこか昔のあどけなさを残すキコは、今にも泣きそうな顔で俺を見ている。

「まったく、泣かないの。」

「だって俺、さっきまで。」

「いいの。ヒロは悪くないし、お母さんがわざと忘れるように仕向けたんだから。それにこうやってちゃんと約束を守って逢いに来てくれたでしょ。それでいいの。」

キコはそう言ってまた俺に抱きつく。

「ありがとう。逢いに来てくれて。ありがとう。思い出してくれて。」

その言葉を聞いて、さらに目から涙が溢れ出す。

「泣かないの。こうやって会えたんだから。お母さんったら酷いんだよ。ヒロに私のこと忘れさせて、これも試験だって言ってヒロのこと試したの。私も寂しかったしもう会えないかもって不安だったけど、ヒロは絶対来てくれるって信じてたから。」

俺はキコを抱く力を少し強める。もう全て思い出した。

「待っててくれてありがとう。信じてくれてありがとう。」

そう言って俺達は時間を忘れるくらい抱き合っていた。何も話さなかったけど、言葉はいらないくらい心が繋がっていた。

そうして俺が落ち着いた頃、ようやく離れて稲荷山を登りながらこの8年間のことを話していた。

「実は、ずっと見てたんだよ。私も修行して強くなったから、暇な時はずっと念じて見てたの。」

「そんなことも出来るの?」

「もちろん。1人前の神様ですから。」

キコは胸を張って自慢げに言う。その動作一つ一つが愛おしくて堪らない。

「ごうこん?って言うのにも行ったの見てたから。」

「ごめん。そんなつもりは。」

キコはいたずらっぽく笑う。

「仕方ないよ。でもその時は全力でヒロのこと守ったよ。ヒロに悪い女がつかないように…ヒロが浮気しないように…って。」

「だからあの時色々トラブったのか…。」

「ヒロが悪いんだよ?私のこと忘れて女の子と遊びに行っちゃうんだから。」

「面目ない…。」

「じゃあお詫びとして今日と明日はずっと一緒にいてもらおうかな。もちろん私がヒロについて行くけど。」

「それは俺も嬉しいな。」

そんな話をしていたら、既に頂上が近くに来ていた。そのまま2人で歩みを進めると、1匹の大きな狐がのんびりと座っている。キコのお母さんだろうか。

「お母さん?」

座るお義母さんに近づくと大きな欠伸をしてから、俺たちの方に向き直る。その顔は少し笑っている気がした。

「貴様、ヒロと言ったな。よく来た。そう気張ら無くていい。しっかりと証明できたな。」

俺は頭を下げる。それを見たキコも、横で頭を下げてくれた。

「ありがとうございます。しっかりと約束を果たすことが出来ました。」

「うむ。気狐、このまま下山するのだろう?我も共に降りてもいいか?」

「いいよ。一緒に降りよう。」

そうして俺たち2人とお義母さんで、稲荷山を降りていった。

「ヒロ、貴様はこの辺りに住むことになったのだろう?」

「はい、仕事の関係で京都に配属になったので。」

それを聞いたキコがびっくりした顔をして俺に食いつくように聞いてくる。

「えっ?初めて聞いたんだけど、ヒロこっちに来るの?」

「うん。少し先だけど、9月から京都に住むよ。」

キコは目を丸くして耳をピコピコ動かしてふるふる震えている。そして大きな声で嬉しそうに俺に問いかけた。

「じゃあ、それからずっといっしょにいられるってこと?」

「うん、多分居られるよ。」

「やったぁ!!!!!」

キコはぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。それを見て俺も心の底から明るくなった。京都に配属した上司には頭が上がらない。

「ヒロよ、次の転勤があるかもしれないが、そのことは気にしなくていい。貴様は貴様がそのつもりな限り、この地で過ごせる。我が保証しよう。」

「ありがとうございます。」

お義母さんのお墨付きならとても安心だ。

そのまま俺達は下に降りて伏見稲荷入口の大きな鳥居の前まで来た。俺とキコはこれから物件を探しにまたこの街を歩く。それが終われば2人で色んなところに遊びに行くのも面白いかもしれない。

「じゃあお母さん、行ってくるね。」

「ああ。行ってらっしゃい。そしてヒロ、下宿探しなら祇園方面へ行くといい。2人で暮らすのにちょうどいい下宿があるはずだ。」

「そんなことまで…、ありがとうございます。行ってきます。」

そうしてお義母さんは俺たちを見送ってくれた。まずはお義母さんの言いつけ通り祇園方面へ向かって見るとしよう。そこで見つかったらまた2人でこの街を歩こう。

そう決めた俺の心は、とても幸せだった。

 

 

9月に入り、俺は慣れない仕事帰りの道を歩く。人や環境が違うと、やっていることは同じでも少し疲れる。道もすっかり暗くなってしまった。

自分の家の前に立ち、鍵を開けて中に入ると、ふわりといい匂いがした。そういえばお腹も空いた。

それと同時におかえりなさいと優しい声が聞こえる。そこに居たのは、俺の可愛くて素敵なエプロン姿の奥さんの姿だ。

「キコ、ただいま。」

「うん、おかえり。」

そう言い合うと、俺達は優しく口付けをした。初めは恥ずかしかったが、今ではもうこれがないと生きていけないほどになってしまった。

キコが俺のバックをもって今日の晩御飯の話をしてくれる。俺は玄関でそんな幸せを深く噛み締める。

「ん?どうしたのずっと立って。」

「いや、この幸せがずっと続けばいいなって。」

「大丈夫だよ。私達なら。それに私は神様なんだから、そんな簡単にこんな幸せは崩させないよ。」

キコは冗談めかしてわらう。それもそうかなんて思いながら居間に入り、俺達は再び、口付けを交わす。

2回目は少し恥ずかしかったのか、キコの顔はほんのりと紅色に染まっている。

「ほら、ご飯食べよ?お腹すいたでしょ?」

「うん、いつもありがとう。」

「それはお互い様でしょ。」

そう言ってキコは逃げるように台所へと行き、皿に料理を盛り付けてくれる。

俺は本当に幸せ者だと、心の底から深く感じた。

ああ、この幸せがずっと続きますように。

この願いは、きっと、俺達なら叶えられると思う。

そう信じている。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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