「ごめん」
きつく睨まれながら、墓前に集うポケモン達をボールに戻していく。
彼らの意思に反する行為だとは分かっているが、不安定になっている状態でいつまでも外に出しておくわけにもいかない。
それに、日々の務めも皆の力を頼らなければまともに熟せない。
しょうがないんだと言い聞かせて、自分への信頼が削れていくのを感じながら、すでに言うことを聞かなくなってしまったポケモン達を連れて岬を離れた。
――
この島では野生のポケモンのレベルが高い。
火の島とも評される過酷な環境が影響するのか、業火を纏うポケモンや、それに抗するように水氷を操るポケモンが多く生きている。
それらは軒並み気性が荒く、遭遇すれば住民を襲うことも珍しいことではない。
当然住民たちも手持ちのポケモンで対抗するが、いちいちバトルを行っていては生活が成り立たない。
結論としてこの島では「守役」と呼ばれる野生ポケモンに対抗する組織が生まれた。
「……未熟だな」
戦闘がひと段落したところで、そんな分かり切った声が溜め息とともに聞こえても少年は何も言えない。
ポケモン達が言うことを聞いていないことは誰が見ても明らかだったからだ。
突然の病で亡くなった父。
引き継いだ仲間は日々の戦いでも自由にふるまう。
指示をしても動かず、各々がその極まった一撃で周囲を蹴散らし、悠々と戻ってきて、早く帰せとこちらを睨む。
トレーナーであるはずの少年の判断が正しくても間違っていても関係ないのだと悟ったのはいつだったか。
ポケモン達の心は未だ父の元にあるのだろう。
まだボールに戻ってきてくれるだけマシなのだと自分を納得させながら、父の後ろで憧れていた姿との違いに、何度落ち込んだことだろう。
「私ならうまく扱える」と頻りに語る長の嫌味に耐えながら、早くここを離れられるようにと後処理を急いだ。
――
朝の務めから帰って、1つを残してボールから出したポケモン達が散り散りになる。
その様は自分がただの止まり木だと示されているかのように冷たい。
最近は、後ろ姿ばかり眺めている気がする。
このままではいけないと思いながら、しかし父のポケモンに頼る限りトレーナーとしての成長はあり得ない。
焦る少年が共に成長していける、自分のポケモンを欲するのは必然だった。
「行ってきます」
父のジムバッジは葬儀で訪れたリーグ関係者に回収されてしまった。
島の様子からこちらに気を遣う様子も見せていたが、守役の長の閉鎖的な論法と、自分の少々の強がりで流されてしまった。
自分用のジムバッジがあればという思いはあるが、バッジが無くとも強いポケモンを従えている同僚もいる。
結局は自分が未熟なのだと考えてしまうと、守役の務めを置いて旅に出ることも躊躇われてしまう。
そもそも言うことを聞かないポケモンでジムを突破しても、バッジはもらえないと聞く。
父のポケモン達はとても強く、言うことを聞かない状態でも他の守役が困る相手を蹴散らしてしまうほど、貴重な戦力になっているのだ。
彼らなら問題なくジムを突破できるだろうが、バッジは手に入らないだろう。
それに仮にバッジが手に入ったとしても、父のポケモンに認められなければ意味が無いのだ。
いっそ長から請われているように、父のポケモンを彼に預けて自分のポケモンとともに旅に出た方がいいのかもしれない。
しかし肝心の相棒となるポケモンがいないとそんな選択肢も取れない。
だから今、こうして探しているのだが……。
「……ただの泥棒じゃないか」
振り止まない雨の中、ふと空き時間を卵探しに費やす姿が歪んだ水溜まりに浮かんで、少年の足が止まってしまった。
相棒探しなどと言いながら、その相棒を親から引き離そうとしている矛盾。
野生のレベルが高いこの島で相棒を探すには、人から譲り受けるか野生の子ども、もしくは卵を探すしかない。
しかし日々の務めで情けない姿ばかり見ている周囲からはポケモンの譲渡を拒否されてしまった。
野生の子どもも、親に付いて行動しているのがほとんどである。
言うことを聞かないポケモンしかいないのに、子どもだけを捕まえるような器用なことはできなかった。
仕方なく比較的卵から離れる習性をもつと聞くポケモンを探してこんな真似をしているが、罪悪感は拭えなかった。
直に午後の務めの時間となる。
今日も見つからなかった相棒と、降り積もる疲労に濡れながら少年は踵を返した。
――
夜、数少ない森の泉を探している道中、ふと見かけた洞穴に卵があった。
見たことも無い柄だったが、ポケモンの卵に違いない。
周囲に親となるポケモンの姿はなさそうだった。
降って湧いた行幸に固まったのは一拍ほどで、すぐに卵を抱えて走り出した。
「やった!やった!」
警戒も忘れて、夢中で走る。
頭の中は生まれてくる相棒との楽しい旅でいっぱいだった。
優しくするんだと、協力して戦うんだと。
共に成長して、強くなり、ジムリーダーに挑んで、いずれはあのチャンピオンリーグにだって。
そんな夢想に夢中になって、父のポケモン達の姿すら一時は忘れて。
そんなことを考えていたからだろうか。
微かな音に足を止めて周囲を見ると、闇に紛れて数匹のポケモンに囲まれていた。
白い体毛が闇に映えて美しく、しかし赤く光る瞳はこちらを敵として捉えていた。
すでに攻撃態勢に入っていたポケモンから何かが飛んで、とっさに隠れた木の幹がえぐり取られる。
間を置かず回り込んできた2匹目と目が合って、思わず逃げようとした足が濡れた幹に取られて倒れてしまう。
咄嗟に卵を守って、ほっとする間もなく起こった頭上の轟音に恐怖が増す。
そうして言葉も出ないほど焦って、真っ白になった頭のまま、1つだけ持ってきていたボールからポケモンを出してしまった。
夜の闇にいつも見ている炎が満ちる。
安心して、しかしすぐに固まってしまった。
身に纏う炎とは真逆の冷たい視線が少年を刺していた。
ゆっくりと周囲のポケモンを見て、抱える卵を見て。
再度自分を見た瞳には、最後の一線が切れたと分かる怒りと失望が色濃く宿っていた。
その意味が分かる少年にとっては時間の感覚が無くなったようで、しばらくそうして目を合わせていたように感じるほどだった。
いつの間にか見知らぬポケモンは居なくなっていて、ただ炎が燃える音だけが聞こえる。
火に煽られて砕けたのか、すぐそばの木から大きな音が鳴った。
その音で我に返ってボールを持ち上げようとしたとき、唐突に炎の尾が振るわれた。
雑に薙ぎ払われたそれに体が飛ぶほどの衝撃を受けて、倒れたことを認識する間もなく肌を焼く痛みが訪れる。
「うあ、ああああああああ……!」
湿った地面に顔を擦り付けるように火を消して、チカチカと目の前を光が舞うほどの痛みに耐えられず唸る。
とても目を開けられず、顔と肩の熱さと、泥濘に塗れる身体の冷たさに混乱して。
ようやく、普段は熱さを感じなかった炎に焼かれたと理解して、その意味を悟る。
何とか持ち上げた涙に歪む視界の向こうには、ひび割れた卵と、遠く飛び去って行く炎の残滓だけが映っていた。
少年は、父のポケモンに捨てられた。