随分と迫力のある少年だったな、と。
減った商品を補充しながら、フレンドリィショップの店員は自動ドアを振り返った。
『さすがに商品の仕組みは分からないよ。……たぶん、店長も知らないんじゃないかな』
そう伝えた時の残念そうな顔が思い浮かぶ。
効果や時間は答えられた。
他のスプレーの話も交えて、使用感やさらにいくつかの質問にも答えられた。
故郷を出て武者修行のように旅をしているところだと聞いた。
熱心に説明を求められて、何となく年下の子どもに教える楽しさを感じていたところだったので、仕組みを答えられないことにこっちまで落ち込みそうになった。
それが少し悔しくて、確認もせず「店長も知らない」と付け加えてしまった。
まあ、初歩の商品しか扱ってないこの店でのんびり仕事している人だ。
今も配達ついでに近所のばあちゃんと話し込んでいるところだろうし、あの人が一商品の仕組みまで真面目に勉強しているとは思えない。
それでもあまり慰めにならず、後ろ姿を確認してしまうくらいには気にしてしまっていたのだろう。
「ちょっと悪かったかな」
そう呟いて、商品の補充を終えて立ち上がったところで、ショップの裏手の方から音がした。
カウンターに戻るついでにバックヤードを見てみると、予想通り店長が帰ってきて配達のバッグを置いたところだったようだ。
「お疲れ様です、店長」
「はいはい。どうかした?」
軽く挨拶をして、質問に「いや、特に」と返しはしたが、何となくそれだけで離れるのは憚られてそのまま少し雑談をする。
先ほど考えていた通り、配達ついでにばあちゃんたちの孫自慢を聞いてきたところだったようだ。
あそこの子はトレーナーの才能があるだの、こっちの子は美人になっただの。
町の人から聞いた話を店長が伝えてくるおかげで、こちらまで町中の事情に詳しくなっていく。
自分も配達する中で何度となく経験したそれによって、町の事情の方がよっぽど商品のことよりも詳しくなってるかもしれないな、と笑ってしまった。
それでふと思い出して、店長に聞いてみたくなった。
「そういえば店長、虫よけスプレーの仕組みって知ってますか?」
「仕組み?」
「……いや、さっきいくつか売れたんですよ。その時に何となく気になっちゃって」
急にどうした、というような顔に少し恥ずかしくなる。
やる気出して真面目に勉強します、と宣言してしまった時に周りとの温度差を感じたような、そんな気恥しさだった。
だから笑って流そうと思ったのだが、存外に店長は博識だったらしい。
そうだね、と一拍思い出すような仕草をして、話し始める。
「ポケモンの特性と人の気配を混ぜた、ある種の警告フェロモンみたいなもの、だったと思うよ」
「特性、と……気配ですか」
「そう。特性の一つに『いかく』ってあるでしょう?あれはバトルに影響を及ぼすほどの威嚇行動を取るポケモンの特性として存在しているけど」
そう言って店長は突然両手を上げてガッと怖い顔を見せてくる。
大人の女性だが小柄な彼女がすると、なんとも迫力の無いものだった。
反応に困って黙っていると、ごまかすように咳ばらいをしてそっぽを向いてしまった。
「……本来どのポケモンも威嚇行動は取ってる。鳴き声や姿、足踏みなんかの仕草でね」
「今のもそうですか」
「でもその中でも相手を委縮させてしまうほどの威嚇能力を発揮しているポケモンは、特殊なフェロモンのようなもので自分の脅威度を大きく大きく相手に伝えているんじゃないか、という研究結果が出たの」
突っ込みはスルーされた。
ただ、ちょっと顔の赤い店長が言う特殊なフェロモンという話は聞いたことがなかった。
店長が言うには、ガーディのような吠え声、アーボのような体色と擦過音、ケンタロスやギャラドスの見た目や仕草で伝える危険度など、威嚇といっても方法は多岐に渡るという。
ただ、それ単体なら他のポケモンでも出せるものがほとんどだ。
では特性となるほどの『いかく』になる違いは何か、と考えた研究者がいたそうだ。
「割と体当たりな実験ばっかりだったらしい。『いかく』を持ってるポケモンは危険なものが多いからね」
「まさか自分で受けに行ったんですか?」
「実験結果として体感まで詳細に記録されてたから、そうなんだと思う。個人的なランキングまで載ってたくらいだから」
ドン引きである。
研究者は変態だ、なんて笑い話で聞いたことはあったが、変態っぷりを見誤っていたらしい。
「それで耳栓したりサングラスしたり、威嚇の特徴となる部分を遮断するような対策を自分とポケモンとで色々試した結果、それとは関係なく威圧感を覚えるような何かがあるという研究結果に至ったらしい」
「それが警告フェロモン、ですか」
「まあ、通称みたいなものだから正確ではないかもしれないけどね。視覚が弱かったり嗅覚が無いポケモンにも『いかく』が効果を及ぼしてるのを見ると、ポケモンだけが感じることができるフェロモンのような物があるのではないか、という結論になったみたい」
人に関しては耳栓サングラスで十分威圧感は減ったらしいんだけどね、と店長は笑っている。
要は、ポケモンだけが感じることができる『ただじゃ済まないと思わせるもの』らしい。
形式的にフェロモンと言う名前を使っているが、正確な正体は掴めていないのかもしれない、なんて代物だと。
ただ、抽出と言うのか、技マシンのようにそれを記録する形で商品にする方法は、シルフカンパニーのような会社の極秘事項になっているとのことだった。
「ん?でも、さっき『人の気配』みたいな話をしていませんでしたか?」
「そうだね。そこは私も詳しくないんだけど、虫よけスプレーという商品にするときに辺り構わず威嚇するようなことが無いように調整はされてるみたいなんだ」
「まあ確かに、無差別だと不便そうですね」
「うん。だから野良のポケモンが嫌がり、人と共にあるポケモンが嫌がらないものを混ぜ込んでいる、みたいな資料を見たことがある」
「はー、なるほど。それで人の気配、ですか」
うんうん、と満足そうに店長が頷いている。
こちらのすっきりしたような顔を見て、納得させられたことが嬉しくなったのかもしれない。
そうして笑顔になった後、あとは、と店長が指を立てる。
「最終的にスプレーとして威嚇を周りに広げるには、起点が必要になるらしい」
「起点?」
「そう。フェロモンだけだと、何のポケモンが出してるものか分からずに予想外の悪影響が出てしまうから、って理由だった気がする。だから手持ちのポケモンに協力してもらって、このポケモンが威嚇していますよ、このぐらい怖いですよ、みたいな効果を出す、って仕組みになってるみたいだよ」
何となく理解した。
要は『いかく』のフェロモンだけ抽出して、手元のポケモンに代わりに使わせるようなものなのだろう。
その副作用で、協力してもらったポケモンの強さに効果が依存するところがあるらしい。
子どものお小遣いでも買える程度の商品だが、それが出来るまでには割と複雑な仕組みがあったようだ。
それにしても。
「店長って、頭いいんですね」
「……何を意外そうに言ってるのかな?」
思ったより専門的な内容に、知らなくてもしょうがないか、と安心した。
それに、不用意な一言で給料は減るかもしれないが、適当に答えるよりは良かったと分かったのだ。
あの少年に「隣の町の博士なら知ってるかも」と教えておいたことが間違ってなかったと分かって、少し安心した。