「あれは、あかんやろな」
マサキは自分のことを棚上げして否定した。
最初は強く熱心な若者かと思ったが、あれは違う。
会話する中で研究者としての一線は諭したが、おそらく聞き入れることは無いだろうと分かる。
周りに何を言われてもやるだろうという、同じ匂いを感じたのだ。
このままにさせてはいずれ、良くないものを生むに違いない。
――
最初は歴戦のトレーナーかと思ったくらいだ。
話し始めてようやく、思ったより背が低く、想像したより若い少年だということが分かった。
草臥れた服と、見えるだけで傷の多い様子と、しっかりした言動と。
何より不思議な雰囲気のようなものを感じて、もっと年上の、熟練のような印象を受けていたのだ。
トレーナーよりもポケモンの方が身綺麗なのも、慣れた者によくあることで、そんな印象を助けていたのかもしれない。
この見た目に驚かず、初手に事故のことを労われて、逆にこちらが驚いた。
それから熱心に何が起こったかを聞かれて、何故今の状態に安定しているかの考察を話した。
本来命を落としていてもおかしくないほどの事故だというのは、伝えるまでもなく分かっているようだった。
不便が無いか、という話をした時に、違和感を感じた。
初めは笑い話にするには随分と踏み込んでくるなという程度だったが、思い返すと質問の種類がやけに偏っている。
研究者として見るなら一目瞭然だ。
この身体がどれくらいポケモンなのか。
それを彼は知りたがっていた。
食べ物の好き嫌いは変わったのか、ポロックは食べられるのか。
きずぐすりは効くのか、なんでもなおしはどう作用するのか。
タウリンなどの増強剤は効果があるのか、虫よけスプレーの効果は出るのか。
あなたは進化するのか。
あなたはボールに入るのか。
……怖くて、目を離せなかった。
もし話している最中に彼がリュックを漁ろうとしたら、必死で飛び掛かって押さえていたかもしれない。
それが分かっていたのか、彼はほとんど動かず、ただ学術的興味を優先するように、真剣な目でこちらを見ていた。
安心はしなかったが、見覚えのある目だったので、話が一通り終わる頃には恐怖は無くなっていた。
その後は、少なからず自分でも興味を持ったので、実際に実験に協力してもらった。
彼も驚いていたようだが、しかし落ち着いてみれば確かに気になってくる。
今しか確かめられないことだと思うと余計に勿体ないという思いばかりが浮かぶ。
サンプルは自分しかなく、増やすことは倫理的に出来ることではない。
分離プログラムはすぐに完成するものではないし、それなら自分で試してみるしかないだろう。
町中に出られない自分の代わりに、彼に頼んで色々と買ってきてもらって、順番に試した。
さすがにボールは勘弁してもらったが。
貴重な体験だった。
結果は半々といった程度だ。
ポケモン特有の成長因子に関わる道具は効果が出なかったが、ポケモンであることを前提とする道具は使えるようだ。
ポロックは人の時より美味く感じた。
きずぐすりはある程度効くようだが、増強剤の類は効果が無かった。
虫よけスプレーはおそらく私基準の効果が出ていたが、効果が弱く家の周りではまちまちと言ったところだ。
技マシンは手持ちではどれも使えなさそうだった。
進化の石は分離プログラムで戻せなくなる可能性が高いので試せなかった。
ジムバッジを並べてもらうと、確かに人の時には気にもしなかった段階的な圧のようなものを感じた。
どうやら自分はとても弱いらしいが、そんな結果もまた価値あるものだった。
弱いポケモンになってみて、こんなにも周りに脅威を感じることが分かったのだ。
夢中で資料にまとめていたら、ここ数日で遠慮が無くなってきた少年が事故の起こった通信装置に触れていた。
分離プログラムが完成するまでは役割もあるので事故当時のまま残しているものだが、もしかして……。
「使うたらあきませんよ。廃棄予定やから」
「……まさか」
「嫌やわぁ、そない分かりやすい反応されると」
「……」
冗談ではない。
研究者の熱を互いに共有した後だから分かる。
どう使えるかを悩むくらいには、それを使った後のことを考えるくらいには興味が出ていることを。
うまく使うことができれば確かに、今までにないことができるだろう。
ボールに入る習性を利用して通信できるまでデータ化し、送った先で再構築する。
その再構築のタイミングで事故が起こり、結果が今の姿だ。
それこそ技術が進めば、ポケモンの能力だけを映した人などと、荒唐無稽な夢想も出来てしまうかもしれない。
言動や質問から察するに、薄っすらとそんな方向のことを考えていることは分かる。
分かるが、さすがにそれをするには問題が多すぎる。
技術的にも、倫理的にも。
まあ、戻す方法が確立されてしまえば、そのハードルは極端に下がってしまうかもしれないが。
それは伝えずに、今はこの頭のいい少年と、出来ない理由を議論してみよう。
――
最後に分離プログラムの完成を願って、少年は去っていった。
考え付く限りの障害と倫理は伝えたが、はたして効果があったのかどうか。
「いやぁ……あれは、あかんやろな」
自分が言えたことではないと思うが、やると決めたらやる奴だろう。
どのような方法を取るかは想像が付かないが、少なくとも止まりそうにはない。
いや、もうすでに試作品と呼べるものはできている様子だった。
協力者がいるのか、それとも彼自身が何らかの道具か施設を持っているのか。
時折感じた、嫌にはっきりした威圧感は、彼の話と合わせると答え合わせのようなものだ。
幸い、心当たりも伝手もある。
後輩の無茶な試みを止めるために、できる限りのことはしてみよう。
あるいは手助けしてしまうことになるかもしれないが。