「……例えば『ふしぎなアメ』は、経験という情報の塊」
おじさんとの組手を終えて横たわる少年に、返事を求めるでもなく話す。
ふらりと現れて、ジムに挑戦するでもなく道場に行き、たまたまそこに居た空手王のおじさんに素手で挑んで叩き潰されたらしい。
いつからか稽古に参加するようになった少年は、いつでも強者との対戦を求めていた。
ポケモンバトルでも組手でも、それは変わらないようだった。
「例えば『進化の石』は、膨大なエネルギーと、そのタイプに関わる記憶が詰め込まれたもの。雷から静電気、噴火から焚火、洪水から水遊びまで。……環境と出来事が重なると生まれるって」
彼は成長しようとしている。
経験を積んで、錬磨して、そして強者と戦うことで。
教えを乞うことを躊躇せず、貪欲に、まっすぐに何かを追い求めていた。
「ポケモンはそんな情報を直接力に変えて、自分の成長や進化に繋げられる存在」
私も勝負を挑まれたけど、ジムリーダーとしてではなく、一人のトレーナーとしてだった。
手加減も無く、自分の能力も制限しないバトルは久々で、大変だったけど楽しかった。
……何度も何度も再戦を申し込んでくるのはちょっと鬱陶しいけど。
ようやく息を整えて、こちらを見てくる少年の顔に広がる、大きな火傷痕を眺める。
「ポケモンほど器用じゃないけど、人も同じなのね」
あなたを見てるとそう思うわ。
――
私は自身の持つ能力のために追われていた。
スプーン曲げくらいなら手品の類で済んだけど、未来予知はまずかったらしい。
良い人も悪い人も、偉い人も普通の人も、この能力に惹かれてやってきた。
好き勝手されないためにトレーナーになって、相棒のポケモン達と逃げながら戦った。
幸いエスパータイプはそういう絡め手に長けていた。
歪ませ、惑わせ、眠らせて。
使える技は何でも使って、それに私の予知を加えて何とかやり過ごしていた。
そうしてヤマブキジムに訪れた時、当時ジムリーダーだった空手王のおじさんに助けられた。
バトルの最中にも訪れた、ストーカー染みた研究者を文字通り叩き出して。
事情を説明したところ、専用のジムを設立することを勧められたのだ。
エスパータイプのジムリーダーになってしまえば、自身で研究することを名目に他からの干渉を防げる。
場所や伝手、物理的な問題は隣の私達に任せてもらえばよい、と。
長く悩んだが、今よりマシになるかと了承してみた。
そうすれば、確かに宣言通り、社会的な地位と自己研究の公開で劇的に追われることが減った。
それでもジムを経ずに突撃してくるような人は、トレーナーもポケモンも隣のおじさん達が吹き飛ばしてくれた。
交流を持つうちに、人嫌いと話下手も少し和らいだように思う。
こちらが遠慮していたら好き勝手に世話を焼いてくるのだ。
大きな声に負けないようにと主張している内に、暑苦しいくらいの陽気に当てられて、言葉が出てくるようになったのかもしれない。
――
賑やかだけれど、長らく忘れていた穏やかな日々に、ようやく慣れてきた頃。
ふらりと道場に彼が現れて、あっという間に馴染んでしまった。
物静かでおじさん達に合うような人には思えなかったけれど、強さを求めるという面で馬が合ったようだった。
最初は必死さもあったように見えたけれど、稽古を重ねるうちに吹っ切れたように無茶をしなくなった。
その頃に、私ともポケモンバトルをして、その後何でもありで戦った。
苦戦して、でも私が勝って。
勝った私以上に盛り上がっているボロボロの彼に、様々に考察を語られた。
置くような反撃が正確に来るのが恐ろしい、隙が中々見えないのは予知で潰しているのか、相棒との連携が――。
半分以上は無意識にやっていることだったが、自然と能力が関わっていたのかもしれない。
彼から見ると感銘を受ける部分が多々あったようで、それを惜しげもなく伝えられた。
呆気に取られている内に、ぱっと顔を上げた彼に聞かれた。
他には何ができるのか。
それは私の元に来る研究者達と同じ言葉だった。
けれど、あの人達のような利己的な皮算用の期待ではなく、純粋な、私の実力への期待を感じた。
あの反撃にリーチが加わると厄介だ、きっとこういう使い方もできる、それならこうする、どう思うか、と。
未来予知ではないけど私の未来を見て、どう戦おうかと考え込む。
笑顔ではないが夢中になって、真剣に思いつくままに聞いてくるそんな顔を見ていると、つい笑ってしまった。
驚いたように語りが止まった彼を見て、言葉には出さずに誓うように決意する。
楽しみにしててね。
私はもっと、強くなるから。