捨てられトレーナーの探訪   作:bver

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慄く警備員

「サファリゾーンが?」

 

警備員は、彼女の言っている意味がよく分からなかった。

園長が呼んでいると聞いて来たのだが、ちょうど来客中だという。

そのために秘書から伝言として伝えられたのだが、それがただ「サファリゾーンが静か」なだけだと言うのだ。

 

「それは……何か悪いのですか?」

「いえ、私もよくは」

 

そう言って困惑した顔をしている秘書も、あまり事情を把握しているわけではないようだ。

先ほど最後の客が帰って、日が落ちたことは警備員も確認したばかりだ。

いくらか静かになるのは、当たり前のことではないだろうか。

そんな疑問が浮かんできたが、目の前の秘書に聞いてもあまり解決はしないだろう。

腕組みをしながら、話を進める。

 

「それで、何かした方が良いのですか?」

「ええ。園長からは実際に中に入って確認してほしい、と言われています」

「はあ、まあいいですが」

「とりあえず、この裏の湖から確認してもらえますか」

 

軽く返事を返して、準備をしにロッカーに戻る。

夜勤初めにゾーンに入るとは思わなかったが、さっさと済ませて待機所に置いてきた雑誌の続きを読まなければ。

そんなことを考えながらライトや安全靴、緊急用のペイントボール、その他細々とした装備を整えた警備員は、夜のサファリゾーンに繰り出した。

 

――

 

最近のサファリゾーンでは期間限定でナイトサファリを開催している時もあるという。

夏冬を覗く一時期だけだが、その時期は夜勤のものも忙しく、ナイトサファリ参加者の対応に追われることも多い。

給料はいくらか増えるが、気楽な警備が好きな一部の者には不満もあるという。

秘書に見回りを頼まれた警備員は何度かナイトサファリの仕事を経験しており、いつもとは違う忙しさを楽しむ部類の者だった。

夜は嫌いではないし、同じ仕事ばかりで飽きの来やすい警備にとっては、人もポケモンも賑やかなサファリゾーンの夜はありがたいくらいだと、その程度に考えていた。

 

「……静か、だな」

 

今はナイトサファリの時期ではない。

だから当然人の気配はないが、普段ならそれでも多くのポケモン達の気配がするものだ。

鳴き声や、葉擦れの音、なんなら目の前に出てきて慌てて逃げていく夜行性のポケモンを見かけることも多かった。

ただ、今はそんな気配が一切ない。

というよりも、音が、無い。

 

「……」

 

風が吹いている間はいいが、それが止んだ途端に、しん……と重たい沈黙が広がるようだ。

目の前の湖ものっぺりと波一つなく静まり返って、木々は影だけになったように存在感なく固まっている。

鳥ポケモンの声も、虫ポケモンの声も聞こえない。

ライトの届かない暗闇は、これほど不気味だっただろうか、と警備員は改めて唾を呑んだ。

 

確かにこれは異常かもしれない。

そう実感して、一匹のポケモンも見ることなくゆっくりと湖を一周した警備員は、さらに奥を確認する前にいったん秘書に異常を伝えに戻ることにした。

ようやく小屋が見えてきた辺りで、ふと微かに感じたポケモンの気配に振り替える。

すると、音を立てるほどでは無いが近くの草むらが揺れていた。

 

なんだ、たまたま静かなだけで居るんじゃないか。

 

安心して、足音さえ控えるほど緊張していた自分が少し恥ずかしくなった。

そうして、気まぐれと言うほどではないが、思い立ってそこらに転がっていた小石を揺れていた辺りに軽く投げてみる。

そうすれば逃げるポケモンと共にガサガサと音が鳴って、いつもの喧噪が戻ってくるような気がしたのだ。

 

――ギャアアアアアアアアアアアアアア――

 

夜を裂いて、どのポケモンかも分からないほど濁った甲高い悲鳴が起こった。

それは一度で終わらず、初めの悲鳴からワッと連鎖するように、爆発的に広がってサファリゾーン全体まで届いたようだった。

上下左右、前後のどこからも鳥ポケモンと思われる高い声や、大型のポケモンと思われる野太い咆哮が響く。

もはや音が重なりすぎて、1つ1つの音の場所など欠片も分からないほどの爆音が辺りを包んでいた。

確かに喧噪は起こったが、それは狂騒と言った方が良いほど必死で、助けを求めるように悲痛な叫びばかりだった。

 

転がるライトに照らされた草むらの向こうでポケモン達が駆け回る影を見ながら、警備員は腰を抜かしていた。

そんなつもりではなかったのだと、誰にともなく申し訳ない気持ちになりながら、ようやく察することができた。

 

「そうか、怖かったのか」

 

自分もあの重さに、静けさに恐怖を感じていたからだろうか。

この騒ぎが押さえつけられていた恐怖から来たものだと理解できた。

何かを恐れて、自分が対象とならないように、ただただ身を潜めていただけなのだ。

何を恐れていたのかは分からないが、それが分かって、警備員は長い溜め息を吐いた。

 

「……これ、どうなるの」

 

しばらくは止みそうにない狂騒に、明かりが付いて騒がしくなる管理小屋に。

順番に目をやって、どこか他人事のようにそう考えた。

自分が原因の騒ぎではないはずだが、引き金を引いてしまって謝罪の気持ちは持っている。

ただ、何となくこの騒ぎに共感してしまって。

あの静けさよりは命を感じるこちらの方がよっぽど怖くないのもあって、気が抜けてしまっているらしい。

 

誰かが走ってくる足音が音に紛れて聞こえて来た辺りで、警備員はようやく少し、この状況に笑うことができた。

 

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