人界の守護者がダンジョンに来るのは間違っている!?   作:リーグロード

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久しぶりに血界戦線を見たせいで書きたくなりました。


Hello,New world

 異界と現世が混じわる街、ヘルサレムズ・ロッド。そこは超常的犯罪が蔓延る魔の巣窟。常に常識はずれの異常が日常となったイカれた世界だ。

 そんな世界で人知れず闘う者達がいた。それが世界の均衡を守る為暗躍する秘密結社『ライブラ』だ。

 

 そして今日も歴史に刻まれるであろう、最悪な事件を前に彼らは戦いを強いられている。

 

「ザップさ〜〜ん!!! 前! 前ぇぇぇ!!!!」

 

「ぎぃ〜やぁ〜〜っ!!!?」

 

 激戦の最中、寸劇のような騒がしさで叫んでいるのは神々の義眼保有者であるレオナルド・ウォッチと斗流血法・カグツチを継承するザップ・レンフロである。

 

 彼らが今どうなっているのかというと、ただいま血で作られた無数の武器に四方八方から追いかけ回されているところである。

 

「エスメラルダ式血凍道『絶対零度の地平(アヴィオンデルセロアブソルート)』」

 

 2人に襲い掛かる武器がぶつかる直前、間一髪といったタイミングで氷壁が2人の周りに展開される。

 そのおかげで2人は助かったのだが、氷壁に閉じ込められた結果、そのあまりの寒さから鼻水を垂らしてガクガクと震えている。

 

「ス、スティーブンさん。もっと他に方法は……?」

 

「あるわけないだろう! いいから、お前たちも早く戦線に加われ!!」

 

 ザップからの泣き言を一蹴し、スティーブンは指示を飛ばした。

 2人は仕方なく、自分達が今いる場所と状況を改めて確認することにした。

 現在、ヘルサレムズ・ロットの中心である永遠の虚の目前にあるとある道路。そこでライブラの精鋭たる戦闘員、クラウス、スティーブン、ザップ、チェイン、ツェッド、K・K、の6人。そして、神々の義眼保有者であるレオナルドが束になってようやく戦闘が出来る化け物と激戦を繰り広げている。

 

牙狩りめ……

 

 鮮血を浴びたような真っ赤な髪に、燃える炎が宿ったよな増悪の籠った眼、中肉中背ながら不気味なほどに死を感じさせる風貌、そして黒きマントと赤黒いスーツを纏ったような老人の域に差し掛かった年配の男。

 それは世界中で恐れられてる吸血鬼たる血界の眷属(ブラッド・ブリード)の中でも更に上澄みに位置する上級または長老級(エルダークラス)と呼ばれる存在だった。

 その実力は本物であり、超人たるライブラの武闘派メンバーでさえ一瞬でも気を抜けば即座にあの世へ旅立つことになるだろう。それほどまでに手強い存在であった。

 

「くっ、まだか、レオナルド!?」

 

「あともう少しです!!」

 

 血界の眷属(ブラッド・ブリード)の強さの1つである超再生は対血界の眷属(ブラッド・ブリード)用の血法を用いてもなお届かぬチート。

 そんなチートに対して唯一対抗できる術が、レオナルドによる神々の義眼によって諱名(いみな)を暴き、それをもってクラウスの術式によって密封する。

 それがいつもの上位存在たる血界の眷属(ブラッド・ブリード)に対するライブラの戦法だった。

 

 だが、それで必ず勝てるというわけではない。

 なにせ、相手は人外中の人外と呼ばれる血界の眷属(ブラッド・ブリード)の中でも頂点に近しい存在。

 

……そうか、貴様か!? 

 

「見つかった!?」

 

「総員、全力でレオナルドを守れ!!」

 

 自身の諱名(いみな)を盗み見られていることに気付いた血界の眷属(ブラッド・ブリード)は即座にターゲットを瓦礫の陰に隠れるレオナルドに変更する。

 相手の狙いに即座に気が付いたスティーブンの命令に皆が即座に従う。

 ザップとツェッドがレオナルドの護衛(まも)りに入り、K・Kは離れた距離から援護射撃、チェインは中距離から相手の死角からの奇襲をかける。

 

鬱陶しい! 

 

 しかし、それらの攻撃は全て薙ぎ払われる。

 だが、それでよかった、たった数秒にも満たない僅かな時間、血界の眷属(ブラッド・ブリード)をその場に押し留めることに成功したのだから。

 

「ぬっ!?」

 

 そして、クラウスがレオナルドに迫ろうとする血界の眷属(ブラッド・ブリード)の前に単騎で突っ込んでいく。

 

「やらせはせん!!!」

 

牙狩りぃぃぃ!!! 

 

 血界の眷属(ブラッド・ブリード)とクラウスの激突で、先程2人がいた場所が一気に吹き飛ぶ。

 

「っく、伏せていろ! レオナルド!!」

 

「わわっ!!?」

 

 その爆風の中、スティーブンは自らの技の1つでもある絶対零度の地平(アヴィオンデルセロアブソルート)を用いてレオナルドの周り一帯を凍結させて壁を展開させる。

 

「ク、クラウスさ~ん!!!」

 

「クラウスの心配はいい少年! 今は一刻も早く奴の諱名(いみな)を暴くんだ!!」

 

 くっ! と歯を食いしばりながら全力で義眼の力をフル活用して相手の名を盗み見る。

 そして、ようやく敵の名の全てを暴ききり、特殊アプリを用いてクラウスのスマホに諱名(いみな)を送信する。

 それと同時に、爆風の中から無傷の状態の血界の眷属(ブラッド・ブリード)が姿を現した。

 

これ以上の我への狼藉は許さん!! 

 

「させっかよ! いくぞ魚類!!」

 

「その呼び方は止めてください!!」

 

斗流血法(ひきつぼしりゅうけっぽう)七獄(天羽鞴)

 

 兄弟弟子ながらの見事なコンビネーション技であるが、悲しいかな並大抵の異形ならば骨どころか灰も残るかどうかの大技であるが、その威力は師である裸獣汁外衛賤厳の本来の技の威力にまだまだ達してはいなかった。

 つまるところ、それは威力不足だということだ。

 

失せろ! 

 

「「がはっ!?」」

 

 2人の大技を真っ正面から突破した血界の眷属(ブラッド・ブリード)は通り過ぎる刹那の一瞬でザップとツェッドを一撃で戦闘不能状態まで追い込み吹き飛ばした。

 

「っく! エスメラルダ式血ッッ!! ガァッ!?」

 

 こっちへ向かってくる敵を前に反撃しようとするスティーブンだが、それよりも速く、ただ単純に振り下ろした血界の眷属(ブラッド・ブリード)の右腕による一撃は抵抗しようとしたスティーブンごと氷壁を破壊し、隠れていたレオナルドをも吹き飛ばした。

 

「あっ、ああぁぁ……」

 

そうか、神々の義眼の保有者だったか。危険だな、牙狩りの元へ置いておくのは……

 

 吹き飛ばされ、腰を抜かして座り込むレオナルドの目の前に全身が所々爛れながらも回復していっている血界の眷属(ブラッド・ブリード)が迫る。

 

「ひっ」

 

 恐怖で体が強張り、自身の眼に伸びる手に思わず目を瞑るレオナルドだったが、その直前に血界の眷属(ブラッド・ブリード)の背後の爆風の中から傷だらけになりながらもクラウスが怒りの表情で飛びかかる。

 

「オルルベリア・ルキアノフ・レゼ・ヴェリアフルト・ゴウン・ベームスハウト。貴公を『密封』する」

 

「…………っ」

 

 目の前にいる神々の義眼保有者以上の脅威が背後から迫り視線をそちらに移す。

 勿論、それと同時に身体のあちこちから噴出させた血を剣に槍に鋏にと一瞬の間に武器へと変化させて迎撃に動いた。

 

 だが、侮るなかれ。彼は……クラウス・V・ラインヘルツは獣の生命力と鋼の精神力で武装した人界の最強の守護者。

 たとえ目前に自身の命に届きうる死が迫ろうとも、その高潔にして鋼鉄なる魂は微塵も動くことなく、人類に牙を向ける敵を容赦なく叩きのめす。

 

 赦し給え、憎み給え、諦め給え、人界を護るために行う我が蛮行を。

 

「ブレングリード流血闘術999式『久遠棺封縛獄(エーヴィヒカイトゲフェングニス)』」

 

 身体のあちこちに無数の攻撃を受けようとも小動もせず、対血界の眷属(ブラッド・ブリード)の技を敵の心臓に決める。

 それを受けた相手は手のひらサイズの十字架内へ何も出来ず一瞬の間に永久に『密封』される。

 

 

吠え面をかくといい

 

 封印される直前に呟いた不穏な一言。されど、何事も起こることなく血界の眷属(ブラッド・ブリード)血の十字架に密封されて終わった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 上位存在である血界の眷属(ブラッド・ブリード)との戦いが終わり、先の刹那の攻防で負った無数の大小様々な負傷を加味しても、無事に生きているという安堵感にクラウスは思わずため息がこぼれる。

 地面に落ちた血界の眷属(ブラッド・ブリード)の十字架を回収すると、向こうから先程吹き飛ばされてボロボロになったスーツで、頭から血を流すスティーブンがにこやかな笑顔と共に近づいてきた。

 

「やったな、クラウス。あれほどの相手を前に負傷者多数ながらもこちらの死傷者はなしときた。手放しで偉業と褒め称えられてもいいくらいだ」

 

「ああ、だな……」

 

 クラウスもそんなスティーブンのにこやかな笑顔に応えるように微笑んだ。

 

「っ!? 危ない! 逃げて、クラウスさん! スティーブンさん!!」

 

 完全に全てが終わったという安心しきった空気の中、突如としてレオナルドが叫び出す。

 

 何事か!? そう考えるよりも早くクラウスとスティーブンは弾かれたようにその場から飛び退いた。

 しかし、そんな2人の咄嗟の行動を嘲笑うかのように、空間がひび割れて砕け散り、ブラックホールでも出現したのかと錯覚するような全てを吸い込むかのような穴が現れた。

 

「っく!?」

 

 しまった! 奴が言っていた最後の言葉はこのことだったのかと後悔するが、全ては後の祭りだ。

 恐らく時限式の術式か何かだろう。穴の中は生存不可の超圧縮空間か、はたまた血界の眷属(ブラッド・ブリード)の巣窟か、いずれにしてもロクな場所ではないのは確かだろう。

 しかし、恐らくだが、この術式を発動したのは奴が密封による封印を喰らうほんの僅かな間の時間のみ、ならば空間術式という高位の術式をいつまでも展開できるわけはない。

 希望的観測だが、この術式の展開時間は数秒の間のみ! ならば、私がやるべきことは!! 

 

「スティーブン、後の事は全て任せた」

 

「なっ、クラウス!? 一体何を……?」

 

 穴に引きずり込まれる寸前、共に近くにいたスティーブンの襟を掴んで穴の吸引力の届かない位置にいるレオナルド達の方へと投げ飛ばす。

 

「待て! やめろぉぉぉ!!!?」

 

「受け取り給え! レオナルド君!!!」

 

 必死に止めるように叫ぶスティーブンの声を無視して、クラウスは一切の躊躇なく放り投げ、レオナルドはそのことに驚きながらも、投げられたスティーブンをなんとか受け止める。

 

「……さらばだ」

 

 そして、それを見届けたクラウスは安心した顔つきで穴の中へと吸い込まれて消えていった。

 それと同時に穴も最初から何も無かったかのように消えて元の空間へと戻っていった。

 

「あぁ……、クラウスさん! そんな、消えちゃった」

 

「っくそ! 旦那が消えちまっただぁ!? ふざけんじゃねえぞ!!」

 

「あの人が消えてしまうなんて……」

 

「噓でしょ、クラっちが消えちゃうなんて……」

 

「…………」

 

 何も出来ずボスを失ってしまった。それはライブラのメンバー全員に深い陰を落とした。

 そして、その中でも最も深く落ちたのは言うまでもなく、一番傍にいて助けられたしまったスティーブンだろう。

 

「っ、クラァァウス!!!!」

 

 もう消えて見えなくなった穴に向かって返事も返ってこない叫び声をあげるその姿は普段の彼らしくなく、それだけ消えていったクラウスという人物が彼の中で大きな存在だったかを物語っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦

 

 

 

 

「さて、ここは一体どこなのだろうか?」

 

 あの穴の中に吸い込まれて気が付いたら森の中か。見る限り、周囲に危険な動植物は存在せず、常識的に語られる本当にごく一般的なただの森のように見受けられる。

 遠くから聞こえてくる鳥や動物の鳴き声から想像するに、ヘルサレムズ・ロットで見受けられる超常的な怪物の類の種類には思えない。

 だとすると、ここはひょっとすれば霧の外の世界か? 

 

「どちらにせよ、まずは連絡手段の確保だ。通信機器は先の戦闘で破損して使えないか……」

 

 胸ポケットから取り出したスマホは画面がバキバキに破損しており、電源ボタンを押しても一向に光ることさえなかった。

 こうなった以上、まずはこの森を抜けてどこか街を探さねばなるまい。

 

 そう決意し、一歩目を踏み出そうとした瞬間、不意に近くでガサリと植物の葉が擦れる音がした。

 そこから感じた微かな違和感に、クラウスは即座に振り向き身構えた。

 見ればかなり古めかしい農村の住人が着る服を纏った老人がこちらへ接近していた。

 

 見かけごく平凡な農民のように思える。っが、この老人から感じる不思議な気配というべきなのか、今まで出会ってきた存在のどれとも違う異様な違和感。

 それはまるで、羊の皮を被った狼と形容するのが正しいような、そんな掴み取りが分らない気配だった。

 

(もしや血界の眷属(ブラッド・ブリード)……ではなさそうだ)

 

 割れて使い物にならなくても黒い画面を反射させて鏡として使うことが出来る為、緊急の手鏡として老人に向けたが、そこにはひび割れて見えにくくとも、ちゃんと映っている老人の姿があった。

 

「失礼、私はこういう者でして。よければ近くの街までご案内頂けないでしょうか」

 

 内ポケットから名刺を取り出して手渡すと、老人はキョトンとした表情でそれを受け取った。

 

「オメェさん、随分と礼儀作法が出来てるな。おまけに着ている服もここら辺じゃ見ねえ上等な品だ。一体どこのお貴族様で?」

 

「失礼、やはりここは名刺だけでなく、ちゃんとした自己紹介をすべきでした。私はクラウス・V・ラインヘルツ。ラインヘルツ公爵家の三男でして、とある事件に巻き込まれてニューヨークのヘルサレムズ・ロットからこの森へ飛ばされてここへやって来ました」

 

「ほぉ、やっぱり貴族様か。それにしても珍しく傲慢ちきじゃね性格の者だな。って、こりゃ偏見か。うっし、街までの案内は無理だが、儂の住んでる村までなら案内してやる」

 

「貴殿のお心遣いに深い感謝と敬意を」

 

 私がペコリと何の躊躇もなく頭を下げるのを見て老人はますます貴族っぽくねえなと笑って村へと案内してくれた。

 そこは小さな時代に置いていかれたような、平和で長閑な風景の広がる、そしてどこか牧歌的な雰囲気の漂う村だった。

 村の人々は突然の来客である私に対して警戒の色を示したが、老人の鶴の一声とも呼べるフォローによって、比較的好意的に接してくれたり、余所者である私にも色々と教えてくれた。

 

 だが、残念なことにここには通信機器と呼べる物は存在せず、それどころか携帯電話という存在すら村の誰もが知ってはいなかった。

 ここが相当な田舎なのか、もしくはここは霧の外どころではなく、かつてブラッドベリ総合病院で相まみえた血界の眷属(ブラッド・ブリード)が口にしていた私達の世界のすぐ隣に存在するという異世界かもしれない。

 

「……お爺ちゃん?」

 

「おお、ベル。良い子に留守番してたか?」

 

 木の陰からこちらを覗く小さな白髪の赤い目をした男の子がいた。恐らくはあの老人のお孫さんなのだろう。

 ここは相手の警戒心を解く為にも笑顔で接してあげねば。

 

「やあ、少年」

 

「ぴゃあっ!?」

 

 何故か怪物でも見たかのように怯えられてしまった? 

 

「アホウ! お前さん、ただでさえ怖い顔しとんのに、笑うと迫力が増すんじゃから子供は泣いて当然じゃ!!」

 

 パコン! と頭を叩かれてしまった。こんな経験はあまりないから新鮮ではあったが、こちらの不用意な行動で怖がらせてしまったのは申し訳なかった。

 

「えっと、僕も勝手に怖がっちゃってごめんなさい!」

 

「っ!」

 

「っはっはっは! どうじゃ、うちの孫は真面目で純粋じゃろう。まあ、もうちっとやんちゃ坊主でもいいと儂は思うんじゃがな」

 

 なるほど、この老人にしてこの孫ありか。どちらも眩しいくらいの善性の持ち主だ。

 こういった人達を見るたびに世界の平和を護り続けねばなるまいと改めて気が引き締まる。

 

 それから警戒心が解けたベル少年によって村中を案内された。最初は元の世界に戻る手がかりを探らなければと断ろうとしたが、その瞬間今にも泣き出しそうな顔で迫られれば断ることなど出来ず、結局日暮れまで村中どころか秘密の遊び場まで案内されてしまった。

 

「よぉ、お疲れじゃったな。飯も出来とる。今日は家で飯食って泊まっていきな。どうせ寝床なんざねえだろう」

 

「ご老人、御厚意に感謝します。私が元の場所に帰れた暁にはそれ相応の返礼を送りますゆえ……」

 

「がっはっはっは、いらんわそんなもん。これは今日ベルに付き合ってもらった礼じゃ、つべこべ遠慮せずに上がれ上がれ!」

 

 バシバシと背中を叩くその豪快さはエイブラムスさんを思い起こさせる。

 その夜の飯はいつも以上に豪勢だとベル少年がはしゃいでいたが、もしこれを私の為だけに用意してくれたのならば感謝と同時に申し訳なさがが立つが、ここはありがたく頂くとしよう。

 

「わぁ~、クラウスおじちゃん。食べるのとっても上手だね」

 

「ああ、昔からメイド長にマナーはしっかりと叩き込まれたからね」

 

「ほぉ、メイドか。勿論、ボンキュッボンの可愛い子ちゃんが沢山おったんじゃろ?」

 

「ええ、皆とても美しく可憐な子達でしたよ。メイド長は恰幅もよく私も子供の頃はつい母親のように甘えてしまう程、母性溢れるお方でした」

 

「かぁ~、羨ましいのう! それじゃ当然、手籠めにした女子とかおったじゃろう」

 

「まさか、彼女らはそのような公私混同して俗世的な欲に溺れるような女性達ではありません。特にメイド長から教わったマナーや立ち振る舞いは男として、紳士としての矜持の全てです」

 

「うがぁ~、こりゃ真面目で頑固な堅物じゃ! 儂もお前さんの立場ならおもっくそはっちゃけてるものを!!」

 

 そこからは老人から私に対して男ならば女のどこを見て惹かれ如何にして堕とすかという談義になり、気が付けばあっという間に夜更けになった。

 いつの間にか、話についてこれなくなっていたベルは食事と歯磨きを終えてスヤスヤと寝室で寝てしまっていた。

 

「ほれ、子供が寝たら次は大人の時間じゃろ」

 

 そういって取り出してきたのは年代物であろう酒だった。

 見た感じではかなり値の張る品物であることは明白、食事と寝泊まりできる場所を提供され、この上さらに酒までいただくなどと遠慮すれば「老人1人で寂しく晩酌させるつもりか!」と怒られてしまったので、ここはありがたく頂戴することにした。

 

「さて、お主の目から見てどうじゃこの村は?」

 

「ええ、非常に静かで穏やかな平和でいい村だと思います」

 

「じゃろう。まあ、ちっとばかし平和過ぎて若者からすれば面白味の無い村に見えるようじゃがな」

 

 酒をグイっと大きく飲み干し、そのままテーブルに軽く叩きつけるように置く。

 酒の入ったコップも決して安物ではないだろうに、こうも雑に扱われると勿体ないと思ってしまう。

 クラウスはそんな老人のコップが気になりじっと見ていると、その視線に気づいたのか老人は酒を注いでくれた。

 

「これはこれは、どうもすみません」

 

「なに、これくらいどうってことはない。……ところで、1つ聞いてもよいかの?」

 

「なにか?」

 

「お主、本当は何者じゃ?」

 

「……クラウス・V・ラインヘルツ、ラインヘルツ家の三男。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

「別にお主の名や出自を疑っている訳じゃない。じゃが、それ以外にも言っていないことがあるのではないか?」

 

 ギロリと今まで見せていた好々爺らしき雰囲気から一変して、歴戦の戦士を思わすような鋭い眼光を向ける。

 そのプレッシャーは凄まじく、並みの者ならば心が折れてもおかしくない圧ではあったが、クラウスはそれに対して冷や汗の1つもかくことなく冷静に対処してみせる。

 

「申し訳ない。確かに私は貴殿に隠し事をしている。しかし、誤解なきように申し上げるのならば、これは決して悪意あってのものではなく、我々の──ひいては貴殿の身の安全を保障する為であることをご了承願いたい」

 

 その鋭き眼光から発せられる言葉は例えどんな疑り深い捻くれ者でも信用してしまうような説得力があった。

 その迫力に老人はこれ以上の詮索は無用だと判断し、ふうっと軽く息を吐いて肩の力を抜く。

 酒の席というのは人に心を開かせるのに有効な手段だが、普段よりも気が緩むからこそ自分の腹の底を吐き出すことも容易になるものだ。

 

「儂ばかり質問するのは不公平じゃろう。お主も儂に対して聞きたいことがあるんじゃろ?」

 

「ならば不躾ながら1つばかし質問をば。あなたは一体何者なのでしょうか? 私はこの村を一回りして村人に触れ合ってきましたが、いずれもただの村人でした。しかし、あなただけは彼らとは違う。理屈でどうこうではありませんが、私の感覚ではあなたは只人(ヒューム)の姿をしている別の存在であると言っている。恐らくは上位存在と呼ばれる類の存在。違いますか?」

 

 私がそう質問すると、老人ははあっと大きくため息を吐いて酒を一口煽る。

 その質問が彼の御仁にとって予想外だったのか、それともそれをこの場でぶつけるとは思わなかったのか、その表情からは窺えない。

 しかし、老人は観念したように口を開いた。

 

「儂なりに上手く偽装できてたと自負してたんだがのう」

 

「それではやはり……」

 

「ああ、お前さんの言う通り儂は神じゃ」

 

 神。それは私が元いた世界において人類が誕生する前から存在したとされる超常の存在。

 上位存在の中でも最も力を持ち、その類とされるものは神性存在と呼称されている。

 そう呼ばれる者は善悪関係無く、この世に顕現したならば大なり小なり世界に影響を及ぼす。

 

「にわかには信じがたい。神性存在とはかつて幾度となく会敵したことがありましたが、そのいずれもがデタラメという言葉すら生ぬるい存在でした」

 

「今この世界で神という存在はそう珍しくはない。っが、お前さんの言っているその神性存在とやらはまさしく天界におった頃の神のことを指しておるな」

 

「…………」

 

 神という存在が珍しくないという言葉に絶句しそうになるが、それ以上に聞かなければならないことがある。

 

「もう1つ質問があります。もしよろしければ、あなたがこの世界に顕現した理由をお教え願いたい」

 

 クラウスは真剣な眼差しで老神を見つめる。そこには単なる好奇心ではなく、他ならぬ世界の均衡を保つ使命を持つ者としての覚悟があった。

 老神はしばし無言で見つめ合った後、静かに語り始めた。

 

「……人の歴史で言えばもう遥か昔のことじゃ、天界と呼ばれる世界から神はこの下界へと降り立った。もっとも、今この下界に降りてきている神の大半は刺激を求めた暇つぶしのようなものじゃがな」

 

「暇つぶしですか……」

 

「そう、暇つぶしじゃ。天界というのは非常に退屈な場所でな。全知全能だからこそ何でもできる。故に天界に居た神々は全能を封じ下界に降りて刺激を求めにやって来た。この儂のようにな」

 

「ならば、あなたは退屈だからと神としての権能を捨て、この地に降り立ったと?」

 

「まあ、それだけではないが、概ねその通りじゃ」

 

 老神の口から語られる事実にクラウスは信じられないといった様子で言葉を失う。

 だが、それと同時に彼の老神の言葉の節々からは嘘偽りのない真実味も感じていた。

 

「勿論、儂にも娯楽以外にも目的がある」

 

「それは私が聞いても?」

 

「良くないわい。そもそも、これを知るのは儂が信の置ける神と眷属のみ。今日会ったばかりのお前さんに話す義理はない」

 

「でしょうな。私も同じ立場ならばそうするでしょう」

 

 老神が言わんとすることはクラウスにも理解できる。

 上位存在である神という存在はその絶対的な力故に、得てして傲慢だ。

 そんな彼らが神としての権能を捨ててまで下界に降りるのは何かしらの理由があり、その真なる目的を易々と明かす筈がない。

 そしてそれはクラウスも同じことであり、彼もまたライブラという世界の均衡を護る立場ゆえに早々と語ることが出来ぬ秘密を1つや2つは持っている。

 

「それにしても、お主はつまらんな。クソ真面目が過ぎる。自身の事情と儂の抱えている事情を考えて言葉を交わしているようじゃがのう。儂から言わせればそんなもんで世界が救えてたまるものかい!!」

 

「っ、私の事情をご存知で?」

 

「知らん、知らん。可愛い子ちゃんの事情なら根掘り葉掘りしとったじゃろうが、誰が好き好んで男の尻を追い掛け回したいものか。じゃがのう、無駄に長生きしとる爺は色々と見てきとる。今のお前さんの眼はかつての古代と呼ばれる時代、絶望の世界を塗り替える為に戦い続けた英雄のそれだ。神々すらその覚悟の前に心動かされたもんじゃ」

 

 懐かしむように酒を飲みながら月夜を眺める。

 その表情は好々爺のそれではなく、幾星霜もの時を生きた老神のそれであった。

 

「だからこそ、その眼を見ればお前さんが何を考えてどのように生きて来たのかなど、手に取るようにわかる」

 

「…………」

 

「他の神々の思惑はどうあれ、儂から言わせればこの下界は好き放題に荒らされている。それは人の目には見えずとも、確実にこの世界を蝕んでおる」

 

 世界三大クエストと恐れられる3体の黒きモンスター。その最後のモンスターである黒竜の討伐。そして、世界の中心に存在するダンジョンの攻略。

 他にも、古代の時代から残り続ける厄災の数々。

 今は平和に見えるこの時代でも、目に見えぬ脅威は今も虎視眈々と牙を研ぎ澄まし待っている。

 

 そのような災厄が待ち構えていると知って黙ってられぬ者がいる。

 

「ならば、私がその世界の危機を救ってみせましょう」

 

「かぁ~、即断即決かい。ちっとは悩んだりせい! 世界の危機と聞けば動揺したり、恐怖を覚えるのが人間じゃ。儂みたいに達観しすぎておると、その感情すら忘れてしまうぞ」

 

「それが今の私の使命であるのならば私は迷いません。神々は我々人類に試練を課すもの。ならば、()()()()の困難を乗り越えられずして、どうして世界の均衡を守れましょうか」

 

 クラウスの覚悟は本物であり、自分がライブラという組織の長として、世界の均衡を護る責務があることを誇りに思っている。

 なれば、そこにどんな困難が待ち構えていようとも、光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北する事など断じて無いと信じている。

 

「お主、この程度とのたまうか。人類と神が千年もの時を()てども成し遂げられなかった偉業を! 世界を救うという難事(なんじ)をか!!」

 

 その声には確かな怒気が含まれていた。

 老神はクラウスの覚悟が心底気に食わないのだろう。

 世界を救う事の難しさを決して軽く見られたわけではないだろう。されど、自分ならば過去の英雄でさえ成し遂げられなかったことを一瞬も迷わずに成し遂げられると言いたげな傲慢さが気に入らないのだ。

 

「あなたは勘違いをされています」

 

「ほお?」

 

 だが、そんな老神の怒りもクラウスには通じず、逆にクラウスは真っ直ぐに老神の瞳を見つめながら語りかける。

 

「確かに世界という巨大なものを救うというのは困難を極めることでしょう。だがしかし、世界を救わんとする者は私1人だけではない!」

 

「……その根拠は?」

 

「先程もあなたがおっしゃったではないではないですか。この世界には私と同じ眼をした英雄が存在した。ならば、その魂は例え肉体が滅んでもなお、次代へと受け継がれる。つまり、既に世界を救う下地は千年より前から出来ている!!」

 

 クラウスは自分がどんな表情で語りかけているか自覚していた。

 それはライブラという組織のリーダーとしてではない。1人の人間として、過去に散っていったであろう己と同じ志を持つ顔も知らぬ同士の魂を受け継ぎ、世界を救う道を突き進む者の貌である。

 

「私は世界を救う! だが、それをたった1人で成し遂げられると考える程、私は傲慢でも愚かでもない。だからこそ、今も世界を救わんと闘う同士を集め、共に世界を救いに征くのです!!」

 

 馬鹿真面目に真っ直ぐな目つきで夢物語のような事を口走るクラウスに、老神は心底愉快な顔へと変貌する。

 

「くっくっく……、言うてくれるわ。では、そんなお前さんに1つだけ助言……というより、世界を救う手助けをしよう」

 

 老神はクラウスの言葉を聞き届けると、酒が入ったコップを片手に席を立つと、そのまま夜空を見上げて語り始める。

 

「先程も言った通り、下界に降り立った神は1柱の例外もなく全能の力を封印されておる。しかし、たった1つだけ全ての神が使用できる力が存在する」

 

「それは一体……?」

 

「恩恵じゃよ」

 

 神が神血を媒体にして人間の体に神聖文字を刻む事で発現する一種の奇跡。

 その恩恵こそが古代より神々が敬われ、人々がモンスターから生存圏を取り戻せた大きな要因である。

 

「なるほど、つまりその恩恵を刻むことによって人は可能性の扉を開き、冒険を経験することによって超常たる力を得ることが出来る。そして、その対価として刻んだ神の眷属となる。そういうことですね」

 

「そうじゃ。まあ、別に儂の眷属になったからといって神の言葉に絶対服従というわけではない」

 

「いえ、そこは別に気にはしておりません。なにせ、あなたは決して眷属を……家族(ファミリア)をないがしろにはしない。そんな御方であると信じておりますから」

 

「……それはどうかのう? 今日会ったばかりの神をなぜそうも信用できる?」

 

「答えは単純ですよ。もし仮にあなたが自身の眷属を無下に扱い、人の心をも踏みにじってまで支配するような御方ならば、きっとベルはあなたに懐こうとはしなかったでしょうから」

 

 そんな私の返答を聞き、老神はキョトンとした顔をして、次の瞬間には高らかに笑い声を上げた。

 

「がっはっはっは!!! そうか、そんな理由か!!」

 

「ええ、あの少年は無垢で純粋だ。だからこそ、そういった悪意には人一倍に敏感でしょう」

 

 あの時に見たベルの純粋さはクラウスですら眩しい正しさがあった。

 あれがもし噓であるとするならば、この世の善人は誰もが噓つきであろう。

 

「それで、もしお前さんが世界を救ったとするのならば、儂はその対価として何を支払えばよいかのう?」

 

「もし叶うのであれば、私を元の世界へとお返し願いたい。あなた程の御仁だ、なぜ私があの場に居たのか、薄々は気付いておられたのではないでしょうか?」

 

「そうじゃのう、あの時に感じた空間の不穏な歪み。どこぞの馬鹿な神が下界で神威でも使ったかと確かめにその場に出向いた訳じゃが、まさか人の姿をした獣が立っておったからな」

 

 これだから下界の未知は面白いと笑い飛ばす老神に出来るのかどうかを訊ねる。

 どうやら、神は下界で封印されている全能の力は使用しようと思えば使えるらしい。しかし、それをしてしまえば強制的に天界へ送還されるため、使えるのはたった1度きりになってしまう。

 

「約束は必ず守ろう。もしお主がこの世界を救った暁には、儂の神威を解放して元の世界へと送り飛ばそう」

 

 こうして世界を救う対価は決定した。それは娯楽を何よりも優先する神にとっては最も重い条件だった。

 それでもなお、この下界を救うと決めた老神にとっては些細な条件だったのだろう。

 

「これで互いになすべきことは決まった。さて、どうじゃ。この世界を救う馬鹿2人の出会いを祝して1つ乾杯といかんか?」

 

「ええ、是非に」

 

 クラウスと老神は互いにコップを手に取ると、誓いを交わすように乾杯をする。

 

「儂の神としての名はゼウス。かつてオラリオでは知らぬ者がおらぬ程の最強派閥を作り上げた神じゃ」

 

「私の名はクラウス。かつては【ライブラ】という世界の均衡を護る組織を率いておりました」

 

 老神から語られる昔話にクラウスは聞き入り、時にはクラウスの世界で起きた空前絶後の大事件を語り合いながら、互いに交わした盃を一気に飲み干すのであった。




人気があればぼざろの二次小説を書く合間に投稿します。
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