人界の守護者がダンジョンに来るのは間違っている!? 作:リーグロード
あの日、ヘルメスが訪ねてきて1年の月日が経っていた。
ベルも成長期がきたお陰か、我がラインヘルツ流の強化訓練と現代医療の知識を元にした食育も相まってか、その幼い童顔はそのままに身長や体つきは立派なものになっていた。
「今日もお願いします!クラウスおじさん!!」
「さあ、遠慮せず打ち込んできなさい!」
そして、今日も今日とて素手対木刀による打ち込み稽古。ここ数年、代わり映えしないメニューだが、それでこその修業である。
普通の人間ならば、愚痴や文句の1つでも垂れるような内容かもしれんが、ベルはそんなこと一切吐かずに私の稽古に励んでくれる。
今まで弟子という存在を持ったことがなかったが、存外に私は誰かを育てるということに向いていたやもしれぬ。
しかし、ベルの成長率は私の想像以上のものだった。
恩恵無しだというのに、既にその動きは下級冒険者の中でも上澄みに位置する程だ。
その上、私の教えを忠実に守り続ける為、ついつい私も稽古に力が入って必要以上に教え込んでいった結果、私が扱うブレングリード流血闘術の血法を除いた基礎的な戦闘方法を叩き込んでしまった。
「たぁっ!!はぁっ!せい!!!」
「いいぞ、常に己の守備を意識しながら攻めを行うのだ!」
素手による私の戦法を剣技でも遺憾無く発揮出来るように昇華してみせたベルの腕は見事なものだった。
ベルが英雄に憧れ、強くなるために私が付き合った数年で分かったのは、彼に天性の才能はあらずとも、実直なまでのひたむきさからくる努力の才能が彼の強さを後押ししているという事だった。
「ふむ……」
既に訓練による成長は充分か。なら彼にあと必要な物があるとするならば、実戦による経験と敵を倒すという覚悟のみになるだろう。
「よし、今日の稽古はここまでにしておこうか」
「えっ、はい。わかりました」
いつもと比べてとても早く終わったことに疑問を持つが、師が終わりと言えば弟子である自分が異論を唱える訳にはいかない。
だけど、それ以上に今日の師匠からいつも伝わってくる気迫のようなものが違っているように感じた。
「……ベル。君は今でも英雄になりたい気持ちに揺るぎはないか?」
「えっ、と……当然です。僕もクラウスおじさんのようにカッコイイ英雄になって、おじいちゃんが言ったハーレムを作りたいです!」
「う……うむ、そのだな、ベル。あの御仁が言ったハーレムというのは非常に難しいものでな。下手をすれば修羅場というものが出来て、刃傷沙汰にも発展するかもしれんのだ」
「で、でも、おじいちゃんはハーレムは男のロマンで、それで出来た傷は勲章だって言ってました!!」
「ぐぅっ!?」
ザップ・レンフロというその手の反面教師のやらかしをいつも離れたところから見ていた為、無謀な挑戦に挑もうとしているベルを必死で止めようと説得しているのだが、何故か普段は聞き分けの良い筈のベルが頑固にも食い下がってくる。
非常に情けない話だが、この問題は未来の私か信用できる者に任せることにしよう。
間違っても、ゼウス様やヘルメスには頼ることはするまい。
「ゴホン!まあ、ハーレムの件は置いておくとしよう。今私が言いたいのは英雄になりたい君の意思の話だ」
「僕の意思ですか?」
「そうだ。英雄は君が思う程に輝かしい道ばかりを歩めるわけではない。時に過酷で残酷な茨の道を歩むことになるやもしれん」
ゴクリと私の言葉に唾を飲んで聞き入るベル。彼の純粋な気持ちをへし折るような事を言っているのは理解しているが、その過酷な現実を先に知っておいた方が覚悟も決めやすいだろう。
「それでも君が英雄になりたいのであれば、迷宮都市オラリオへ行くのがいいだろう。あそこは神々の恩恵を得た冒険者が集う場所、君の目指すべき道があるやもしれん」
「オラリオですか!?」
オラリオの単語を聞いた瞬間、ベルは顔を喜色に輝かせて食いついてくる。
しかし、その勢いに押されること無く私は言葉を続ける。
「だが、そこでは言い方は酷かもしれんが、モンスターという生き物との殺し合いをすることになる。半端な覚悟では夢半ばで倒れるか、諦めてオラリオから去ることになるだろう」
「そ……れは……」
ベルは聡い子だ。ちゃんと現実を教えれば夢を諦めるか、覚悟を新たにしてオラリオへ旅立つかのどちらかになるだろう。
だが、それだけでは駄目だ。彼はきっと夢を諦めない、しかし、中途半端な覚悟は窮地では後悔に変わる。
私はこの子には無事平穏な生活を送って欲しい。だが、それは私のエゴでしかなく、彼の夢を邪魔する理由にはならない。
ならばせめて、このくらいの試練は受けて突破くらいはしてくれねば困る。
「色々と厳しい言葉を言ったが、君がこれくらいで止まるような人間ではないということはこの数年で理解している」
「なら!」
「喜ぶのは早いぞベル!君が本当に心の底から英雄を目指すというのならば、私が与える試練を乗り越えてみせるがいい!!」
「しれっっっ!!!?」
試練?と口に仕掛けた瞬間、ゴウゥ!!と暴風でも吹き荒れたのかと勘違いしてしまう程の闘気がクラウスおじさんを中心に巻き起こる。
今まで感じたことの無いその闘気に死すら予感する程の恐怖を感じた。
「一撃だ。たった一撃でいい。私に攻撃を当てることが出来れば、君のオラリオへ行くことを認めよう」
む……無理だ。体が全然動けないでいる。どんなに動けと念じても、指先一本すらまともに動いてくれない。
まるで目の前にドラゴンでも現れたのかと錯覚してしまったようだ。
「怖いかい、ベル?だが、この程度の恐怖を乗り越えられん者に英雄という称号は務まらんぞ」
「……っ!」
怖い……確かに怖い。だけど、それよりも僕は憧れの人に失望されたくない気持ちの方が大きかった。
だから、恐怖を飲み込む。体が竦むのは仕方がない。だけど、心まで屈してはいけないんだ!
「ハアアアアアアアアアアアッッ!!!」
雄叫びと共に体を動かす。その恐怖を振り払うために、僕は全身全霊の一撃をクラウスおじさんに放った。
「──―見事」
それはほんの一瞬だった。僕の拳はクラウスおじさんの右手の人差し指一本で止められていた。
全力で放ったその一撃は、クラウスおじさんにとっては子供が戯れに棒を振り回すようなそんなレベルでしかなかったのだ。
「……あっ……」
その光景が信じられず、呆然としているとクラウスおじさんはクスリと笑みを浮かべ、僕の頭を撫でてくる。
「見事だ、ベル・クラネル。君に迷宮都市オラリオは些か早いかもしれぬと思っていたが、その考えは間違いであったようだな。見事な一撃だったぞ、ベル」
「クラウスおじさん……」
その瞬間、僕は涙を堪えることが出来なかった。憧れだった人に認められたと、英雄になる為の試練を乗り越えたのだと誇りを胸に抱きながら。
「オラリオに旅立つのは明後日にしておこう。それまでにしっかりと準備をしておくといい」
試練を乗り越えた僕は、この日を一生忘れないだろう。その人がくれた言葉は僕の宝物になったのだから。
それから2日間の準備期間の後、僕とクラウスおじさんは迷宮都市オラリオを目指して旅立った。
これでようやく次回からオラリオへ行けます。