「やれやれ……大した外交戦術だな」
会談が始まると伯爵の使いから伝えられたリュグナーは、聞こえないように皮肉を呟いた。彼ら首切り役人たちは、結構な時間を別室で待たされている。ドラートもまた、ようやくかと言わんばかりにため息をつく。ただリーニエだけがいつもの無表情を保っていた。
ともあれ伯爵の使いに案内されて、三人の魔族は会談の場となる部屋へと入った。広大なベランダへと繋がる部屋だ。ベランダは開け放しとなっており、太陽の光が部屋全体に入ってくる。そのベランダからは外に広がる庭を見下ろす形で眺めることが可能だ。外の風景を中から観察することが容易な作りの部屋だった。
部屋の中央には机とソファーが備え付けられている。ソファーは、テーブルの前で向かい合うように置かれたものが二つ。
「来たか」
その片方に、グラナト伯爵が座っていた。武器の類は身につけていない。ただ無防備に待機している。案内されるがまま向かい側のソファーへと歩くリュグナーたちだったが……ソファーに座ったのはリュグナーのみ。ドラートとリーニエはソファーの後ろで控えた。
「…………」
リーニエはぐるりと部屋を眺めた。人間の騎士は彼女とは違う形で控えている。彼らは伯爵が座るソファーの後ろではなく、壁に沿うような形で並んでいた。この部屋唯一の扉がある側の壁だ。
――あれ、見覚えがあるな。
リーニエは、壁に剣が掛けられていることに気付いた。その剣について彼女は記憶している。かつて、彼女を苦戦させた騎士……グラナト伯爵の公子が持っていた剣と同じ。
何か表現しようのない違和感を覚えたリーニエをよそに、会談が始まった。伯爵とリュグナーの会話は静かだ。お互いに興奮するようなことはない。伯爵がアウラの軍勢について探るようなことがあればリュグナーが話を逸らし、逆にリュグナーがこの街について話を振れば伯爵は当たり障りのない答えを返す。結果として、取り留めのない会話で時間が浪費されていく。
リュグナーは自らの判断ミスに気付かない。雑談を装って情報を得ようとする嘘を見抜いたつもりの彼は、更に大きな嘘を見抜けない。
「ところで、見せたいものがある。
そのままでいてくれ」
しばらく話をしたところで……即ち、相応の時間が経ったところで伯爵は席を立った。
騎士たちが並ぶ壁に近寄ると、リュグナーが座ったままであることを一瞥した後に壁に手を伸ばす。そのまま掴んだのは、公子の剣。
「これは御前試合で陛下に賜った剣だ」
「ほう、それは素晴らしい」
相槌を打つリュグナーに、伯爵は剣を取って向き直った。
今の状況でソファーの周囲、つまり部屋の中心にいるのは魔族だけだ。伯爵も騎士も揃って壁の近くに立っている。まるで、外から身を遠ざけるかのように。
リーニエは戦士の観察……即ち、体内の魔力の探知を繰り返したことで、結果的に本来の形で行う魔力探知もまた鍛え上げられている。結果として、気付くことができた。
「ああ、素晴らしく出来のいい息子だった。
――お前たちに殺された息子はな」
「リュグナー様、ドラート! 避けて!」
リーニエの呼びかけに、リュグナーとドラートはただ反射的に横へ跳んだ。リーニエ自身もまた既に跳んでいる。瞬間、ベランダの方向から放たれる光。外から放たれた魔法が部屋に突き刺さる。ちょうど、先程まで三人がいた場所に。
「これは『
魔力光を見たリュグナーは、本能的な危機感を覚えた。これをまともに受けてしまえばその時点で敗北すると。
彼の直感は正しい。これこそは「
攻撃に驚く魔族側とは対照的に、人間たちには驚きはない。当然である。作戦通りなのだから。
「よし、入れ! 陣を組め!」
「おおっ!!!」
伯爵の号令でこの部屋唯一の扉が開かれると、密かに廊下で待機していた兵士たちと冒険者が現れた。突入という言葉が相応しい勢いで部屋に入ってきた彼らは、しかし魔族へと突撃することはない。伯爵を含む元々この部屋にいた者たちと共に扉の前で密集、そのまま盾や武器を前に突き出して防御を固めた。「魔族を殺す魔法」の流れ弾に当たらないようにするため、そして魔族たちがこの扉から外へと出られないようにするためだ。
これこそがフリーレンの策。リュグナー、リーニエ、ドラート……首切り役人の三人が全く気に留めなかった人物に、フリーレンは注目していた。フェルンである。フェルンが一方的に狙撃できる環境を整え、いかなる実力も発揮させないまま魔族を殺す。伯爵がこの部屋を会談の場として選んだ理由は一つ。外から狙撃を撃ち込むのに最適な部屋へと誘い込むように、と教えられていたからだ。外の光景を観察しやすい部屋であるということは、外からも部屋の様子を観察しやすいということ。
だが、やはりリーニエは不確定要素となった。フリーレンの見立てでは三人のうち一人は初撃で殺害、そうでもなくとも重傷を負わせられる予定だった。しかし予想以上に精密な魔力探知によって、リーニエはフェルンの存在をいち早く察知。結果として首切り役人は全員が初撃を回避している。
とはいえ、それでもドラートは悪態をつかざるを得なかった。
「こいつら、最初からそのつもりでこの部屋に……!」
部屋から脱出できない首切り役人を、「魔族を殺す魔法」の次弾が襲う。
依然として魔族側が不利な状況であることには変わりない。外から一方的に狙撃され続ける状況そのものは、無事に整ったのだから。今の状況において彼らが取れる手段は二つ。扉の前で防御を固める人間たちを排除して扉から脱出するか。「魔族を殺す魔法」の射線に身を晒すのを覚悟でベランダへと走り、飛び降りて脱出するか。
真っ先に行動に移ったのはドラートだった。彼が手を振った瞬間、一人の騎士の首が飛んだ。ドラートの得物である魔法の糸は不可視にして強靭。兜ごと人体を切断する硬度は、間違いなく自らの魔法について修練を続けていた証だ。
先程までとは逆に、人間たちが突然の事態に驚いた。ドラートはその隙を突いて二人目の首を飛ばしにかかる。狙いは、特に驚いている上に防具を身についているわけでもない戦士。斧を持った冒険者らしき風体の男を、ドラートは数合わせだろうと判断した。手早く冒険者の首を切断し、扉の前で固まる人間の陣に穴を開けようとして……
「ぐえっ!?」
「は?」
悶絶する冒険者――シュタルクの様子に、ドラートは唖然とした。
確かに、魔法の糸はシュタルクの首に巻き付いた。だが、切れない。それどころか出血すらしていない。呼吸を妨げられて苦しそうにはしているが、それだけだ。目を凝らして観察しても、首を魔力で保護しているような様子もない。つまり……シュタルクは、その肉体だけで魔法の糸を防ぎきったということ。
ドラートは、自らの魔法が生み出す糸の硬さは魔族でも随一だと自負している。その自負に見合う研鑽も積み重ねてきたつもりだ。故に防がれてしまえば原因を探らざるを得ず、その原因が納得のいかないものであれば混乱する。己の魔法に誇りを持つ魔族らしいと言える行動だが、この場においてはあまりにも迂闊と言わざるを得ない。
「動きを止めるな、ドラート!」
リュグナーの警告は、あまりにも遅すぎた。
フェルンの「魔族を殺す魔法」がドラートの身体を吹き飛ばす。死体が塵となって消えていく頃には、既にリュグナーとリーニエはベランダへ向けて走っていた。皮肉なことにドラートがシュタルクを攻撃したことで、フェルンはドラートへと狙いを絞った。その隙を突く形で、リュグナーとリーニエはベランダへと脱出することに成功したのである。
そのまま二人の魔族はベランダから庭へと飛び降りる。その最中、リュグナーははっきりと目視した。伯爵の屋敷から離れた向こう、別の家屋の屋根に陣取った女魔法使い――フェルンが今も魔法の準備をしている。
そして、その周辺の家屋から人間たちが離れていく様子もまた見えた。混乱によるものではない。衛兵に導かれた上での避難だ。明らかに、この街を戦場とすることを想定済の動き。
「謀られたか」
思わず舌打ちをするリュグナーだったが、更にリーニエから告げられた報告に顔色を変えた。
「リュグナー様、アウラ様の近くに魔力反応が」
「なんだと!?」
戦闘に突入しているのであれば、十キロメートル先の魔力であろうとも気付くことが可能なのが今のリーニエだ。もっとも、それほどの探知を掻い潜りアウラに接近するまで悟らせなかったのがフリーレンだが。
「奴らの狙いは分断か……ちっ!」
話し合っている余裕は二人にはない。
今もなお放たれるフェルンの狙撃。とっさにリュグナーが「
「あの魔法使いの魔力は多くないようだ。近付いて手数で勝負すれば問題ないだろう。
私が奴に接近する。リーニエ、注意を引きつけろ」
「わかった」
リュグナーがフェルンへ向けて走り出すのに合わせて、リーニエは魔法で弓矢を生み出した。模倣するものは弓手の技。リーニエの矢は、魔法に勝るとも劣らぬ距離を飛ぶ。しかも矢は魔力で作られているのだから弾切れはない。次々に撃ち込まれる矢に、フェルンは狙撃を中断せざるを得ない……回避するために。空を飛んで別の屋根へと移るフェルンだが、人間の飛行魔法は魔族のそれと比べて大きく劣る。リュグナーは今までの苦戦が嘘のように、あっさりと距離を詰めていく。
「血を操る魔法」の射程内に入ったリュグナーを援護しようと次の矢をつがえるリーニエだったが、いきなり向きを反転した。矢を放つのは真逆、屋敷の方向。その先にいるのは、フェルンへの攻撃を妨害しようと屋敷から飛び降りたシュタルク。
「う、うおっ!?」
シュタルクには、放たれた矢を回避しようがなかった。なにせ既に飛び降りて空中に身を投じていたのだから。リーニエへ向けて振り下ろすはずだった斧を、防御のために使うしかない。盾のように正面へとかざした斧は無事に矢を弾く。だが、その斧によって視界は遮られた。その隙を突く形で、リーニエは自らの武器を再構築する。
「
着地したシュタルクを待ち受けていたのは、斧を構えたリーニエの一撃。
慌てて後退することで回避したシュタルクは、その動きを見て気付く。
――この斧捌きは、師匠の技か!?
見覚えのある姿勢と振り。何より、彼自身の体に教え込まれている戦士アイゼンの技。それと全く同じ動きで追撃してきたリーニエを、シュタルクは迎え撃った。シュタルクの迎撃は、当然ながら戦士アイゼンの技となる。
鏡合わせのように同じ技をぶつけ合う両者。砕けたのは、リーニエの斧だった。
「へっ、大したことねえ……なっ!?」
安堵したシュタルクの前で、砕けたリーニエの斧が形を変えていく。両刃だった斧が、片刃の斧へと。そして繰り出された第三撃は。
――師匠の技、じゃねえ!?
明らかにアイゼンの面影を残しながらも、違う動きを加えた技。本来であれば両刃の斧を使うアイゼンの技を、片刃の斧を使うために最適化したもの。片刃になった分だけ軽く、そして速い。
先程と同じように防御できると思ったシュタルクは完全に出遅れた。リーニエの一撃が肩に突き刺さる。肉に食い込もうとしたところでようやくシュタルクの斧がリーニエの刃を砕いたが……刃を失った斧は即座に別の武器へと変化した。今度は棒。突き出された棒の先端がみぞおちに直撃する。その打撃を受けたシュタルクは屋敷の外壁まで吹き飛ばされた。
「がっ……ごほっげほっ!」
「私の武器を壊せて、勝てると思った?
あいにくだけど『壊させてあげた』んだよね」
「な、んだって…………?」
咳き込むシュタルクの眼前で、リーニエは武器を再構築していく。
「私の魔法は『模倣する魔法』……人の動いている時の体内の魔力の流れを記憶して、動きを模倣できる。
……でも、それは基礎。
修練を積み重ねて私が編み出した模倣は」
続いてリーニエが振るったのは長剣だった。剣としては異様な長さを誇る長剣が生み出すのは、弧を描きながらも直線より速い斬撃。そのリーチと速さに、シュタルクは反撃することができない。ただ連撃を防ぐのが精一杯で、リーニエへの攻撃などまるで不可能。
それでも防御する中で、ようやく長剣をシュタルクの斧がへし折り……その瞬間、長剣は短刀へと姿を変えた。距離を保って剣を振るっていたリーニエが、いきなり至近距離へと迫ってくる。斧を振るうには近すぎる距離からの一撃に、姿勢を崩したシュタルクは転げ回るように回避するのが限界……いや、回避すら満足にできてはいない。彼の喉には、かすめた短刀が作った傷が残っている。
「記憶した戦士たちの動きを矛盾しないように重ね合わせて模倣することで、無限の技を編み出すこと」
「無限の技、だと……!?」
身を起こした後も苦しげに息を吐くシュタルクの前で、リーニエは告げた。
もはや単なる模倣の域を、自らは越えたのだと。
「私は、わざと壊れやすいように武器を作ってる……まあ、それなり以上に強くなければ壊せないけどね。
そして壊された武器を、一番近い形の武器に作り直す。
当然形や重さは元の武器から変わるわけでさ。
その変わった武器に最適な動きを、記憶した戦士たちの動きを元に編み出す。
当然のことだけど、武器がどう壊れるかなんて私が決めることじゃない。
戦いの中で偶然生み出される結果だよ。
その偶然に沿う形で武器と動きが最適化される――だから無限」
話し続けるリーニエの手元で、また新たな武器が再構築されていく。
作られるものは両刃の斧。シュタルクと同じ、戦士アイゼンの技を使うものであり。
「そして、こんな偶然もあるんだね。
あなたは最強の戦士アイゼンと同じ動きをしているみたいだ。
なら――私の無限を、最強の戦士と同じ技相手に試すことができる」
だがその実、リーニエが戦士アイゼンと全く同じ動きをするのは武器が破壊されるまでのこと。
リーニエの技は武器が形を変える度に変わっていく。その動きはまさに変幻自在であり、見切ることは不可能だ。武器の修復も動作の選定も、無念無想の境地によるもの。リーニエ自身の思考すら介在せずに編み出される技を、他者がどうやって見切るというのか。
無限を名乗るに相応しい理論に、しかしシュタルクは戦意を失わなかった。
「……ふざけんなよ。
俺が馬鹿にされるのはいい。だけど、師匠を馬鹿にされるのは許せねえ」
その声に込められていたのは、明確な怒り。
思わずリーニエは首を傾げていた。なぜ彼が怒っているのか、全くわからないとばかりに。
「戦士アイゼンは今でも最強の戦士だと思ってる。
馬鹿にしてるつもりはないんだけどな」
「してるだろ。
師匠の技を真似できる癖に、わざわざ他の戦士と混ぜ合わせて変えていくってことは……
技が不完全って言ってるようなもんじゃねえか」
シュタルクは師の強さを疑わない。
様々な技を揃えるよりも、師の技だけを極めることこそが強さに繋がると信じている。シュタルクにとっての戦士アイゼンは、まさに究極の一だ。
その究極の一を模倣できているにも関わらず、更に異物を加えようとする。それはシュタルクにとって、師への侮辱に他ならない。
「師匠が編み出した技は、そんな真似をしなくても強え。
単に、お前が本物を使いこなせない
リーニエの目つきが、ほんの僅かに鋭くなる。ほんの僅かだけ。だが、荒くなった語気が明確に示していた。
「それなら、その『贋作』で引導を渡してあげよう」
本物には及ばぬという罵倒ほど、彼女の逆鱗に触れる言葉はない。