武器が衝突する。
金属音が響く。
二人の戦士が技を競い合う。
だが早くも、その競い合いは一方的なものとなっていた。
「く、っ…………!」
シュタルクの口から苦悶の声が漏れる。
彼が攻勢に出られたのは初撃――お互いにアイゼンの技を放った時だけだ。リーニエの斧が損傷した途端にリーニエの武器も動きも変わり、無限の技が生み出されていく。両刃の斧は片刃の斧に、片刃の斧は鎌に、鎌は鎚に――見切りようがない動きに、シュタルクは早くも防戦一方となった。
リーニエは間違いなく怒っている。だがその技に乱れはなく、無念無想から編み出される模倣はその状況において最善となる動きを導き出す。シュタルクができることは、ただ必死に身を守ることだけだ。
それでも、シュタルクは一つだけ勝機を見出していた。
――武器を、完全にぶっ壊しちまえば!
リーニエを怒らせた言葉は本心ではあるが、挑発でもある。ひたすら攻撃を続けさせるための。
先の会話の最中、短刀から両刃の斧へと形を戻す時だけは他の修復よりも時間が掛かっていることにシュタルクは気付いていた。今の武器と形が違いすぎる場合は、無為無想による選択ではなくなるためだ。
そして武器そのものが消えてなくなるほどに破損してしまえば、模倣はできないはずだともシュタルクは判断した。武器がなくても模倣ができるのなら、そもそも武器を作る必要がない――素手の拳舞を模倣すればいいのだから。
武器の破損が続けば、どこかで模倣ができなくなり武器を作り直す必要があるはず。それがシュタルクに唯一見出だせるリーニエの隙。その隙に、相討ち覚悟で大技を構えて打ち込めば――
「どう……だぁっ!」
ひたすらに耐え続けたシュタルクは、ついにリーニエの槍を根元から粉砕することに成功した。既に彼の全身は血まみれだが、動ける。技を放てる。無手になったリーニエへ向けて斧を振りかざし。
「うっ!?」
シュタルクの顔面に衝突する、何か。
リーニエは無手ではなかった。手元に柄が残っていた……その柄を、この状況において最適な武器に変化させた。ただの球へと。リーニエの手で握り締められるだけの鉄の礫。それを凄まじい速度でリーニエは投擲した――印地打ち。常人であれば頭蓋を砕かれていたであろうそれを、シュタルクの頑健な身体は思わず目を閉じるだけで済ませた。済ませたが、この状況においてはあまりにも大きすぎる隙。
シュタルクが目を開けた瞬間にはもう、リーニエは新たな武器を作り終わっている……斧に戻っている。気が付いた時には、シュタルクは無防備な腹へとアイゼンの技を叩き込まれていた。
リーニエの腕力はアイゼンはもちろんシュタルクにも劣るが、見切りという点では二人の上を行く。どこにどの方向から攻撃を加えれば最も鋭い一撃となりうるのか、的確に見抜いて打ち抜いた。
「が……はっ」
吹き飛ばされて転倒したシュタルクの口から、血液が逆流する。立ち上がることができない。倒れなければ負けではない――アイゼンから教わった教えを嘲笑うかのように、足からは力が抜けていく。できたことは、かろうじて上半身を起こすことだけ。リーニエがその気になれば、すぐにとどめを刺せるだろう。
「面倒だな」
しかし、リーニエは吹き飛んだシュタルクを追わなかった。それは慢心でも油断でもない。別の金属音に気付いていたからである。
リーニエはシュタルクを放置して屋敷へと近づくと、出入り口となる扉で待ち構えるように立った。同時に、その扉が勢いよく開くと。
「かかれ!」
屋敷から姿を現した騎士たち、合わせて十数人がグラナト伯爵の命を受けてリーニエに襲いかかる。
伯爵と騎士はシュタルクのように屋敷の上階から飛び降りることができず、偽りの会談を行っていた部屋から庭に降りるまでに時間が掛かってしまった。だからこそ、彼らの士気は高い。戦いを冒険者一人に任せる形になっていたのは騎士の名折れ。ましてや相手は公子の仇だ。この身に代えても必ず討つ――誰もがその覚悟を胸に抱いている。
だが。
人数と士気だけで補うには、あまりにも実力差が大きすぎた。
リーニエが斧を振った途端に、一人の騎士の頭部が消し飛んだ。首を刎ねるどころではない。粉砕され、跡形も無く千切れていた。
他の騎士たちは怯まずにリーニエへと挑みかかる。数人まとめて、同士討ちも恐れない勢いで。しかしそれも何の意味もない。斧の一撃で、その数人がまとめて吹き飛ぶ。それでもなお、騎士たちは突撃していく。伯爵自身もまた、息子の剣と共にリーニエへと斬り掛かった。
シュタルクは、その光景を知っていた。見覚えがあった。
かつて幼い頃、彼の生まれた戦士の村で繰り広げられた光景。何の力もないシュタルクの目の前で、一人の魔族が次々に戦士を殺していく。いま目の前でリーニエが繰り広げている光景は、まるでその再演だった。
「やめ……ろ……」
思わず、シュタルクの口から言葉が漏れる。
無論、完全に同じ光景というわけではない。異なる点もまたいくつかあるが、その中でシュタルクにとって最も重要な点は。
「やめろぉおおおおお!!!!!」
よりにもよってアイゼンの――師の技で、殺戮を行っていることだ。
騎士たちに、リーニエの斧を壊すほどの実力はなかった。だから模倣は変わらない。異物が加えられることなく、アイゼンの技がそのまま放たれ続ける。アイゼンの技によって、人が死んでいく。
気付けばシュタルクは立ち上がっていた。駈けていた。逃げずに立ち向かった。
負傷も何もかも忘れて、斧を振り上げて走る。ただ一直線に、リーニエ目掛けて。
「捨て身か……」
「ぐあっ!?」
既に騎士たちを殺し尽くしたリーニエは、最後に残った伯爵をあっさりと吹き飛ばすと再びシュタルクへと向き直った。
シュタルクの頑丈さはリーニエも見抜いている。確実にシュタルクを殺すためには、先に抉った腹へともう一撃を加えなければ難しいだろう。もっともそれではシュタルクは止まらず、腹を斬り裂かれながらも最期の一撃を放ってくるだろう、とも。
「馬鹿だな」
見抜いた上で、呟いた。
武器がアイゼンを模倣する両刃の斧から老爺の長剣へと変わる。秘剣ではない……まだ彼女は成し遂げていない。しかし長さと速度を合わせ持つ斬撃というだけで事足りる。今のリーニエなら腹を斬り裂いた上でシュタルクの攻撃を避けるくらいの芸当は軽い。返り討ちにしようとする彼女には、周囲の状況を確認する余裕すらあって。
「っ、うそ!?」
それが、仇となった。
リュグナーの魔力が消えた。リーニエは気付かなかったが、屋敷にいた者たちとは別の騎士がリュグナーへと突撃していた。街で領民の避難誘導を終えた騎士たちだ。彼らの放った矢や投槍によって生み出された、リュグナーの僅かな隙。その隙を、容赦なくフェルンの「
「首切り役人」で生き残っている者はリーニエただ一人。完全に、この街の中で孤立してしまった。その事実に気が付いた彼女は思わず硬直し……シュタルクへの反撃が乱れた。
「このっ……!」
「閃天……撃っ!」
リーニエの斬撃はシュタルクの腹を更に抉ったが、手応えが鈍い……浅い。結果として生き残ったまま放たれたシュタルクの技を、それでもリーニエは無事に回避した。外れた閃天撃の余波が伯爵の屋敷に直撃し、崩れ落ちた石材が周辺に土煙を巻き上げる。土煙は周囲を覆い尽くして、視界を塞ぎ……結果として、リーニエはその動きを見逃してしまった。
「あっ?」
「息子の、仇……!」
足に走る、激痛。思わず足元を見れば、伯爵がリーニエの左足に剣を突き刺していた。先の攻防で吹き飛ばされた伯爵は倒れたままで……それでも這いずってリーニエに近寄り、一撃を加えた。息子の遺した剣による一撃を。
とっさにリーニエは無事な右足で伯爵を蹴り飛ばした。伯爵はそれで動かなくなる。だが……シュタルクはまだ動ける。斧を振り上げて構えた様子から放たれるのは、先程と同じ突進からの閃天撃以外あり得ない。
先程と異なる点があるとすれば、もはやリーニエには同じ対応が不可能になったこと。
――この足じゃ、避けられない。
伯爵の一撃は所詮倒れたまま放ったもの、浅手だ。立つことはもちろん、技を放つこともできる。しかしシュタルクを殺しながら回避、などという器用な真似ができない程度には効いていた。シュタルクの腹を斬り裂いてとどめを刺すことはできるだろうが、同時に放たれるだろう閃天撃には対処できず死ぬことになる。
更にたちの悪いことに、リュグナーが負けた以上は間違いなくフェルンがリーニエを狙っている。今は土煙に覆われているため流れ弾を恐れて様子を見ているようだが、逆に言えば煙が晴れた瞬間にリーニエは射殺されてしまう。
――ごめんなさい。
――許して下さい。
――助けて下さい。
反射的にそんな言葉が、リーニエの喉にせり上がってきた。逃れようのない死を予感した魔族の本能が、彼女に命乞いをさせようとする。魔族は人間を騙すために進化した魔物。ましてやリーニエは愛らしい容姿を得て生まれ落ちたのだから、それを活用して生き残る方法を探るのは魔族として自然な行動だ。
だが。
その命乞いの全てを、リーニエは飲み込んだ。
――私は、私の魔法で生き残る。
リーニエはシュタルクを観察し、状況を整理する。
彼女が生き残るためにはまず、閃天撃を防ぐ必要がある。そしてシュタルクの殺害もまた必須だ。単に閃天撃を防ぐのみでは彼は止まらない。リーニエとシュタルクのどちらか、もしくは両方が死ぬまで技を放ち続けるだろう。
更に、一度の攻防で成し遂げなくてはならない。煙が晴れてしまえば、「魔族を殺す魔法」に撃ち抜かれて死ぬ。だから煙が晴れる前に閃天撃を防ぎ、シュタルクを殺した上で煙に紛れて「魔族を殺す魔法」の射線から離れる……傷ついた足で。それを踏まえると許される攻防は一度のみ。
回避できない状況で、閃天撃を防ぎながらもシュタルクを斬る。だがおそらく、閃天撃を一撃で完全に防ぐのは難しいだろう。純粋な力ではシュタルクはリーニエより上だと分かっているし、その事実を受け入れている。必要とされるのは二撃。一の斬撃で斧の向きを変え、二の斬撃で腕を裂いて閃天撃を逸らす。そして三の斬撃でシュタルクの胴を断つ。これを一度にまとめて成し遂げることで、ようやく生き残る目が出てくる。
明らかに矛盾していて、不可能な条件。だが、リーニエはそれを可能とする方法を知っていた。
「――なんだ、それだけの事でいいのか」
ここで秘剣を完成させることができれば生き、させられなければ死ぬ……いや、ただ完成させるだけでは無理だ。必要とされる三撃は、老爺が見せた斬撃の軌道とは異なるもの。つまり秘剣を完成させた上で、更にその軌道を自由な形で放たなくてはならない。老爺の秘剣を越えて、彼女による秘剣を完成させる……模倣した偽りの無限で、本物の無限を越える。それが唯一彼女の生きる道。
死地と言っていい状況にも関わらず、リーニエの声に怯えの色は全くない。理由は簡単だ。今の彼女が求められているのは秘剣を、「
「はぁ、はぁ、ごほっ…………」
対して、シュタルクは無表情だ……彼に、いちいちリーニエの異常性について考える余裕はない。今も血を口から零しながら、ただ斧を振り上げる。そして走って、閃天撃を放つ。それだけの事。
もしこの時のリーニエとシュタルクに共通点があるとすれば、それはただ一点のみ。
技を放つ、それ以外の思考を全て捨て去ったこと。
リーニエは秘剣の完成にのみ注力し。
シュタルクは他のことへと気を向けられるような力は残っていない。
シュタルクが一歩踏み出すと同時に、リーニエもまた動いた。背中を見せるほど半身になる構えを取る。長剣は地面と水平に近い形で掲げ、そこから足を踏み出して放たれる技は。
「閃天――」
「――燕を斬る秘剣」
その瞬間、シュタルクは技を放つという思考すら吹き飛ばされていた。
リーニエが手に持っていた武器は、長剣が一本のみ。にも関わらず……シュタルクへ迫るのは三つの斬撃。連撃ではない、完全なる同時同撃。重傷で考えがまとまらない今のシュタルクですら、その光景に呆然とせざるを得ない。そして、今更になってシュタルクが自らの動きを止めることは不可能。斧、腕、腹へと迫る三撃を最期の光景として目に焼き付けるのみ。
リーニエは構えた瞬間に確信していた。できる、と。勝利どころか生存すら彼女の頭からは消えていた。秘剣を放つ以外のことは何もなく、だからこそ秘剣を完成させた。成し遂げた後も思うことは一つだけだ。できた、と。ついにあの老爺を完全に模倣し、そして越えたことを喜ぶ以外の思考は存在しない。
グラナト伯爵は倒れたまま動けない。フェルンは土煙によって狙撃を阻まれている。フリーレンとアウラは今も戦っている。
二人の戦いに介入できる者はなく――故に、この決着を予期できた者はいない。
「あ……」
二人が技を放とうとする直前、屋敷から鋭利な石材が落下していた。何の意志もなければ魔力もない、ただの石の塊。誰かが意図して作り出したものではなく、純粋なる偶然によって生み出されたもの。秘剣を放つことだけに注力していたリーニエは、それを避けるどころか気付くことすらできなかった。
石材がリーニエの腕に突き刺さる。その瞬間、斬撃が消えた。
「撃…………!?」
シュタルクは信じられなかった。リーニエの秘剣が潰えて閃天撃が直撃した光景に、彼自身が目を疑った。
秘剣はあくまで斬撃を同時同撃に放つだけの技。途中で攻撃を妨害されても、因果を逆転して攻撃が続くようなものではない。秘剣が生み出したはずの刃は、それを振るう腕が貫かれた瞬間に失われてしまったのだ。
身体のほとんどを失ったリーニエの身体が、塵となって消えていく。しかしながら、ほんの一瞬残っていたリーニエの顔をシュタルクは見た。彼女は、笑っていた。かつての老爺と同じように。
シュタルクはリーニエの過去を知らない。ましてや燕を斬るために秘剣を生み出した老爺のことなど知るはずもない。だが戦士として、その笑顔の理由を理解することができた。リーニエは間違いなく、贋作で本物を越えたのだと。
思わず、シュタルクはその場に座り込んでいた。重傷で足が限界だったというのもあるが、それ以上に。
「……俺の、負けだ」
精神的に打ち負かされたことが、彼から立ち上がる気力を奪っていた。
リーニエが最後に見せた秘剣は、間違いなく究極と呼べるものだった。アイゼンですら到達していない三撃。ましてや、シュタルクが想像すらできなかったもの。
それほどの技を成し遂げたところを見て……何より、その技を放つことができたことそのものに喜びながら逝った様子を見て。リーニエが模倣した戦士たちの技を粗末に扱っていたとは、もはやシュタルクには思えない。
だから敗北を認めるしかなかった。本物とは別の形を想像すらしたことのなかったシュタルクと、本物以外の形を最期まで試し続けたリーニエ。それは本物を限界と定めた者と、本物を越えることを目指した者の違いであり……イメージの時点で、シュタルクは負けていたのだと。