戦いは終わった。
アウラが死んだことでその軍勢もまた解放され、動くことはなくなった。グラナト伯爵領は歓喜に包まれお祭り騒ぎだ。フリーレンたちは英雄として持て囃され、伯爵自身から表彰を受けた。
しかし……その英雄の一人であるはずのシュタルクが、表に出てくることはなかった。宿で眠り、食事をして用を足す。人間として最低限の行動を繰り返すのみ。怪我で寝込んでいるわけではない。彼の頑健な身体は、あれだけの重傷だったにも関わらず何の後遺症もなく回復している。既に動ける状態だというのに、何もせずただ宿の自室で座り込んでいるだけだ。今まで決して欠かさなかった鍛錬を、全て放り出して。
「シュタルク、入るよ」
扉の外から響いた声はフリーレンのもの。返事はない。そしてフリーレンもそれを見越したように扉を開けた。
部屋の中では、シュタルクがベッドに腰掛けていた。フリーレンに反応することもなく、ただぼんやりと座り込んでいるだけだ。
「椅子。使うから」
フリーレンは部屋に備え付けの椅子を引っ張ると、ベッドの近くに寄せて座った。シュタルクと向かい合う形になるように。
それでも、シュタルクからの反応はない。顔を合わせようとする様子さえ見せない。
「あの戦いについては聞いたよ」
その言葉を受けて、ようやく。ぴくりとシュタルクは反応した。
「そんなに落ち込まなくてもいい。
シュタルクはこうして生きてる。何より、伯爵も無事に回復した。守ることができたんだ。
たとえ運が絡んだ結果だろうと、シュタルクは戦士としてリーニエに勝ってる」
フリーレンは、まっすぐにシュタルクを見つめている。だがその視線に、シュタルクは向き合えなかった。
うなだれたまま話し始めた。ぽつぽつと、呟くように。
「……リーニエって魔族は、自分の魔法を『模倣する魔法』だって言っていた。
見た戦士の動きを記憶して、模倣して……更にその動きを重ねて、新たな技を作り出す魔法。
その中には、師匠の技もあった」
「アイゼンの?」
「ああ。
あの魔族を俺は否定しなくちゃならないと思った。
師匠の技を自分の技を作るための踏み台みたいに扱って、師匠の技で人を殺して回る。
絶対に許せねえと思ったんだ。なのに……」
話す内容に反して、シュタルクの言葉に怒りの色はない。
当然だ。
既に、別の感情によって怒りを塗り潰されてしまっている。
「最期に使った技を見た瞬間に、その気持ちが吹き飛んじまった」
「どんな技?」
「あの時、あいつが使っていたのは一本だけの剣だった。
だけど……あいつが技を放つと剣が三つに増えた。
魔法で剣が増えたわけじゃねえ。あいつは間違いなく自分の腕だけで剣を持って、振った。その腕も二本だけだった。
ただ剣が三つになって、俺を襲ってきたんだ。連続攻撃とかじゃなくて、本当に同時に」
シュタルクの説明に、フリーレンは目を見開いて硬直した。
その様子を見たシュタルクは、自分の話し方が下手すぎて伝わらなかったと解釈したらしい。はぁ、とため息をついた。
「何言ってるかわからねえよな。俺だって、何が起きたのかわからなかった」
「いや、わかるよ。驚いただけ。
まさか、多重次元屈折現象を実現する魔族がいたなんて」
「……やっぱりすげえ技なのか」
「そうだね。
もし魔法で同じことを再現できる可能性がある魔法使いがいるとすれば、一人しか思いつかないし……
その魔法使いでも、本当にできるかどうかはわからない」
フリーレンを以てしても驚愕が隠せない。大魔法使いフランメですら知識のみに留まる境地、並行世界の証明と運用。フリーレンの知る限り、その一端に触れられる者がいるとすればゼーリエだけだ。まさか、魔族に存在するとは。
結果的に秘剣の異常性を保証される形となったシュタルクは、ますますうなだれる事しかできない。
「その多重次元屈折現象ってのを起こす技を見て、分かった。
あいつは俺とは比べ物にならないくらいの鍛錬を積み重ねてきたんだって。
技を踏み台になんかしてなかった。
師匠の技を……いや、あらゆる技を本気で学んで、やっと最期に見せた技にまで至ったんだ。
それを見て、俺は……すげえ、としか思えなかった」
決して、リーニエは戦士たちの技を粗末に扱ってなどいない。魔族なりに真摯に武芸と向き合った上で模倣を……魔法を鍛え上げてきたのだ、という事実に。
「魔族相手に、おかしい感想かもしれねえけどよ……」
「有り得なくはないか。魔族の中には求道者のように武芸を極める魔族もいるからね。
リーニエはその中でも、特に偏った考えの持ち主だったんだろう」
シュタルクに理解を示すようにフリーレンは頷いて。
けれども、頷いた後に戻ってきた彼女の目つきは鋭い。
「でも、シュタルク。
それはずっとぼんやりしている理由にはならない」
「……多重次元屈折現象ってのは、きっと師匠でも使えないんだろ。
あいつは全ての戦士の技をちゃんと研究して、自分のものにした上で……その戦士たちを越えた技を身に着けたんだ。
俺はそれに気付いて……一生あいつを越えられないって思っちまった。
あいつと同じようになれねえ、あいつのように師匠の技を研究できねえって」
シュタルクが敗北感を刻み込まれた理由。
それはリーニエがアイゼンの技を模倣した上で、アイゼン以上の高みに至ったことに他ならない。
「師匠に追いつくことすらできない俺が、あいつを越えられるわけないだろ。
生き残ったとか守ったとかそういう以前に……師匠の技を受け継ぐ者として、負けたんだ」
アイゼンを師としてその薫陶を受けた戦士でありながら、シュタルクは実感してしまった。模倣しただけであるはずのリーニエはその実、アイゼンの技を学ぶという点においてシュタルクより遥か先を行き……アイゼンを含む戦士たちの技を一つたりとも無駄にせず、高みに至ったのだと。
そして自分は、リーニエのような高みには至ることができない。アイゼンの教えを直接受けた身だと言うのに、アイゼンの技を受け継ぐこともできない出来損ない……そう思ってしまったことが、シュタルクから立ち上がるための気力を奪っている。
この言葉を最後に、シュタルクは黙り込んでしまった。部屋を静寂が包み込む。フリーレンは何度か息を吐いて、ようやく口を開く。
「……先に言っておくよ。
あの戦いは私のミスだ。リーニエが危険だとわかっていたのに、アウラとの戦いを優先した。
消耗を覚悟で私が首切り役人を仕留めた上で、アウラの元に向かうべきだったんだ。
リーニエは、今のシュタルクやフェルンに戦う選択肢を与えていい相手じゃなかった。ごめん。
シュタルクを無理やりこのパーティに誘ったのは私だし、もし旅をやめるって言うなら受け入れる」
そこまで話したところで、フリーレンは少し間を置いた。
気遣う言葉はここまでだ。ここから先は手厳しい言い方になる。だからこそ、フリーレンも覚悟をする必要があった。嫌われる覚悟を。
「だけど、こうして引きこもっているのは別の話だ。
私は、シュタルクがアイゼンを越えられないとは思わない。
だからリーニエに追いつけない、なんて理屈も成り立たない」
その言葉に、シュタルクはようやく顔を上げた。
もっとも彼が顔に浮かべている表情は決して明るいものではなく、むしろ苦々しいものだったが。
「無茶言うなよ。
いったい何の根拠があって……」
「アイゼンが言っていたから」
シュタルクの自らに対する評価は低い。その分、他者を高く見積もるところがある。だからアイゼンの技こそが究極だと見ていた。
だが実のところ……アイゼン自身は、全くそうは思ってはいなかったのだ。
「アイゼンは私に教えてくれた。シュタルクを殴ってしまったのは、怖かったからだって。
シュタルクには自分を怖がらせるくらいの才能がある、そうアイゼンは感じたんだよ。
アイゼンを越えた技を見たというのなら……
それを更に越えた技を編み出してみせるのがシュタルクの役目だ」
フリーレンの言葉に、シュタルクは思わず唖然とするしかない。
本当は、フリーレンだって黙っておくつもりだったのだ。アイゼンとシュタルクが別れる原因となった殴打、その理由はシュタルクが怖かったから……そこまで教えてしまえば、逆に気負わせてしまうかもしれない。目標を高くしすぎて逆効果になることを恐れ、誤解を解いても殴った理由まで伝えることはなかった。
しかし、違うとわかった。今のままでは、シュタルクは自らを抑え込むだけだ。アイゼンが蓋となって、シュタルクを塞いでいる。だからどれだけ厳しい道のりになろうとも、高みを目指すようにしなくてはならない。
「私だって魔族の魔法を解析して、魔族を殺すために最適な形へと作り替えて魔族を殺してる。
リーニエがやったのはそれと同じだ。『模倣する魔法』は魔族にしか使えない呪いでもなんでもない。人類にも同じことができる。
それこそ、魔法使いじゃなくても」
「……スパルタすぎだろ。
俺に、師匠やフリーレンの域にまで来いってのか」
「私の見立てが間違っていたって責められる分にはいいけど、アイゼンまで間違っていた事にしたくはないからね。
旅はやめてもいい。
けど、戦士としての道を諦めようとしているのは駄目だ」
愚痴るように声を漏らすシュタルクに、これはアイゼンの評価なのだと釘を刺す。アイゼンを盾にしているみたいで卑怯だな、とフリーレンは思ったが……それでも口は閉じない。たとえ嫌われることになったとしても、言わなくてはならないことだから。
それを理解したからこそ、シュタルクは言い返す余地がない。リーニエに負けを認める理由を作っていたのは、他ならぬ彼自身。自分が師を越えられるはずがない……そんな限界を、勝手に定めていた。師からの評価すら知らずに。
「それに……たぶん。
新しい技の踏み台にされても、どんな形に使われたとしても、それがシュタルクのやったことならアイゼンはきっと悪くは言わない……と思う」
フリーレンの言葉が、微妙に歯切れが悪いものに変わる。
理屈で攻めるのは彼女の得意分野だが、純粋に感情的な話となると自信がなくなってしまったのだ。
シュタルクは何も言わない。
何も言わないまま……ただ、立って。ようやく、次の言葉を口に出した。
「わりぃ、しばらく出かけてくる」
「どこに?」
「外で鍛錬だよ。
今まで怠けてた分を取り戻さねえと、旅についていけねえだろ」
尋ねるフリーレンの横を通り過ぎると、シュタルクは上着を着て……斧を手に取る。
「俺はリーニエが使ったみたいに、戦士の技を人を殺すための技には絶対にしねえ。
少なくとも師匠の技だけは、どう変わっていくのか俺が決める。
……誰かを守るために使ってこそ、一番強くなる技。それが俺の目指す、戦士の技だ」
シュタルクの腕に、力が籠もる。
リーニエがアイゼンの技と真摯に向き合ったことは認める。アイゼンですらたどり着けぬ境地に至ったことも認めよう。だがその結果として人を殺し続けたこと……それだけはシュタルクにとって、受け入れてはならないことだ。幼い頃に村から逃げた記憶が、今も鮮明に残っている限りは。
だから、シュタルクはリーニエを越えると決めた。人を殺すためではなく、人を守るために鍛えていくほうが強くなるのだと証明するために。
それはただ、アイゼンの技を人を殺す技にしたくないというだけのエゴ。だが……高みを目指す動機としてはそれで十分だ。リーニエが自分が思う魔法の形のために模倣を極め、秘剣を成し遂げたように――シュタルクは自分が思う師の技を追い求めるというだけのこと。
そのままフリーレンに目も向けずに、シュタルクは部屋を出る。ある意味失礼とも言える振る舞いに、しかしフリーレンは怒らない。ただ小さく微笑んだ上で、彼の背中に向けて声をかけた。
「その前にフェルンに謝っておいて。私でも分かるくらい心配していたからね」
返事はない。
だがシュタルクは、確かに一度足を止めると……廊下を進む方向を変えていた。
数日後、フリーレンたちは無事にグラナト伯爵領を旅立った。フリーレン、フェルン、そしてシュタルクの三人で。
彼らが旅する中で、様々な痕跡が各地に残されていった。
後世に名を残す方法は、史家の手によるものだけではない。フリーレンに出会い、助けられた人々は確かに彼女の姿を記憶して語り継いだ。魔法使いフェルン、戦士シュタルク、僧侶ザインの名もまた伝承として受け継がれていく。
一方で、リーニエの名など後世には残っていない。あくまで彼女は大魔族でも将軍でもないただの一魔族。アウラの軍勢がグラナト伯爵領を襲撃し、最終的にフリーレン、フェルン、シュタルクがアウラたちを討ち破った記録が記されるのみ。ましてや、幼い頃のリーニエが出会った老爺のことなど誰一人として知る由もない。
だが……戦士シュタルクが自らの旅について語ることを求められた際、必ず真っ先に挙げる逸話があったと言う。無の境地に至り、武の真髄まで辿り着いたと後世では称される戦士シュタルク、彼が最大の敵と見なしたと伝えられる技。
名を――――燕を斬る秘剣。
これにて、この作品は完結となります。
一応、サムライレムナントをやり直してからシュタルクが主人公の外伝をちょっとだけ書く……かもしれません。予定は未定です。
とはいえこの作品の主人公はあくまでリーニエなので本編は完結です。
ご読了ありがとうございました。
(2026年2月28日追記)アニメ二期でレヴォルテ編が始まったのでシュタルク編を連載開始します。
最後に、本編と関係のない裏設定をちらっと。
・佐々木小次郎っぽい人
割りといろんな世界に生まれるらしい農民。たまに佐々木小次郎本人になってたりもする。
この作品の「燕を斬る老爺」も転生者などの類ではなく、あくまで佐々木小次郎っぽい人のうちの一人がフリーレン世界に生まれただけ。世界が変わってもやることは全く変わらず、勇者とか魔族とかそういうのをガン無視で剣を振り秘剣に目覚めて死んだ。
・ゼーリエと第二魔法(型月世界的な意味)
かつてゼーリエは該当する魔法を研究していたが、「自分の感性では並行世界を運営するに相応しいイメージができずに世界を乱す」との結論に至って諦めた。