リーニエと燕を斬る老爺   作:ハソユア

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シュタルク編
2-1.武闘僧クラフト


 

 勇者ヒンメルの死から28年後……北側諸国デッケ地方。

 意気揚々とグラナト伯爵領から旅立ったフリーレン達であったが、早速足止めを食らっていた。

 原因は北側諸国の冬である。

 圧倒的な降雪に山で遭難しかけた三人は、避難小屋で冬が終わるのを待たざるを得なくなった。

 

 

「うむ、雪が少ないな。

 晴れ間もある、今日は久しぶりに外で活動できそうだ」

 

 

 そこで出会ったのがこのエルフの武闘僧、クラフトである。

 当然ながら山越えなどできる状況ではないフリーレン達は、彼と同じ屋根の下で過ごすことになったのだった。

 

 

「なあ、少しいいかクラフト」

「ん?」

 

 

 外出を提案したところに、真っ先に声をかけてきたのはシュタルクだった。

 既に屋内で可能な鍛錬を共に行なってきた仲、今回もまた鍛錬の提案かと推測したクラフトだったが……次の言葉は予想外であった。

 

 

「あんたの技を教えてくれないか?」

「お前は斧使いの戦士だろう。俺の武闘僧としての技を教えても、使い所がないんじゃあないか?」

 

 

 クラフトの指摘は真っ当なものと言える。片手が空く類の武器使いならまだしも、両手が塞がる斧使いと素手の武闘僧ではあまりにも戦い方が違う。両立するのは困難、と見るのが普通だ。

 

 

「実は…………」

 

 

 しかし……シュタルクは矛盾を両立する魔法の使い手を見たばかりなのだ。

 グラナト伯爵領における戦いについて、そして師から受け継いだ技と敵の魔族が見せた技について彼は語り始めた。もちろん同じ小屋にいるフリーレンも、足りない所を補足する形で口を挟んでいく。

 特に多重次元屈折現象についてはシュタルク本人はもちろん、クラフトは歴戦の武闘僧として、フリーレンは魔法使いとして希少極まりない現象を話す言葉に熱が入った。そして話の外でフェルンはむくれていた。

 

 

「だからいろんな戦い方を取り入れて、師匠の技をより高みに持っていけたら……と思ってる」

「ふぅむ……」

 

 

 そう結んだシュタルクに、クラフトはしばらく観察するような目を向けた。頭から足元まで、全てを見つめるような視線だ。

 

 

「そういう戦い方ができた奴もいないわけじゃあない……

 だが、簡単にやれることじゃないのも確かだ。

 文字通り身に叩き込むくらいの勢いで厳しくいくことになるが、いいのか?」

「構わねえよ」

「なら、さっそく外に行くぞ。手合わせだ」

「おう!」

 

 

 勇んで扉を開ける男二人の姿を、呆れたように見つめるフェルン。一方でフリーレンはと言うと、ヒンメルやアイゼンもたまにこういうノリになることがあったなあ、と昔を思い出すのだった。

 

 

 

 

 そうしてクラフトは雪が降る合間を縫うように拳技の伝授を行なった。その技は決して生半可なものではなく、シュタルクが並外れて頑健な身体を持つにも関わらず、拳を受けて残ったアザも多数……幸い、降雪のおかげで治癒を待つ期間には事欠かなかったが。

 数ヶ月間一方的に殴られ続けたシュタルクを待っていたのは、しかし。

 

 

「お前には無理だな」

 

 

 クラフトからの、残酷な発言だった。

 

 

「やっぱ俺、才能がないのか……」

 

 

 落胆して俯くシュタルクに慌てて駆け寄ろうとするフェルンだったが、しかしフリーレンによって制された。その間にクラフトは言葉を続けていく。

 

 

「いや、違う。お前には間違いなく才能がある……戦士としての、だ。

 だからこそ、俺の拳を学ぶのは無理だ。

 お前の基礎は既に斧使いの戦士として出来上がっている。そこに俺の拳技という異物を混ぜるべきじゃない。件の魔族とお前は違う。

 斧の技を捨てる気で学べば可能だろうが、それは本意じゃないだろう?」

「私がフェルンを鍛えたのと同じだよ。

 優れた適性があるなら、その適性をとことん伸ばしたほうがいい」

「それは……そうですが」

 

 

 クラフトとフリーレンの理屈に、フェルンは納得せざるを得ない。なぜなら、彼女自身が実証しているからだ。

 とは言え、理屈と感情は別の話。晴れの日を選び鍛錬していたにも関わらず、曇天のような雰囲気が漂う中……更なるクラフトの声が、その雲を払った。

 

 

「だから、シュタルク。拳以外の手本をお前には見せていくことにする」

「えっ?」

 

 

 突然の発言に、シュタルクは困惑した。

 

 

「クラフトって拳以外も使えるのか?」

「使えた、というほうが正しいが……まあ大事なのはそこじゃない。

 教えるのは前衛としての身体捌きであり、心構えといったようなものだ。

 これは武闘僧にも戦士にも共通するから、お前も参考にできるだろう。

 さて、そうなると、だ。シュタルク、俺がいるところに立ってくれ」

 

 

 いったい何をするつもりなのか理解できないままシュタルクは言われた通りにすると、クラフトは逆にシュタルクが立っていた場所に移動した。

 先程まではクラフトの技に小屋やフリーレン、フェルンを巻き込まないよう、シュタルクは小屋と真逆の位置で拳を受けていた。それが今は、クラフトが小屋から離れた形になる。

 

 

「よし、その斧を使って全力で俺を攻撃してみろ」

 

 

 手招きをするクラフトに対し、シュタルクは斧を持ち上げる。素手の相手に対して得物を向けろ、という一見すると異様な命令であり、実際シュタルクが構えたのも首を傾げてからのことだったが……構えそのものに揺らぎはない。疑いようもない、全力で技を放てる体勢だ。

 困惑したのはむしろ、この光景を見ているフェルンのほうだった。

 

 

「クラフト様、大丈夫なのでしょうか」

「クラフト自身がああ言うなら大丈夫だと思うよ」

「ですが、まともに受けたら竜でも死んでしまうんですよ」

 

 

 フリーレンがなだめたものの、フェルンは依然としてはらはらとした様子を隠せない。

 そんな彼女を他所に、斧を構えたシュタルクは勢いよく足を踏み出し。

 

 

「閃天撃…………!?」

 

 

 斧を振り下ろし……驚嘆した。

 無手のままクラフトは斧を掴み取り、シュタルクの技を止めている。

 

 

「よし、もう一度打て。今度は別の技だ」

 

 

 シュタルクはもちろんフェルンさえ息を呑む中、クラフトは軽い調子で斧を手放すとシュタルクを元の位置へと押し戻した。

 竜すら討ち倒すシュタルクの振り下ろしを受け止めたにも関わらず、その呼吸には全く乱れがない。

 

 

「くっ…………!」

 

 

 いくら自己評価が低いシュタルクとはいえども、こうも簡単に技を止められると立場がない。ムキになりながらも斧を振るう。今度は左脇腹からの逆袈裟。雪どころか大地を抉ったその一撃も、しかし変わらずクラフトは止める。

 

 

「もう一度だ」

「クソォ…………!」

 

 

 怒りと不甲斐なさを乗せて技を繰り出し続けるシュタルクだったが、いとも容易くクラフトはその攻撃を素手で防ぎ続けていく。フェルンは思わず目の前の光景を疑っていたが、こう何度も繰り返されると信じる以外にはなくなった。

 

 

「シュタルク様とクラフト様には、これほどまで力の差があるのですか……?」

「差があるのは確かだけど、力の差っていうのはどうかな……」

「えっ?」

 

 

 発言の意図が掴めずにいるフェルンの目の前で、フリーレンは防御魔法を展開した。全身を守るように薄く広がって展開される防御魔法、しかし……

 

 

「フェルン。仮に敵がこんな防御をしたら、どこを狙う?」

「もちろん穴が開いている左脇腹ですが……」

 

 

 その防御魔法には、左脇腹の部分にだけ欠落があった。まるでここを攻撃してください、とばかりに隙があるのだから、その欠落を攻撃するのは当然なことだ。

 そう、まるでここを攻撃してください、とばかりに。

 

 

「あっ」

「気付いたみたいだね」

 

 

 フェルンが思わず口を覆う前で、フリーレンの左脇腹に防御魔法が集中する。薄く広がっていたものとは違い、何重にも厚く展開された防御だ。

 

 

「クラフトがやっているのはこれだ。

 意図的に隙を見せることで相手の動きを誘導して、防御をしやすくしてる」

「でも、クラフト様の様子には防御も隙も見られませんよ」

「そこがクラフトの凄いところなんだろうね。

 私たち魔法使いにはわからないちょっとした腕の動きだとか立ち位置の変化だとか、そういったことでシュタルクの行動を縛ってるんだと思う」

 

 

 二人の眼前では未だにクラフトがシュタルクの攻撃を防ぎ続けている。

 今までと変わりないが、確かによく見れば……シュタルクが動くのを見てからクラフトが動いているのではなく、クラフトはほぼ同時に動き始めているのがわかった。シュタルクの動きを予想できていなければ不可能なやり方だ。

 

 

「それに、私の推測だとクラフトはただ防いでいるだけじゃない。

 もちろん、相手の攻撃を誘導した上で防ぐだけでも達人技なんだけど……クラフトは更に発展して、誘導した攻撃が完全に放たれる前に止めてる。

 魔法使いで例えるなら杖を向ける先を誘導した上で、先にその杖を撃ち抜くといったところかな」

「そんなことが…………!?」

 

 

 フリーレンの見立ては正しい。

 クラフトはシュタルクが完全な踏み込みを行いきる前に距離を詰め、斧を掴みあるいは腕を押さえている。いくらアイゼンから受け継いだ斧技と言えども、その状態では威力も半減だ。クラフトが止めるには容易な程度の威力しか発揮されまい。

 相手の動きを察知した上でその速さを上回って封殺するヒンメルの「先の先」とはまた違い、相手の動きを限定した上で対応する究極の「後の先」。それがクラフトの見せたやり方だった。

 

 

「はぁ、はぁ…………クソ、そういうことか!

 俺が次に何をするのか、完全に決められちまってるってことかよ……!」

「気付いたようだな。

 やはりお前には戦士の才能がある」

 

 

 シュタルクのほうも種に気付いたのか、息を切らせながらその場にへたり込んだ。

 その様子に満足気な笑みを浮かべるクラフトには、息を切らせた様子はやはりない。

 

 

「これがお前の目指すべき境地だ。

 相手の動きを限定し、防御を確実なものとする」

「そんなこと言われたってよ、相手の動きを限定するなんてどうすればできるのかさっぱり……」

「確かにこれは俺が極めた結果として得たものだが、前衛としての基礎を突き詰めた先にあるものでもある。

 少なくとも、自分一人に攻撃を限定させるように動くのは基礎だろう?」

「あ」

 

 

 思わず、シュタルクは間抜けな声を上げていた。

 言われてみれば確かにその通りだ。フリーレンやフェルンが攻撃されないよう、自分が攻撃されるように動く。前衛としてやらなければいけない、当たり前の役目である。

 

 

「お前は俺の拳を学ぶ必要はない。お前自身の可能性を無理に増やさなくていい。

 なぜなら、お前には共に旅する仲間がいるからだ。

 お前の可能性が狭いものだろうとも、仲間がパーティとしての可能性を増やす。

 戦士としてやるべきことは、仲間という可能性を守ること。

 そのためにお前はまず、敵の可能性を減らすことに徹しろ。敵の攻撃を自らに限定し、絞れ。

 それを極めた果てに俺が見せた体捌きに至り……あるいは越えることも可能なはずだ」

 

 

 クラフトの言葉は、シュタルクの行き先を示すものだ。

 リーニエの見せた秘剣を越える方法は、同じ道を通ることとは限らない。リーニエは魔族であり、結局は独りで探求を行う種族だ。だがシュタルクは人間であり、誰かを守るために使ってこそ最強になる技を求めた。

 ならば同じ道を歩む必要はなく、むしろ真逆に進んでこそ秘剣越えを見出せる道もあるだろう。

 

 

「俺はもう、誰にも知られぬままに一人で旅を続けるだけだが……お前には共に歩む仲間がいる。

 それは、得難いものだ……」

 

 

 話をするうちに何かを思い出したのか、クラフトの声は呟くようなものへと変わっていく。それはまるで、シュタルクではなく……ここにいない誰かに語りかけているようで。

 

 

「クラフト様、あなたはいったい」

「俺はクラフト。武闘僧クラフトだ。

 今となっては――それ以上の存在ではないさ」

 

 

 思わず問いかけたフェルンにも、クラフトは目を閉じてそう答えるのみ。

 彼が瞼の裏に見ている光景は、いったいどのようなものなのか。シュタルクにもフェルンにも、エルフであるフリーレンにさえ分からない、遠く忘れさられた物語だった。

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