リーニエと燕を斬る老爺   作:ハソユア

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2-4.師弟対決(Ⅱ)

 

「よし、配置についたな」

 

 

 作戦会議を終えて向かい合う四人二組の前で、ヴィアベルは宣言した。

 鏡合わせのように武蔵とシュタルクは立ち、その後ろでフリーレンとフェルンが浮遊する。戦士と魔法使いの組み合わせとしてはオーソドックスな立ち位置だ。

 

 

「それじゃあ……そうだな、このコインが地面に落ちたら開始だ」

 

 

 その言葉と共に、ヴィアベルはコインを上に向けて弾いた。武蔵とフリーレンは動かない。

 コインが回転しながら大気を舞う。シュタルクとフェルンもまた、動かない。

 やがてコインが重力に囚われ、落下し……地面に落ちたその瞬間。

 

 

「やっぱりそう来るわよね!」

 

 

 木剣を木斧に合わせて受け流しながら、武蔵は呟いた。上空では開始と同時に、フェルンがフリーレンへ向けて一般攻撃魔法の連射を始めている。 

 シュタルクとフェルンが選んだ作戦は単純――速攻だ。フリーレンが予想できない何かをする前に、一般攻撃魔法の早撃ちで押し切る。武蔵が木剣の扱いに慣れる前に、力付くで斧を叩きつけていく。そして何より、武蔵とフリーレンがお互いの戦い方を把握する前に分断して連携する余地を奪う。

 

 

「とりゃあっ!!!」

 

 

 気迫と共に、踏み込んだシュタルクが斧を振り下ろした。武蔵は後退して回避し、斧はその勢いのまま地面に叩きつけられ……ない。反転した斧が武蔵へ向けて斬り上げられる。

 シュタルクの膂力でこの玩具のような斧を地面と衝突させれば、斧が自壊するのは明白。故に、それを避けるようにして攻撃を行う。一見強引な動きをしているようでも、遅滞のない連撃として技を組み合わせる程度の技術を今のシュタルクは持ち合わせている。

 

 

「………………」

 

 

 シュタルクとは対照的に、ただ無言で一般攻撃魔法を放ち続けているのがフェルンだ。だが吐息すら静かな彼女の口と反比例するかのごとく、彼女の周囲は魔法の光によって激しい明滅を続けている。その全てが彼女が放つ一般攻撃魔法によるものであり、フリーレンの撃ち返す魔法がフェルンに届く様子はない。

 無論、フリーレンも次々に一般攻撃魔法を放ち、フェルンの放つ魔法にぶつけて相殺してはいる。だが相殺に専念している時点で、既に撃ち合いの主導権を奪われているのは明白。フェルン自身に向かう魔力の光は一つもない状況なのだから。

 ほんの一瞬だけ、フェルンはシュタルクの戦いを一瞥した。武蔵との切り合いは互角……のように見える。武蔵はシュタルクの攻撃を受け流しながらも、反撃を加えているようだ。シュタルクはその反撃を防いではいるものの、少なくともフェルンのように有利な状況ではない。

 

 

 ――作戦通りですね。

 

 

 内心でそう呟く。無論、その間も砲撃は止めない。

 フリーレンが攻めて来ない状況を見て、更にフェルンは攻撃を多彩なものへと変える。弾道を曲げての曲射と、自分から離れた位置に陣を展開しての別方位からの奇襲……前面からの連射だけでなく、側面・背後からの一斉攻撃。常人であれば必殺を通り越して過剰ですらある飽和攻撃を、しかしフリーレンは飛行魔法を操って位置を変えつつ、防御が必要なものだけ相殺していく。その振る舞いにはまだまだ余裕があり、彼女を撃ち落とすにはまだまだ足りない。

 

 

 ――フリーレン様の癖。この状況であれば魔力探知が途切れる。そして魔法のぶつかり合いで、視界も遮断できたはず。

 

 

 しかし、それも作戦通り。

 フェルンとシュタルクが示し合わせる必要はなかった。互いに目配せをすることさえ不要だった。武蔵がシュタルクに反撃を放った瞬間、攻め続けていたシュタルクがいきなり後退する。空振りに武蔵の身体が僅かに泳ぎ……同時に、彼女の周囲の空間が輝いた。フェルンの魔力光だ。

 

 

「ゾルトラーク」

 

 

 フェルンが呟くと同時に、武蔵を包み込むように展開された一般攻撃魔法が放たれる。

 シュタルク達の狙いは最初から武蔵ただ一人。フリーレンが武蔵をフォローしようがない状況を作った上で、シュタルクが作った隙をフェルンが突く。回避しようがない全方位攻撃は、戦士である武蔵にはどうあがいても防ぎようがない……はずだった。

 

 

「……え?」

「う、嘘だろ?」

 

 

 フェルンはおろか、シュタルクさえ目の前の光景を疑った。目を細めた武蔵が舞うように木剣を振り回した瞬間、一般攻撃魔法が全て霧散したのだ。

 木剣を盾にした、などというレベルの話ではない……そもそも木剣一つで防ぎきれるような物量ではない。だが、全て消えた。武蔵の動きと合わせれば、事実は明白だ――彼女は包囲するように放たれた一般攻撃魔法の全てを斬った。

 言葉にすれば単純だが、実際に成し遂げるにはどれほどの絶技となるのか。正面から放たれた魔法を武器で防ぐ達人なら相応にいるだろう。だが模擬戦用の木剣でしかも飽和攻撃の全てを斬るなど、魔法使いでなくともわかる……尋常な技ではない。

 だが、その絶技を成し遂げた武蔵自身に揺らぎはない。かの船の櫂のように長大な木刀ではない玩具のような剣であれど、武蔵の天眼と組み合わせれば魔術を斬り捨てることは不可能ではなく――故に、フリーレンにもこうなるだろう、とあらかじめ伝えてあった。

 

 

「はっ!?」

 

 

 フェルンは慌ててフリーレンに視線を戻したが、既に絶望的なほど後手に回っている。

 次々に飛んでくる一般攻撃魔法を急ぎフェルンは相殺する。隙を突かれての攻撃をなんとか凌ぎきり、とにかく反撃を早撃ちして押し返そうとするフェルンだったが……その早撃ちを放った瞬間に、反撃の魔力光は相殺されていた。二度、三度と続けて放った魔法も同じ。フェルンが反撃しようと魔法を放った時にはもう、そこへ向けてフリーレンの魔法が放たれている。

 

 

 ――これは、前にフリーレン様が言っていた……!?

 

 

 フェルンの脳が思い起こしたのは、かつての雪山で教えられた戦い方だった。攻撃が完全に放たれる前に止める。まさにクラフトがシュタルクにやっていたように、フェルンの魔力は魔法として成立した矢先からフリーレンの魔法に潰されていく。

 あるいは、武蔵の行動にフェルンが唖然としていなければまだ立て直す要素があっただろう。だがあれだけの攻撃を凌ぐ――しかも避けるのではなく、魔法で防ぐのでもなく、全て斬るという想像もできない対応にフェルンは思わず硬直してしまった。当然、フリーレンは見逃さず、先に魔法を放っていた。フェルンがどこからどのような反撃を狙ってくるのか読み切った上で。

 一度取り戻した先手を、もはやフリーレンは譲らない。焦りと混乱に囚われたフェルンの魔法の配置を先読みすることなど、師である彼女には容易。徹底的にフェルンの行動を封殺し、本来の速度を発揮させない。一方的に追い込まれていくフェルンの状況は、完全に戦いの当初から立場が反転していた。

 

 

「フェルン……うおっ!?」

「悪いけど、貴方の相手は私でしょう?」

 

 

 フェルンに目を向けたシュタルクだったが、武蔵の一撃で視線を戻さざるを得なくなる。

 この状況は武蔵とフリーレンの想定通り。二人は細かく作戦を練ったところで実行できるような関係性を築き上げてはいない。故に、シンプルな作戦を立てた。

 シュタルクは恐らく、勝負を決める役割を担当しない。担当するのはフェルンのほうだ。フリーレンの隙を突いて一般攻撃魔法で武蔵を狙うだろうから、斬って凌ぐ。決着がつくはずの一撃で戦いが終わらなかった隙を、フリーレンが徹底的に突く。曖昧な作戦だったが、それを実行できるだけの実力が武蔵とフリーレンにはあるし……何より、二人が予想した以上の動きをシュタルクとフェルンは見せなかった。

 

 

「さあて、どうするのかしら?

 ここで足踏みをしていたら、あの子がフリーレンに押し込まれておしまいよ?」

 

 

 木剣を構え直しながら放つ武蔵の言葉は事実だ。

 フェルンとフリーレンの師弟対決の天秤は、完全にフリーレンの方に傾いている。押し込まれているフェルンは位置を変えて状況を打破しようとしているものの、知らず知らずのうちに場外へと誘導され始めていた。このまま行けば岩や花びらに触れて敗北になるか、もしくは気付いて動きを止めた所を撃たれるか、だ。

 しかし、シュタルクが注目したのはそこではなかった。

 

 

 ――構えが変わってる?

 

 

 彼が注目したのは、武蔵の構え。

 今までの戦いより半身を引いて、木剣の位置がやや後ろに下がっている。どちらかと言うと防御からの反撃を狙う場合に適切な構えだが、先程の攻撃からして武蔵はシュタルクを足止めする程度の攻勢に出るのが狙いだ。

 足止めに徹することそのものは正しい。このまま行けばフリーレンがフェルンを押し切って勝つだろう。だが、木剣を下げすぎているようにシュタルクには感じた。反撃狙いで足止めするには、やや防御に寄りすぎている。その様子は木剣を庇っている……ようにも見える。

 

 

 ――武器に不安がある、のか?

 

 

 理由は思い浮かぶ。先程の一般攻撃魔法の消失。紛れもない絶技であったが……いかに武蔵と言えども、成し遂げたのには武器のほうが耐えられなかったとしたら。

 武器破壊は勝利条件の一つだ。ここで木剣を砕くことができれば、シュタルクたちの勝ちになる。

 

 

 ――もし、誘いだったら……

 

 

 だが、そんな思考がシュタルクの頭をもたげた。現状が完全に武蔵とフリーレンの読み通りであるのは、一般攻撃魔法を全て切り捨てた様子を見ればわかる。

 例え木剣を狙ったところで、やはり武蔵の絶技で対応されるだけではないか。決着を付けるにはまだまだ材料が足りないのでは。もう少し様子を見るべきかもしれない……

 

 

「シュタルク。

 貴方、仲間の女の子が一方的にやられているような状況を放っておいて満足?」

 

 

 平坦な声色だった。

 言葉を放った武蔵の表情に笑みはなく、揶揄するような調子もない。

 ただ事実だけを告げるような様子で告げられた発言は――だからこそシュタルクの胸に刺さる。

 

 

 次の瞬間、シュタルクは突撃していた。

 地面を踏み砕かんとするほどの勢いでの踏み込み。恥、情けなさ、自分への怒り……そういったものに後押しされるように、斧を振りかぶる。

 一見すると衝動的な猪突猛進にも見える一撃は、しかし一方で間違いなく狙いを定めていた。後方へ回り込むような軌道で放たれる一撃は、回避ではなく木剣による防御を優先せざるを得ない。シュタルクの攻撃より先に反撃する、という手段を武蔵は取れない。そういう構えを取っていた以上は。れっきとした戦闘判断に基づく一撃が、必ず木剣を砕くという狙いを定めて放たれている。

 かくして、武蔵の剣とシュタルクの斧が互いにぶつかり合い……そして、宙を舞った。

 

 

「そこまで!」

 

 

 ヴィアベルの声が響いた。

 彼が静止したのはフリーレン達の方だ。武蔵とシュタルクは既に動きを止めている。フリーレンとフェルンが目を向けた先で、宙を舞っていたものが地面に落ちた。

 それは、砕かれた木剣であり……そして、シュタルクの木斧は無事なままに彼の手元にある。

 

 

「勝った……のか? 俺たちが?」

「ええ、間違いなく」

 

 

 半信半疑、といった様子で呟くシュタルクに対し、武蔵の方は確信に満ちていた。振る舞いだけ見れば、勝者と敗者が逆にさえ感じられる有り様だ。

 未だに信じられないように自らの木斧を見つめるシュタルクに対し、静かに武蔵は問いかける。

 

 

「勝てたのが信じられない?」

「正直、分の悪い賭けだと思ったからな……」

 

 

 シュタルクの返答は、紛れもなく本心だった。勝利について謙遜しているつもりは彼にはないが……そもそも分が悪いと判断している時点で、実力に関しての謙遜が存在しているとも言える。

 故に、武蔵は説いた。

 

 

「機を待つことが無駄だとは言わないし、むしろ戦いにおいては必須。

 だけど様子見し続けることは、場合によっては深謀ではなく優柔にもなるでしょう。

 もちろん……僅かな隙を機と見なして一気に決めに行くこともまた、状況次第で果敢な振る舞いになれば無謀な行いにもなる。

 どちらの選択も大切で、どちらかのやり方に偏るのも良いことじゃない」

 

 

 機を待つ、という行為はあくまで待ちだ。待っていた機が来た、もしくは手繰り寄せたのであれば決して見逃さずに目的を果たす。それが武蔵の天眼である。

 待ちすぎて機を見逃してしまうようでは待っていた意味がない。かと言って、待たずに軽率な攻撃に出るのも愚行だ。

 

 

「どちらが正解になるのかはまあ、才能と経験を元に判断していくしかないけれど……

 考えた結果として勝てると閃いたのであれば、迷わずにその閃きに身を任せていいくらいの力量は貴方にあるんじゃないかしら?

 それこそ、今みたいにね」

 

 

 だからこそ、シュタルクも機を得たと判断したのなら無駄な迷いは捨て、自らの判断を信じるべし、と。

 そう語る武蔵の顔には微笑みがあった。戦いで技を競う時とは違う、穏やかな笑み。その雰囲気と同じ顔を、シュタルクは知っていた。

 アイゼンがシュタルクに見せてくれていた顔。弟子を見守る、師の顔だ。

 

 

「もしかして武蔵……それを俺に教えるために」

「さあて、どうかしら。少なくともこの条件で出せる限りの本気は間違いなく出し切ったのだし。

 でもまあ……もし次があったら、もう少しこっちに有利な条件で戦いたいとは思うわね!」

 

 

 笑顔を悪戯っぽいものに変えて言い放った武蔵の言葉は照れ隠しか、それとも本音か。

 それは武蔵自身にさえも、あるいは判断が難しいものであるのかもしれなかった。

 

 




次でシュタルク編は一旦完結の予定です。
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