リーニエと燕を斬る老爺   作:ハソユア

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2.最強の戦士アイゼン

 

 あれから、数十年が経った。

 リーニエの見た目は多少の成長こそすれ、相変わらず幼子のまま。しかし、内面は違う。魔法探知は魔族としても優れたものに変わった。「模倣する魔法」によって真似られる達人たちも増えた。今の彼女であれば、村一つくらいなら一人で容易く殺戮してみせるだろう。この年齢の魔族としては、なかなか優れた存在であると言える。

 しかし、リーニエの自己評価は決して高くない。

 

 

「……模倣する魔法(エアファーゼン)

 

 

 老爺と出会ったのとは別の山中に、彼女はいた。獣の匂いしかしない場所でリーニエは意図的に獣を追い、挑発し、果たして遭遇したのは猪。この世界の猪は大きく育つことが多く、彼女が出会った猪もまた成人男性以上の体長だ。その突進を無防備な状態で受ければ、弱い魔物くらいの脅威にはなりうる。そしてまさに、猪はリーニエへと向けて突進していた。

 リーニエは自らの魔法を行使する。作り出す武器は、かつての老爺が使っていた剣を再現したもの。そして構えもまた老爺と同様。

 

 

「燕切りの秘剣」

 

 

 猪は、一瞬にして肉片と化した。分割された数は四つ。目にも止まらぬ三連撃。分厚い毛皮に包まれた猛獣を切り刻む、紛れもない達人の技。しかし。

 

 

「ダメだ」

 

 

 血の匂いの中、全く表情を変えずにリーニエは漏らした。三連撃は、本当にただの三連撃でしかなかったのだ。全く同時ではない。あの老爺の秘剣とはまるで違う。

 無論、リーニエの斬撃も神速の域である。素人目には同時の斬撃に見えるかもしれない。だが、彼女自身が同時でないことを自覚している、同じとは言えないと理解している。そうである以上、納得するわけにはいかない。

 

 

「他の戦士は全部真似できたのに」

 

 

 リーニエが持つ武器が変わる。未だに宙を舞っていた猪の肉片を、槍が貫く。鎌が両断する。短刀が突き刺さる。棒が粉砕する。幼い身体には似つかわしくない得物が乱舞する。元は猪だったものが、更に無惨な形となって地面に散らばった。

 彼女の魔法はありとあらゆる武器を使いこなす。剣だって、あの老爺以外の剣士は完璧に再現できた。にも関わらず、あの老爺の秘剣だけは再現できない。

 

 

「はぁ」

 

 

 リーニエはため息をついた。自らの魔法に執着し、研ぎ澄ませるのが一般的な魔族の有り様だ。彼女が自らの魔法を「模倣する魔法」と定めた以上は、記憶した剣士と同じ動きが可能でなくてはならない。できない動きがあると言うのであれば、考えられる原因は二つ。リーニエが単純に未熟で、魔法を使いこなせていない。もしくは、魔法そのものに欠陥がある。

 前者ならまだいい、魔族は長命だ。鍛えていればいつかは改善できる。リーニエにとって最悪なのは後者だった。魔法に欠陥があるということは、魔族としてのリーニエそのものを否定されることに等しい。己の扱う魔法こそが、魔族にとっての存在理由(レゾンデートル)なのだから。

 

 

「考えるのやめよう」

 

 

 思考を頭から追い出すように、リーニエは首を振った。今はともかく、「模倣する魔法」を鍛える。それ以外に彼女が選ぶことができる手段はない。そしてこの魔法を鍛えるために確実な方法は、強い戦士を観察していくことだ。今の時代において、強い戦士がいるであろう場所は。

 

 

「やっぱり、勇者ヒンメルだよね」

 

 

 人間から見れば数々の華々しい戦果を挙げ、魔族から見れば大量の死者を出しているとされる勇者ヒンメル。ヒンメル自身、もしくはヒンメルが連れている誰かこそが最強の戦士だろう。

 そう推測したリーニエは、勇者の足取りを追ってみることにした。

 

 

 

 

 ヒンメル達に追いつくのは、案外簡単だった。彼らは寄り道が多いのだ。大量の敵――リーニエからすれば名も知らぬ味方――がいるところの物陰に身を潜めて、戦いを見物する。今の彼女であれば、遠くからでも観察が可能だ。そして観察が終わったら、何もせず発見される前に帰る。手は出さない。勇者たちが戦っている相手のことはどうでもいい。名も知らぬ味方が勇者一党に滅ぼされたところで、何か思うような感性をリーニエは持ち合わせていない。

 とは言え勇者たちの戦いとは言っても、ヒンメル自身の戦いを見ることができたわけではない。しかし、それでも十分な収穫があった。

 

 

「強いね」

 

 

 帰り道でリーニエはそう呟いた。

 彼女が観察することができたのは、ドワーフの戦士アイゼンの戦いである。間違いなく、彼は今までリーニエが見てきた戦士の中では最強だ。あらゆる攻撃を弾き返し、あらゆる防御を砕く。戦い方を表現する際に剛という言葉があるが、アイゼンはまさに剛の頂点にある。燕切りの老爺とは真逆の戦い方だ。あの老爺の剣は流麗で、あらゆる攻撃を絡め取るような剣筋だった……もっとも、老爺自身が誰かの攻撃を受ける機会は最期までなかったが。

 

 

「たぶん、戦士アイゼンと燕斬りの人間が戦ったら戦士アイゼンが勝つ……けど」

 

 

 リーニエは、アイゼンこそが最強の戦士だと見る。

 これは剛よく柔を断つ、といった類の問題ではない。肉体的な問題だ。燕切りの老爺が自らの剣を完成させたのは老衰死寸前。一方で、アイゼンは全盛期を迎えた状態で自らの型を完成させている。リーニエが観察を終えた時を基準にした場合、どちらの身体能力が優れているか考えるまでもない。

 だから、アイゼンはあの老爺より強い。しかしそれでもリーニエは言い淀む。理由は単純だ。

 

 

「模倣する魔法」

 

 

 誰にも見つからないところまで来たところで、リーニエは自らの魔法を使用する。得物は斧。アイゼンが使っていた武器を模したもの。踏み込みと共に繰り出された一撃は、完全にアイゼンの動きを再現している。たまたま彼女の目についた不幸な樹木が両断された。

 

 

「最強の戦士だと、動きも攻撃の軌道も再現できる……」

 

 

 老爺よりも強いはずの戦士の技を、「模倣する魔法」は完全に再現した。

 もちろん、再現できていないものはある。リーニエの繰り出した一撃はアイゼンより遥かに軽い一撃だったが、その点についてリーニエは軽視していた。威力に関しては成長すれば付いてくるものだ。鍛えていればいつか魔力や身体能力は追いつき、追い抜く。魔族は長命なのだから。

 続いて、「模倣する魔法」で武器を剣に持ち替える。あの老爺の剣だ。そして同じように構え、秘剣を繰り出し……いつもと同じように失敗する。剣は同時に放たれず、ただの三連撃にしかならない。

 

 

「最強の戦士の動きは模倣できて、死にかけだった燕斬りの人間は模倣できない。

 どうして?」

 

 

 リーニエは悩まざるを得ない。アイゼンの再現のほうが簡単だとは彼女には思えない。身体能力はアイゼンのほうが上なのだから、アイゼンの動きこそ難しいはずだ。にも関わらず再現できて、老衰していた燕切りの老爺の技は再現できない。下手をすると、あの時の老爺より今のリーニエのほうが身体能力は優れているのに。

 これが逆……アイゼンを再現できず老爺を再現できたのなら、彼女は納得していただろう。単純に自分の実力が足りないせいだ、と。魔力を鍛え、身体能力を伸ばして模倣する相手に追いつけば済む。だが今の状態では、模倣の失敗には身体能力以外の要素があると判断するしかない。

 では、それ以外の要素とは何か。

 

 

「んんん……」

 

 

 首を傾げながら考えてみる。あの老爺にあって、戦士アイゼンにないもの。

 剣と斧の違い?それなら今頃、剣士は斬撃が増える剣の使い手だらけだ。

 剣速?身体能力を考えれば、速度もやはりアイゼンが上だろう。

 察知できなかった魔力があった?秘剣を開発した直後に老衰死するような老爺に、隠し持っていた力などあるだろうか。

 

 

「わからない……」

 

 

 リーニエは、全く想像もつかない。体内で動く魔力の動きさえ察知して記憶している、燕切りの老爺も完全に観察できたはず。なのに、「模倣する魔法」は燕切りの秘剣を再現できないままだ。

 最強の戦士を再現できてしまったが故に、彼女はかえって袋小路に陥ってしまっていた。

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