リーニエと燕を斬る老爺   作:ハソユア

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4.無意味な断頭台

 勇者ヒンメルが死んだ。戦死ではなく、単なる老衰である。魔王を打倒した勇者であっても、寿命から逃れることはできなかったのだ。

 その情報は人間達はもちろん、魔族の間にも凄まじい速さで広がっていった。かつて魔族達が魔王に従っていたのは、ひとえに魔王の強さによるものだ。故に、魔王を打倒した勇者を魔族が警戒するのも道理。その勇者が死んだことで多くの魔族達が精神的な重石から解放され、活動を再開した。

 

 

「ふふっ」

 

 

 少女の姿をした人外が、嘲笑う。

 勇者ヒンメルの死から十数年後、北側諸国のグラナト伯爵領は戦争状態にあった。活動を再開した魔族の襲撃に遭っていたからである。今日もまた、物資を運ぶ馬車を魔族の軍勢が襲う。護衛として同行していた伯爵の兵士たちが、魔族に立ち向かった……否。この表現は相応しくはないだろう。魔族の軍勢とは言っても、そのほとんどは魔族でも魔物でもないからだ。

 

 

「死体を弄びやがって……!」

 

 

 伯爵の兵士たちのうち、槍を握った一人が吐き捨てた。彼が戦っているのは死体だ。首のない死体。大魔族によって操られ、抵抗を考える頭すら物理的に奪われた人間達の骸。それこそが彼らと戦う魔族の軍勢である。

 

 

「クソが!」

 

 

 同僚たちが魔物の軍勢に倒されていく中、槍の兵士はただ一人で切り込み軍勢を突破することに成功した。死体の向こうに陣取っている者は、つまみ上げるように天秤を持つ一人の少女。彼女こそが死体の軍勢を操る大魔族。七崩賢の一人、断頭台のアウラ。

 アウラを殺せば、この軍勢は無力化される。勇猛な兵士が突撃する様子を、アウラはのんびりと眺めながら告げた。

 

 

服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 

 その言葉とともに、天秤が傾いた。アウラの目前まで近づくことに成功した兵士は、しかし殺そうとしていたはずの相手の前で槍を手放し、膝を折った。

 これこそがアウラの魔法。天秤にお互いの魂を乗せ、魔力を量る。そして、魔力の大きい側が少なかった側を永遠に服従させる……死した後も、死体が残っている限り。大魔族として強大な魔力を誇るアウラには必勝と言える魔法だが、この魔法には欠陥があった。

 

 

「あら」

 

 

 服従させたはずの兵士が、槍を拾おうとする。「服従させる魔法」の欠陥は、意志の強い者は抵抗できること。そして英傑は大抵、強い意志を持ち合わせているものだ。魔力で勝ったところで、強者ほど逆らう余地があるという欠陥……もっとも、その程度はとうの昔にアウラ自身が承知済み。いとも簡単な手段でその欠陥は解決できる。

 だが、アウラは敢えてその手段を使わず、ただ後ろに下がるだけだった。

 

 

「出番よ、リーニエ」

「はい」

 

 

 代わりに兵士の前に立ち塞がる、魔族の少女。リーニエである。

 

 

「せいぜい『その子と』頑張って戦ってみなさい」

 

 

 アウラの言葉が響いた途端、兵士は槍を拾って立ち上がることに成功した。戦え、という言葉はリーニエに向けてのものではなく、服従させられていた兵士に対して。つまりは「リーニエとの」戦いの許可をアウラ自身が出したということである。

 

 

「舐めやがって……後悔しやがれ!」

模倣する魔法(エアファーゼン)

 

 

 兵士は再び突撃を始め、その勢いのままに突きを放った。突き出された槍に対し、リーニエは剣を取り出して対抗する。老爺の剣。かなりの長剣ではあるが、この兵士が持つ槍はその長剣よりも長い。リーチ及び突撃の威力に関しては、剣は槍に対して遅れを取るのが理。「服従させる魔法」に逆らうほどの者が振るう槍ならば尚更である。

 しかしリーニエが振るった剣は、直進する槍を完全に受け流し無力化した。そして。

 

 

「っ!?」

 

 

 怒りのままに突撃していたはずの兵士が後退する。服従の結果ではなく、己の意志によって。槍を受け流したリーニエの剣が、そのまま兵士の首へと迫っていたからだ。

 槍のリーチが兵士を救った。もし彼の得物が剣であったら、後退したとしてもリーニエの長剣はその首に届いている。

 後退した兵士は槍を払い、横へ薙ぐ。腹を抉ることを狙った攻撃は、しかしまたも流される。跳ね上げられた槍は空を向き、だが即座に兵士は槍を握り締めて振り下ろす――リーニエの脳天へ向けての叩きつけ。横から縦に切り替えての一撃は、何もない地面を叩くだけに終わった。リーニエの剣が兵士の槍を撫でるように触れた、たったそれだけで。

 

 

「ち、畜生!」

 

 

 兵士は更に後退しながら、槍を引き戻した。そこから放たれる突きは、もうリーニエが見た動きで……しかも、最初に放たれた突きと比べると、攻勢を失っていた。リーニエを遠ざけるために放たれた、逃避のための一撃。

 それを観察したリーニエは、ぽつりと呟いた。

 

 

「残念だな」

 

 

 そして、兵士は気付く。彼女が手に持っている武器が斧に変わっている。

 

 

「その調子だと、もう見せるものがないんだ」

 

 

 リーニエは兵士のように後退しなかった。突き出された槍を、斧で真っ向から受け止めて弾き返す。斧の重量を受けたのは槍だけであるにも関わらず、その衝撃で兵士の姿勢は崩れ、泳ぎ……眼前では、リーニエの武器が剣に変わっていく。

 兵士は、自らの首を刎ねる剣の軌跡を追うことさえできなかった。

 

 

 

 リーニエがアウラの傘下に入ったのは数年前のことだ。

 リュグナーと名乗る魔族――リーニエから見て格上だが、魔力の差は気安く振る舞うことが許される程度――から勧誘を受けたリーニエは、応じるための条件を提示した。

 

 

「戦士と一対一で戦える場。

 それも相手の技を見る余裕と、私の魔法を試す余裕がある場が欲しい」

 

 

 面倒なことを言ってくれる、とその時のリュグナーは思った。アウラ様の眼前であればこんな要望を出す余裕はなかっただろうに、とも。

 調整は難航しそうだと考えながら主の元に戻ったリュグナーだったが、意外なことにアウラはあっさりとその条件を呑んだ。寛容さではなく、彼女の魔法が誇る万能性によって。

 

 

「じゃあ、『服従させる魔法』に負けた癖に抵抗する人間と戦わせてみる?」

 

 

 こうして、リーニエはアウラの配下となった。

 「服従させる魔法」に敗北しながらも抵抗する戦士が現れた際は、敢えて「リーニエとの」戦いの許可を出す。アウラからすれば無意味な余興に過ぎない。戦いの許可はリーニエ相手に限ってのもので、「服従させる魔法」そのものを解いたわけではないからだ。

 もし戦士がアウラを殺そうとした場合、即座に「服従させる魔法」によって縛られる。もちろん再度の抵抗を試みるだろうが、支配から逃れる前に自害させればよい……従来通りに。命を懸けているのはリーニエのみ、故に無意味な余興。この程度の条件で魔族の部下が増えたのだから、アウラにとっては楽なものだった。

 

 

 

 戦いは、今日のところは終わった。

 グラナト伯爵の兵士たちは皆殺し。兵士たちの中で最も強かった男は、リーニエに首を切られた状態のままで「服従させる魔法」の支配を受けている。馬車の荷物は首無しの軍勢が奪った。今回はアウラの完全勝利と言えるだろう。

 

 

「ご苦労だった」

「リュグナー様」

 

 

 リーニエに声をかけたのは、彼女をアウラ軍に勧誘した魔族の男……リュグナーだ。彼は、新たにアウラに服従することとなった首無しの兵士をちらりと見て、問いかけた。

 

 

「例の老爺の剣について、何か得るものはあったか?」

「ううん……」

「そうか」

 

 

 首を振るリーニエに、リュグナーは思うところがあった。

 配下となってからずっと、リーニエは「服従させる魔法」に抵抗する戦士と戦い続けている。アウラに代わる断頭台……だが、無意味な断頭台だ。本来ならアウラ自身が自害を命じれば、断頭は済むのだから。それでも魔法の研鑽が進めばリーニエにとっては価値があるだろうが、そちらも成果はかんばしくないらしい。

 この数年間、リュグナーは数えるのも馬鹿らしくなるほど見た。ひたすら試行錯誤を続けるリーニエの姿を。そして、彼女が挑んでいる秘剣の不条理ぶりもまた聞いている。

 

 

 ――確かに、あんな要望を出す気にもなるか。

 

 

 リュグナーの内心に浮かぶ思考は、決して侮蔑ではない。

 彼は天才を嫌っている。積み重ねもなく、唐突に功績を挙げる……それが天才を否定する理由。積み重ねてこその研鑽であり、魔法であり、魔族である。

 初対面ではリーニエを要望の多い魔族だと見ていたリュグナーだったが、今は違う。面倒なように見えても、他者から見て無意味でも、リーニエは間違いなく試行錯誤を繰り返している……探求し、積み重ねている。自らの魔法の研鑽に繋がる可能性があるのならそのやり方を選ぶのも道理だろうと、リュグナーは理解を示していた。

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