今日もリーニエは素振りを行っていた。事情を知らぬ者には武芸の鍛錬にしか見えない魔法の研鑽……だが、事情を知らないと言うのであれば、間違いなく奇妙に感じる部分が追加されていた。
それは、武器。リーニエの振るう得物は、剣とも斧とも言えぬ珍妙なものだった。明らかに実用的ではないところにまで刃が付いた、誰もが首を捻るような武器。それも当然。
「こうじゃないな」
リーニエ自身ですら、首を捻りながら振っている。戦士アイゼンと同じ動きをしては首を捻り、燕斬りの老爺と同じ動きをしては首を捻り。
「あっ」
剣とも斧とも言えない武器は、リーニエの手からすっぽ抜けてしまう。宙を舞った謎の得物は、ちょうどやってきたリュグナーとドラートの足元にがしゃんと音を立てて落ちた。
「……ドラート。お前が余計なことを言ったせいで、リーニエが迷走してしまったぞ」
「ここまでやるのは俺だって考えてませんよ、リュグナー様」
ため息をつきながら、リュグナーは珍妙な形となった武器を拾い上げた。模倣の同時使用、それを目指しているのは傍目にも明らかだ。これは戦士アイゼンと例の老爺の同時使用を考えたものなのだろう。だが素振りすら満足にできないようでは、とても実戦での使用は叶うまい。
「武器の形を変えてしまえば、模倣が崩れるのは当然だろう。
武芸に関しては門外漢の私ですら分かる」
「そうだけど……」
リュグナーから武器を受け取ったリーニエは渋い顔をした。試す前から失敗が見えているような武器だったが、それでも彼女は試さざるを得なかったらしい。
今のリーニエが目指しているのは、「
「それよりも出撃だ、リーニエ。
人間達の大規模な物資輸送を突き止めた。
アウラ様は敢えて攻撃を喧伝し、物資を守らせるために人間達の出撃を誘うとのことだ」
「そう」
リュグナーからの指示に対し、リーニエは武器を消すことで了承の意を示した。
防衛に専念する方針を採ったグラナト伯爵領だが、人の行き来を止めるわけにはいかない。人間の生活を維持するために、流通はどうしても必要になる。もし完全に流通を止めた上での籠城を実行した場合、不利なのは伯爵領の側だ。アウラの軍勢において食料を必要とするのは、たった四人の魔族だけなのだから。故に伯爵はアウラの知らぬルートを確保し、気付かれぬように物資のやり取りをしていた。そのルートをアウラは察知したのだ。
今回のアウラ軍の作戦はこうだ。大規模な物資の輸送が行われ、もうすぐ結界の中に入るという状況で敢えて隠蔽もせず、首無しの騎士を見せびらかすようにして物資を襲う。伯爵の軍は結界の外へと出撃しないわけにはいかない。物資を奪われれば、領民が飢えるからである。そうして現れた伯爵の軍へと主戦力をぶつける。仮に街への物資輸送を見逃すことになったとしても、優先するのは伯爵の軍との戦いだ。「
リュグナーとドラートは物資を襲う陽動部隊を任された。リーニエはアウラの側に控え、「服従させる魔法」に敗れながらも抵抗できる英傑を待つ。
「来たわねぇ」
ニヤリ、と邪悪な笑みをアウラが浮かべた。読み通りに伯爵の軍が結界の外へと踏み出してきた。先頭に立つのは特徴的な赤い首飾りを身に付け、赤い宝石を鍔にはめ込んだ剣を掲げる全身鎧の騎士。そして同じく赤いマントを靡かせる彼こそはグラナト伯爵の公子である。
アウラが首無しの軍勢を突撃させると、伯爵の軍は二つに別れた。片方は今も運ばれている最中の物資へ。もう片方は首無しの軍勢へと進む。公子自ら指揮を執っているのは、後者。敵前で戦力を分割させた上でぶつかるという愚を冒した公子の軍は、しかし真っ向から首無しの軍勢を受け止めて跳ね返した。疑いようのない精鋭部隊。民の生活を守るために選び抜かれた英傑たちが、首無しの軍勢を打ち破っていく。
「うふふ、選り取り見取りじゃない……『服従させる魔法』」
だがその奮闘も、アウラを喜ばせるための材料に過ぎない。
一人の騎士が膝を折ると、先程まで仲間だった相手に斬りかかる。「無事に」支配されたまま抵抗しない様子を見たアウラは、その騎士を自害させながらも別の相手に天秤を向けた。
次々に騎士たちが支配されていく。だが四人目で、早くも抵抗の兆しを見せる者が現れた。彼はかろうじて味方への攻撃を止め、首無しの軍勢に向き直ろうとして、
「やるね」
彼の目前に現れるのは、首切り役人リーニエ。そしてアウラは抵抗してみせた騎士に対し、リーニエとの戦闘を許可する。
自害を免れた騎士は、しかし自らの末路を変えることはできない。十合ほどの打ち合いを経て、騎士の首はリーニエの剣によって刎ねられた。完敗ではない。むしろ今の彼女に対して、十合も持ち堪えたことを誇るべきだ。
アウラは次々に「服従させる魔法」を行使していく。数人に一人というハイペースで、支配されながらも抵抗する英傑が存在した。そして、彼らの全てがリーニエによって討ち取られる。アウラは最高に楽しくて笑った。自らの魔法の強力さを実感できて、戦力は増え、余興も楽しめる。この状況で笑わない魔族がいるものか、とさえアウラは思う。
騎士たちは支配されるとわかっていても退くことができない。物資が無事に街へと届くまでは、魔族を引き付けておかなくてはならない。例えそれが魔族の目論見通りだとわかっていても、だ。
「……ふぅ」
九人目の首を刎ねたところで、リーニエは息を吐いた。予想以上に抵抗する者が多い。アウラはリーニエに対する気遣いなど全く行わずに「服従させる魔法」の行使を続けているため、リーニエは英傑達との連戦を強いられていた。彼女の目的としては望むところではあったが、やはり疲労は隠せない。
だが、休んでいる暇はなかった。
「っ!?」
横合いから振り下ろされた剣に対して、リーニエは自らの剣を合わせて受け流す。振り下ろされた剣の鍔には赤い宝玉。誰あろう、グラナト伯の公子その人である。
「この身が傀儡となるとしても、せめて一太刀!」
気合の叫びと共に放たれるのは逆袈裟斬り。リーニエはそれをいなし、返す刀で相手の首を狙った。公子は剣でそれを受けようとして……受けきれず。掻い潜ったリーニエの剣が公子の鎧を抉る。
「はあああああああっ!」
それでも公子は怯まず、次の剣を繰り出す。だがそれもまた受け流されて首への反撃を受け、危ういところでかろうじて防ぎ切るのみ。
公子は優れた剣の使い手ではあるが、取り立てて優れているわけではない。今までリーニエが首を狩った精鋭たちと大した差はない。剣を交わすごとに公子の鎧は斬られ、一合ごとに首元が露出していく。
果たして十合斬りあった頃には、公子の全身鎧から首の部分が失われ地肌が見えるほどになり……その首にはすでに、浅い刀傷が刻まれていた。
「まだだ……まだ……!」
刀傷から流れる血を意に介さず、公子は強く剣を握り締めて構える。
この窮地にあってもなお、彼は意気軒昂である。当然だ。この場に出撃した時点で、死どころか死後を辱められることさえも覚悟している。
「はぁ。さっさと諦めればいいのに」
リーニエはため息を吐いた。すでに公子の剣の観察は終わっている。典型的な剛剣、もはや見るべきところはない。
「うおおおおおおおおおっ!」
今までと同じ、いや今まで以上の怒号と共に公子は踏み込んだ。狙うはリーニエの頭部へ向けての振り下ろし。剣の重みを利用して前に進むことで放たれる斬撃、基礎中の基礎。故に、リーニエにとってその対処など容易。老爺の柔剣ならば逸らすことなど造作もない。魔法を維持しながら、公子の斬撃へと剣を合わせ――
疲労か。油断か。或いは公子が最期の一撃になることを覚悟して踏み込んだことによる変化か。
いずれにせよ、原因は問題ではない。重要なことはただ一つ。
リーニエは、公子の放った振り下ろしを受け損ねた。
「あ…………?」
リーニエの眼前で、折れた刃が舞う。
公子の斬撃は、彼女の目論見通りに逸れた……彼女自身は無傷。だが「模倣する魔法」で再現した老爺の剣は無事ではない。剣としてはかなりの長さを誇っていたはずの長剣は、半ばからへし折られ本来の姿より短いものと化した刀身を晒していた。
視界の端には、公子の剣。振り切られて止まっている彼の剣は、しかしすでに横薙ぎの構えに入っている。「模倣する魔法」による武器の修復は間に合わない、再構築している間にリーニエが両断される。彼女が生き残る術はただ一つ。先に動くことのみ。
反射的に、彼女は自らの剣を振った。今までの攻防と同様に首を狙う反撃を、ただ何も考えずに放った。しかし、それは成立しない。今までの攻防は老爺の剣の長さあってのこと。折れた剣では公子の首にまで届かない。そもそも、折れたことで剣の長さも重量も変化してしまっている。武器の形が変われば、模倣が崩れるのは必定。故にこれは愚行だ。リーニエの反撃は届かず、公子の剣が魔族を両断する――そのはずだった。
「えっ?」
だからこそ、この結果はリーニエ自身が驚きの声を漏らすもの。
彼女が我に返った時には、公子の首が飛んでいた。首を失った身体が、予想よりも近くにいる。気付かないうちにリーニエの身体は踏み込み、刀身が折れたことで足りなくなったはずの長さを無にしていた。この踏み込みに、彼女は覚えがあった。老爺とは別の剣士が使っていた足捌き。とっさに「模倣する魔法」で再現する動きを変えていたのか、とリーニエは考えて……すぐに違うとわかった。公子の首を刎ねた剣の動きそのものは、老爺の柔剣を模したままだ。
公子の首が兜ごと地面に落ちる。身体は剣を手放して倒れ込む。しかし、リーニエはどちらも見ていなかった。見ていたのは、自らの剣。再構築されずに折れたままの剣は、老爺の使っていたものとも足捌きを使った剣士のものとも異なる。どちらを模倣するにも支障が出る形。だが……公子の首は刎ねられて、リーニエはこうして生きている。いったいそれはどういうことなのか、彼女は考えようとして。
「そうだ」
慌ててリーニエは我に返った。ここは戦場だ。思い煩っている暇はない。とっさに後退して武器を再修復する。
しかし彼女の危惧に反して、騎士たちもまた後退を始めていた。公子の遺体が手放した剣を、一人の騎士が拾い上げて走り去る。遠方でも、重装備の人間が駆ける独特の金属音が響いていた。
人間たちが一斉に撤退する理由は一つしかあり得ない。彼らは、無事に物資が街へと届いたことを確認したのだ。これ以上戦う理由はない。だから退いた。グラナト伯爵の軍は大量の戦死者こそ出したものの、戦略的には勝利したと言えよう。
だが、アウラは宣言した。
「悪くない戦果だったわ」
物資が回収されたことを知った上で、アウラは笑い続けていた。自らの勝利を疑っていなかった。理由は単純だ。彼女は新たに手に入れた首無しの軍勢こそを重んじている。大量の人間を殺した、自らの魔法を思う存分に使った。魔族が戦いに満足する条件としては、十分にすぎる。
そう、自らの魔法だ。リーニエは「模倣する魔法」で自らが成し遂げたことが分からず、首を傾げていた。
「……なんだったのかな」
頭の中にあるのは、公子の首を刎ねた時の一撃。戦いの中で生まれた模倣とは別の動き……いや、違う。剣の振りも足の動きも、どちらも再現ではあった。それらを混ぜたような、重ねたような。本来であれば模倣としては破綻するはずの動き――矛盾の両立。
あの時の自分が何を意図していたのか思い出そうとしたが、何も思い浮かんでこない。分かるのはただ、斬ることしか考えていなかったことだけ。相手より速く斬る、ただそれだけを元に動いていた。
無念無想の、一撃だった。