アウラとグラナト伯爵の戦争は、互いに出方を伺う小競り合いに戻った。
直接的な戦闘を避けた結果として、戦いの形は補給線を争う散発的な戦いへと移行する。また暇を持て余し始めた魔族は、それぞれの魔法の研鑽に励むことで時間を潰していた。
「いったい何をしてるんだ?」
自らの糸を弄びながら、ドラートは呟いた。視線の先にはリーニエが立っている……しかし、ただ立っているだけ。少なくとも、彼にはそのようにしか見えなかった。なにせ手には何も持たず、目は閉じてその場から動かない。一時期は暇さえあれば剣を振っていたのが嘘のようだ。
ドラートはしばらくリーニエの様子を眺めていたが、彼女が動く様子はない。結局首を傾げながら、彼はその場を立ち去った。
一人になった後も、リーニエはただその場に立ち尽くしていた。何もせず、その場で風を受け続けて。
「
何の前触れもなく目を開き、魔法を行使して槍を構築する。その構築した槍を、リーニエは地面に叩きつけて意図的に損傷させた。穂先が欠け、不格好な槍とも棒とも言えないものに変わる。模倣には明らかに支障が出る状態。
だがそんな棒から繰り出された一撃は、通常の「模倣」と変わらぬ鋭さで大気を叩いた。
「こっちはもう、いつでもできそうだ」
リーニエの無念無想が呼び起こすものは、武芸にあらず。
彼女が成し遂げたことは「模倣する魔法」の重ねがけ。それは何も考えずに振るうことだけを「イメージ」した無想の結果。損傷した槍を操るために最適な槍術と棒術がごく自然と浮かび上がり同時に、しかし矛盾しない形で身体を動かした。
その場に最適な再現を新たに、そして無意識に選び出し、元々の再現と重ね合わせて最適な形を導き出す。模倣の同時使用による、新たなる動きの構築。多重模倣。
即ち――二つの可能性を、両立させたということ。
「それなら……」
折れた武器が修復されながら形を変える。折れた槍あるいは棒が、長剣へと作り変えられる。老爺の長剣を形成して、リーニエは構えた。燕を斬る秘剣の構え。今まで何度試しても、再現しきれなかった同時同撃。
老爺の秘剣とは、無限の剣である。
剣の一振りが生み出す斬撃は、一つだけだ。いくつもの連撃を繰り出したところで、一撃ずつに分けて観測すれば生み出すことができているのは一撃のみ。限界まで間隙を減らすことはできても、同時にはならない。この世界に発生させるには限りがある。斬撃という可能性は、有限の存在なのだ。
老爺の秘剣は、その理を覆した。一振りの剣で同時に三つの斬撃を生み出す。斬撃という可能性を、世界に対して同時に認めさせる。有限を覆す、故に無限。
リーニエは自らの多重模倣を、同じ理論だと仮想する。
ドラートが疑問に思ったリーニエの行為は、自らの記憶した動作の全てを再確認するためだった。彼女は、観察した動作を決して忘れない。その全てを完璧に記憶するのもまた「模倣する魔法」が持つ能力の一つ。つまり記憶の中にある戦士の動きを、彼女は無限に増やし続けることができるのだ。
ならば、無限の可能性を自らのうちに宿していると見る事はできないか。無駄な記憶は何一つなく、その全てが可能性の一つであると。そして模倣を同時に行い、重ねることに成功した事実を……可能性を同時に認め、多くの正解を創り出したと見る。
即ち、無限という概念を模倣する。
所詮は仮説に過ぎない。だが、リーニエはそれを疑わない。
魔法の根幹とはイメージだ。ならばイメージするべきものは、可能とする自分に他ならない。
リーニエは、ほんの僅かに息を吐く。小さな吐息は風に飲まれ、しかし消えないままで流れ行く。
そして。
「――燕を斬る秘剣」
放たれる、秘剣の模倣。
確固たるイメージと共に再現された剣は、しかし……それでもなお同時に放たれず、連撃に留まっていた。
己の剣筋を見届けたリーニエは、静かに剣を下ろす。
疑いようのない失敗。では、この理論も結局は間違いでしかなかったのか?
否。
「この感覚、覚えてる」
リーニエは、目を閉じて思い出す。かつて見た老爺の動きではなく、その時の自分自身を。老爺が秘剣を完成させる際に、幼い頃の彼女は感じ取った。今までの構えとは違う、と。
そしてその時の感覚と同じものを、リーニエは自分の身体から感じ取っていた。彼女がイメージした「模倣する魔法」は、ようやく秘剣を成し遂げるための何かを感じる域にまで達したのである。
では、なぜリーニエの秘剣はその何かを感じながらも失敗に終わったのか。彼女はしばらく考え込んだが、やはり第一に思い浮かぶ問題はこれしかない。
「私が記憶した戦士たちの数が、まだ無限を模倣するのに足りない……?」
感じ取った何かは、おそらくリーニエが仮想した無限……自らが記憶している戦士たちの模倣の全て。それを無限として仮想し切ることができなかったからこそ、秘剣もまた無限には及ばず有限の存在として連撃に留まってしまった。
無限を仮想することそのものは、間違っていないはずだとリーニエは確信している。もし間違っていたのなら、何かを感じることなどなかっただろう。だからこそ失敗は、無限を作りきれなかった点だと推測する。何より、無限が有限となってしまう原因は簡単に思い浮かんだ。
「数え切れちゃったからだな」
リーニエは記憶した動きを全て回想し、再確認した。そう、全てだ。全て再確認した、と言い切ることの可能な数は無限とは言えない。少なくとも彼女自身の認識においては有限だ。無限のイメージには届かない。全てと向き合わなくては可能性の集合体として認識することはできず、かといって全てと向き合ってしまえば無限ではなくなる。ここにもまた、矛盾が存在した。
しかし、リーニエは単純な答えを導き出した。
「これから数え切れなくなるくらい記憶すればいいんだ」
うん、と彼女は頷いた。
すでに、記憶した動きを可能性の集合体として認識することには成功している。ならばその認識を保ったまま、記憶した動きの数を無限と言える域にまで増やす――文字通りに数え切れないほどになるまで、戦士を記憶すればよい。リーニエの「模倣する魔法」の中にある動きが無限としか認識できない域に達した時、秘剣の模倣は成功するだろう。
「これからはどんな戦士でも観察しよう」
結局は、リーニエのやることは今までと変わらない。アウラの配下として戦い、戦士たちの動きを観察していくだけ。
ただし、今までのやり方から変えていく点もある。それは弱い戦士も全て観察することだ。強弱も使い道の有無も関係なく、視界に入った戦士の全てを。リーニエの記憶を無限の領域に至らしめるためには、ありとあらゆる可能性を蒐集する必要がある。老爺が秘剣を完成させるまでに、ありとあらゆる動きを模索していたように。
「模倣する魔法」で擬似的な無限を作り出し、同時模倣を複数の可能性として認めることで無限の剣を再現する。それがリーニエの魔法によって見出だせる、燕を斬る秘剣への道筋。
とはいえ、その道筋は結局のところ老爺とは異なるもの。リーニエの無念無想は武術ではなく、魔法を行使するもの。そして無限もまた老爺のように本物の無限に通じたわけではなく、リーニエが仮想した偽りの無限によって生み出される贋作だ。
だが、それがなんだと言うのか。己の魔法で到達してこそ、リーニエにとっては意味がある。
偽物が本物に敵わない、などという道理はない――それこそが、「模倣する魔法」を形作るイメージである。
タイトルの無限の剣はダブルミーニングです。