リーニエと燕を斬る老爺   作:ハソユア

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9.葬送のフリーレン

 グラナト伯爵邸の地下牢。

 その中に、一人の女魔法使いが囚われていた。

 

 

「暇だなー……」

 

 

 ぼんやりと天井を眺める彼女の耳は、長い。

 その特徴的な長耳は彼女が長命種……エルフであることを示している。

 

 

「ん?」

 

 

 その耳が、地下に響く足音を捉えた。足音は少しずつ近付いてくる。

 今、地下牢に囚えられているのは彼女だけだ。自然な流れとして、足音の主は彼女に用があるということになるが……

 

 

「フェルン……でもシュタルクでもないな」

 

 

 そう予測した理由は、特に超常的な力あってのことではない。二人が歩いているにしては金属音が多すぎる。

 訝しむ中、地下牢の前に立った人物を見た彼女は即座に椅子から下りると跪いた。

 数人の騎士と共に姿を現したのは、グラナト伯爵その人であった。

 

 

「一つ尋ねる。

 お前はこの街の現状について知った上で、あの魔族を攻撃しようとしたのか?」

「いえ。

 ですが強大な魔力を持つ魔族が遠方から私の魔力を探っていることは感知しております。

 そのため街にいる魔族もまた私を狙ってくる危険性に備え、先制攻撃を試みました」

 

 

 エルフの魔法使いの言葉に、騎士たちはざわめいた。当然ながら彼らは魔法使いではない。魔力探知をすることもされることも縁遠いが……アウラが街の近くにいないことくらいは把握している。遠く離れた距離で互いに魔力を探り合うこの魔法使いとアウラの異常さは、素人でも理解できた。

 唯一動揺を表さなかったグラナト伯爵だけが、会話を続けた。

 

 

「お前の言う通り、この街は大魔族……七崩賢のアウラに狙われている状態でな。

 本当に何も知らぬ状況からそれを見抜いたのであれば、高名な魔法使いなのだろう。

 名を聞こう」

「フリーレン」

「フリーレン……だと?

 あの、勇者一行の?」

 

 

 しかし、伯爵の鉄仮面もエルフの魔法使いの名を知った途端に崩壊する。

 ことグラナト家の人間において、フリーレンの名を知らぬことは許されない。フリーレンとはかつて勇者ヒンメルと共に魔王を討った魔法使いの名。今のグラナト伯爵の祖父の代においてこの街が魔族の軍勢に襲われた際、勇者の一行によって救われた恩がある。もしこの魔法使いが本物のフリーレンであるのならば、無下に扱うことは許されない。そして確証こそないが、本物であると見なしてもよい要素はある。フリーレンは現代において見る機会の少ないエルフであると伝わっており、いま伯爵の目の前にいる魔法使いもまたエルフ。

 伯爵が慌てて手を伸ばすと、意図を理解した騎士もすぐさま鍵を差し出した。

 

 

「無礼なことをしてしまった。

 今すぐ牢から……」

「恐れながら閣下、もし話があるのであればこのままで。

 私を連れて場所を移すと、この屋敷内にいる魔族に露見する恐れが」

 

 

 フリーレンの言葉に、伯爵と騎士たちの動きが止まる。

 未だ牢内で跪く彼女の声色は落ち着き払っている。それが伯爵たちの頭を冷やしてくれた。とはいえ、かつての英雄を牢内に留める罪悪感はそのままだったが。

 少し迷いながらも、伯爵は本題に入ることにした。

 

 

「ならばせめて、楽にしてくれ。長話になる。

 お前が本物のフリーレンであると信じて、この街の現状について話そう。

 魔王を討った魔法使いならば、どう対処するのかを聞きたい」

 

 

 その言葉でようやくフリーレンは跪くのをやめて、牢内の椅子に戻って座り込んだ。

 それに合わせて伯爵は語り始める。十年以上の長きにわたって続く、アウラの軍勢との戦いを。

 話を聞き終えたフリーレンは、開口一番で言い放つ。

 

 

「まず、魔族との和睦は悪手です。成立いたしません」

「なぜそう思う」

「かつてヒンメルは、このような経験をいたしました」

 

 

 伯爵に対し、フリーレンはこう語った。人食いの化け物でしかない魔族が、人類と同じ言葉を使うのはなぜか。それは人間を欺くためである――と。幼い魔族を受け入れようとした村がどのような目に遭ったのか、かの勇者ヒンメルが体験した実例を挙げて。

 

 

「おそらく魔族もまた、閣下と同じく騙し討ちを狙っています。

 魔族が動く前に、こちらが不意を打つ。それが最善です」

「お前であれば、『首切り役人』たちの不意は打てるか?」

 

 

 伯爵は自らの声に期待の色が混じり始めたことを自覚した。

 まるで見てきたように――否、実際に見た勇者の過去を語っている。目の前にいるのは間違いなく、勇者と共に魔王を討った魔法使い。ならば勝てる。たかだか魔族が三人、ものの数ではない。息子の仇も討てるに違いない。

 だが、返ってきた答えは意外なものだった。

 

 

「断言はできません。不安要素があります」

「なぜだ?」

「女の魔族……名前はリーニエでよろしいでしょうか。彼女の行動です。

 私が連れていた戦士……シュタルクというのですが、あの状況で彼を見ていたその理由がわかりません。

 リュグナーのように、私に注目していたのであれば理解できます。魔族としての習性から考えても妥当です。

 しかしリーニエは攻撃しようとした私ではなく、棒立ちだったシュタルクを見ていました。

 シュタルクの強さを見抜いたのだとしても、私よりも優先していた理由がわからない。

 どのような基準で行動しているのかが判断できない以上、不意を突けるとは断言できません」

 

 

 フリーレンにとって、リュグナーは脅威ではない。彼の振る舞いは、魔族としては当たり前のものでしかないからだ。故にその行動は読みやすい。リュグナーは彼なりにフリーレンを警戒しているが、それでも不足。仮にリュグナーとフリーレンが十戦した場合、フリーレンが十勝するだろう。戦いの推移はフリーレンが予測した範囲から外れることはない。せいぜいその十戦の中で一度くらいはリュグナーが撤退できるかどうかという争いが限度。かつて、リュグナー自身が実証したように。

 だがリーニエは違う。構えていたわけではなく、強い魔力を持っているわけでもないシュタルクに注目する……一般的な魔族の振る舞いではない。フリーレンにとって最悪のケースは、リーニエが強大な竜のように魔法使いを脅威と見なす必要がない何かを持っていること。実際にはリーニエはそういった特性は持っておらず、フリーレン自身もその可能性は低いと思っている。フリーレンが圧倒できる可能性のほうが高いだろうと。だがそれでも、不意を突けると断言はしない。リーニエが予想外の動きを見せた結果として、フリーレンが逆に不意を打たれる恐れもあるのだから。

 

 

「そうか…………」

 

 

 少なからず、伯爵は落胆した。

 説明は伯爵にも理解できるもので……だからこそ、息子の仇を討つ機会が遠のいたことを、実感せざるを得なかった。

 

 

「ですが、そのリーニエがアウラから離れている現状は閣下にとって好機です。

 今なら私一人でアウラを討てます」

「っ!?」

 

 

 だがその落胆は一瞬にして吹き飛んだ。

 七崩賢、断頭台のアウラを討てる。それはリーニエを討つことより遥かに喜ばしく……それに故に耳を疑う言葉だ。

 

 

「か……勝てるのか? アウラに?」

「アウラとその軍勢だけであれば、勝てます。

 ただ『首切り役人』たちの魔力探知の精度によっては、私とアウラの戦いに気付いて街が危険に晒される可能性があります」

 

 

 伯爵と騎士たちが驚愕する中で、フリーレンは淡々と説明を続ける。

 彼女の顔には何の表情もない。ただ冷静に、魔族を殺すための作戦を頭の中で組み立てている。そして当たり前と言えば当たり前のことだが……リーニエよりも、アウラのほうが討伐するべき相手としては優先度が上だ。更に、フリーレンはアウラの魔法を既に知っている。

 アウラはリーニエとは比較にならぬ強者であり大魔族である。仮にアウラとリーニエが戦った場合、リーニエが勝つ可能性は万に一つもない。だがフリーレンにとっては、どう動くのか予想できるアウラ相手のほうがむしろ勝利を確信できる。

 

 

「かと言って私が『首切り役人』たちを全滅させてからアウラの元へ向かうこともできません。

 万全な状態でアウラに挑みたいので」

「つまり、『首切り役人』がお前とアウラの戦いに気付いた場合、儂らが対処する必要があると言うことか?

 あるいは……」

「……閣下が『首切り役人』に対して先手を打って攻撃する」

 

 

 伯爵の言葉に、フリーレンは頷いた。頷いたが……どこが躊躇う様子を見せた上での頷きだ。

 リーニエはフリーレンにとっても不確定要素だ。だからこそアウラとの戦いに介入されたくはないのだが、今考えている作戦では伯爵たちにその不確定要素を押し付ける形になる。

 少し迷った後、フリーレンは伯爵に告げた。

 

 

「閣下。

 リーニエという魔族は危険です。

 おそらく、彼女との戦いには死傷者を覚悟することになります。

 もちろんアウラを討伐した後、急ぎ戻ってくるつもりではありますが……」

「馬鹿なことを言うな。

 儂は貴族だ。民を守るために命を懸けることなど、とうの昔に覚悟しておるわ」

 

 

 だが、伯爵も騎士もその言葉に対して動揺はしなかった。

 今までとは全く逆の光景。言い淀むフリーレンに対して、伯爵たちが平然としている。

 その様子を見て、ついにフリーレンも決意した。

 

 

「わかりました。

 では、魔族を討伐するための作戦をお話しします。

 ただ万全を期すためには、私と共にいた二人の力が必要なのですが――」

 

 

 

 

「――以上が、フリーレンの教授した作戦だ」

 

 

 グラナト伯爵がそう告げて、説明を終わらせた。

 フェルンとシュタルクは思わずフリーレンの姿を探したが、この部屋にはいない。その意味は薄々勘付くことができる。できるが、想像以上に事態の進行が早すぎる。

 

 

「あの、フリーレン様はどちらに……」

「『首切り役人』たちに気取られぬよう、アウラの討伐に向かっている。

 儂らはフリーレンがアウラと戦い始める予定の時間に合わせ、『首切り役人』に対して先手を打つ」

 

 

 フェルンが問いかけてみれば、返ってきたのは予想通りの答え。

 七崩賢アウラとの戦闘。いつの間にかそんな事態に巻き込まれていることに、シュタルクは思わず動揺してしまった。

 

 

「お、俺たちも参加しなきゃ駄目なのか!? ……駄目なのですか?」

「それについては、フリーレンから伝言がある」

 

 

 シュタルクの態度は無礼とも言えるものだったが、伯爵は聞かなかったことにして許した。この状況に驚いて礼を失うのも無理はないだろう、と思ったのだ。

 

 

「フリーレンは、お前たちの参加については自由意志に任せると言っていた。

 参加するにしても自分たちにできることだけをするように。深追いをしてはいけない、ともな」

 

 

 そして、二人を危険に晒す危険性はフリーレンもまた理解している。

 もしリュグナーとドラートだけであったら、フリーレンは二人の尻を叩いてでも参加させている。負けることはまずないだろうと見抜いているからだ。だが、不確定要素であるリーニエが混じるとなれば話は別。フリーレンでも予測できない何かを持つ相手との戦いを強制するつもりはない。

 しかし、フェルンは気になる点があった。

 

 

「ですが作戦を完全なものとするためには、私達が参加する必要があるようですが。

 私達が参加しなかった場合はどうなるのですか?」

 

 

 フリーレンが伯爵に語った作戦において、フェルンとシュタルクには明確な役割があった。二人が参加しなかった場合は、フリーレンの言った通りの万全な作戦とはならない。

 ある意味当然とも言えるフェルンの疑問に、伯爵は顔色を変えずに答えた。

 

 

「その場合は儂らだけで『首切り役人』をこの屋敷に足止めし、フリーレンがアウラを討伐するまで耐える。

 口八丁から騙し討ちまで、どんな手を使ってでもな」

 

 

 その言葉に、フェルンもシュタルクも察した。伯爵は明らかに死ぬつもりだ。たとえ命に代えても、首切り役人たちをこの屋敷に留めるだろう。

 思わず、二人はむず痒さを感じた。何もせず、ただ見ているだけという事に対する罪悪感だ。仮に戦わなかったとしても、フリーレンは責めないだろう。伯爵も恨むことはない。だが……ここで何もしなければ、彼ら自身が自らを責めることになるというだろうという、予感。

 

 

「お、俺も! 作戦に参加、させて……下さい」

 

 

 耐えられなくなったのはシュタルクが先だった。反射的に名乗りを上げ、そして自分が言ったことを理解するにつれて、声を萎ませていく。その様子に、伯爵は微笑んだ。

 

 

「震えているな」

「わ、悪いかよ」

 

 

 伯爵の言う通り、シュタルクは震えていた。作戦に参加すると言ってしまった、その事実に怯えていた。指摘されたシュタルクは礼儀もかなぐり捨てた言葉を吐き捨てたが、しかし伯爵の笑みは消えない。穏やかな笑みを残したまま、伯爵は告げる。

 

 

「いや、勇敢だ。

 死んだ息子も出陣前は震えていた」

「私も参加させて下さい」

 

 

 遅れて、フェルンもまた名乗りを上げる。

 二人の若者の決意を見て、伯爵は立ち上がり……深く、頭を下げた。

 

 

「お二方の勇気ある申し出に感謝する」

 

 

 

 

 フリーレンを、勇者と共に魔王を討伐した魔法使いとして成り立たせているものは何か。

 魔力ではない。彼女は、自らより魔力が劣る者に負けたことがある。

 魔法でもない。確かに彼女は様々な魔法を習得し、魔族を殺す魔法を生み出す事に貢献してもいるが、魔法の強大さで言えば彼女より勝っていた魔族もいただろう。

 フリーレンに魔王を討伐させたものは、戦略と戦術。魔族を欺くための手段を事前に用意する戦略と、戦いの中でそれを完璧な形で活用する戦術。彼女が勝てると判断した時点で、魔族の敗北はほぼ確定している。

 故に、魔族は彼女を葬送のフリーレンと呼ぶ。歴史上最も魔族を殺した魔法使い。魔族にとっての死神。

 

 そのフリーレンが既に作戦の立案を終わらせて出撃し、作戦が完全な形で成立するための条件であるフェルンとシュタルクの参加も満たした。

 それが意味することは、ただ一つ。

 グラナト伯爵領を狙う魔族、断頭台のアウラと首切り役人たちが鏖殺される末路の確定である。

 もしそれを覆す可能性があるとすれば――フリーレン自身が不確定要素だと認めた、リーニエの存在のみ。

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