【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

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十一話

 倒れて起きてみればホグワーツの医務室だった――とウィスタは思い返す。ほんの数時間前のことだ。頭は痛むし軽い吐き気はするし、なぜだか魔力を持って行かれた感覚もある。三人のバカ息子を引っ立てながら、ため息を吐く。

――何がなんだか

 いいや、大方は分かっている。従者やイルシオンにデルフィーニの探索を任せているが、未だに報せはない。

「……厄介だ」

 デルフィーニ・ディゴリーは限りなく黒に近い。なにせわざわざ子どもを巻き込んでいるのだ。逆転時計を持っているとして――持っているのだろうが――過去改変は一人でできたはずだ。子どもなんて足手まといだろう。

 本音を言えばまだ休みたいがそうも言っていられない。ウィスタはしゃんと背を伸ばし、猛然と廊下を突き進み、隠し通路に飛び込み、扉を蹴り開け、最短経路で校長室前まで辿り着く。鎮座するガーゴイル像に言葉を投げつける。

「俺だ。開けろ」

 城がウィスタを探り、ややあってガーゴイル像に命が吹き込まれる。彼らは丁寧にお辞儀し、さっと飛び退いた。扉が現れ、ウィスタは中に進む。螺旋階段がマグルのエスカレーターさながらに動き、校長室まで彼らを運んだ。

 扉を開くまでもなく向こうから勢いよく開き、黒髪と金髪と赤毛が見えた。

「ウィスタ……いた?」

「湖で寒中水泳してたぞ。体力増強のために闇祓いの教練に入れてもいいな」

 後ろで扉が閉まる。ウィスタは三人を前に押し出した。ハリーもマルフォイも口々に「よかった」「心配した」と子ども達に言っている。クインとジニーが水浸しな子ども達を見かねて魔法を使った。蒸気がもうもうと立ちこめ、やがて消える。

――俺だって本当は

 怒るより先に心配したい。いいや、心配ももちろんあるが、後回しにするしかない。なによりも事の輪郭を明らかにしなければならない。大事なのだ……。

 眼を瞑る。倒れた時の衝撃を覚えている。世界は少なくとも一度、書き換わったのだ。

「さあ、レグルス、アルバス、スコーピウス」

 騒ぐ親達をかき分けて、マクゴナガルが進み出る。彼女はきらりと光る眼で順々に子ども達を眺めた。ぴりぴりとした緊張がウィスタにまで伝わってくる。

「何が起こったか、何をしたか、全て話すのです」

 ◆

 時折行ったりきたりする話を聞き終え、ウィスタは気が遠くなった。じっさいにふらつきかけたが、いつの間にかそばに来ていたクインに肩を掴まれる。彼女の藤色の眼は静かで、ウィスタの心も凪いでいった。黒の大君や最悪の時代はあったが消えてしまったのだ。心配はいらない……。

「……特急からの許可のない離脱。時間の書き換えを二回……退学処分ですか、女史」

「規則に則れば、ですが」

 レグルスもアルバスもスコーピウスもすっかりうなだれている。ウィスタは彼らの小さな頭を眺めた。そうして、ハリー達を見つめた。恐らく、大体が同じことを考えているだろう。長い付き合いだ。

「歴史を書き換え、二人の人間を消し、運命をねじ曲げ、それを修正しようとさらに泥沼……どうしようもない愚か者ではありますが――」

「いやいや待ってそこまで言うかい」

「容赦ないよね君」

「ウィスタだもの」

 静かに、と片手を上げる。

「一応きっちりと修正した。それに――」

「おやめなさいウィスタ。あなたの言いたいことは分かっていますよ。目的自体は崇高である……とね。私も同感です」

 ひらひらと手を振り、マクゴナガルが嘆息した。

「ええ、ええ……校則を百以上木っ端微塵にした四人組もいましたしね……ひとまず実害はありませんでした。問題は湖のどこに逆転時計が沈んだか、です」

「申し訳ありません、先生」

 スコーピウスのか細い声に疲れを感じ取った。大冒険の後なのだから当然か。ウィスタは眼を細め、マクゴナガルを見やる。

「ホグワーツ理事として申し上げるが、この子達は一年ほどのホグズミード行き禁止、今期の冬期休暇はなし。勤労に励んでもらう……というのはどうでしょう」

「――妥当でしょうね」

 マクゴナガルは渋い顔だ。ウィスタは眼を泳がせた。しばらく校長の仕事を手伝って得点を稼いだほうがいいだろう。相当お冠だ。

「ともかくも、逆転時計の捜索を」

 マルフォイが言って飛び出していく。ウィスタも後に続こうとして、ふと思い出した。バカをしでかしたレグルスを検分していなかった。踏み出そうとした足を引っ込め、レグルスに向き直る。薄く不安が刷かれた面を見つめ、べたべたと頬や肩や腕に触れた。

「呪いは……ない……」

 最後に額に触れた時、痺れるような痛みに脳が揺さぶられた。強い魔法が流れ込んでくる。

――時間がない

――聞け、黒獅子公

――お前の世界で暗躍している影は……恐らく

 眼を開ける。鋭く息を吐いた。「親父?」と呼びかけるレグルスを無視して、校長室を飛び出す。走るのももどかしく、窓から虚空へ身を躍らせ、魔法を駆使して屋根から屋根へと飛び移り、校庭に着地した。障壁を抜け、呼びかける。

「エリュテイア!」

 『声』が響いて一拍、二拍、三拍――空間がねじ曲がり、色が滲み、形を成す。ややあって、従者が現れた。

「ウィスタ様、何事ですか」

「供を」

 ろくな説明もしないまま、たん、と回る。強く念じる。

「――マルフォイ邸へ」

 ◆

 希望が消えた邸の中をウィスタは進む。片眼が燃えるように熱かった。映すのは現在ではなく――。

『ああ、我が君』

『この身を……』

 どこからともなく嬌声が聞こえ、幾重にも木霊した。

 黒髪に灰色の眼をした女の影が現れては消える。現れるたび、輪郭が変化していく。胎が丸みを帯び――膨れて――。

 ウィスタは過去を断ち切り、唸った。もうたくさんだ。よりにもよって――。

「まったく感謝するぜ『俺』」

 杖を引き抜く。意識してゆったりと歩を進める。扉の前で立ち止まった。

――暗躍している影は恐らくオーグリー

 扉を開く。魔法灯の中、魔女が顔を上げた。皺が増え、やつれているが美しさはまだ残っている。

「……ウィスタ……いったい、どうして――突然? ドラコは出かけて……」

 杖を一振りする。障壁で居室と外界を遮断した。魔女・ナルシッサが身を縮める。怯えた眼には覚えがあった。アステリアの葬儀の時もこんな眼をしていた。今ならば意味が分かる。

――オーグリー、またの名をデルフィーニ。あれは――

「デルフィーニ」

 名を出した途端、ナルシッサの顔から色が抜け落ちた。ウィスタは淡々と続けた。

「その娘、あんたの姪だな? そして……」

――ベラトリックスとヴォルデモートの子。呪いの血を受けた三人目だ!

 

 

 ナルシッサが何度も首を振り、顔を覆う。ウィスタは杖を持ったまま、その様をじっと見つめた。

「……誰にも気づかれなければと、ずっと……思って……」

「俺もそう思うよ、ナルシッサさん」

 ナルシッサを覆う白い仮面が外れ、彼女の曇った灰色の眼が覗いた。ウィスタは持たず、ウィスタの息子が引き継いだブラック家特有の眼の色が。

「あなたがそれを言うの? リアイスの英雄。ああ、リアイスの者はデルフィーの存在を赦さないでしょうに……帝王の娘などこの世にいてはならないのだから……だから私は――隠して、隠して……ずっと……」

 独白とも、ウィスタに聞かせるともしれない言葉が流れていく。ウィスタの燃えるような感情は、ゆっくりと熱を失っていった。やつれたナルシッサの面を見ているうちに、一種の共感すら芽生えてしまう。時に押しつぶされそうになるほどの重い秘密を抱える辛苦を、ウィスタはよく知っていた。

「――海外にでもやればよかったものを」

 さしものリアイスも外にまでは眼を向けないだろう。いいや、逆転時計が引き起こした偶然と、ウィスタの過去視の能力がなければデルフィーニ・ディゴリーの正体については露見しなかった可能性すらある。

「やれることはやったわよ」

 ナルシッサが涙に潤む眼でウィスタを見上げる。強い感情が浮かぶ眼差しに、場違いにも父やベラトリックスを思い出してしまった。激しく燃え盛る星の輝きが、確かにナルシッサにも宿っている。

「ベラのお産に立ち会った産婆は殺されて、死喰い人の中でも事実を知っている者は一握り。今では誰も知らない……あなた方が獄死させたり処刑させたりしたもの……」

 それが仕事だからな、とウィスタは言わず、ナルシッサの言を待った。秘密を封印してきた年月が長かった分、ナルシッサは堰を切ったように話し続ける。

「あの子は子どものいない貴族に預けて――届けを出させて、そう、身元なんてなんにも告げなかった。デルフィーは何も知らずに生きていくはずだった……だって知らないほうがいいもの……」

 ああ、とウィスタは頷いた。知らないということは時に幸せなことだ。ナルシッサは姪の安全を優先したのだろう。あるいは――怖じ気づいたか。この世で最も忌まわしい魔法使いの血を継ぐ娘を畏れ、手放したのだろうか。やろうと思えば帝王の娘を担ぎ上げ、純血派を糾合することもできただろうに……とまで考えて、ウィスタは首を振った。戦によってスリザリン系名門も、リアイスを筆頭とするグリフィンドール名門も疲弊していた。貴族のみならず、市井の者たちも傷つけられていた。闇の帝王が主導した政策によってあらゆるものが歪められ、失われていたのだ。さあ戦をしようなんて状況ではなかった。

「あの子を預けてさあ安心と思えば、数年して死んでしまって、デルフィーは養子に出されて、あちこち転々と……誰にも悟られることはないと思っていたのに」

 ナルシッサが呻く。

「デルフィーが己の身分に気づかなければ、か」

「どうして気づいたのか……明かしていないわ。血筋について、これっぽっちも。あの子を養子に出したのはほんの幼い時だけれども、言い含めたわ……」

 灰色の眼がウィスタを射抜く。

「静かに生きるのよ、そして――」

 紡がれた言葉に、眼を見開く。

「なんだと?」

 ◆

「謹慎って言われてるのに、堂々と抜け出すなんてお前らもワルだね」

 陽はとっぷりと暮れていて、輝く月がホグワーツの屋根を照らしている。レグルスは屋根の上に立ったまま、手紙をひらひらと振った。

「逆転時計をとっさに押しつけた君に言われたくないな、レグルス」

 すっくと立つスコーピウスの手には金色に輝く逆転時計。傍らにいるアルバスっは、呆れて首を振るばかりだ。

「だって優等生のお前が隠し持ってるなんて誰が思うよ」

「ほんと君なんでスリザリンじゃないの」

「お前らと一緒の寮にしたら危険だと思われたんじゃねえの、組分け帽子に」

 軽口を叩き、肩をすくめる。

「で? 逆転時計を壊すって?」

「ああ。これは厄介事しか引き寄せない」

「でもどうやって壊すんだスコーピウス? 悪霊の火でもなきゃ無理なんじゃない? 大体これは……」

「――私のものよ、スコーピウス」

 夜闇に、甘い声が響く。レグルスはくるりと振り向いた。黒髪に紫の眸のデルフィーが現れていた。片手には手紙を持っている。レグルスはスコーピウスとアルバスに視線を投げた。

「報せたってわけか」

「彼女の言うとおり、逆転時計はデルフィーのものだからね」

 勝手に壊すわけにもいかないだろう、とスコーピウスが続け、アルバスが頷いた。

「……セドリックを救いたいと意気込んでたのは嘘だったのかしら」

 デルフィーの強い声が響くとともに、スコーピウスの手の中から逆転時計が消え失せていた。次の瞬間には、金の輝きはデルフィーの手に収まっている。

 レグルスは固唾を呑んでデルフィーを見守った。まずいことになった。

「デルフィー……君の従兄弟を助けたいよ。でも、駄目なんだ。最悪の時代が訪れてしまうんだ……地獄だよ」

「あんたの従兄弟は生きていたら駄目なんだ」

 スコーピウスに加勢しながら、レグルスは内心で付け加えた。セドリックを死なせるということは祖父も死なせるということだ。他の多くの命を見捨てるということだ。けれど、あの時代を招くよりはいい。

「俺達は闇の帝王の時代を見た。誰にとっても最悪だろう、それ」

「――帝王?」

 デルフィーが眼を見張った。ゆっくりと頭を振った拍子に外套の頭巾がずれる。月の光が、首筋を青白く照らし出した。

「そう……帝王が……」

 うふ、とデルフィーが笑う。粘りつくような笑みに、レグルスは反応する余裕はなかった。眼がデルフィーの首筋に

――刻まれた刺青に吸い寄せられる。

――オーグリー

 レグルスは唾を飲み込み、スコーピウスと視線を交わした。きっと考えていることは同じだ。

「デルフィー……逆転時計を返してくれ」

 手を差し出す。だが、デルフィーは首を振る。軽やかに、舞うように屋根を踏む。

「いいや」

 それまでとは異なる低い声に、アルバスが不安げに眉を寄せる。レグルスは歯を食いしばった。致命的な間違いを犯していたのだ。いままでずっと。

「逆転時計は私のもの。この数年ずっと……ずっと求め、つくったもの」

 デルフィーが逆転時計を宙に放り投げる。濃厚な魔力が髪を、肌を撫でて通り過ぎ魔法を展開する。逃げなければと思う。だが動けない。

「私は闇の帝王を取り返しに行くのだ!!」

 デルフィーが――いいや、あの時代にオーグリー様と呼ばれていた存在が、白い杖を振る。逆転時計が回転し、魔女の姿も歪んだ。髪も眼も変化していく。

 黒髪は白く、眼は――。

 

 

 ウィスタはマルフォイ邸を飛び出して、喘ぎを堪えた。脳裏にナルシッサの言葉がちらついては消えていく。

――そして、姿を変えて生きなさいと言ったの。

――あの子は七変化なのだから

――教えてあげましょう。ウィスタ・ブラック=リアイス

――デルフィーの生来の容姿は、白い髪に。燃えるような紅色の眼。

 すなわち禍つ星の色。

 

 

 羊皮紙に事情を書いて炎で飛ばして……なんて手順を踏んでいる暇はなかった。

「エリュテイア、とにかく学校へ戻るぞ」

 従者に声をかけ、杖を振ろうとした時ポケットが震えた。

――セイリオスかレグルスかイリスか

 子ども達それぞれにスマートフォンを持たせていた。とはいえ、使用頻度は高くない。ウィスタはポケットに手を突っ込み引き抜いた。画面を見てみれば長子だった。

「どうした」

 父上、と鋭い声が聞こえてくる。酷く張りつめ、掠れていた。

『捜索の手勢は解散させて……聖オズワルドを出る前にエイモスさんに挨拶したら――』

 声が途切れ、繋がった。

『姪などいないと急に。デルフィーニなんて知らない。なんのことだと。それで、デルフィーニの部屋へ行ったら』

 声が聞こえて、とセイリオスが喘ぐ。

『オーグリーよよく来た……と。ジェームズには聞こえないようで――ただシューシューとしか聞こえないと』

――何かの仕掛けか

 ウィスタは沈黙する。恐らく、秘密を露わにする呪文では意味がないのだ。そして『声』はジェームズに聞こえない。ならば……。

「開け、と言ってみろ。自身が蛇になったと思って」

 戸惑ったような沈黙が続く。ウィスタは静かに待った。セイリオスが聴くことしかできないのか、そうでないのかはっきりするだろう。これまで子ども達がどのような能力を引き継いでいるのか、積極的に知ろうとしてこなかった。

『――開け』

 はっきりと、蛇語が聞こえた。やがて鋭い音とともに、ジェームズの叫びが聞こえてきた。

『セリィ、マジかなんか出てきた!!』

『父上! 予言――予言です!』

 上擦った声がウィスタに告げる。 『よけい者がよけい者でなくなり、時間が逆戻りし、見えない子どもが父親を殺すとき――闇の帝王が戻るであろう』

「セイリオス、写真を送ってホグワーツに戻ってくれ」

 指示を出し、通話を切る。今度こそ杖を振ろうとした時、世界が揺れた。後ろに蹈鞴を踏み、なんとか均衡を取り戻す。心臓が脈を打つ。

――これは

 じっとりと汗が滲んだ時、またもやスマートフォンが震えた。

『父様!』

 娘のイリスの声は切羽詰まっていた。

『レグルス兄様がいないの!』

 

 

 杖を振る。魔力が指向性を宿し、展開される。

――ホグワーツへと

 主の願いを汲み、杖は魔法を解き放った。ふわりと身体が浮いた刹那、甘い声が響いた。

――ああ我が君。お慕いしております

 甘さと狂気が混ざった声に耳を塞ぐ。ベラトリックスは帝王と交わるべきではなく、子を宿すべきでもなかった。ナルシッサは子を海の外へやってしまうべきだった。何も知られないように取りはからうべきだった……。だが、それは無理な相談だろう。あの娘はサラザール・スリザリンの血を濃く継いでいるようだから。過去視がその証だ。

「呪われた――三人の娘、か」

 声は転移の魔法に掻き消された。

 

 

 城に戻った途端、マクゴナガルが駆けてきた。

「イリスから聞きました。今、探しています。悪いことにアルバスもスコーピウスも見あたりません」

 玄関ホールには、クインハリーもロンも、ハーマイオニーもマルフォイもいた。ウィスタは「校長室へ」とだけ呟き、先陣を切った。早足で進みながら「イリスは」と問いかける。マクゴナガルが顔つきを引き締めた。

「無茶をしそうなので校長室にいてもらっています」

「正解ですね」

 さすが分かっている。焦って城中を探していてもおかしくなかった。この状況下で野放しにしておくわけにはいかない。ざわついた城を突っ切り――あらゆる隠し通路を駆使したものだから、マルフォイが呆れたような声を出した――校長室に滑り込む。椅子に腰掛け、何事か歴代の校長と話していたイリスがぱっと顔を上げた。

「……父様」

 人指し指を唇に当てる。軽く息を吐いて、マクゴナガルに向き直った。

「デルフィーニ・ディゴリーは、ヴォルデモートとベラトリックスの娘です」

「……なんですって」

 マクゴナガルが息を呑み、マルフォイの顔から血の毛が引いた。ハリーは首を振り、ハーマイオニーは顔をしかめ、ロンは乾いた笑みを浮かべる。

「君のことだ、冗談じゃないんだろう」

「こんな洒落にならないバカ話はしないさ、相棒」

「あなたが何を掴んできたのか話して頂戴、ウィスタ。その『娘』を捕らえる必要がある……幸い魔法大臣と執行部長官がこの場にいるわ。すぐにでも動ける――ルキフェルにも報せを――」

「いや」

 ハーマイオニーに片手を突き出す。

「『娘』はおそらくここにはいない。父親を復活させるために、時代を飛び越えたはずだ。先刻、セイリオスが予言を発見した。ヴォルデモート復活を示したものだ。介入によりセドリックが生き残り、結果としてハリーが死んだ時、闇の時代が蘇る……」

「失敗したはずだろう。過去は修正され――この『正史』になった。それに逆転時計はない……」

「バカ息子どもが結託して隠していたのかもしれない。これから探るが。お前の優秀な坊ちゃんもなかなかやんちゃだからな。やりかねん。アルバスはそこそこ良識あるが反抗期気味だし、俺の息子なんて……」

「あなたそっくりだもの。驚かないわよ。私も迂闊だったわ」

 クインがため息を吐く。

「ともかくも本当に過去へ跳んだのか、行き先はどこか探る必要があるわね」

「その通りだよ、奥さん」

 言うや否や、ウィスタは校長室を滑り出る。ついて来ようとするクインを眼で制した。本音を言えば共にいたかったが、混乱しているイリスを放置するわけにもいかなかった。

――過去を

 己の力を想起する。時の流れを遡り、焼き付けられた影を追う力。引き継がれた血に眠る、古い魔法を。

 眼が熱を帯びる。時をたぐり寄せ、ウィスタは進む。いくつもの影、幽冥の者達の真珠色の光を通り過ぎ、やがて息子の姿を見つける。猫のようにしなやかな動きで、城の上へと向かっていく。小さな背だった。きっとかつての自分もそうだったのだろう。息子はふくろう小屋へ向かい、梯子を登って屋根に到達する。影は他に二つ。アルバスとスコーピウスだ。彼が逆転時計を取り出す。それを奪う影……。

――デルフィーニ

 姿が変わる。ウィスタはそっと眼を瞑り、開いた。くっ、と喉が鳴る。

 ああ、面影がある。三人目の娘は、紛れもなく帝王の血を持っている。

「……二人の『妹』か」

 一人目の娘も、二人目の娘も、父たる帝王を拒んで死んだ。きっとその血を呪っていたことだろう。

 だが、三番目の娘は違う。ウィスタと同じ蛇と双狼の血を継ぎ、闇夜の路を歩もうとしている。

「デルフィーニ。俺はお前を求めよう。どこの時代にいようとも、必ずな」

 口中で呪文を唱え、虚空に現れた鏡を手に取る。渦巻くのは闇ばかり。映すのは現在ではなく、過去。

 鏡を撫でていると、輝きが視界の端をかすめた。呼び出した覚えもないのに、古びた本が出現していた。鏡と同じくユスティヌ一族が継承し、数奇な運命の末にウィスタが手にした秘宝だ。

「過去は俺の領分だ。逃げられると思うなよ、デルフィーニ」

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