【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

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十四話

 沈黙する二人の間を、薔薇の香りを宿した風が吹き抜ける。

「娘? お前のような娘など、俺様は知らぬ……」

 一人は殺し、一人は今殺してきたところよ、と蛇語で告げた。

「共に不出来な娘よ……それとも、お前も俺様の手にかかりたいか? 見た目こそ銀の蛇だが容赦はしないぞ」

「我が父よ」

 デルフィーニの口から蛇語が飛び出す。ウィスタは意識してゆっくりと瞬いた。いかにも驚いている風に。

「私は……私は、あなたを止めに来たのです。私はあなたの娘です。本当です。この眼と髪はあなたから受け継いだもの! スリザリンの血の証です。不出来な姉達とは違う、真のスリザリンなのです」

 過去視の中で垣間見た傲慢さなど欠片もない。今のデルフィーニはただの娘だった。白い手がウィスタの腕を掴もうとする。だが、ウィスタは一歩下がった。得体の知れないものに触れられてたまるかといわんばかりに顔を背けてみせる。

「覚えのない娘よ。よかろう……身の証を立てたくば、こちらへ」

 そっとジェローム聖堂の扉を開き、身を滑り込ませる。一本、二本、と魔法で紡がれた糸が切れていく。編まれた衣が破れていく。

――時間がない

「来い」

 声帯が熱くなる。一歩、二歩、と進めばデルフィーニもついてきた。ウィスタはイリスを思い出した。こんな時だというのに、背を追いかける小さな足音を聞いているような錯覚を覚える。けれどもいるのは闇の帝王の娘だ。亡き父を蘇らせ、闇の時代を招こうとしている魔女なのだ。

 足を止める。デルフィーニと向かい合った時、娘の眼が大きく見開かれた。その瞬間、ウィスタも悟った。魔法の衣が崩れたことを。襲撃の合図をする前に、デルフィーニが動く。

「ウィスタ・リアイス! 貴様かあぁッ!!」

 希望を粉々に打ち砕かれ、怒りに身を膨れ上がらせたデルフィーニの放った呪文をウィスタは回避した。衣を焦がし、呪文は壁に激突し弾ける。高音が聖堂を満たし、ウィスタは目眩を堪えた。あるかなきかの隙を衝いて、デルフィーニが呪文を放つ。誰かの放った呪文が、危ういところで攻撃を逸らし、それた光線は聖堂の長椅子を破壊した。怒号とともに仲間達が飛び出してきたのを気配だけで感知したが、そちらに眼を向けている余裕はない。デルフィーニの狙いはただ一人。ウィスタだ。

「息絶えよ!」

 時を同じくして杖を振る。片や闇の如き緑の杖。片や雪の如き白の杖。互いの死を願い、殺意を乗せて緑の光輝となって空間を切り裂き、ぶつかり合って消滅する。

――疲労しているウィスタとほぼ互角

 常ならばウィスタが勝っているだろうが、運命の神とやらは意地悪らしい。決戦の時に調子がよかった試しはないのだ。仲間はいるが、激しさを増していくウィスタとデルフィーニの攻防に手を出しあぐねている。戦場で一番恐ろしいのは味方の誤射なのだから。

「と、まあ織り込み済みだがな」

 石床を靴で叩く。

――ここはリアイスの『場』

 主導権はウィスタにある。

「来い」

 《ランパント》の号令に聖堂が震えた。石床を緑の色が覆っていく。細長く、しなやかで不思議と蛇を想起する影。身を飾るのは深い紅。あたかもバジリスクを思わせる配色だった。幾本も幾本も、石床から生まれ、伸び、瞬く間もなくデルフィーニに絡みつく。悲鳴を上げる口すらも、蔓薔薇は塞ごうとする。

「嫌だやめろ。父上ッ! 私は……、私は父上、に」

 唇を蔓薔薇が覆う。くぐもった声を上げ、闇の帝王の娘は身をよじる。するり、と杖が落ちた。

「ご先祖様も大層な仕掛けをしたもんだ」

 ウィスタは屈み、杖を拾い上げる。最後のユスティヌの骨から生み出された杖を。

――このまま絞め殺すか

 それでもいい。少し力を込めれば娘は死ぬ。ウィスタは固唾を呑んで見守る仲間の視線を感じながら、娘に呼びかけた。

「デルフィーニ・ブラック」

 蔓薔薇の棘で痛めつけられ、全身を血で染めている娘はウィスタを見つめた。呪われた血統を示す、禍つ星の色には無惨に砕かれた希望の欠片と、己の運命を恨む濁った輝きだけが浮かんでいる。ウィスタは哀れな娘を前に数拍沈黙し、ため息とともに告げた。

「闇祓いウィスタ・ブラック=リアイスの権にて裁きを申し渡す。死あるのみ」

「――魔法法執行部長官ハリー・ポッター、承認」

「――魔法大臣ハーマイオニー・グレンジャー=ウィーズリー、承認」

 温度のない声が聖堂に木霊する。ウィスタは再び石床を叩き、仲間達と空間を隔てた。彼らには、ウィスタ達の姿は見えない。

――見せなくて済む

 見せたいものか。こんなところを。

 指を鳴らす。蔓薔薇が、娘の口から離れる。

「父に、会わせろ……お願いだ……父を返して……」

「できん。ならば俺の母を返せを言おうか。お前の父に殺された母をな」

 左手中指に意識を集中させる。リアイス一族の秘宝『冬の息吹』は、当代の継承者の命に応え顕現した。敵の存在を察知し、冷え冷えとした戦意を溢れさせる。

「お前はユスティヌを盗み、冒涜し、我が一族に手を出した」

――密やかに生きていればよかったものを

――現れなければよかったものを

 存在し、牙を剥くのなら、ウィスタの仕事は決まっている。哀れみもなにも抱いてはならない。聖人ならぬこの身は、己の手を血で染めることを躊躇ってはならない。なぜならばウィスタは《ランパント》。呪いの血を受けているといえど、務めに変わりはないのだ。

 固い柄を握りしめ、剣を構える。いつかと同じように。

「お前に赦されるのは」

 銀の煌めきを振り下ろす。弧を描いた刃は、易々と肉と骨を切り裂き、華奢な首を虚空へ舞い踊らせた。

「……死ぬことだけだ」

 転、と首が落ちる。一拍遅れて娘だったものから血が噴き出し、しかし『冬の息吹』の絶対零度の魔力によって白く凍り付き、砕けて散った。

 

 

 

 

 鐘声を聞きながら、ウィスタは柩の中に眠る娘を見つめた。黒髪、瞼に隠された虹彩は紅藤色。名はウラニア・ユスティヌ。ホグワーツの制服を身に纏い、薄く化粧を施され、花の中に埋もれている。どこにも瑕疵はないかに思われるが、ただ一つ片方の袖だけが膨らみを失っていた。

「遅くなりました」

 伯母上、と小さな小さな声で囁く。されど、死者は応えない。魂のない器なのだから当然なのだが。

 骨の杖とウィスタの過去視の力を駆使して、ユスティヌを見つけ出したのはつい先日のことだ。ゴドリックの谷の戦いから優に一週間は経過していた。灯台下暗しとはよく言ったもので、ジェローム聖堂もとい共同墓所に、リーン・リアイスの墓に中に放り込まれていた。形だけの空の墓であり、中には何も納められていない。ところが開けてみると綺麗な骨が眠っていたのだ。呪文を解除してみれば、骨は消えて後にはユスティヌが現れていた。ウィスタは彼女を抱えると、従者を連れて即座に姿くらましし、密やかに校長に面会し、今こうして埋葬している。

「本当は、母と一緒の墓にお招きしたいのですが……彼女の夫が嫉妬しそうなので」

 苦笑する。永遠の眠りについていようが、起きかねない。シリウス・ブラックという男は。生前は元婚約者だったとも聞いている。ともかくも、彼らの間柄はややこしかったのではなかろうか。

「ホグワーツでお休みいただければと」

 言い添えて、膨らみを失った袖を見やる。まさか死んだ後に利用されるなど思いもしなかったろう、ユスティヌも。杖と同じくユスティヌそのものも破壊するのが最善なのだろうが、ウィスタの心の欠片が抵抗した。これ以上死者に鞭打つのは酷だった。

「もし、あなたが生きていれば……」

 埒もない夢想に過ぎない。今更過去は変えられない。変えてはいけない。だが、考えてしまう。もし、と。

「母や父が生きていれば、どんな話をしたのだろうと思いますし」

 高い声に振り向いた。跳ねるようにやってくるイリスとレグルス、その後ろをゆったりと歩むセイリオスが見える。それぞれに花束を抱えている。

「あの子達にも会わせたかった。叶わぬ願いだとしても」

 父様、とイリスが手を振る。自然と笑みを浮かべ、ウィスタも手を振った。

――呪いの血だと知っていても、子を成した

 成さずにはいられなかった。だが、と再びユスティヌに顔を向ける。

「あなたも母も戦った。血ではなく己に従った。俺はそれを信じたい」

 息子達がやってきた。花を一輪一輪柩に納め、最後の一輪が捧げられた。

「おやすみなさい、ユスティヌ」

 囁いて、柩を閉じた。




これにて呪いの子編完結です。
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