【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

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呪いの子編後の話。ネタバレあり。


番外編
Black Blood


「――あんたらのことだから始末して抹消したのかと」

 本音をぶちまければ、それはもう嫌そうな顔をされた。

「私を、一族をなんだと思ってるのか。そこまでせんわ」

 そこまではしていなくとも結構なことはしているわけだ、と彼は冷淡に思う。古びた邸の古びた椅子をきぃきぃと鳴らし、ため息を吐いた。 かび臭い家である。彼がろくに手を入れていないからだが。かつて華やかな歴史と血の足跡を刻んでいた場所も哀れな有様だ。壁には穴が空き、蜘蛛の巣がそこここに。人が住まない家は荒れる。代わりに人をやって多少の手入れはしているものの、魔法とて万能ではない。そのうち荒廃に飲み込まれるだろう。

「一族ねえ……」

 もはや一族といえるかどうか。だが、肖像画には関係がないのだ。血筋は続いており、名も残っている。だから、子孫である彼をせっつくのだ。

「適切な教育を授けるのは義務だ」

 マクゴナガルと同じようなことを言いやがる。彼はじろりと肖像画を見た。

「あんたな、なんでそれを校長時代に実践しなかった?」

 ◆

 その日はしとしとと雨が降っていた。といっても、北方の気候は湿気がなく過ごしやすい。たいした苦でもない。ウィスタ・ブラック=リアイスは魔法使いなのだから。

 雨滴はウィスタの髪も肌も濡らさない。だが、マグルの住宅地に車を停めたウィスタは、律儀に傘をさして降りた。どんな眼があるかわからない。目指す家へは五分かそこらある。なるべくマグルらしくしておくべきだろう。

 やれやれ面倒なとため息を吐きつつ、ウィスタは湿ったアスファルトを踏む。今日は忠実な従者の同行は断った。闇のなんとか卿を討ってから二十年を越えた。ついでにとある女を始末してから二年ほどか。時の流れは速い。

 昏い紅の眼が、ウィスタを灼き尽くさんばかりの眼が、脳裏を過ぎる。緑の蔓に覆われ、その身を深紅に染めた女。哀れな……しかし赦すべきではない女。

 高い嬌声が耳朶を叩く。ぬめるような灰色のまなざし。勝利を確信した眼をウィスタに向けて……。

「失せろ」

 低く言う。二人の女の影を振り払う。いつの間にかウィスタは立ち止まり、傘の柄を強く握りしめていた。どちらも片づけてやったというのに……灰色の眼の女など、狂愛を向けた相手と同日に始末してやったのに。どこまでもウィスタにまとわりつき、影を落とす。多少はおさまっていたのにぶり返しているではないか。それもこれもあれが産んだ娘が暗躍したせいだ。忌々しいほどそっくりだった。

 まるで呪いだとウィスタは思う。一生引きずるしかない呪い。引きはがせない影。

――知らないふりを

 すればいいだけだったのに。

 歩みを再開する。一歩ごとに足が重くなる。

「困っているのですよ」

 ウィスタを呼び出し、紅茶をふるまいながら言ったのは、親愛なる校長であった。ほっそりした手には皺が目立ち、髪は灰色。ウィスタはミネルバ・マクゴナガル校長が祖母と同年ということをしばしば失念する。だが、いかな魔法族とはいえ老いの影は確実に忍び寄るのだと思わざるを得なかった。そしてウィスタは校長の頼みに弱かった。女子どもには甘いのだが――殊に恩師には弱かった。

「ネビルを使いに出したのですけど」

 拒絶されて。

「あいつは純血魔法族のお坊ちゃんでは?」

 人当たりはいいですし、警戒心を抱かせる男ではないですが、とウィスタは友人で、ホグワーツ薬草学教授のネビル・ロングボトムを評した。一見して人畜無害で穏やかそうで少しドジそうな男である。実際、学生時代はしょっちゅうドジを踏んでいたし、魔法薬学では教師に怯えていた――ウィスタはその原因をちらりと見た――その教師現肖像画は鼻を鳴らした。

「今年は彼が個別訪問の係なのですよ」

 ほかの家庭への説明はすんなり済みました。だけれど。

 マクゴナガルは顔をしかめた。

「あの家だけはネビルの手に余りました。それであなたにお願いしたいのです」

 なんで俺が、とウィスタは言いかけた。マクゴナガルがにやりとした。クィディッチでグリフィンドールチームが続けざまに点を入れたときの顔に……それともハリーがスニッチをとったときの顔を思わせた。

「その家は――」

 

「ブラックストンさんですね?」

 インターホンを鳴らし、適当に言いくるめれば古びた扉が開いた。フラー直伝の魅了呪文はモニター越しでも多少は効くらしい。

 現れた男は穏やかな顔をしていた。ウィスタへの歓迎を面にあふれさせ、明るい色の眼でウィスタを見ている。いかにも紳士、いかにも上品な育ちの男に好意を抱いているのだ。この場合愛のほうではなくて好きのほうだが。ウィスタは野郎より婦人のほうが好みなのである。

「末のご子息の件で」

 お話しにと言うか言わないか。男の顔からろうそくの火を吹き消すように好意が消えていった。

「息子は妙ちくりんな学校なんぞに」

 行かせない、と男は叫び、扉を閉めようとする。ウィスタは靴を隙間にねじり込んだ。悪徳取り立て業者になった気分であった。ご利用は計画的に。

 男は憤怒の形相だった。ウィスタは顔をしかめた。お気に入りのドラゴン革の靴は、マグル住宅の扉の圧力にどれほど耐えられるのか。魔法族でも痛いものは痛い。そして男はウィスタの骨が砕ければいいとでも思っている。なにがなんでも扉を閉めたいらしかった。なので、そうすることにした。

 片手で扉を押さえ、片手で男を押す。そっと、どうぞお入りくださいというように。男はふわりと宙に浮き、家の中に戻っていった。ウィスタは後を追う。玄関になんなく入り込み、扉を閉め、鍵もかけた。

「不法侵入だぞ!」

 玄関にへたり込んだ男は、ウィスタを睨み上げる。だが、ウィスタはにこりともしなかった。ネビルには強引さが足りないのだ。男の、今にも人を殺さんばかりの形相を前に、撤退したのだろう。

「ご子息に教育を与えないのはいかがかと。ブラックストン氏」

「魔法なんぞ」

 ブラックストンは吐き捨てる。ウィスタは哀れなブラックストンの腕をひっつかみ、立たせた。完全に主導権を握る。居間へ行くように促した。

 畜生、とブラックストンは吐き捨てる。きちんとした服を着た、きちんとしたマグルである。そして科学や常識を愛し、ファンタジー小説を嫌う類のマグルであった。つまりハリーの言葉を借りるなら「ダーズリーみたいな」マグルだ。

「使用人はつけてやる」

「ここから学校へ通うがいい」

 冷えた声が聞こえ、ウィスタはちらりと振り返った。玄関に影が立ち上がっている。闇色の衣を纏い、美しい釦がきらめいている。刺繍が挿され、その衣がいかに手がかかっているのかを余人に知らしめる。

 整った顔立ちの男が見下ろすのは、小さな影だった。

「お前には失望した」

「私はお前を愛していた。だからなんとかしてやろうとした……」

 男の声はかすれている。怒りと、哀れみと――劣ったなにかをみる眼を、小さな影に向けている。小さな影――男の息子らしい――はうつむいていた。

 捨てないで、と小さな声がした。震え、か細い声だった。

「お前と私は違う生き物なのだ。生まれ損なったのだ。矯正は成らなかった」

 だからお前が行くのは出来損ないの学校。そして今日からお前の姓は――ブラックストン。

 

「ご子息は魔法が使えます。教育を受ける必要があります。英国ならホグワーツがいいでしょう」

 ブラックストンとその妻――レディ・ブラックストンを無理矢理席につかせ、ウィスタは淡々と説明した。

「イートンに行かせる。そうともあそこに入れてしまえば」

 魔法なんぞ妙なものは追い出せる。

 ブラックストンは断言した。血ではなく環境が人をつくるという説の、有力な例になりそうだブラックストンは。

 ウィスタは勝手にいれた紅茶を飲んだ。いかがですかと勧めても睨まれた。ウィスタのいれた紅茶は美味しいのだけど。お望みならばスコーンでも焼いてやるのに。

「下手をすればしょっちゅう窓が割れ、照明が砕けますよ」

「ただの偶然だ。いや、あれの悪戯だ」

 即座にブラックストンは言い返してきた。どうやらブラック家の末裔殿――調べたところウィスタの父の大叔父の家系だった――は、純マグル教育を受けたようだ。やはり環境と教育が人をつくるのか。

 まさか純血一族の末裔が、これほどの過激派マグルになろうとは。

 ああ、ちらほらと声が聞こえる。魔法なんてない。そんなものはない。異常だ。

「魔法なんて狂っている」

 燃えるような声がする。ブラックストンもその妻も掻き消える。緑のソファに男が腰を下ろしている。黒髪に、ブラックの色濃い血統を示す顔立ち。眼は灰色。幼いマリウスは、父親そっくりに成長したようだ。

「戯言でしかない。弱いものが夢想するだけのものだ。逃避だ」

 彼は懇々と息子に言い聞かせる。魔法の存在を否定する。否定して否定して、消そうとする。己の過去を――言うことはできない出自を――捨てられたのだという事実を。

「矯正させる」

 声に、我に返った。ウィスタは過去から現在に戻っていた。

「ご子息の安全、ひいてはあなた方の安寧を考えるならば」

 ホグワーツに行かせてください。

 ブラックストンを睨み、静かに続ける。

「苦しいだけですよ。ご子息とて、望んで魔法を得たわけじゃない。押し込めて、矯正しようとしても無駄です」

 ウィスタは眼に力を込める。ブラックストンを開心し、思考と記憶の海に飛び込む。そうして、引きずるようにして息子――ジョンという――を連行し、階段下の物置に放り込む様を見て取った。

 ウィスタは立ち上がる。待て、とブラックストンが叫ぶが沈黙し、固まった。機密保持法なんて知ったことではない。それに屋内だ。露見する心配はない。仮にご近所のお節介が覗いていたとして、誰が信じるだろうか。

 あなた、とレディ・ブラックストンが悲鳴を上げる。ちらりと振り返れば、夫の肩を必死に叩いていた。

「大丈夫ですよ。害はありません……レディ、あなたはご子息に死んでほしいわけではないでしょう?」

 言い捨てて、居間を出た。構っていられない。この世に異常なんてないと信じたいマグルたち――スクイブの末裔は、魔法族の子を抑圧すればどうなるか知らされていないらしい。

 子どもがオブスキュラスになるなんて、ウィスタはまっぴらだ。

 学資は絞り出させればいい。夫人のほうがまだ話がわかるだろう。ブラックストン家はそれなりに富んでいるようだし。イートンよりホグワーツのほうが安い。

 ひとまずここから連れ出す。なぜならば、ジョン・ブラックストンには教育が必要だから。

 整えられた廊下を行く。綺麗に塗装された階段――物置の扉を小さく叩いた。

 かすかな音とともに扉が開く。黒髪の男の子が顔を覗かせる。眼は冬を思わせる灰色。

「ジョン」

 ウィスタは片膝を突く。分厚い封筒を差し出した。アルファベットのHを獅子、穴熊、鷲、蛇が取り巻いているそれを。

「俺たちの学校においで」

「……なにかの宗教団体じゃないの?」

 おずおずとウィスタを見る男の子に、思わず笑いかけた。本当は気が小さくなんてないのだろう。今は縮こまっているだけだ。ネビルと家族とのやりとりもこっそり聞いていたのだろう。

「いいや」

 そこでは、君は爪弾きにもされないし、気味が悪いとも言われない。なぜならば。

「ホグワーツは、君たちのための学校だから」

 細かい説明はいらなかった。ジョンは魔法があることを知っている。己が不思議ななにかを引き起こすことがわかっている。

 小さな手が封筒を掴む。ウィスタは彼に告げた。

 さあ行こう。

 魔法界が君を待っている。

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