【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

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ヤヌス後の話。ネタバレあり。


Edward

 ラジオから歌が流れ、真っ白いふくろうが、止まり木から興味深そうな眼を向けている。壁にかかった時計は昼の少し前を示し、同時に家族の何人かが「自宅」で一人は「外出」していることを知らせていた。

――ジェーのやつ

 今度はどこに遊びに行っているやら。活発なポッター家の長男に思いを馳せながら、エドワード・リーマス・ルーピン――愛称をテディ――は日刊予言者新聞を折り畳む。隣に腰かけるアルバスに「読む?」と差し出した。ポッター家の次男は父親譲りの緑の眼を瞬かせ「うん」と返す。その言葉のどこにも刺が見あたらなくて、テディは内心で安堵した。二年ほど前のアルバスは、いささか早めの反抗期に突入していた。テディがポッター夫人ことジニーに「ご飯を食べにいらっしゃい」と言われる頻度が増えたのも、アルバスの反抗期のせいだったのだろう、と今は思う。テディはいわゆる緩衝材だったのだ。嫌な気持ちにはならなかった。ポッター家はよくしてくれているし、テディはハリー・ポッターとその家族が好きだったから。親戚のようなものだ、気持ちの上では。

「かわいいと思わない?」

 卓に皿が置かれる。盛られているのはパンであった。ニフラーや一角獣、ニーズルにほかにも色々。綺麗なきつね色で、いかにもおいしそうだった。

「自分でつくったの? ジニーはとっても器用だね」

 違うのよ、と赤毛の魔女は首を振った。

「ウィスタが送ってきてね」

 静かに言ったのは向かいに座るハリーだった。ひょいと杖を振って人数分の――ハリー、ジニー、アルバス、テディ、リリーの分の紅茶をいれている。一時期纏っていた緊張感はない。稲妻形の傷持つ英雄は、大変にくつろいでいた。

「リリーとジニーが喜ぶだろうと」

「小父様はほんとそつがないわ」

 リリーは笑顔で言う。マグルの女の子ならスマホとやらで写真を撮っていそうだ。魔法族でスマホを使いこなしている人間なんて、ハーマイオニー・グレンジャー=ウィーズリーか、ウィスタ・ブラック=リアイスとその子たちだけだろう。

「僕と違ってあいつはだいたいなんでもできるからね」

 ハリーは肩をすくめた。そして眼を細めた。

「……無茶苦茶もするが」

 テディはなにも言わないことにした。ああそうとも、ウィスタ・ブラック=リアイス……たいていのひとはウィスタ・リアイスと呼ぶ――は無茶苦茶をするとも。日刊予言者に「ハリー・ポッターとウィスタ・リアイス、ヴォルデモート卿の娘を倒す」なんて一面が出た時なんて目眩がしたものだ。あれこれ忙しそうだと思ったら! と適当な用事をつくって訪ねてみれば、臥せっていた。なんでもヴォルデモート卿の娘、デルフィーニ・ブラックと「タイマンを張り」、勝ったはいいが怪我をしていたらしい。本人曰く「俺はもうおっさんだぞそりゃ怪我くらいするし体力も落ちる」らしい。口調はふざけていたが、顔は青ざめていて、群青と紅の眼は光を放っていた。気のいい後見、あるいは義兄……それとも血族の身に流れる血の半分を、テディは意識せざるを得なかった。時として冷酷非道なふるまいをする魔法騎士の血を。

 若い娘を始末して、なんとも思わないほど冷血だとは思っていない。だが、ウィスタがテディに胸の内を明かすことはないだろう。彼の息子でもなんでもないので。

『俺はお前の父親じゃあない』

 義兄だ、と口を酸っぱくして言われたことを思い出す。ホグワーツ入学前に癇癪を起こしたのだ。みんなお父さんやお母さんがいるのになんで、とウィスタをなじった。満足すべきなのだと頭ではわかっていた。けれど、ダイアゴン横丁に買い出しに行って、箒がほしいだとか、鍋はこれがいだとか、親にねだっている子たちを見てなにかが膨れ上がった。物心ついた時からうずくまっているなにかだった。

 おどけて訊いた。ねえ、やっぱり僕はただの弟なの、と。小さな小さな頃にも似たようなことは訊いた。そのときはなだめられた。テディの古い記憶の中に、唇を引き結び昏い眼をしたウィスタがいた……。

 もはや父親なんだが、とテディは百回は思ったことをまた思う。パンを小さくちぎって食べた。くそっ、お上品な食べ方はウィスタから伝染ったものだ。無意識は怖い。

「……テディ、どうかしたの」

 そっとアルバスが訊いてきた。パンが好みじゃなかったのかと心配なようだった。

「たいしたことないよ」

 にこりと笑って返した時、居間にふくろうが滑り込んできた。真っ黒いそれに顔がひきつる。まさか。

 どうかハリー宛でありますように、というテディの願いは裏切られた。ふくろうはテディの前に手紙を落とし、去っていった。

 封を解く。テディはため息を吐いた。

「誘いが急なんだよ」  大急ぎでパンを詰め込んだ。まったく困ったものだ。

「どうしたテディ?」

 ハリーがいささか心配そうに問いかけてくる。アルバスとよく似た心配顔だ。

「義兄から買い物のお誘いで」

 ◆

「……子どもを拾うのが趣味なわけ?」

 ダイアゴン横丁入り口付近で、テディは遠慮なく言った。合流した義兄ことウィスタの隣には、小さな男の子がいた。服は少し大きい。あちらこちらを見回し、飛び交うふくろうに眼を丸くしている。その子の眼が灰色なことにテディは気がついた。テディが亡き母親から受け継いだ色だ……。

「しゃあねえだろ。マクゴナガルの要請だし」

 ウィスタは肩をすくめた。珍しくスーツである。たいていは気楽な格好を好むのだが、誰かに会って威嚇する必要があったのだろう。ウィスタは子どもを拾うというか救出することが多いのだ。男の子もそうだったのだろう。

――人狼の子の面倒をみて

 物好きなんて陰口を叩かれていたのも知っている。テディは人狼の子だった。死後マーリン勲章を授けられたリーマス・ルーピンの子だ。それでも人狼を嫌悪する者はいた。テディも悪意には気づいていた。なんでもないふりをしたものだ。

「ジョンの買い物に付き合ってくれ。俺は別件があるから」

 漏れ鍋で合流な、とウィスタはさっさと決めてしまう。ああ、自分勝手だ。しかし、子守の人選にウィスタの年長の息子――セイリオスを抜擢せず、テディに任せてくれるのは正直うれしいことだ。やっと一人前だと認めてくれた気がした。

「わかったよ」

 お忙しいものね。リアイスだから。多少の嫌味を混ぜても、ウィスタは柳に風とばかりに受け流す。素直になれないテディに慣れっこなのだろう。それがまた腹が立つのだが。

「お前ならちゃんとできるってわかってるさ」

 ここぞとばかりに片目をつぶる義兄を殴りたくなってきた。そろそろ四十歳のくせしてやたら似合っている。この人たらしめ。

 軍資金の詰まった革袋を受け取り、テディはジョン――ジョン・ブラックストンというらしい――を連れて買い物をしまくった。「そろそろ干からびるんじゃないか」とウィスタに言われているオリバンダー翁は、ジョンをみて「おや?」と首を傾げ。なるほどねとばかりに頷いた。ジョンの杖選び自体はオリバンダーの弟子が進めてくれた。

 不安と興奮が入り交じった様子のジョンは、杖を得て眼を輝かせた。そうなのだよな、杖選びはわくわくするものだ。テディ自身は父母の杖とオリバンダーに選んでもらった杖があるが。

 マダム・マルキンでローブを、ついでにテディも服を買った。ウィスタからの「小遣い」であった。テディは数年前に成人しているのだけど、ありがたく受け取った。子守の手間賃であろう。

 フォーテスキューのアイスクリームパーラーで休憩し、フローリアン・フォーテスキューにアイスをおまけしてもらった。たどたどしく礼を言うジョンに、テディはハリーのことを思い出した。今でこそ英雄といわれている彼だが、理解のないマグルの元で育ち苦労したらしい。それを言えばウィスタも酷い育ちだったようだが。詳細は不明だ。孤児院で育ち、テディの父に引き取られたとしか聞いていない。

 アイスを舐めながら奇妙な心地になった。よくウィスタに連れられて出かけたものだ。ダイアゴン横丁に来た時は決まってフォーテスキューの店で休憩した。ほんの小さな頃、口についたチョコを拭ってもらったことを思い出し、居心地が悪くなった。ウィスタは世話焼きなのだ。意外と。彼の妻ことレディ・リアイス――クインによれば「身内には甘い」らしい。そのクインだってテディには優しかった。

――随分と恵まれている

 父母がいない苛立ちや、どこかにぽっかりと空いた穴は、いろんな人からもらう慈しみが注がれている。テディはちょっとした不満はあるものの、おおむね幸せなのだきっと。

 ちらと隣のジョンを見る。小さな子だった。殴られた痕はなさそうだ、と考え、己の思考に苦笑する。どうせウィスタが確認済みだろうし、もし理解のないマグルが身体的な虐待をしていようものなら容赦しないだろう。

 問題は精神的な傷がないかどうかと、ジョンの今後だろう。

 ウィスタからざっと手紙で説明された限り、ジョンの親は魔法に理解がない。いや、理解がないのはいいとして、拒絶しようとする。ホグワーツは寄宿学校だ。長期休暇には原則帰省するのだが、それがジョンのためになるだろうか?

 悶々としながら休憩を終え、学用品をそろえ、たくさんの荷物を抱えて漏れ鍋に行った。

 ウィスタは漏れ鍋の奥の席にいて、足を組み紅茶を飲んでいた。ご婦人たちの熱い眼など歯牙にもかけていない。反対に、ウィスタの向かいに座る男は、もぞもぞと身じろいでいた。

「君と一緒にいると神経がすり減るんですが」

「お前がモテてるんだろ。寝台に誘われても断れよ。こじれるから」

「僕も君も良識は装備されているでしょう!」

 まだ陽も暮れていないのだが、男二人はバカな会話をしていた。テディは教育上の悪影響を憂い、ジョンを連れて帰ろうかと思った。男の一人住まいでよければ泊まらせてもいい。

 が、テディが行動を起こす前に、ウィスタの眼がテディに向けられる。ひょいと手招きされれば行くしかない。

「人に仕事を任せて優雅にお茶?」

「駄賃にケーキでもなんでも食っていいよ。俺も仕事だとも」

 そうして、ウィスタは同席している男に眼を向ける。男はにこりとした。ジョンに優しい声で話しかける。

「君がジョンだね? 僕はこの誘拐犯の友達で」

  ジャスティン・フィンチ=フレッチリーと言います。

 テディはちらとウィスタを見た。

「……ほんっとそつがないな」

 ジョンに聞こえないように呟く。ジャスティン・フィンチ=フレッチリーはいわゆるマグルの良家の出である。ウィスタ曰く「イートンを蹴ってホグワーツに入った変わり者」。人柄は折り紙付き。マグルの親から拒絶された子を受け入れるのにはうってつけ。これで長期休暇の帰省先は確保できたわけだ。

「俺が抜かりないって知ってるだろ義弟よ?」

 にやりと笑う義兄に、テディは両手を上げた。

 この男が義兄で――本当は養父と呼びたいのだけれど――よかった。

 絶対に言ってやらないけれど。

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