【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

21 / 30
ヤヌス本編後の話。ネタバレあり。ブンクロ伊達男と従者編。


化け物だろうとなかろうと

 自分のこと善人だと思ったことも、真面目だと思ったこともない。少なくとも悪人ではないだろう、くらいは思っている。誰だってそんなものじゃないか? 善いともいいきれなくて、悪とも言い難くて。善人ではないイコール悪人なんて乱暴な分け方だ。天秤は常に揺れ動いている。ぴたりと釣り合うことなんてめったにないだろう。それこそ、よほど意思が堅くて、確かな何かを持っている人間でないと。

 ロジャーの秤は揺れっぱなしだ。しかも少し狂ったらしい。

――僕らしくもない

 まったくない。女性を助けに入って返り討ちにあうなんててんで馬鹿だ。ロジャー・デイビースはレイブンクローの出身だというのに。

 そういうのはグリフィンドールに任せておけばよいのだ。例えば、隣を歩く彼女のような。

「僕は大丈夫だって」

「頭を打ったでしょう」

 昼間のダイアゴン横丁の大通りを引きずられるように歩く。ああ女の子に拉致される僕、と言っても無視された。

 エリュテイア・リエーフを女の子と言っていいものか。そこらの女の子にはない落ち着きがあるというか、妙に世慣れているというか。彼女はかっこいい騎士様である。なにせ八人も伸して颯爽と女性を救ったのだ。すごいねと言えば妙な顔をされた。ちょっとだけ、泣きたいのか笑いたいのかわからないような、そんな顔。

――親切だし

 私は治療師じゃないですし、頭の怪我は怖いですからとわざわざロジャーを引っ張っていってるのだ。診療所に。治療師とはまた古風な言葉だ。

 近寄りがたいと言われていたものだ。あのリアイスの――ウィスタ・リアイスの従者は。召使いではない。メイドでもない。従者。従う者。彼女がホグワーツに転入してきたとき、一部では「そういうこと」なのだと囁かれていた。従者という名目でウィスタの側に送り込まれてきた、将来の妻候補。それか愛人候補。ロジャーはなんの気なしに聞き流していた。デイビース家はそこそこの家でしかない。たぶんどこかの名家から枝分かれしたか、マグルの富裕層にルーツがあるのだろう家。たいして気にすることもなかった。

 名家は大変だなと思ったことは覚えている。そして転入生の話題は日常にまぎれていった。

 そうこうしているうちにまた話題になった。

 あれはただの「愛人」ではないぞと。寮の談話室でなにを生々しい話をしてるのか、と思いつつロジャーは箒を磨いていた。なんとなしに耳をそば立てれば、やれ女の子の落とし物を探してあげただの、女の子に無体を――おいおい無体かよ――働こうとしたスリザリンのボケをしばきあげただの、その他諸々出るわ出るわ。下手をすれば「主」であるウィスタ・リアイスより女の子にモテている疑惑。

「あれは騎士だ。間違っても愛人じゃない」

 誰かが言い、別の誰かが付け加えた。

「フラー・デラクールと姉妹らしいぞ」

――妙なことになった

 リードを引っ張られている犬よろしく、それか追い立てられる羊よろしくダイアゴン横丁を行きながら、彼女の横顔を見る。派手な美人というわけではないが、整っているほうだと思う。氷の女、と誰かが言っていた。にこりともしない、人形じみた女。

 あのフラーの「姉妹」なのだ。氷でてきているわけでも、石の心を持っているわけではないだろう……と思っていたけれどあえて言いはしなかった。フラーと付き合っていた時期、エリュテイアってばね、エリュテイアはね、ほんとに素敵なの騎士様なのとのろけを聞かされた。ロジャーは考えたものだ。もしかして、フラーが自分と付き合ってるのは隠れ蓑ではないか。実はフラーとエリュテイアは「親密」なのではないか……。

「なにを百面相しているんですか」

「頭を打ったからね」

 ついでに君にべしべしされたし、と情けなさそうに言ってみる。強がっても仕方がないし、この騎士ならロジャーのことを顔だけだなんて言わないだろう。

 頭の上に軽い重みがかかる。さっと撫でられ口を開ける。ロジャー・デイビースは女の子といちゃいちゃしたこともあれば、付き合ったこともあれば……順序がおかしいな? 別れたこともあるわけだが、頭を撫でたことはない。撫でられたこともない。

「僕はペットか?」

「痛がる子どもには、こうするのがいいらしいですが」

 きょとんとされる。珍しい表情だ。氷の麗人だとか呼ばれていた魔女なのに。佇まいからなにからロジャーとは違った。これが育ちの差かと思ったものだ。フラーと彼女はよく話していたし、必然的にロジャーは彼女のことを見かける機会も多かった。

 どこまでも淡々としているように見えて、フラー相手だと少しは気を緩めているようだった。漠然とほっとしたのを覚えている。ひとりぼっちではないのだなと。馬鹿らしい話だしお節介も甚だしい。彼女はとびきり優秀で、たいていのことはこなせるのだという噂も流れていた。

「子どもが痛いよーって言ったら」

 ぎゅっと抱きしめるものだよ。

「そんなものですか」

「そんなものだろ」

 それか唾つけとば治るわよ、か。母親というものは、男の子のやんちゃに慣れるものだ。ロジャーの母親のように。

「そうなのですね」

 ぽつ、と彼女がこぼす。

――たぶん

 彼女は「そんなもの」を知らないのだ。孤児だという話は聞いていない。エリュテイア・リエーフは謎に包まれている。

 謎めいているから、フラーと別れたあとになんとなしに眼で追ってしまったのだろうか。それとも、フラーに「あなたと私だったら、それこそ美男美女さもありなんでつまらないでしょ」となかなかの暴論を吐かれて別れたせいか。

 さもありなんじゃないのは確かだな。

 気づけばこう言っていた。

「ねえ、診療所に行ったあとにつきあってよ」

「それはお友達なのかそうでないのか?」

「お友達から進むかはわからないね」

 でも僕はお気楽な身の上だからお買い得だよ。

 

「……最近忙しくしてると思ったら」

 ため息がこぼれる。古い邸の階段を、妻を抱えて上がる。

「案件は片付きましたから」

 相当くたびれたのだろう。彼女は眼を閉じていた。リアイス関連の厄介事に走りまわり、主に従って過去に跳んだどうこうを聞いて目眩がした。過去って。事故ったらまずい案件上位である。時間が関わるものは危険なのだ。

「ヴォルデモートの娘を片付けました」

 肩が揺れる。なんとかこらえて寝室までたどり着き、寝台に妻を転がした。

「娘かあ。僕に言ってよかったわけ」

 寝間着を妻に放る。氷の女こと白百合の騎士だって疲れる時はあるのだ。生きている人間なのだから。

「言う言わないは選別してますよ?」

 そうでないと、あなたを殺さないといけませんからね。

 物騒なことを言う妻が寝間着に手を伸ばす。できた夫らしく壁のほうを向いた。今更着替えくらいでとは思うのだけど。

――妻ねえ

 妙な気分だ。なんとなしに付き合って、着地した。ちなみに「もう結婚しよ」とロジャーがぽろっと言った。彼女の仕事に付き合って出向いた先――とある小競り合いの現場で。得体の知れない肉塊が転がり、悲鳴をあげていた。変身呪文――変形呪文の一種。飛び交った呪詛は現場の人間を生きている肉塊に変えてしまった。

 解除は不可能で、楽にしてやるしかなかった。あまりのことに青ざめるロジャーをよそに、彼女はすべきことをしたのだ。緑の閃光が何度も放たれ、生きているのは彼女とロジャーだけになった。

 彼女は昏い眼でロジャーを見た。

「私と付き合うということは、こういうことです」

 ろくなものではない。あなたはただの魔法使いです。フラーみたいな美しく華やかな女性がお似合いですよ。

「もしかすると、私はあなたを殺さなければならない」

 私の忠誠は主に捧げられている。

 彼女はロジャーを突き放したいかのようだった。遠ざけたかったのだろう。だが、ロジャーは首を縦に振らなかった。

 すべきことをして、常に秤がぶれないように思える彼女。こうしてロジャーを突き放すのは、彼女と優しさと……揺らがない秤が動いている証。

「服従の呪文でも使ったら?」

 軽く言う。

「人の道に反します」

 たぶんけっこう裏で人の道に反してそうな女が言った。死の呪文を使い慣れてるだろう。慣れていいのかあんなもの。

 ああだこうだと理屈をこねて、自分は冷たい人間だ、心がないのだと思いこんで生きていくのだろうかこの女。

 そう思ったら言っていたのだ。

「もう結婚しよ」

……絶句した妻は見ものだった。頭のネジがとんだのではと疑われた。

「若い娘の悲鳴は嫌なものです」

 過去から現在へと、壁から妻のほうへと、ロジャーは振り向いた。妻は着替え終わり布団にもぐりこんでいる。

「僕は君が……あと周りが無事ならそれでいいんだ。人の心がないから」

「あなたはまともですよ」

「君は化け物じゃあないんだよテイア」

 妻の唇が弧を描く。

「あなたのような普通のひとが言うならそうなんでしょうね……少し眠ります」

 一時間経ったら起こしてくださいな。私の夫。

 囁かれ、任せておいてと頷いた。

 頼られるのも悪くない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。