虹彩シリーズ「ヤヌスの柩」の紙本に収録していた書下ろしを再録。そろそろ数年経ったからいいかな・・・と蔵出しです。
⚠ヤヌス√こと呪いの子√との齟齬があったので、再録とかいいながら修正してます。今まで気づいてなかったんだぁああ!
♡紙本をゲットしてくださった方々、ありがとうございました。
どうか、彼に
地を穿つがごとき雨はなりをひそめ、いまではかそけき滴が落ちるばかり。彼は白銀に輝く剣を握ったまま、
もつれ合う塊。いいや、元はふたつ。片方は男で。片方は女で。ひどく煤けたなにかになり果てていて。
――庇ったのだろうな
女のほうを男がかばった。覆い被さるようにして。なんとか守ろうと。屍の山を築いてまで。けれど無駄だった。いくらなんでも多勢に無勢で。ディフィンドからインセンディオまでありとあらゆる呪文で痛めつけられて、黒く焦げたものになってしまったのだ。顔はまだ形をとどめていて、生前に片眼がえぐり取られたのだと知れる。どこか妖しげなともし火の眼。
「お前だけなら逃げられたろうに」
なぜかばった。彼の伴侶だからか、ほかの理由からか。もはや永遠に聞けはしない。
膝を突く。剣がぬかるみに身を伏せる。抱きすくめられた女に手を伸ばす。焼かれていても彼の愛した女だとわかる。頬の線、まばらな白金の髪。眼窩は空洞で。
「■■■」
じわり、と両の眼が熱くなる。炎そのもののように。
「ランパント!」
振り向く。息を切らせて駆けてくる男。
血族だ。彼の伴侶をこんな風に殺した者たちの。
――認めない
こんな別離など。
――赦さない
立ち上がる。剣を手に取る。にぃ、と笑みを浮かべる。流れるように得物を振り抜いた。
◆
坂を転がり落ちるように、状況は悪くなっていった。
分霊箱を壊し、あとはナギニを始末して本体――闇の帝王を葬り去ればいいだけだった。
なにもかも順調とはいかなかったが、流れはこちらに向いていて、ついに千年にもおよぶ因縁が終わるのだと――思っていた。
――ネビルが死に、ハリーが死に
ホグワーツから撤退した。ハリーたちを弔えないままにおめおめと逃げて、分家へ駆け込んで、抗戦した。そして数年が経った。
選ばれし者はいない。それでもエリュテイアの主が残っていた。彼こそが最後の希望であり、闇の帝王を討つとしたら彼しかいなかった。ウィスタ・ブラック=リアイス。リアイス一族の頂点《ランパント》しか。
こちらはハリーをはじめとした多くの勇士を喪っていたが、それは敵方も同じだった。最大戦力のベラトリックスが欠けた穴は大きく、リアイスと闇の陣営はしのぎを削っていた。やがてじわりじわりとリアイスが敵を食い破り始めた。闇の帝王を討てるか――と希望が萌したとき、なにもかもが壊れたのだ。
ウィスタ・ブラック=リアイスが、あの英雄が――闇の帝王の孫だと。
真実が漏れたのだ。いや、闇の帝王が喧伝したのである。あれは己の孫だと。だからこその魔力の強さだと。片眼の深紅は呪いなどではなく、血によるものだと。
ひそかに仕込まれた真実薬が――主の口を開かせてしまった。
『殺せ』
『呪われし者を』
『殺せ』
『忌まわしき幻獣を!』
『裏切り者を!』
『妻も子も!』
『すべてを!』
――なぜ、こんなことになったのか
主の妻と数名が城に残り、エリュテイアは主を――守るべき者を引きずるようにして逃げた。あらゆる命令を無視して。立ちはだかるリアイスを何人も始末して、血路を開いた。
逃げて、けれどエリュテイアを振り切って主が戻ったときには、屍の山と――黒こげになった二つの亡骸だけがあった。
「……ちっとも気分が晴れないな」
英国のとある村――ゴドリックの谷。
骨のように白い
「あっけないもんだな」
エリュテイア、とささやかれ、
「はい」
と応えた。酸鼻を極める光景なのだろう。けれどエリュテイアは何度も――飽きるほどみてきたのだ。戦を、虐殺を、死を。かつての自分だったものは贄にされたこともある。いまさら心が動くはずもない。彼女の心を揺り動かすのはただ一つ。ただ一人。
「クロードは埋葬してやれ」
ふ、と主は
「俺が救われる時が来るだと。哀れなことだよクロードも」
そんなものが最期の預言なんだから。
ふふ、ふふ、と主は笑い続ける。炎の舌が主の高ぶりを受けて身をくねらせた。
「なにが救いだ」
一族を滅ぼしてもなんにも変わらない。俺は救われない。
声はひび割れ、双眸は爛々と輝く。
主の救いはどこにあるのだろうか。一族から裏切られ、妻を殺された男の救いとはなんだろうか。復讐は成された。
――だが
まだ終わっていない。
ああロウェナ、とエリュテイアは囁く。ロウェナ、偉大なる先視。千年先を視た魔女よ。貴女ならば彼にどのような路を示したろう。罪人に救いなどいらないと仰せになるでしょうか。先に裏切ったのは彼らだというのに……。
「我が君」
滅びた地に膝を突く。深く深く頭を垂れた。
「まだ敵は残っております。最大の敵。すべての元凶が」
「あいつは俺が始末する」
「正面切っては勝てないでしょう。リアイスは滅びた。死喰い人たちは大勢いる……」
言ってくれるな、と主は苦笑する。事実です、と返した。
「搦め手を使うのです。闇の陣営に下ればいい」
「やつらが俺を信用するかな。そりゃあリアイスは滅ぼしたが」
ナイアードも、クロードもヘカテも、ルキフェルも、その他大勢も。業火も凍てつかせる声で。
地を見つめ、ゆっくりと眼を瞑った。
――間違えているのかもしれない
けれど、主のためならば、よいのだ。
「この首をお持ち下さい。それで
貴方の道行きにお供できませんが。お赦しください。
一拍、二拍……長い沈黙が夜闇を埋める。そっと呼気が吐き出された。
「顔を上げろ」
エリュテイア。柔らかな声。つい、と面を上げる。深紅がエリュテイアを貫いた。流れるように白銀の剣を構え、
「……俺にはもったいない従者だよ」
煌めきが振りかぶられる。小さく笑った。
「そのお言葉だけで充分ですとも」
ひやりとした感触が奔り、己が命脈を絶たれる瞬間、意地悪な運命の神に祈った。
どうか、救いを