【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

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四話

 背もたれに身体を預け、軽く呻いた。頭が鈍く痛み、手は小刻みに痙攣する有様だった。

――段々重くなるな

 寝台に横たわる影に視線を投げかける。細い輪郭。長い髪は切ってしまっている。呪いの影響で傷みに傷み、色も抜けつつある。

 九月一日からリアイスの案件で飛び回っていたが、ようやくのことで時間がとることができた。九月半ばの今日、マルフォイ邸を訪問するに至ったのだ。

 アストリア・マルフォイの容態は悪化している。この一年、抑えても抑えても呪いは彼女の華奢な身体を侵している。

――治癒できれば

 できれば、いいのだが。ウィスタは椅子に腰掛けたまま額に手を当てた。リアイスの秘宝『冬の息吹』を行使して、呪いを抑えてはいるものの厳しい状況だ。

――あとどれほど

 アストリアが耐えられるのか。

「……ごめんなさい」

 小さな小さな声に、顔を上げる。

「あなたにこんな手間を……手間と……時間を……」

「純血魔法族マルフォイ家の夫人に恩を売りたいだけだ。だから気にするな」

 密やかな笑い声が聞こえた。室にはウィスタとアストリアの二人だけ。

「意地っぱりね」

「なんとでも」

「学生の時にもっと話しておけばよかったわ……こんな人なんて思わなかったから」

 どうせマルフォイの野郎が悪口を垂れ流していたのだろうな、と邪推した。当時スリザリンとグリフィンドールは犬猿の仲で、とにもかくにも衝突していた。どちらかというとスリザリンが陰湿な嫌がらせを行っていたというのが正しいか。なので、ウィスタはそこまでスリザリンの学生と親交を深めてはいなかった。むしろ、成人してから――戦が終わり、処理に終われるなかで、必然的にスリザリン系、あるいはスリザリン派と称される一族と関わりを持った。混乱した魔法界を立て直すには門閥などこだわっている場合ではなかったのだ。幸いなことに、ウィスタがブラック家直系最後の一人であり、ブラック家当主であるので、スリザリン系貴族の当たりは柔らかかった。父が聞けば渋い顔をしそうではあるが。リアイス本家当主《ランパント》というのは一族内における呼称であり『外』の人間には一部を除いて伏せている肩書きだった。せいぜいがリアイスの重鎮の一人、という認識になるように留めている。

 ブラック家当主、ホグワーツの理事……というのがウィスタの通りのいい肩書きだった。他にも細かいものは色々とあるが。

「まだ機会はあるだろう」

 まだ。どれほど残っているのか。適合する血は見つからない。見つかるまで保つのだろうか……。努めて思考を押し隠し、アストリアを見つめた。

「……死ぬことよりも」

 静かな声に、身を固くした。仮面は完璧だったというのに、見透かされたのだろうか。そんなウィスタの思いをよそに、どこか遠くを見ながら続けた。

「置いていくことが、恐ろしいの……」

 そうか、とだけ呟いた。どこかでアストリアは覚悟を決めている。死ぬ覚悟を。状況はじりじりと悪くなっていく。もう四十歳近くにもなればわかる。都合よくなにもかもが――解決するわけではないのだと。

 眼を瞑り、開いた時、アストリアが囁いた。

「あなたのお母様も……恐ろしかったのかしら……」

 そっと息を吐く。子どもの頃にウィスタは『視た』。母親の最期を。

『あなたを置いていく私を赦して』

 それは彼女の夫に向けたものだった。死ぬ覚悟はあっただろう。命と釣り合うならば、天秤の上に平然と己を載せる。リアイスとはそういうものだ。覚悟などできている。ただ、置いていく辛さは別だ。無論、ウィスタも。

――永遠などありえない。死ぬときは死ぬ

 ウィスタの親と呼べる存在はあっけなく逝った。最初は母親、次に父親、そして養父。ことごとく、目の前で殺された。

 置いていかれる痛みは十分すぎるほどに知っている。だが、置いていく辛さはまだ知らない。

「母は……」

 なんと言おうか迷った。生前に会ったことはないとはいえ、彼女の足跡を『視て』、思いを知っている身だ。《ランパント》としても、母親としても同じ忌まわしい血を引いている者としても、ウィスタの中に大きな場所を占めている。

「命を懸けるしかなかった……死ぬことよりも、置いていくことよりも……俺や父、大切なひとに累が及ぶことのほうが苦痛だったろう」

 そうだったに違いない。命を懸けてまで守りたいものがあった。だからこそ強かった。すべてをあきらめた故の捨て身の強さともまた違う。闇の帝王との決定的な違いはそこだ。だからこそ母は――リーン・リアイスは闇側に屈しなかった。

 ため息を吐いて、アストリアのやせ細った手を掴んだ。会うたびに弱っていく彼女を見るのは、らしくもなく堪えた。

「……息子を……夫を……お願いできますか? ウィスタ」

 苦く笑った。できることは少ないだろう。アストリアのかわいい息子に対する噂も払拭してやれないのに。

「まだ勝ち目はある。血さえ見つかれば――だが。もし、そのときは」

 望む言葉を差し出した。

「貴女の大切な者のために、力を尽くそう」

 

 

 ああ、やりにくいな……とレグルスはため息を吐いた。ホグワーツの二年生となって数ヶ月、そう思うことが増えた。特にグリフィンドールとスリザリンの合同授業でため息が増える。

――ほんとポッターはとろいな

――ハリー・ポッターの息子とは思えない

 囁きはいつものこと。魔法薬学が行われる地下牢に、悪意ある言葉が漂う。

 レグルスは調合しながら、離れた席にいるアルバスを眺める。入学前は元気だったというのに、今では顔色が悪いことこの上ない。それに、スコーピウスもだ。

 時計回りに三回、と口で唱えながら、内心で顔をしかめた。

 スコーピウスの母親は病気なのだ。レグルスの父が定期的に見舞いに行っているのは知っている。どうもこうも容態がよくないのだろう。あれこれと手を回しているようだが、決定的な治療法がないのだと思う。とはいえ、父はレグルスになにも話さないから予想でしかないのだけど。

 一方アルバスといえば問題は単純だ。ポッター家の者でありながらスリザリンに組分けされたこと。祖父母、両親ともにグリフィンドール出身なのも痛ければ、兄もグリフィンドールなのも痛い。あげくの果てに父親のハリー・ポッターは英雄だ。格好の獲物だろう。そして、入学してからずっと陰口と悪意にさらされれば参るに決まっている。

 今度は反時計回りに鍋をかき混ぜる。ああ、アルバスとスコーピウスの鍋がまずいことになっている……。堂々と助けにいくわけにもいかない。なにせレグルスは『リアイス』で『ウィスタ・リアイスの息子』だ。実のところレグルスとアルバスを引き比べて、アルバスはやはり出来損ないだと陰口を言うものだから、やりにくい。レグルスはアルバスのことを幼なじみで友人だと思っているが、アルバスはどうだろう――と思うと、なかなか助けるわけにもいかない。

 大急ぎで鍋を回し、一段落ついたところで杖を引き抜いた。ポケットから羊皮紙を取り出して、机の下で杖を振る。羊皮紙に文字が浮かび上がったのを確認して、こっそりと呪文を唱える。すると、羊皮紙は小さな虫に姿を変えて、レグルスの膝から床へとぽとんと落ちた。地下牢の床をスコーピウスの元へと進んでいく。幸い、鍋からあふれる湯気で、虫に誰も気づかない。やがて、虫がスコーピウスの元にたどり着き、膝の上ではらりと解けた。スコーピウスは額に汗をかきながら、鍋を回していたが、羊皮紙に気づいて動きを止める。ちらっと文面を読み、レグルスを見た。いいから、とばかりに顎をしゃくる。スコーピウスは少しの安堵をにじませて、鍋に向き直った。

 ◆

 夕方――校庭で散歩していると、背後から呼ばれた。振り向くとスコーピウスがこちらに向かってくるところだった。

「どうした?」

「 メモ、ありがとう」

 どういたしましてと答えて、スコーピウスを見つめた。そうして周囲を見回した。どうにも人目が多い。レグルスは手を振って、ついてくるように促した。

 沈む陽を受けて、燃えるような色に輝く草地を踏み、校庭の端――禁断の森の方へと向かう。

「おい、そっちは」

「森には入らない」

 ホグワーツに広がる森は、ケンタウロスの領域だった。父の時代、闇の帝王との決戦が終わった後、ケンタウロス達の功績を認め、森は彼らの領地となったのだ。下手に入ればなにが起こるかわからない。彼らは魔法使いが嫌いなのだ……と父が言っていた。

 レグルスは森に沿うように迂回して、小路に入った。そのままどんどん下っていくと、墓場にたどり着く。

「こんな場所があったなんて」

「歴代校長の墓なんだってさ」

 教えてくれたのは兄のセイリオスだ。兄は、昔々に父に連れられて来たことがあるらしい。

 ただ、と兄は言った。リアイス出身の校長を詣でていたわけじゃない。一族外の誰かと……ダンブルドアを詣でていた、と口にしていた。

「魔法薬学なら、訊けば教えてやるよ」

「こっそりと?」

「俺と仲良くすりゃ『スリザリンの癖にグリフィンドールと仲良くしてる』とか言われるんだろ。いやあ陰湿……グリフィンドールも人のことは言えないけど」

 レグルスの言に、スコーピウスは苦笑する。

「誰がどうかばおうが、都合のいいように言われるだけだから」

 でも、アルバスは辛いみたいだ、とスコーピウスがこぼした。

「よくおできになるローズがいるわ、父親は英雄だわ、兄貴は人気者だわでやってらんねえってとこか」

「ローズの部分だけやたらと力が籠もってるけど」

「あんの小利口には腹が立つったらねえ……下手にかばっておまえ等の立場をガンガン悪化させたのはあの悪魔だろう」

「気持ちは嬉しいよ。ローズはいい子だ」

 爽やかに言い切られ、眼を剥いた。

「いい子ねえ。引っかき回しているようにしか……」

 言いかけて、スコーピウスの顔を見て止めにした。誰だって夢は持ちたいだろう。

「レグルスには……セイリオスにも感謝してるよ。グリフィンドールからの当たりが弱くなった」

「微力ながら」

 わざと仰々しく言って、一礼する。微力ながら、と父の従者エリュテイアは口にするのだ。微力ながらお役に立ちます我が君、と。父曰く微力どころか、らしい。その意見にはレグルスも頷きたいところだ。 気がつけば、陽が沈みきろうとしている。紫色の紗があたりを覆い、景色も、並ぶ墓の輪郭も溶かしてしまおうとしていた。

「戻ろうか」

 スコーピウスも気がついたのか、レグルスを促す。そうだな、と答えて墓に背を向けようとしたとき、何かが神経に障った。頭がつきりと痛む。眉をひそめ、痛みを無視して、坂を上ろうとし――声が聞こえた。

「レグルス!」

 セイリオスが鋭く眼を光らせて、走ってくる。杖を引き抜き、レグルスとスコーピウスの傍らを駆け抜け、二人をかばうようにして、墓へ杖を向ける。

「兄貴、どうし……」

「侵入者のようだ」

 冷えた声だった。レグルスは身をすくめた。これはどうも本当なようだ。兄のこれほど張りつめた声を、聞いたことがない。ともかくも、杖を構えた。

「私を感知したのは誉めてやろう」

 どこからか、低い声がした。兄の背が邪魔でよく見えない。思い切って頭を突き出せば、頭巾をすっぽりと被った影が、するりするりと現れるところだった。緊迫が漂う中、影は誰を攻撃するわけでもなく、杖を墓の一つへと向ける。次の瞬間、白い墓標が砕け散り、穴がぽっかりと空いた。ゆらり、と柩が浮かび上がる。音を立てずにふたが開き、小柄な影が、優雅に滑り出て、影に抱えられた。

「お前達に用はない……」

 壊れものを扱う手つきで『それ』の頭を影が撫でる。

――ホグワーツの制服

――黒い髪

 柩の主は、魔女に見えた。白い肌、黒い髪、華奢な骨格。眠るように眼を閉じている。永遠に眠り続けている。

「誰かは知らないが、ホグワーツの墓を荒らすとは」

「知らなくて結構」

 影が嘲る。低い低い、男か女かわからない声だ。

「いいや……そのうち知ることになるのか? まあいい」

 くつくつと影が笑う。

「お前達が呪文を発射すれば、彼女を盾にするぞ。死者に鞭打つ覚悟があるならば、するがいい」

 風が吹く。眠り続ける彼女の、黒髪が揺れる。セイリオスは動かない。いいや、動けない。レグルスも悟っていた。目の前の影は、きっと強い。レグルスたちでは勝てない……。

「では、ご機嫌よう」

 ひらり、と影が手を振り、杖で宙を切り裂いた。光があふれ、眼がくらむ。抱えられた魔女の顔かたちが露わになった刹那、気配が消え失せた。

 呆然としていると、悲鳴が聞こえた。

「あぁ……なんてこと! 墓が……!!」

 振り向く。青ざめた校長が駆け降りてきた。

「ウラニア!!」

 

 

 青ざめた顔をした校長に連れられ、レグルスたちはホグワーツに戻った。道々、あの影のことや、墓のこと、それに奪われた少女についてなにか語ってくれないかと思ったが、校長は黙りこくったままだった。

「先生」

 ホグワーツ・正面玄関までたどり着いた時、兄が声を上げた。かすかに弱く、震えた声音に、校長は首を振った。

「セイリオス。今はいけません……後で話しましょう」

「話せる限りのことを?」

 校長が立ち止まり、振り向く。眼がきらりと光り、唇がかすかにつり上がった。

「一つだけ確かなことは、私も事態を把握しきっていないということですよ。いいえ、もう一つ……極めて特異な事態が降りかかっているということも」

 兄は肩をすくめた。

「先生をわずらわせるつもりはありませんよ。あまり、ですけど」

「あなたの……あなた方の知りたいことは大方わかっていますよ。セイリオス。ともかくも、一旦寮にお戻りなさい。おそらく夕食時には『答え』が来るはずです」

 わかりました、と答える兄とは対照的に、レグルスは首を傾げた。だが、兄にむんずと腕を掴まれ、引きずられるようにして連れ去られてしまい、スコーピウスと話すことも、校長を質問責めにすることもできずに終わった。

 寮に戻ったが、騒ぎは伝わっていないようだった。ローズに「どこに行ってたの?」と訊かれたが「散歩」とだけ答えた。あの出来事をどう伝えていいのかわからなかった。それに、侵入者があったことや、誰かの遺体が盗まれてしまったことなんて……言っていいものかもわからないのだ。黙っているしかなかった。わけがわからなすぎて話してしまいたい気持ちだったけれど、兄がさりげなくレグルスを睨んでいて、それはできなさそうだ。残念なことに。

 ふわふわした気分で、寮のソファに座った。隣のソファに兄も腰掛ける。

「兄貴」

 そっと呼びかけると、兄がこちらを見た。暖炉の火を受けて、灰の眼が赤みを帯びている。父の深紅の虹彩を思い浮かべる色だ。

――闇の帝王・ヴォルデモート

 その呪いを父は受けた。だから片眼が燃えるような紅に染まったのだという。

――ハリー小父さんは緑の眼のままなのになあ

 なんとなしにハリー小父と同じ眼を持つアルバスを思う。小父の眼は両方とも緑なのだ。父だけが紅い眼を持つ。ヴォルデモートから生き延びた者は小父と父だけなので、結局のところ謎は謎のままだ。

 兄が杖を振る。そうして口を開いた。

「どうした」

「なんで、誰かが侵入したってわかったんだ?」

 兄は虚空に視線をやって、次にレグルスを見た。

「障壁がな……破れたってわかったんだ。よくない気配もしたし」

「ふうん」

「頭が痛くならなかったか? それか、心臓が痛くなったりとか」

――そうか

 あの影に遭遇する少し前、頭がツキンと痛んだ。あれは障壁が破られてしまったからか……。

 だが、と瞬いた。なぜレグルスや兄に痛みが降りかかるのだろう。

 レグルスの表情から疑問を汲み取ったのか、兄が囁いた。

「また教えてやる」

「うん」

 答えたものの、疑問は次々とわいてくる。一番気にかかるのは、あの少女のことだった。

 陶器のような肌、絹糸のような髪、ほんのりと紅い唇。まるで眠っているだけのような。

――あれは誰なのだろう

「夕食に行くぞ」

 兄に促され、立ち上がった。

 ◆

 大広間はいつもと変わりなかった。いいや、上座にいる校長が、いささか顔色が悪いくらいだ。

『ウラニア!!』

 あの悲鳴が蘇る。もしかして、あの少女は……校長の生徒だったのかもしれない、と今更思い至った。なら、校長が叫ぶのも無理はない。

――かわいそうだ

 たくさんわからないことがある。けれど、あの少女はかわいそうだ。眠っていたのに掘り起こされて、連れ去られた。誰なのかも知らないけれど、ホグワーツに連れて帰ってやらないといけない気がした。

 考え込みながら食事をしたので、口の中を何度も噛んだ。痛いが構っていられない。だいたいの生徒が食べ終えて、おしゃべりしながら大広間を出ていく。流れに乗りながら、レグルスはグリフィンドール寮を目指した。

――スコーピウスともあのことについて話したいけど

 明日に持ち越しだな、と内心でため息を吐く。こういうとき別々の寮だと不便だ。たとえばスコーピウスがレイブンクローやハッフルパフなら話しかけるのも苦労はしない。だが、グリフィンドールとスリザリンは仲が悪いのだ。代々グリフィンドールでありながら、スリザリンに組分けされてしまったアルバスに対する蔑みっぷりがいい例だ。異端、裏切り者としてどちらの寮も嫌っている。

――おばあちゃんは

 どうやってスリザリンの中で生きて、なんで闇祓いになったのだろう………。辛くはなかったのだろうか。苦しくなかったのだろうか。アルバスはあんなにも傷だらけなのに。

 すぐそばで、誰かが息を呑む気配を感じた。いつの間にか隣に兄がいて、眼を見開いていた。玄関ホールに人波が、ざわめきとともに割れていくところだった。一筋の道の先に、すらりとした影があった。

「……は?」

 闇を紡いだような黒髪、群青色の眼はレグルスと同じ色。

「父上」

 兄が呆然と声を上げるのに構わず、父は笑った。鋭く靴音を響かせながら、兄弟の元へ歩み寄る。

「まともな挨拶もできんのか、愚息ども」

「いきなり現れる父上のほうが悪いんですよ。なんだってこんな時にホグワーツに」

 あれ、ウィスタ・リアイス!? マジで!? 闇の帝王を倒した英雄! 闇祓いリーン・リアイスの息子! マジマジマジ!? 自分も闇祓いしてたって聞いたよ。うわあレグルスとそっくり。セイリオスともそっくり! と寮を問わず大騒ぎだが、父はまったく気にしていない。さすが図太い。これが英雄の資質なのだろうか。

 ともかくも図太い英雄は、ひらりと手を振った。

「我が一族が暴れ柳の定期検診をするっていうからひっついてきた。理事の仕事もあるし、麗しきマクゴナガル女史へのご機嫌伺いもあるし」

 ご機嫌伺い、のところに父が力を込める。

「女史から、最近のお前達の行状に関して、あれこれと……もうあれこれと苦情があってな。まったく……誰に似たのやら」

 校則を百以上粉々に砕いた人の息子だよ、と兄が舌打ちした。だが、すぐさま口調を切り替える。

「では父上。あなたの不詳の息子は……息子たちについて……じっくりと話し合うということで? というか、くどくど説教を」

「いかにも」

「わかりました」

 父が微笑んだ。

「物わかりがいいな」

 そうして、父があたりを見回す。

「ああ、ホグワーツは変わらないな……」

 グリフィンドールの生徒とスリザリンの生徒を眺め回す。

「アルバス、スコーピウス、元気そうでよかった……本当によくしてもらっているようだな。グリフィンドールにもスリザリンにも」

 ためらいなく歩を進める。スリザリンの群にまっすぐ向かい、アルバスとスコーピウスの間近に迫り、ぽんぽんと肩を叩いた。

「スリザリンは魔法族の誇りを忘れない真の貴族。グリフィンドールは勇猛果敢にして、正義を重んじる、騎士の寮。まさか――」

 かつ、と音が響く。視線がホグワーツの生徒たちを薙ぎ払った。

「この中に誇りや正義を履き違えている者などいないだろう」

 穏やかな口調だが、グリフィンドールとスリザリンの何人かが、身を強ばらせた。セイリオスの顔もひきつっている。

「手を出したら許さないということか……父上……」

 張りつめた空気の中を、悠々と父が行く。その背に付き従う従者と、金髪の魔女の後を追うように、セイリオスとレグルスもついていった。

 

 

――息子たちは無事だった

 報せを受け、一時間足らずで準備を整え、嫌いな姿現しまでした甲斐があった。セイリオスもレグルスも、傷一つない。

 マクゴナガルと並んで歩きながら、わずかに唇を噛む。もし、敵の目的がセイリオスやレグルスの殺害であったなら、ウィスタには防ぎようがなかっただろう。イルシオンは各地の偵察に飛び回り、ホグワーツを空けていた。それに、ウィスタの従者・エリュテイアの子は他校に行っている。息子たちの周りは手薄だった。重々承知の上で息子たちをホグワーツに送り出したものの、今回ばかりは肝が冷えた。

――とはいえ

 ウィスタの母は誰にも守ってもらえずに……一族から見放されたままホグワーツで過ごしたのだが。それに比べれば、ウィスタも息子たちも恵まれているのだろう。

 誰もが始終無言で進み、やがて立ち止まった。ガーゴイル像の前でマクゴナガルが立ち止まり、合い言葉を唱える。そうすると、石像が動きだし、さっと跳び退いた。現れた螺旋階段に、背後で驚きの声がした。レグルスだろう。あとであのガーゴイルはなんだ、どうやって動いてるの、どんな魔法、と質問責めにされそうだと思いながら、ウィスタは歩を進めた。レグルスの好奇心は、セイリオスに満たしてもらおう。ウィスタの長子はきちんと答えようとするし、なるべく調べもするだろうから。誰に似たのか勉強熱心なところがある……。

 円形の室にたどり着き、マクゴナガルが杖を振った。ふかふかの椅子が現れて、ウィスタ、セイリオス、レグルス、マクゴナガルが腰かける。従者のエリュテイアと、護衛に立候補したアラディア――ウィスタの又従兄弟・第三分家のルキフェルの娘は立ったままだった。

「さて先生……遺体が盗まれたとか」

 まっすぐにマクゴナガルを見つめ、口火を切る。かつての恩師であり、現ホグワーツ校長はゆっくりと頷いた。

「私は……墓が荒らされた後に到着したので、直接は見ていないのです」

「そして俺の息子たちが現場に居合わせた……と。いいや、スコーピウスもでしたか……」

 ひとまず状況の説明を、と促すまでもなく、セイリオスが口を開いた。ホグワーツの障壁が破られたのを察知したこと。気配がまっすぐにホグワーツの外れに向かっていたこと。教師を掴まえて事情を説明するより、現場に駆けつけることを選んだこと。

「俺でもそうしただろうな」

 呟き、眼を閉じる。親としては息子を叱るべきなのだろうが、一人の魔法使いとしては、セイリオスの判断を間違いだとは言えない。この場合はリアイスとしては、だろうか。

「……あなたの場合はエリュテイアがいますが、セイリオスやレグルスには護衛がいないのですよ、ウィスタ」

 マクゴナガルにたしなめられたが、ウィスタは首を振った。

「貴重な人材を四六時中、息子たちのために使うわけにはいきませんよ、先生――で、侵入者の特徴は? セイリオス、レグルス」

 問いかけたが、息子たちは押し黙った。

「顔も性別もわかりませんでした」

「めちゃくちゃ強いだろうってことしかさ」

――仕方ないか

 相手はホグワーツに侵入してのけたのだ。自らにめくらましをかけることも可能だろうし、いくらでも姿を誤魔化せるだろう。たちどころに正体がわかるとは思っていなかった。

「また何か気づいたことがあれば……マクゴナガル女史に言いなさい。さあ、寮に戻りなさい」

 レグルスがつんと唇を尖らせた。群青の眼が煌めく。椅子に腰掛けたまま、ウィスタをまっすぐに見つめた。強い意志の片鱗が見え隠れしている。こいつの杖は林檎と竜の鱗だったか、と思い出す。林檎は闇の魔術を嫌い、強力な力を持つ。使い手にも高潔な心、闇に染まらない意思を求めるのだという。レグルスにはぴったりだ。

「親父……あの女の子は誰なの?」

「お父さんか父上と言いなさい」

 ぴしりと返せば、息子は渋々言い直した。

「お父さん、あの女の子は誰なんですか」

 ちらりとマクゴナガル女史を見た。視線と視線を交わらせ、互いの意思を確かめ合う。ゆっくりと、その名を口にした。

「ウラニア・ユスティヌ……スリザリン系純血一族・ユスティヌの最後の一人だ」

 子ども達が去るのを、魔法使いたちは見送った。ウィスタはそっと息を吐くと、従者とアラディアに視線を投げかけた。外してくれ、と言う前に意を察して二人が出ていく。ウィスタは深紅の杖を手に取り、複雑な紋様を宙に描いた。校長室と外の世界が隔てられ、静寂が訪れる。

 両者とも、しばしの間沈黙していた。なにをどう言えばいいのかわからず、なかなか言葉を発することができなかった。

「ウラニア・ユスティヌの遺体は……とっくに骨になっているものかと思ってましたが」

 出し抜けに呟き、マクゴナガルを見やる。彼女は眼を閉じてゆっくりと開いた。

「ホグワーツにて埋葬される遺体は、魔法をかけて保存するのですよ。ダンブルドアも代々の校長も……そうしてきました」

「ユスティヌもそうだ、と」

 マクゴナガルが頷いた。

「ダンブルドア手ずから魔法をかけて、そうして埋葬したのです」

 そして、マクゴナガルは瞬いた。

「リアイスとてそうでしょう?」

 ええ、と答える。リアイス一族の遺体も、保存処理がかけられ柩に納められる。なぜなのかは知らなかった。代々慣わしとして続いているのだ。

――ウィスタの父も母も

 一族本家の地下深く。聖域たる廟堂で眠っている……。

「敵にとって……ユスティヌの遺体は重要なのでしょうね……」

 ぽつりと呟けば、鼻をすする音が聞こえた。マクゴナガルがハンカチを目尻に当てる。

「あんな殺され方をして……静かに眠っていたというのに、なんということでしょう」

 実の父親に殺された娘。マクゴナガルはユスティヌとヴォルデモートの繋がりについて知っていた。もしかして、ウィスタの母とヴォルデモートの繋がりに関しても、薄々察しているのかもしれなかった。

――この人にとっては

 ユスティヌはヴォルデモートの娘ではなくて、ただの生徒……殺された哀れな生徒なのだ。事実を知っていてもなお。ウィスタはそんな恩師に安堵した。出生によって疎むことなく、哀悼の意を示す恩師に。

――呪いの子なのだ

 ウィスタも、ウィスタの母も、ユスティヌも。忌まわしい血を継いだ、本来この世に存在していてはいけない子。世界から疎まれるべきモノ。そうして呪いの子たちは、実の父に、祖父に敵対し――娘たちは殺された。きっとあちら側につけば楽に生きることができただろうに、それを選ばなかったのだ。

――大丈夫

 世界が敵に回っても私は味方だからと、かつて養父は言ったものだ。君はきっと大丈夫。私が守ると。ウィスタの親である存在たちは、ウィスタを全力で守り、心配し、愛を注ぎ……死んでいった。

『私は……』

 かすれた声が響く。寝台に横たわる曾祖父。淡い群青の眼は鋭く輝いていた。

『たくさんの後悔を、重ねてきた……たくさん、たくさん……娘たちも守ってやれず、孫達もほとんどが殺されて……妻も……誰も彼もが死んでいき、私だけが無様に生き延びていた……』

 皺だらけの、骨ばった手が頬に添えられた。

『リーンのことも……私が守ってやれればよかったのに……あの子はたくさんたくさん辛い思いをして、傷だらけになって、それでも進み続けていた』

 ふ、と曾祖父が息を吐く。ひやりとした、死を纏った吐息だった。

『お前は自分のことを忌まわしい子と思っているのかもしれない。リーンも、よく似た眼をしていた……』

 だが、と曾祖父は言った。

『それでも、私の曾孫だ……あの男の血など関係ない。大丈夫……お前は愛することを知っている。愛されることも知っている。人の心を持っているから。恐れるな……』

「――ユスティヌは取り返します。必ず」

「ええ、ウィスタ。頼みます」

 ウィスタは立ち上がった。

「気にかかることはありますが、先に障壁の修復を行います」

「今夜は泊まっていきなさい。もう遅いでしょう」

 労りがこもった声に頷き「ではホッグズヘッドのいつもの部屋をお願いします」と頼む。

「ええ。手配しておきましょう。ああ、あとで書類を渡したいので、こちらに戻ってきてくださいね」

「……理事の仕事がそんなにたまってますか」

「山積みですとも」

 思わず呻けば、マクゴナガルは微かに笑った。

「私の課題よりは優しいでしょう?」

「違いありません」

 苦笑いして、退出した。

 ◆

 従者とアラディアを供に、城から校庭へと滑り出す。夜空には星が瞬いていて、静かだった。就寝時間にはいささか早いが、誰もこんな時間に外へ出てはいないのだろう。

 さくさくと草地を踏み、ひとまず暴れ柳へと向かった。強い力を秘めている魔法樹の根本には、一つの影があった。

「エルセ」

 名を呼べば、魔法使いは振り向いた。青味の強い緑色の眼が、ウィスタをまじまじと見つめる。

「お薬が入り用に見えますが。ランパント」

「樹癒じゃなく癒者だったかお前は。器用なことだな」

 言えば、第七分家出身の魔法使い・ヘカテの息子は肩をすくめた。

「植物専門の者でもわかるくらいの顔色だということですよ」

「一仕事したら休むさ」

「そうなさってください。でなければ……僕が父に叱られてしまいます。僕の方は暴れ柳を見終わりましたので、お供します」

 休めよ、と思ったが口にはしなかった。代わりに、墓地に爪先を向けた。

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