【完結】ヤヌスの柩   作:扇架

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七話

 眼を開けると、精緻な飾り彫りが施された天井が見えた。

――ホグワーツか

 頭が酷く痛む。そうだ。ホグワーツで、自分は賢者の石を守って……と思ったところで首を振った。意識を覆っていた靄が晴れる。何年も前、ほんの子どもの頃、賢者の石はウィスタの手に渡ったのだ。杖と一つになって……。

「ご気分はいかがですか」

 声の方へと顔を向ける。寝台の傍らに座っているのはイルシオンだった。瞬いて、ようやく自分がいる場所がランパント城のウィスタの私室だと気がついた。

「麗しくはねえな」

 捻りのない回答に、イルシオンはにこりとする。

「すみませんね。ランパントにおかれましては奥方様にいてほしかったでしょうに 」

「めそめそ俺にすがりついて泣いてるだけの女を妻にした覚えはない。大方、仕事だろう」

 クインとて暇ではないし、なにをすべきかを知っている。ウィスタのことは周りに任せ、動いているに違いない。

「いい方を選びましたね」

「どちらかといえばクインが俺を選んだんだが」

 イルシオンの軽口に付き合っているうちに記憶が輪郭をもって浮かび上がる。視線を己の片腕がある位置へとずらす。もう痛みはない。倦怠感が身を包んでいるだけだ。

「遠慮なく抜いてくれたらしいな」

「リエーフが怒り狂う程度には」

 ちなみに彼女は外におりますよ、とイルシオンが付け加える。ウィスタはゆるゆると頷いた。己の従者の苛烈さは嫌というほど知っている。今頃敵への怒りを募らせ、なおかつ自身を責めているのだろう。

「俺以外は大事ないか」

「リエーフも、第三分家のお嬢さんも無事ですよ」

 あなたは風邪ということになっています、とイルシオンが続けた。まさかランパントは血を抜かれまして……とは言えないだろう。

「それで通しておいてくれ」

 頭の芯がぐらつく。敵はその気になれば、ウィスタの血を致死量分抜くこともできたのではないか。全血液の数パーセントぽっち抜いてしまえば仕事は終わりだ。だが、そうしなかった。必要な分を抜いて立ち去ってしまったのだ。

「リエーフやアラディアから大体の事情は聞いています」

 イルシオンのゴールデンオレンジの眼が、不吉に輝く。

「かわいそうなノットに術でも打っていたのでしょうね。誰かが開心術に成功したとき――あるいは他の精神干渉を受けたときに弾け……」

「証拠を消し……」

「相手に傷を刻むように」

 あなたもリエーフもただの傷と思ってしまうのは無理ありませんね、とイルシオンは肩をすくめた。

「古い術ですし、傷を刻んだからといって呪いの成功率は高くない。すくなくとも傷を媒介に呪いを叩き込んで心臓を止める……なんてことは難しかったでしょう」

「敵はおそらく、血を抜くための経路が欲しかったんだろうな。ノットが捕まって、俺が出向く可能性がないでもない。引っかかれば儲け物……。術が打たれれば即座に赴いて、俺の血を頂いた、と」

「よりにもよって血を奪われるなんて、ランパントも随分うっかりしておられる」

「いやあ年とともにうっかり加減が待ったなしでな――やかましいクソ爺が」

 舌打ちして返せば、イルシオンがくつくつ笑う。だが、眼は笑っていなかった。

「今回の行動からして、あなたの命を取る取らない……という企みではないでしょう。リアイスとしての濃さを狙ったのか、ブラックとしての純血性を狙ったのか……はたまた時を視る者の血が欲しかったのか、確定はしませんが」

 イルシオンは続きを口にしない。沈黙が二人の間を埋める。ウィスタは唇を引き結んだ。敵が血を欲した理由に見当はついている。ありがたくないことに。

「せめて、ホグワーツに行く前だけでいい。イリスを守ってくれ」

 イルシオンから眼を逸らさずに一息に言った。

「おそらく……あの子も時を視る者だ」

 禍つ星の色彩がその証。

 

「あなたといると本当に飽きないわ」

 眼を開ければ寝台の側にクインがいた。声はつんとしていたが、表情は真逆で、ウィスタは口元を緩めた。しばらく眠っている間に、どうやら側にいてくれたらしい。

「グリフィンドールはスリルが好みでね」

「さすが勇猛果敢な騎士様だわ」

 クインがため息を吐く。藤色の眼が、ウィスタの顔をじっくりと検分して首を振る。

「せっかくだからしばらく休んで」

「襲われてから、かれこれ一週間ほど寝てるんだけど。お忘れかな? 俺の奥さん」

 細い指がウィスタの鼻をぴんと弾く。藤色の眼がきらりと光った。

「ここ三年ほどずっと忙しいのをお忘れかしら。私の旦那様」

 眼が泳ぐ。確かに、一族の魔女が消息を絶ってから忙しくはなった。敵の影を掴もうと躍起になって動き回っているせいだ。

「やることがたくさんある」

「学生の時からね」

 十三の時から当主だからなと呟いた。近年では最年少の就任だ。先代当主である母は、確か十五で当主になったと聞いている。その前の当主である祖母は十七で当主となった。《ランパント》が早くに死亡したせいで、どんどん就任年齢が引き下がったのだ。戦さえなければ、先代も先々代も長生きして、下手をしたらウィスタはまだ当主でなかった可能性すらあったのだが。

――ままならない

 終わってしまったことだ。ウィスタは一族が支えてくれたお陰もあって年若くとも当主としてなんとかやっていけた。曾祖父アシュタルテを筆頭に、又従姉兄たちが助けてくれたから。そうでなければ当主の座など学生時代に放り出していただろう。少なくとも、母よりは恵まれていた。

 脳裏にかつて視た光景が閃く。黒髪に、群青の眼をした魔女の姿が浮かんだ。白い墓標を撫でて、嗚咽していた姿が……。

『私は臆病で、卑怯よ。あなたの死を利用して当主の座に就く。そうして……秘密を抱えて生きていく。父親を偽って、純粋なるグリフィンドールだと一族を欺くの』

 死して後に英雄と祭り上げられた希代の闇祓い。その内面は酷く脆かったのだ。《ランパント》は強くあらねばならず、母は演じるのが巧かった。それだけの話だ。

「あんたの心配は分かるんだが……片づけたい用事がある」

「終わったら休んで」

「仕事詰めの奥様にも休んで頂きたいのですがね」

「大した量じゃないもの」

「タフな奥さんを持って俺は幸せだよ」

 まったく恐れ入る。元々、ウィスタは妻を縛るような真似は好きではなかったし、家事育児に時間を割かせてせっかくの能力を埋もれさせるのはもったいないと思っていた。なので、婚約、結婚を経て、クインには自由に動いてもらっている。

 ウィスタは手を伸ばし、クインの頬に触れた。

「どうしたの」

「二人でゆっくりするのも久しぶりだと思って……クイン」

「なにかしら?」

「俺は息子でも娘でもどっちでも」

 さらりと言えば、クインの眼が泳ぐ。

「まずは体力戻してもらわな……いいえ、大体ね、もう三人……そうよ三人も……いきなりなんなのよ」

「あんたの顔を見てたらそういう衝動が」

「顔に似合わず言ってることが最低よね」

「大丈夫だ。あんた相手にしかならな――」

「寝なさい、ウィスタ」

 ぴしゃりと言われ、軽く額を叩かれた。俺の口説きになんで陥落しないんだあんたは、と呟いてウィスタは渋々寝台に潜り込んだ。

 

 

 淡い影が、磨かれた床に落ちる。ウィスタは二度三度と瞬いて、周囲を見回した。玄関ホールのようだ。

――ホグワーツか

 間違いがない。とはいえ、ウィスタはホグワーツに出かけた覚えはないのだが。しかも、色がない世界だ。あるにはあるが白黒だ。

 じっと床を見下ろす。映った己の姿を認め、肩を落とした。よりにもよって学生の時の姿だ。大した感動を覚えないのは、息子たちの制服姿を見ているからだろうか。ブラック家の遺伝子が恐ろしい。いいや、父――シリウス・ブラックの血が恐ろしいのか。まさか孫までそっくりになると誰が思うだろうか。

「夢か、それとも過去か」

 ウィスタの領分は過去であり、能力は『視る』ことだ。このように入り込むのは相応の術が必要だ。それこそ逆転時計を使うほうが楽だろう。そして、ウィスタは過去に『跳んだ』覚えもない。記憶が欠落しているのでない限り。

 ならば夢か、と結論づける。夢だと自覚し思うままに動けるのは珍しいが、ないわけではない。腰の杖に手を触れ、ひとまず引き抜く。さてどうしたものかと視線を巡らせた時、視界の隅に黒がよぎった。つ、とそちらを向く。

「……イリス?」

 呼んで、首を振る。色のない世界の中、影の――少女の眼は群青に煌めいている。いつの頃からか《ランパント》の血筋に現れるようになった虹彩だ……。

「――おふくろ」

 少女はウィスタをじっと見て、くるりと踵を返す。絹糸の髪が宙に泳いだ。優雅な歩みについていく。大広間への扉が滑らかに開き、いくつもの蝋燭が浮かぶ中を、進んでいった。四寮のテーブルにも上座にも人の姿はなく、ホグワーツはウィスタと少女を納めるだけの器に過ぎなかった。少女は迷うことなく上座へと進む。誰もいないというのに――と思ったとき、それまでなかった丸椅子が鎮座していた。少女は椅子に腰掛け、ウィスタを見上げた。

 心臓が脈打つ。群青の虹彩の中に、少女の求めを読みとった。

――これは夢だ

 ウィスタは杖を振る。宙がゆらぎ、古ぼけた帽子が姿を現し、ウィスタは『彼』を掴み取った。創設者たちによって知恵を吹き込まれ、意思を持つ古の遺産をじっと見つめ、女王に捧げるがごとく、少女の頭に帽子を被せた……。

 ◆

「気がかりですか」

 問いかけに、顔を上げる。ゴドリックの谷、ランパント城の一室――『鏡の間』には、ウィスタと従者の二人だけだ。

「……子どもの組分けに関心がない親がいるか?」

 そうやって一般論にすり替えるのですから……と従者が苦笑する。ウィスタは片手に持った過去視の鏡を見つめる。渦巻くのは闇ばかり。ウィスタに何も見せてはくれない。

――あの夢

 ホグワーツ、現れた母。組分け帽子を被せて……。過去を夢視たのではないだろう。では何か。あれは――。

 唇を引き結んだまま、闇が渦巻く鏡を見つめ続ける。

 確かノットの何人目かの子が、今年ホグワーツに入学するはずだった。それは叶わない夢となり、ノットの家族は冷たい土の下に眠っている。彼らに暗い未来をもたらした原因はウィスタにもあるといえた。少なくとも、原因の一部ではあっただろう。

 床から起き上がれるようになってから、ウィスタは過去視の鏡――元はユスティヌ一族のものだった宝を行使した。回収させたセオドール・ノットの血を媒介に、過去を視たのだ。

 芳しい結果は得られなかった。『九つの塔』でノットの心に分け入ったときと同じく、焼けるような恐怖と、輝く逆転時計、燃えるような虹彩があっただけだ。

『呪いあれ呪いあれ……』

『お前の心が暴かれたとき――』

『愛する者は苦痛の中で命を終えるだろう』

 記憶から、女の歌うような声が響く。強い力のこもった旋律だった。

――知識と魔力の持ち主

――そして燃えるような虹彩……

『敵は未来視もあらゆる占も妨げているでしょう。強力な相手なのは間違いないわ……ヴォルデモートの後継であっても……子であってもなんら不思議はない』

 ハーマイオニーの声が蘇り、きつく眼を瞑る。

 きっとどこかにいるのだろう。隠れ、ウィスタをあざ笑っているのだろう。流れる血に従い……リアイスに戦いを仕掛けるのだろう。ならば応じる他ない。

「隠された子、呪いの子……」

 ヴォルデモート卿はその気になればいくらでも胤を植えつけることができただろう。アリアドネ・リアイスにしたように。ユスティヌの魔女にしたように。己の血筋をまんまと根付かせた。

――二人だけではないとなぜ言えるだろうか

 己の後継二人を始末し、新たに胤を植えたのではないか? ありえない話ではない。いいや、これまで起こったことを考えると、限りなく真実に近いだろう。

「エリュテイア」

 従者を振り向けば、彼女は固い顔でウィスタを見ていた。

「……至難でございますよ、我が君。あらゆる動きを見逃すまいとしてきました。子があるやもしれぬと探してもきました。ですが……人という森の中、一枝を探し当てるのは――」

「それでも、だ」

「仮に見つけ出して――」

「丁重にお話を伺うまでだな」

 応えたとき、紙片が舞い降りた。差出人はイルシオンだ。どうやらゴドリックの谷が飽きたのか、ウィスタの末っ子が気に入ったのか、ホグワーツ城まで子どもたちを護衛していたはずだ。直接帰るよりも手紙のほうが早いと思ったのだろう。

 紙片を開き、内容を頭に入れた。指を鳴らして報せを燃やし尽くす。今朝方の夢を思い出す。

「ああ……」

 夢は啓示だったのだろう。

 娘が組分けされたのは――スリザリン。

 

 

 組分けが終わり、えらいことになったなと思いながら豪勢な夕食を食べていると、何度も口の中を噛んだ。周りはレグルスを見てはひそひそと囁いていて、それも癇に障る。妹がスリザリンに組分けされたからってなんだってんだと言って残らず吹っ飛ばしたいが我慢した。なにせ誰が言っているのかも分からない、大体吊し上げたところで、いいことはない。イリス・リアイスの兄は凶暴だ……なんていって、妹が仲間外れにされかねない。

 横目で、スリザリンのテーブルにいる妹を見る。少し顔色が悪いように思えるが、一人ではないようだ。

――ありがとう我が友よ

 アルバスとスコーピウスが妹になにくれなく話しかけているようだ。二人とも自分のことで精一杯だろうに。

 良い方に考えようと言い聞かせる。兄達がいる窮屈なグリフィンドールより、あまり知り合いのいないスリザリンの方が妹だって気楽かもしれないじゃないか……。

 妹から視線を外し、兄を眺めた。ジェームズに話しかけられてもどこか上の空だ。両親に送る手紙になんて書こうか、悩んでいるに違いない。事実を書くしかないのだろうが、気が重いのだろう。

 レグルスだって妹がスリザリンに入るなんて思っていなかったが、なにせ前例がある。アルバスがそうだったし、レグルス達の祖母がそうだったのだ。リアイスで初めてのスリザリン……。だから、驚きはしているが、どこかで『ありえる』とも感じていた。

――呪いの子

 どこかから声が聞こえてきて、顔をしかめる。呪いの子。呪いの子……。

 闇の帝王に呪われた、英雄の子……。

 ◆

 はあ、と息を押し出す。グリフィンドール生を誘導し、寮内の点検を簡単に済ませ、割り当てられた部屋へ入っても、虚実の境が曖昧だった。片手で顔を覆い、呻きを押し殺そうとする。だが、指の間から音の残骸が零れ出て消えていった。ぎゅっと眼を瞑り、杖を振ってトランクを開く。セイリオスの意を受けて、荷物の中からインク壷と羽根ペン、羊皮紙が滑り出た。ふわふわと宙を漂う彼らを引き連れ、隅に置かれた机へ歩み寄る。椅子に座り、額を揉みほぐした。

――なんて書けばいいんだろう

 机に着地した羽根ペンを握り、開かれた羊皮紙をじっと見つめ、またもや呻きそうになる。

――なんて書けば

 組分けの結果を両親に報せなければならない。イリスが――妹がスリザリンになったと。組分け帽子の決定を聞いた瞬間、耳を疑った。なぜ、グリフィンドールではないのか。そんなバカなと。動揺は綺麗に押し隠せていただろうか。まったく自信がない。

 羊皮紙を睨みつけ、ぎくしゃくと手を動かす。

――イリス

 あの子は大丈夫だろうか。自分がグリフィンドールに入るのだと思っていただろうに。

 アルバスやスコーピウスがスリザリンにいるのが幸いだろうか。彼らなら、妹によくしてくれるだろう。そのうち妹にだって同級生の友達ができるだろう……とセイリオスは自分を慰める。ようやくのことで手紙を書き終え、厳重に封をし、リアイス一族の『炎』で飛ばした。たったそれだけの作業でどっと疲れが押し寄せて、椅子に寄りかかり、眼を瞑る。

 スリザリンに入ったリアイスがどんな扱いを受けるのか、未知数だ。少なくとも両親は妹を迫害しないだろう。父も母も公平な人物だ。心ない一族がいても守るはずだ。

――だが

「……どうなるんだか」

 ブラック=リアイス。それがセイリオスたちの本姓だ。通常はリアイスで通るが、正式な書面ではブラックをつける。彼らの父がブラック家の直系でもあり、家督を継いだからだ。父曰く「ブラック家のためにためた財産とコネクションと『箔』は有用だったからな」らしいが。

 その『箔』があるブラック家の血筋――それも直系の血を、父を通じてセイリオス達は継いでいる。スリザリン系の家門にとっては、今なお敬うべき純血を。

「頑張れよイリス」

 お前に何がすり寄ってきても、自分は守ってやれない。

 

 

『おかえり、ようこそリアイスの子…。ふむ君はウィスタ・リアイスとクイン・マグダラの娘か』

 優しげな声にイリスは瞬く。しかし、あるのは天鵞絨で覆われた闇ばかり。歌うように声は囁く。

『さあ、君の進むべき可能性を探そうかね…ウィスタの子――リーンの孫よ』

 帽子の声が低くなる。イリスは腰掛けた椅子を強く掴んだ。なんだかこの帽子は好きじゃない。

『私は私の仕事をするまでだよおチビさん』

 ふむ、と帽子がうなる。

『君に流れるのは紛れもなく黄金のグリフィンの血だ。優しいところもあるね。ふむ、賢さもある。機知も悪くはない……』

 結局どこになるんだろう、もやきもきした。グリフィンドールに決まってるのだろうけど。もしもグリフィンドールじゃないとしたらレイブンクローがいいとイリスは思った。母がレイブンクローの出身だからだ。そういえば父はよく言っていたものだ。どの寮だろうが俺は構わない、と。繰り返し繰り返し。どこか暗い眼をしていた。

――じゃあなんで

 何度も口にしていたのだろう。父は勇敢な騎士だ。だというのに組分けの話になると、眼は輝きを失うのだ。

――まるで  なにかを怖れているように。

『怖れを知るグリフィンは賢いのだよおチビさん』

 帽子は言った。そしてイリスに語りかける。

『うむ……おや? なるほど。やはり……父君はこれを怖れていたのだね。難しい問題だ。ああ、彼は怒り狂うだろうね。しかし私は組分け帽子。君に勇気も知恵も友愛もあるならば、それを生かすものが必要だ――』

 スリザリン! と帽子が叫んだ。

 ◆

「一つよかったことは」

 組分けの翌日、朝食の席でアルバス・ポッターは人差し指をピンと立てた。ハリー小父そっくりの緑の眼が煌めく。

「僕がスリザリンになっていてよかったってことだ」

「アルバス、好きでスリザリンになったわけじゃないでしょ」

 スクランブルエッグを呑み込んで言えば、今度はスコーピウスが指を振る。

「イリスだってそうだろ」

「否定はしないけど……それにある意味、アルバスのお陰で私は楽できるんだろうけど」

 返し、スリザリンのテーブルをそっと見回す。誰もイリスと眼を合わせようとしない。代々グリフィンドールの家系の者がスリザリンに組分けされた……と見下されることは少なくともなさそうだ。見下す以前の問題な気もする。イリスは自分がスリザリンに組分けされて、どんな騒ぎになるのかと冷や汗をかいたが、心配のし過ぎだったらしい。

「ポッター・ショックが強すぎたからね皆」

「組分け帽子が悪いのよ」

 無性に苛々して、フォークをソーセージに突き刺した。なんて意地の悪い帽子なんだろう――とまで考えて、スコーピウスを見る。

「でもスコーピウスは、アルバスが同じ寮でよかったでしょ」

 当たり前さ、とスコーピウスが微笑む。

「一緒の寮になれたらなと思って、でも無理だろうと思ってたから、アルバスには悪いけど嬉しかったね」

「スコーピウスの話は置いといて、イリスはひとまず僕らといればいいよ。そのうち友達もできるだろうしね」

 ありがたいわと返す。同級生たちをはじめとしたスリザリン生には避けられてる状態で、しかもホグワーツの生活もよく分からない。そんな中二人がいてくれるのは頼もしかった。グリフィンドールに組分けされなかった衝撃はまだ残っているが、自分の祖母がスリザリン出身で、祖父がブラック家の血筋だということを考えれば、イリスがスリザリンに組分けされたこともそこまで騒ぐことじゃないのかもしれない……。

『ああ彼は怒り狂うだろうね』

 組分け帽子の言葉が蘇る。やはり父はイリスの組分けに納得しないのだろうか……寮など関係ないと言っていたのに。吼えメールが来たらどうしよう。

 考え込みながらココアを飲んでいると、叫び声がした。

「組分けはなにかの間違いよ組分け帽子は頭がおかしいんだわ。ええ、ほんとアルバスの時といいどうなってるの! ええい燃やしてやるわ!!」

「やめろ過激派! うるせえよ!! 魔法大臣息女のくせして淑やかさの欠片もねえのか!!」

「私は淑女じゃなくて騎士でいたいの!」

 イリスは聞かなかったふりをしたかったし、早く大広間から出て行きたかった。アルバスの方を見れば、彼はさっきの倍の速度で朝食を片づけていて、スコーピウスも同じだった。イリスも大急ぎで朝食を呑み込む。

「止めないでレグルス!」

「英雄願望あふれるお前を野に放つわけねえだろうが」

 お節介が!と切って捨てる兄の声を聞きながら席を立ち、アルバスとスコーピウスにひっつくようにしてイリスは大広間を飛び出した。

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