――存在しないはずの逆転時計
それがここにあることがおかしい、とレグルスは思う。いいやレグルスが知らないだけで逆転時計が隠されていたのかもしれないが。
――怪しいんだが
残念ながら父や兄、他の頼りになりそうな相手に連絡をつけることはできなさそうだ。何せデルフィーが絶妙な時にレグルスを見るものだから、妙な動きができないのだ。ああ、魔法に熟達していれば気付かれないようにこっそり『炎』を飛ばすこともできたかもしれないのに。
「さあ課題よ」
三人のお荷物を抱えてホグワーツの近くまで『姿くらまし』してみせた割に、デルフィーの声はしっかりしていた。意気揚々とホグワーツに入り、恐れ知らずにも禁断の森にまでレグルス達を連れてきた。禁断の森は半人半馬の星読み――ケンタウルスの領地であり、魔法使いや魔女は歓迎されない。レグルスは杖を握りしめた。半人前の魔法使いが杖を振る間もなく、ケンタウルスの矢であの世行きだろうが。父に口を酸っぱくして言われていたのだ。彼らを怒らせてはならないし、彼らはとても知恵者だから敬意を持ちなさいと。それでもこっそり禁断の森の外側だけ入ったことはある。禁じられればしたくなるのがレグルスだった。
「セドリックはどうして死んだのか」
気楽な口調だった。何の感情もないように。どことなく他人事のような雰囲気が声に滲み出ている。
「三校対校試合で、優勝杯を掴んで――」
アルバスがとつとつと言う。レグルスも頷いた。有名な話だ。高潔な行いが仇となった事件。ハリー小父とセドリックは共に優勝杯を手に取った。そして。
「それはポート・キーで、行き先はヴォルデモートのところ。そしてセドリックは殺された」
「そうね。ヴォルデモート卿は目撃者を残したくなかった。だから邪魔だったセドリックを殺した」
デルフィーが指を振る。淡い紫の眸が揺らめいた。角度で色を変える宝石のようだ、とレグルスは場違いなことを思った。見方次第で姿を変えるだけ。どれも本当のデルフィー……。
「さて、どうすればセドリックが死なずに済むと思う?」
はい先生、とスコーピウスが片手を上げる。
「ではスコーピウス」
「セドリックが優勝杯を掴まなければいい。つまり――」
デルフィーがにやりとした。どこか少年じみた表情だ。彼女は杖を振る。すると宙に暗い紅色が現れた。
「脱落すればいいわけよね。さてと、私たちは過去へ行ってダームストラング生になりすまし――」
「妨害する」
レグルスの応えにデルフィーは片眼を瞑った。その仕草に妙な既視感を覚えているうちに、話が進んでいく。
「目指すは三校対抗試合の、第一の課題の時よ」
デルフィーが逆転時計を取り出す。だが、レグルスは首を振った。
「待って。逆転時計で細かい日付まで……指定できないはずだ」
そもそも、一時間、二時間という単位で逆転時計は使われると聞いたことがある。そんな何十年も前の、狙った日付に『跳ぶ』ことができるのだろうか。
レグルスの懸念をよそに、デルフィーは不敵に笑う。
「できるわ。逆転時計をひっくり返す数を計算して跳ぶだけだもの。何十年も過去へ跳ぶのは危険だけれど、私なら大丈夫」
だって私は選ばれし者だもの、とデルフィーが歌うように囁く。刹那、彼女の眼が仄かに紅く染まった気がして、レグルスは眼をこすった。
「さあダームストラング生たち、ローブを着るのよ」
冒険の始まりよ、とデルフィーが宣言した。
「待った」
独りでに口が動き、言葉が転がり落ちていく。今しも逆転時計を回転させようとしていた、デルフィーの動きが止まった。
「レグルス?」
夕闇が近づいていた。差し込む朱金の陽にデルフィーの黒髪が染まる。レグルスはなるべく息を整えて告げた。
「俺たち全員が過去へ行くのはやめたほうがいい」
あまりにも危険だ、と父なら言いそうだ。ならばどうするべきか。過去への旅をやめるべきか。会ったこともないセドリック・ディゴリーなんて放っておいて。
――今でも親父は墓参りに行っているのに
古びた墓石の前で父は膝を突いていた。ホグワーツ入学前のレグルスは一緒になって祈ったのだ。
「……全員行って、戻ってこられるかわからない。取り残されるかもしれない」
可能性はあった。何がどうなってしまうのか分からない。
「だから、誰かが残ってもしもの時は……報せてもらわないといけない」
「それを私にって?」
ああ、と頷いた。デルフィーは苦笑する。
「子どもだけを送り出せって言うの?」
「――デルフィーじゃ、生徒に紛れ込めない」
静かに滑り込んできた声は、スコーピウスのものだった。彼は灰色の眼でデルフィーを見つめ、首を振る。
「ドラゴン使いとして紛れ込むのも難しいだろうし。ダームストラング生と君の組み合わせは目立つと思う」
でかした、と思ったが口には出さない。杖をぎゅっと握りしめた。
「それに、確かドラゴン使いの連中はうちのやつらが多いんだ。お互いきっちり把握してるだろうし、適当に紛れ込もうとしても無駄。錯乱呪文なんて放っても弾くし気づくね」
デルフィーはしばらくレグルスを見つめ、紅い唇を歪めた。
「……仕方がないわね」
逆転時計から鎖が伸び、レグルスたちに絡みつく。デルフィーの細い指が動いた。かちん、かちんと音が響く。強い魔法の気配が満ちていく。黄金の光が乱れ飛び、デルフィーが杖を取り出す。視界が黄金に覆われて、影しか分からない。振り上げられる――こつ、と逆転時計に触れた瞬間、魔力が弾けた。
「――行きなさい」
◆
意識がふっと戻る。人波の中に三人は立っていた。レグルスはそっとポケットに手を滑り込ませ、冷たい感触を確かめた。逆転時計は確かにここにある……。
「三校対抗試合、いよいよ始まります――」
やった、とアルバスが笑顔になる。だがスコーピウスは喜ぶ様子も見せず、素早くアルバスの頭に頭巾を被せた。
「スコーピウス」
アルバスはすかさず頭巾を取ろうとするが、スコーピウスが首を振る。
「君はお父さんに似すぎてる」
レグルスはスコーピウスに頭巾を被せ、自分も同じようにした。
「俺ら全員な」
バタバタしていて変装のことが抜け落ちていた。もっとも、現代でかけた呪文が過去に跳んでも持続しているかは分からない。時間を越えた魔法の効果に関しての論文があるかも知らない。とにかく今は顔をなるべく隠していたほうがいいだろう。
――まあ顔がバレたらバレたで
ブラック家の分家筋だとか言えばなんとかなる。なにせ思い切りブラック家の顔をしているのだ、レグルスは。残り二人も同じような言い訳で切り抜ければいい。
ダームストラングのローブを着て、人波をすり抜けていく。三人でひそひそと囁きあった。
「とにかくもっと前へ行って――」
「狙いやすいところへ」
「当たればいいけどな」
レグルスは希望の欠片もない未来を口にした。計画は単純だ。第一の課題に挑むセドリックの杖を奪う――正確には武装解除する。以上終わり。
道中であれこれと案は出たのだ。セドリックに怪我をさせる、競技に行く前に襲撃して閉じこめる。だが、どれも派手すぎる。穏便に失格にするには、競技中に杖を手放すくらいがちょうどいい。
三人でじりじりと進んでいたが、あまりに人が多かった。押し合いへし合いしていると、アルバスが小柄な誰かにぶつかった。
「痛いわね!」
「ああごめんなさ――」
小柄な誰かが振り向く。レグルスは眼を瞬いた。
――ローズ?
あの高飛車女がなぜここに。
ローズが眉間に皺を寄せ、アルバスを睨みつける。このきつい目つき、まさしくローズだ畜生、と内心で毒づいた。
「え、な、ローズ」
狼狽えるアルバスとは対照的に、ローズは冷静だった。レグルスは首を傾げる。ちょっと待て。ローズはこんなに賢そうな顔をしただろうが。たまにしていたようにも思うが。こいつは本当にローズか。
「ちょっと、あなたダームストラングの人よね……訛りが――」
レグルスはローズを観察し、その眼が青くないことに気がついた。魔女の眼は茶色だ。
「こいつは、元々この国の出身なんですミィスグレンジア」
スコーピウスが割って入る。ローズもといグレンジャー……未来の魔法大臣であり、未来の英雄の一人はすぅ、と表情を消した。
「なぜ私の名前を」
「ハリー・ポッターの友達だと」
ハーマイオニーは頭巾を被ったダームストラング生達を眺め回す。やがて遠くで「ハーマイオニー」と呼ばれ、踵を返した。
「……あなた達のお国ではどうか知らないけど、ここでは頭巾を外すことね。さもなければ吸魂鬼と間違われても文句は言えないわよ」
去っていく背中を見送って、レグルスは眼を瞑った。問答無用で呪文を仕掛けられなくてよかった。
試合開始のホイッスルが高らかに響き、歓声とともにセドリックが登場する。
「行くか」
「ほんとそっくり」
アルバスと顔を見合わせて頷き合う。
「さすが魔法大臣……さすがローズの母上……」
スコーピウスのどこか陶然とした呟きを無視して前へ進もうとしたとき、視界が揺れた。
――なんだ
揺れる――歪む――世界が――いいや。
「まさか……」
レグルスは逆転時計を取り出す。光り輝き、強い魔法を発動しているのだと知れた。
「くそ」
セドリックの姿を認める。レグルスは破れかぶれで武装解除呪文を唱えた。くるり、と杖が舞う。安堵する間もなく、時間がレグルス達を引き戻し――悲鳴が響いた。
――とんでもないことになった
闇の魔術に対する防衛術の授業へ向かいながら、レグルスは頭を抱えたくなった。足取りはどうしても重くなる。
「……どうなってんだよ」
なあスコーピウスと呻く。
「ほんとにね」
スコーピウスの眼は虚ろだった。こつこつと革靴を鳴らし、レグルスを――レグルスが締めているネクタイを――見つめる。色は緑と銀。
「なぜか君はスリザリンで」
「アルバスはグリフィンドールで」
教室の扉が見えてきた。元々魔法薬学の教室だった。いいや、元の世界では、だろうか。ああ、夢であってくれないだろうか。
「おまけに――」
早足になる。レグルスは扉を叩きつけるように開き、スコーピウスもそれに続いた。二人して空いている席に座る。薄暗い教室には、古びた本の匂いが漂っている。なんとなしにほっとする。たとえ世界が違っても、匂いの好みは一緒らしい。教科書と杖を用意しながら、アルバスの姿を探す。教室の隅の方で心細そうに眼を伏せていた。
――組分けが変わってもあまり意味はなかったらしい
「せめて俺かお前がグリフィンドールに入ればよかったのにな」
「僕は君がどうやってスリザリンに入ったのか知りたいね」
「そりゃ『俺』に訊いてもらうしかない」
肩をすくめる。どうなってんだ、と本日何回目か分からない悪態を心の中で吐き出す。なにがどうしてどうなってんだ誰か教えてくれ。マーリンでもアグリッパでもパラケルススでもダンブルドアでも祖先の誰かでも親父でもいい。もう無理だ。
授業開始の鐘が重々しく響くと同時に、激しく扉が開かれ、閉じた。硬い靴音が木霊しては消え、闇の魔術の防衛術担当教師が登壇する。
「さあ授業を始めます」
栗色の髪に茶色の眼は元の世界と同じ。ただし魔法大臣ではなく教師のハーマイオニー・グレンジャーがそこにはいた。
――情け容赦なく点は引くわ、やたらと嫌みだわ、人格も歪んでいる
『守護霊』についての概要を聞きながら、レグルスは眼を瞑りたくなった。何もかもがおかしい。こんなの父親の友人で英雄のハーマイオニーじゃない。
ため息を吐くとスコーピウスに背を叩かれた。
「落ち込むのもわかるよ。だってこれは……」
「俺らのせいだもんな」
紛れもなく、レグルス達は世界の書き換えに失敗したのだ。
「なんでか小母さんは結婚してなくて、なんでか小父さんは別の人と結婚してて、ローズとヒューゴは消えた」
ホグワーツの隠し部屋の一つで、レグルスは嘆いた。スコーピウスとアルバスもうなだれる。まさか逆転時計の影響で二人の人間を消してしまったのだから当然だ。
――ローズは好きじゃなかったが
高飛車で突っ走り物事を悪い方向へ導いてしまう女だった。しかも善意で動いてだから質が悪い。だが、消えて欲しいとまでは思っていなかった……。
「この世界を修復する。それしかないと思う」
アルバスが決然と言う。レグルスは瞬いた。気弱なアルバスではない。なんだかとてもグリフィンドールらしい。暗い顔をしているよりよほどいい。ホグワーツに入学する前、よく遊んだ幼馴染が戻ってきたようだった。
「やめろよ。どんなことになるか……」
スコーピウスが呻く。
「でもお前ら、このままだとずーっと離れ離れだぞ。監視ついてるし」
マクゴナガルの、と呟く。詳しいことは分からないがハリー小父がアルバスとスコーピウスを引き離そうと躍起になっている。折につけ監視されていた。
レグルスの言に、スコーピウスがくすりと笑う。
「君は世界より僕らの友情を気にするのか」
「どっちも大事だ」
俺は欲張りなんだ、と続ける。ポケットから逆転時計を取り出した。
「どうなるか分からないんだぞ、レグルス!」
「僕らがしたことは僕らで解決しなきゃ」
「良いこと言うぜアルバス」
「ああもう、これだから英雄の息子ってのは!」
スコーピウスは白金の髪をぐしゃぐしゃにして、結局頷いた。
◆
一方その頃、父親であるウィスタは客人を前にして首を振った。勢いよく、これ以上なく明確な意思表示。
「断る。地図は貸さない。子どもに介入し過ぎだぜ英雄殿。お疲れなんじゃないか」
「君こそね。倒れたっていうのにまだ仕事かい。いやあ仕事に忙殺されて僕の言ったことを理解したかい。リアイスの当主殿」
ウィスタは客人――ハリーを睨みつけた。同じようにハリーも睨み返してくる。
「不吉な暗雲だって? お前の息子の近くにいるとか。おやおやケンタウルスは星読みから気象予報士に転職していたとはついぞ知らなかったな。傘なら腐るほどあるから持って行けよ」
「ウィスタ!」
「……お前の行動はマグルで言うところのモンスターペアレントってやつだぞ」
指を組む。片眼が熱を帯びるのをどうにか鎮めた。バカ息子がホグワーツ特急から逃亡して以来どうにも調子が悪い。倒れるわ記憶がどこかおかしい気がするわ――正確言えば欠けているように思えるわ――で混乱中だ。おまけに親友は気象予報士に転職したケンタウルスにそそのかされるわで踏んだり蹴ったり。
「近くに暗雲があると言っているだけだ。それだけでお前はあの子を疑うのか? マルフォイ家の者だから? スコーピウスはマルフォイの息子とは思えないくらいまっすぐな子だぞ。歴史大好きすぎるが」
「だが――」
「檻に閉じこめて何も見せないのは残酷だろう。親が望むように育たないからって……アリアドネ・リアイスの徹を踏むんじゃねえよ」
祖母の名をため息と共に吐き出した。リアイスとリアイスの娘。正しく黄金のグリフィンの血を継いだ魔女は道を踏み外し、娘と和解することなく死んでしまったのだ。
「僕は……僕は……どうしたら」
「お前は俺の祖母よりはまともだよ。格段に。大丈夫だ。ヘレナにちょくちょく様子を見てくれって頼んであるし」
「君は手回しがいい」
「……どうにもな」
指を解き、眼を瞑る。倒れて眼を覚ませば、息子もアルバスもホグワーツの医務室に運ばれていた。どうやら禁断の森で発見されたそうで――もちろんウィスタは気を失っていて捜索の詳細は伝え聞いただけだ――首を捻った。辻褄が合わない。なぜホグワーツに戻ったのか。しかも起きた息子もアルバスも呆然として「ありえない」「どうしてこんな」と悲鳴を上げていた。一つ言いたい。それはウィスタが言うべき台詞だ。
「なにかしようとしてホグワーツの森に戻って? ボロボロの紅いローブまで着ている始末。目的を隠しているのは間違いないんだが。俺も頭がぐしゃぐしゃだし魔力も不安定だから過去も……視れ」
つきり、と頭が痛む。
「ウィスタ?」
「視れ……ない……なんだこれ――」
血が逆巻くような感覚。部屋が歪む。時間がぶれる。渦を巻く。ひぃ、と喉から音が漏れる。ハリーの顔もよく見えない。翠の眸だけが脳裏に刻印される。
「これは……」
なぜか分かってしまった。
――時が
逆転しているのだと。
悟った瞬間、世界が崩壊した。
何かのついでに父が話していたことがある。「セドリック・ディゴリーこそ英雄の資格があったのだ」と。父はあまり昔のことを話さない。だけども、そのときは墓参りの帰りだったのだ。セドリックの墓もその一つで、父は群青と紅の虹彩を陰らせていた。
善良な人間で、俺は彼が死んで悲しかったよと。だってただその場にいただけで、邪魔者だといって殺されたのだから。死んでいいはずがなかったのに……と。
嘆きのマートルの根城から、ホグワーツの湖に繋がるパイプに飛び込み、レグルスは逆転時計を使う。くるりくるり、くるりくるり、と時計は歌い黄金の光に包まれた。
――間違っているのかもしれない
――間違っていないのかもしれない
時間の流れに引きずり込まれながら、レグルスは固く眼を瞑る。濃い水の匂いが近づくと同時に『泡頭呪文』を自分にかけた。歪む視界の中、鰓昆布を食べたアルバスとスコーピウスの姿を捉える。
歪んでしまった歴史を正す。その上でセドリックを生かすためにはどうするか――三人で出した結論は『第二の課題で修正する』ことだった。
白い花が暗闇に咲く中、スコーピウスが岩陰を示す。レグルスはちらりと時計を見た。第一の課題では、逆転時計は五分程度しか保たなかった。なるべく素早く泳ぎながら、レグルスは唇を噛む。なぜだか分からない。今回の時間の旅はもっと短い気がする。握りしめた逆転時計から、細かな震えが伝わってくるのだ。
レグルスたちは岩陰に忍び、セドリックを待ち受けた。
――伯母さんと伯父さんをくっつけなきゃならない
マートルのところへ向かう途中、アルバスは断固として言った。
――で、二人ともそのあたりは奥手だから……
早く来てくれとレグルスは祈る。なにもかも不安だらけだ。影が見える。レグルスたちは杖を構える。
「肥大せよ」
泡の中に、レグルスの声が反響する。呪文は音もなくセドリックに突き刺さり、彼の泡頭が数倍に膨れ上がった。そのままじたばたと暴れながら、どうすることもできずに上昇していく……。
アルバスとスコーピウスは目配せしあい、同時に呪文を行使する。きらきらと輝く光がセドリックの後を追うように進み、弾ける音がした。
『なんと! どうしたことでしょうか。ディゴリー選手が上がって――おおっと』
解説者ルード・バグマンの声が、湖に響きわたる。ふうと息を吐き、レグルスは逆転時計を見つめた。
『おおっと! これはロマンスの予感です! ロンはハーマイオニーが好き! 大胆な花火ですね』
――頼むからくっついてくれよ頼むから
祈りに祈る。セドリックには悪いことをしている自覚はある。だが、徹底的に屈辱を与えて心を折るくらいしないと、優勝してしまうだろう。なにせ杖を吹っ飛ばしてもどうにか優勝杯を掴んだらしい『英雄の資質のある男』なのだから。
気づけば三人ともゴドリックだかマーリンだかパラケルススだかに祈りを捧げるように、手を組み合わせていた。こうなれば何かに祈るしかないのだ。
逆転時計の震えが大きくなる。それにつれて、レグルスの視界に色が入り乱れた。ああ、時間が戻る――戻っていく。水を蹴る。湖面へと進む。戻る戻る……戻る……。
不意に足を止める。強い耳鳴りとともに世界が濁った。息を吸おうとする。だが、冷たい衝撃が呼吸を乱した。
――なんだ
何か恐ろしい間違いを犯したのだ、と強く思った。世界が急速に書き換えられていく。なぜだが分かる。
破滅の音とともに、あらゆる時間が砕けた。
彼はふっと瞼を押し上げた。遠くで怒鳴り声がする。どうやら『校長』と――。
「……何をやってるんだ」
レグルスはと呟き、立ち上がる。『校長』の机に書類を放り投げ、姿見をちらりと見つめた。
映る双眸は――深紅。
禍つ星の色。