「人だね、殺します」   作:ユリシノ

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青年は言った。「人を殺すと」


「人だね、殺します」

 「人だね、殺します」

 

 目の前の青年は地面に倒れ伏す私に向かってそう言った。

 

 暗闇に鈍く輝く黒い銃口を震える手で抑えながら。その絶対零度の如く冷たい銃弾を灼熱のように赤熱させながら私の額を貫こうと今か今かと待ち構えているようだった。

 

 彼は今何を思っているんだろうか。喜んでいるんだろうか。怒っているんだろうか。

 

 化け物だった私にはそれが解らなかった。

 

 

─────────────────

 

 

 最初の記憶は覚えていない。

 

 私は気づいたらここに居て、知らない人間に囲まれていた。

 

 白衣を纏った数人の人間達は様々な色の液体が入った注射や名前も分からない奇妙な器具をこちらに向けてきた。

 

 それが何なのかは私には理解出来なかったが私は本能的に逃げようとした。

 

 だがそれは叶わなかった。

 

 近づいてくる一人の人間を突き飛ばそうと腕を振るったが、僅か数センチ動いた所で、チャリチャリッ、という金属音にそれは阻まれてしまった。

 

 腕は鎖に繋がれ、脚は自分が乗っていた手術台のようなものに固定されている。

 

 逃げる事が出来ない事を悟った私はとにかく何とかしなくてはと思い、無様に喚き散らかした。

 

 その声に怯えたのか何人かが後退りをして、少し希望が見えたかと思った瞬間、首筋に激痛が走った。

 

 一人の人間が果敢にも此方へ向かってきて即座にその手の凶器を私へと使用したようだった。

 

 それからはあっという間だった。

 

 まるで体の内側から焼かれ、溶かされているかのような激痛を味わされ踠き苦しんでいると、先程の勇敢な人間が「ビビらせやがってこの化け物め‼︎‼︎」と言い放ち、私の腹へと鋭い刃物を突き刺した。

 

 何度も何度も、他の人間たちが慌てて止めるのも聞かずに何度も何度も何度も何度も私へと立ち向かってきた。

 

 そして数回か数百回か分からないが暫く突き刺して満足したのか息を荒げながら「次抵抗したらこれ以上痛めつけてやるからな」と言い残し、この薬品臭い部屋からよろよろと出ていった。

 

 そこからは早かった。

 

 日付の感覚を無くなるくらいには体を拘束され、外されたとしても麻酔薬の様なものを体に打ち込まれ一切動けない状態でしか自由になれなかった。

 

 来る日も来る日も薬液を注入されたり肉体を刻まれたり、脈動している謎の肉塊を埋め込まれたり、逆に私の体から何かを抉り取ったり。

 

 その傍らでは私から『採集』したものを弄り回して歓声を上げる人間達が見える。

 

 当然私は痛みから悲鳴を上げるが人間達は気にも留めない。

 

 いや、正確には反応はしていた。

 

 だが、それは驚いたりいつかの人間のように私に怒りを覚えたり、そして一人は必ず居たのは何かのボードに記入している人間だった。

 

 どうやら私が悲鳴を上げるのも人間達の『実験』の一環らしく、いつしか私も悲鳴を上げることを無駄だと思い、悲鳴を上げることは無くなっていった。

 

 だがそれでも与えられる苦痛が消える訳では無い。

 

 むしろ悲鳴を上げない事で今まで以上に人間達の行為が激化した気がする。

 

 それでも私は悲鳴を上げなかった。

 

 少しでも人間達の言う『実験』とやらの糧にされたくなかったからだ。

 

 だがある日、そんな生産性の無い──もっとも人間達にとっては生産性の塊だっただろうが──日々は突然終わりを迎えた。

 

 「ッ、誰だ貴様ッ⁉︎」「この先には行かせッ、ぐはッ⁉︎」「ガハッ、グフッ、もっ、もうやめ─ぎゃぁぁぁぁあああ⁉︎⁉︎」

 

 聞き慣れた人間達の声で奏でられる悲鳴が聞こえてきた。

 

 そんな心地の良い音楽を聞いていると傍にいた人間が私に何かの注射を刺してきた。

 

 「くっ、ここももう駄目か。精々役に立ってくれよ」

 

 そう言い残すと床に備え付けられてあったハッチのようなものへと駆けて行きそのまま姿を消してしまった。

 

 今まで散々体を弄ってくれた癖に役に立っていなかったのかと内心で愚痴を漏らすが、それも出来なくなっていた。

 

 意識がぼやけて、目の前が見えなくなる。

 

 あぁ、暗い。怖い。人間達に与えられる苦痛よりも恐ろしい。こんなもの感じた事無かった。あァ、ダれか……助け……テ──

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 そうして今に至ると言う訳だ。

 

 私が目を覚ましたら、目の前には知らない人間が居た。

 

 呼吸を荒くしながら、されどもその両の足でしっかりと立ち、手に握る拳銃をこちらに向けている。

 

──君は誰だい──

 

 あまり期待せず話しかけると驚いたように目を見開き反応する。

 

 「君、意思があるのかい?」

 

──何だ、そんな事か。私は紛れもなく自分の意思で話している。今更だろう。──

 

 「だがさっきまで君は何も話してくれなかったじゃ無いか」

 

 そう言われ先程までの事を思い出す。確か人間に注射を打たれ、私の意識が薄れていき、あぁ、そうか。私はアレのせいで自我を失っていたのか。ならば目の前の人間、いや、青年は……。

 

──ありがとう──

 

 「……え?」

 

──君が私をあの暗闇から助け出してくれたのだろう──

 

 そう言うと彼は少し俯き「……まぁ、そうですね」と言った。

 

──お礼に何かしてやりたいのだが生憎私はあまりものを知らないのでね。そうだ。君がこんな所に来たのは何か理由があるんだろう。何をしに来たんだ──

 

 そう言うと青年は顔を曇らせながら呟くように言った。

 

 「貴方を……、殺しにきました」

 

 そう言い、青年は自分の話をしだした。彼は受けた依頼をこなす傭兵のような事をこなしている事。その依頼で今日ここに来たこと。その依頼の内容はここにいる研究者と実験対象を殺害する事。

 

 なるほど、それは……

 

──大変だったね──

 

 「……え?」

 

──君は人間だろう。同族を殺すのは躊躇があっただろう。──

 

 「……いや、そんな事は」

 

──無理をしなくても良い。大丈夫だ。それに、後は私を殺すだけなんだろう──

 

 「……………」

 

──分かっていたさ。私が君たち人間とは違う事くらい。そしてわざわざ殺害しなければいけない実験対象なんて私くらいだろう──

 

 本当は信じたかった。自分が人間である事を。私を痛めつけた人間達の方がおかしいんだと。だが彼を見たら分かる。分かってしまった。

 

 人間の腕はこんなに沢山無い。人間の指はこんなに唸っていない。人間の視線はこんなに高く無い。人間の声はこんなにくぐもっていない。比べれば比べる程彼らとの違いが浮き彫りになっていく。だから──

 

──私は人間じゃ無い。心無い化け物だ──

 

 「っ、そんな事は」

 

──だから安心して殺すといい──

 

 「っ、何でっ、何であなたは……!」

 

 悲鳴を上げるように私に叫ぶ彼の目は何故か涙が溢れていた。

 

──……何故泣く。──

 

 「……あなたは自分が化け物とおっしゃる。……でも僕には、あなたは人間としか思えない‼︎」

 

──は?──

 

 「あなたは自分が今にも殺されそうになっている今でも見知らぬ他人を気遣ってくれて、……確かに超人的で普通の人間では無いかもしれない」

 

──なら……──

 

 「それでもそこらに転がってるクズよりも人間だ‼︎」

 

──ッ⁉︎──

 

 「僕はあなたを助けたい、だから─」

 

 殺してなんて言わないで下さいっ……!

 

 その言葉は私の中にすっと入り込み、染み渡っていった。あぁ、他人に思われる事がこれだけ嬉しい事だったのか。今まで死を望まれた事はあっても生きることを望まれた事はなかった。だから……。

 

──殺してくれ──

 

 「ッ、何でっ⁉︎」

 

──君の気持ちは嬉しかったよ。本当に。だが私は化け物だ。君がどれだけ言おうともこの肉体がそれを証明してしまっている──

 

 「そんなもの僕には……⁉︎」

 

──他の人間はどうするんだ。確かに君は人間だと思ってくれているかも知れない。だがそれが全ての人間達が同意してくれるとは限らない。現に私は様々な人間に会ったが君以外は私を化け物としか見てなかったぞ?──

 

 「くっ……‼︎」

 

──……大丈夫だ、私も、……もう死にたかった。これから人として生きるにしても、今までが辛すぎたんだ──

 

 「………」

 

──嬉しかったよ、君の気持ち。私を人間として見てくれて──

 

 「………」

 

──だからね、お願いだ。…………私を殺してくれ──

 

 そう私が言うと、彼は静かに拳銃を持ち上げた。

 

 その手は小刻みに震えている。

 

 目の前の心優しい彼は今何を思っているんだろう。私の唯一の望みを叶えられる事に喜んでいるんだろうか。それともこんな望みしか言えない私に怒っているんだろうか。

 

 私には、分からなかった。

 

──なぁ、最後に聞かせてくれ──

 

 「………」

 

──私は、何者だったんだ──

 

 「人だね…………」

 

──…………ありがとう──

 

 「………殺します」




その言葉の返事はただ一言「ありがとう」と。
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